ヒナギクは彼の溺愛に気づかないー彼のとなりで大福を

白もふ

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姫さま、綺麗な(エロい)人に遭遇します

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「フク~、どこなの~?」

 ヒナギクは川縁に近づき、周囲を見渡す。
透明感のある水面には、ヤマメが泳いでいる。いつもならこの辺で、魚と格闘しているのに。

「おかしいなぁ、滝の方に行ったのかしら」

 上流に行くと、大きな滝がある。そこへ行くには、水気を含む道を歩かなければならない。

 自分の身を改めて確認する。濃い紫色の装束に、大輪の花が咲いている。裾には、薄い桃色のフリルがひらひらしていた。
今日のお見合いのために、ばあやが徹夜して縫ってくれた、特別仕様だ。
これを汚すと、大福一週間どころではなく、確実に1ヶ月はなくなる。

「よしっ、汚さなければいいのよ!」 

 そういう問題じゃありません、と、ばあやの声が聞こえてきそうだが、周囲には誰も止めるものはいない。

 裾を帯に入れ込み、上流に向かって進む。 
苔のじゅうたんを踏みしめ、澄みきった水音が聞こえてくる。
岩石に流れる大きな滝。ここはいつも、清浄な空気で心地よい。

「あ、フク」
 白いお餅が、滝の裏側を熱心に眺めている。ヒナギクは首をかしげた。

「そこに何かあるの?」
 しゃがみこんで、ダイフクのお腹をふにふにしながら、そっと除き込む。

ーー誰かいる。人の形をしたシルエットがうつりこんだ。
滝の裏側は、空洞になっている。よく見ようと立ち上がり、冷たい岩石に手をつく。

 男のひと、だろうか。
男神といわれても、驚かない。むしろ納得してしまう。
銀糸の髪が水面に反射して、キラキラ輝き、細身ながら、むだのない引き締まった筋肉に水滴が滴り落ちる様は、妙に色気があった。

 うん。確実に女子として負けている。

 男性らしい武骨な手が、前髪をかきあげる。
背中に大きな裂傷のあと、胸がチクリと痛む。悲しくないのに、何故か泣きそうになった。

「ーーそこでなにをしている?」
 心地よい低音が耳に響く。切れ長の翡翠の瞳と目が合う。

「ふへっ?ひゃん!」

 足元がおろそかになり、ずるりと滑る。頭から見事に、水面にダイブした。
激しい水音のあと、帯からはずれた裾が、まぬけにぷかりと浮かぶ。誰か、嘘だといってほしい。情けなくて顔があげられない。

「大丈夫か?」

 できればそっとしておいてほしかった。どこかいたわる優しい声が、逆にいたたまれない。
しかも、彼の裸体を眺めていたのだ。痴女といわれても、反論できない。 

 たくましい腕がお腹にまわり、ふわりと体が浮く。水を吸って重くなったはずなのに、それを感じさせなかった。
頬にはりついた黒髪をはらわれ、慈しむように頬を撫でられる。

「きれいになったな」
 いや、あなたの方がきれいです。心の中でつっこんだ。知らずに、顔が熱くなる。
何なの、この色気はーー彼の存在自体がエロい。

「ぶにゃ~」

 甘える声が足元から聞こえる。柔らかい肉球が、足に当たってくすぐったい。ダイフクを抱き抱え、後ずさる。

「あなたは誰ですか?っていうか、ふっ、ふく着てください!」
 ヒナギクは、彼に背を向けた。

「あーすまない」
今さら気づいたといわんばかりに、衣擦れの音がする。そわそわして落ち着かない。

誰!?こんな無駄にきれいな(エロい)人、知らないのですがーー

 足に張り付く裾を絞りながら、頭で考えるが、さっぱり記憶にない。

「せっかくの衣がだいなしだ」
 彼が苦笑する。

「はっ…」
 しまった。見るも無惨なこの姿。鬼神(ばあや)が降臨される。

「はわわっ。どうしましょう!確実に、私の前から大福が消えます!!」
 涙目になりながら、必死で彼に訴える。

「そんなの耐えられません!」
「大福?」
「はいぃぃっ」
 彼に言っても仕方のないことは分かっている。自業自得だ。

彼はしばし黙考すると、ヒナギクの体を熱風が包み込む。
少し湿ってはいるが、気にならない程度には、衣が乾いた。

「これは…魔術ですか?火と風の?」

 やはりこの国の人ではないようだ。
桜華国は、身体強化が主流だ。
例えば父、コウヤなら腕を強化し、大剣で相手を粉砕する豪腕タイプ。
 コントロールが下手らしく、力が有り余っているのか、よく物を壊す。
この前も、家の扉を破壊して、ばあやに正座させられているのを見かけた。

 冷静になるために、ダイフクのお腹をふにふにする。
ぶにゃ~と、抗議の声をあげながら、前足で頬っぺたを押される。爪が当たって痛いが、ちょっと幸せ。

「そうだ。火と風の魔力を一定にして使う。たいしたことじゃない」
その魔力を一定にすることが、難しいと思うのだけど。

「悪い、まだ名乗ってなかったな。今までコウヤ様から、密命を受けていた。名はヒスイ、よろしく頼む」
「父さまの部下の方でしたか。私は娘のヒナギクです」
「知っている。…よく見ていたからな」

 ん?最後の言葉はよく聞き取れませんでした。

 大きな手が、ヒナギクの頭を撫でる。口数は少ないが、撫でる手つきは優しい。
無自覚なのでしょうかーー
先程から、フェロモンがチート級なのですが。

「そういえば、なぜここで水浴びを?広場の近くに温泉がありますよ」
「ああ、血で汚れたからな」
「え!?怪我をしたのですか?」
「いや、かえり血だ」
「そ、そうですか…」
 つっこんじゃいけない。聞いたら、きっと後悔する。

「そろそろ祭りの準備があるんじゃないか?」
 すっかり話し込んで、忘れていました。

「そうですね、そろそろ行かないと」

 空がすっかり茜色に染まっている。
ダイフクが腕のなかで、静かに寝息をたてていた。ずっしりくる重みに、手がしびれてくる。
 見かねて彼が、ダイフクを片手で抱き直すと、ヒナギクに手をさしのべた。

「えっと…ひとりで歩けますよ」
「また滑って転んだら、ばば様に叱責されるだろう?」
「ばあやを知っているのですね」
「まあな。コウヤ様が“ばば様には逆らうな。逆らえば命の保証はない”と、言っていた」

 考えるまでもなかった。羞恥心と大福を天秤にかけるなら、迷わず大福をとる。
ヒナギクは息を吸い込むと、彼の手に、そっと手をのせた。しっかり握られる。

「行こうか」
 ヒナギクの歩幅に合わせてくれる。力強い手が温かくて、心がほっこりした。
お近づきの印に大福をあげたかったが、先ほど全部自分で食べてしまって、手元にない。

「あの、つかぬことを申しますが、大福は好きですか?」

 一瞬、間があき、翡翠色の切れ長の瞳に熱が灯る。

「ああーー好きだ」

 女の敵ですね。普通なら、勘違いしそう。
でも、騙されませんよ。大福が、大好きなのですね。
うんうんと、したり顔で納得する。


彼は、ヒナギクの大福仲間の称号を、密かに受けとるのだったーー。
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