なぜお義母様と呼ばないのです

微妙な空気

夜。
静かだ。あまりに静か過ぎる。ディナーだと言うのに。
スープをすすりパンをかじる音が聞こえる程度。
後はフォークとナイフが擦れる音ぐらい。
セピユロスの話題に一切触れようとしない。
全体に重苦しい雰囲気が漂っている。
これはどう言うことでしょう？

それでも一人マイペースのボノ。
漂う微妙な空気を振り払うように肉を喰らい酒を浴びる。
時折笑顔も見せている。
ボノはいつからこんなに鈍感になったの？
場の空気を乱すボノは貴重な存在。そうであるはずなのになぜか気に入らない。
一緒に沈んでいろとまで言わない。でも少しぐらい見てあげてもいいじゃない。
ヴィーナが可愛くないの？
昔からボノを知ってるものだからお姉様も注意することなくそのまま。
唯一意見を言える立場のお姉様が甘やかしてしまう。
ただ仕方ない部分もある。
気分よく食事してる者を咎めなくとも。
雰囲気をぶち壊すのはどうであれよろしくない。

我慢しきれずに口を開くお姉様。
「ボノ。あなた随分感じが変わったみたい。どうしてなの？　」
「ははは……　気のせいだよ。なあディーテ」
こちらに同意を求める姑息さ。逃げるのが上手い。
私を味方に付けようと必死で滑稽にも見えるボノの態度。
私に頼るつもり？　相手を間違えてるのではなくて？
そこらにいるメイドにでも加勢してもらえばいい。
あなたに味方する者は少なからず居るでしょう？
でも彼女たちもこの私の命令には逆らえない。
少なくても屋敷にいる間は。
残念ねボノ。

「ふうもう十分だ。そろそろ部屋に戻るとしよう」
面倒とばかりに逃げ出す。
「ボノちょっと……　」
お姉様の追及を避ける。
ここのところいつもそうだ。
何を気にしているの？　何を恐れてるの？
どうも最近ボノの様子がおかしい。
何かを隠している気がする。
「おやすみ。アーフリー」
何とか繕う。それはそれで構わないが話ぐらい聞いてあげればいいのに。
お姉様が来てから落ち着かない様子。
セピユロスも居なくなり男一人になったものだから居心地が悪いのだろうか？

あれでセピユロスはボノの話し相手になってくれていた。
つまらないお宝自慢にも辛抱強く眠い目を擦りながらも良く耐えていた。
一緒に釣りやハンティングを楽しんでいたっけ。
やっぱりセピユロスは偉大だったらしい。
その彼を失った今抜け殻のように覇気がない。ボノもしかり。

「ボノ。明日戻ることに。出来たら……　」
「ああそうかい。じゃあまた明日」
ボノは話など聞いておらずただ愛想笑いを浮かべるだけ。
「ごめんなさい。私もこれで」
ヴィーナも今日は疲れたと部屋へ。
お姉様と二人きりになってしまった。
さあどうしましょう。

「ボノはどうしたの？　」
あまりにも冷たいボノの態度に驚きを隠せないお姉様。
さすがに夫婦の秘密。特に離婚のことを告白できるはずもない。
秘密だ。もはや現実になるまで誰にも話す訳にはいかない。
ヴィーナだけにはと思っていたがそれも無理そう。
お姉様には何でも相談してきた。それは解決できるようなもの。
私一人では難しくてもお姉様の力を借りればどうにか。
外国を旅し見聞を広められた経験豊富なお姉様なら難なく解決できるもの。
ヴィーナの相談にも乗っていたようだし今でも何でも語り合える仲だと思っている。
でも離婚はとてもデリケートな問題。そもそもボノを説得できるはずがない。
それにセピユロスのこともある。
私には秘密がある。それはボノにも。たぶんお姉様にも。ヴィーナだって。

「優しくない」
ボノの態度が許せないのか納得してないよう。
「いつもこんなもの」
「辛くないの？　」
「もう慣れました。私はこの家の主人なんですよ。そんな弱音は吐いてられない。
それにボノも少しは心を入れ替えるでしょう」
ただそう願うばかり。
「強い。強くなったのねディーテ」
「もう娘じゃありませんからねお姉様」
「ふふふ……　それは私も自覚ある。でも娘じゃないからこそ見えるものがある」
いつものお姉様だ。この後自分の若き頃の長話が。
女性とはと哲学的なことを語りだし最後は頑張りなさいで締める。
お姉様からエールをもらいボノと戦う決意をする。
でもこれも今だけ。この場限り。
明日になればまた元に戻る。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　続く