ヒナギクは彼の溺愛に気づかないー彼のとなりで大福を

白もふ

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姫さま、舞の時間です

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「遅いよ、姫さま」
 憤慨しながら、サスケが叫んでいる。

「ごめんなさい、遅くなって」
「姫さまが怒られるのはいいけど、俺を巻き込まないでよね」
「そんな、サスケとは一蓮托生じゃない。ばあやに怒られるときは一緒よ」
「遠慮しとく。それより、誰?その人」
警戒しながらも、サスケの視線はヒナギクの手に釘付けだ。

 ヒナギクは手を繋いだままだったことを思いだし、離そうとするが、彼に指をからめられ、手の甲に口づけされた。
一連の流れる動作に唖然とする。

「またあとで。あんたの舞を楽しみにしてる」

 彼の姿が消える。唐突すぎて、サスケと二人で暫くたたずんでしまった。
その足元で、ダイフクが眠そうにあくびをしている。

「ほんと、誰なの?あの貴公子」
「ヒスイさんです。父様の部下らしいわよ。サスケも見たことなかった?」
「知らないよ、あんな歩く発情期みたいな人。何あのフェロモン…ヤバすぎでしょ」
 サスケは思い出したのか、身震いする。
「姫さまは平気なの?」
「平気かと言われると平気じゃないけど、お色気担当の人だと思えば、意識しないですむかも」

 サスケがうろん気に見る。
「いやあの人、絶対姫さまに気があるでしょ」

「まさか。勘違いしたら、ヒスイさんに失礼よ。あの人は大福を愛しているの」
 サスケの肩を掴み、首をふり、慈愛の笑みを浮かべる。

「え…どっからそんなとんちんかんな答えが出てきたのさ」
 どことなく、可哀想な子を見るような目線だ。
「だって、大福が好きかと聞いたら、大好きですって!」

 彼がいれば、大好きとは言っていないと突っ込みそうだが、悲しいかな、ここには天然大福馬鹿しかいない。
 
ヒナギクが、得意気に鼻を膨らませる。

「ふっふっふっ。これで大福仲間二号さんができたわ」
「ちなみに一号って誰なの?」
 嫌な予感がして、サスケが質問する。
「もちろん、一号はサスケよ!いっつも大福談義に付き合ってくれるし、一緒に大福食べてくれるじゃない」
「いや、俺は姫さまの世話係だから仕方なくーー」
「もうっ。相変わらず素直じゃないんだから、かわいくな、い、ぞ」

 鼻先をちょんとつつかれ、イラッとするが、これも勤めだと、サスケは我慢をする。
 たまに転職を考えるが、この残念姫をほっとけず、大きく息をはいた。

「そろそろ支度するよ。巫女の衣装に着替えなきゃ」
「分かったわ!」
 体を弾ませながら、石段を上っていく。新しい大福仲間ができて、よほど嬉しいらしい。


 空が薄暗くなると、歩道に提灯が照らされ、御輿車に、選ばれた子供たちが乗り、大太鼓、中太鼓、カネを鳴らす。
 そのあとに、大人たちが行列をつくる。

 最初はカネの音から始まる。続いて、中太鼓、大太鼓を鳴らしていく。

“ドンドコドンドコ、ドンドコドン”

 子供たちの純粋な音色が、祭りへと誘う。
それは、神の道へと続く“鳥居”まで、鳴り響いた。
 役目を終えれば、鳥居の前で一礼して、端を通って中に入る。大人も同様に。真ん中は神様の通り道だ。
 
 この場所は神社と呼ばれ、白茶色の猫神様が奉られている。
 すぐ側には、いつまでも枯れることのない、大きなしだれ桜が、満開に咲き誇る。淡い光を帯びたその姿は幻想的で美しい。
猫たちも誘われるように、桜の前に集まっていた。

“シャンシャンシャン”

 清らかな鈴の音が聞こえてくる。

 神社の中枢から、白衣に身を包み、緋袴をはいた少女が現れる。
 頭に花かんざしをさし、白く薄化粧をしている。
月明かりに照らされ、天藍石の瞳が輝きを増す。誰もが声を発さず、少女を見守っている。

 少女は神楽鈴を傍らに置き、正座して綺麗にお辞儀をした。

 ドン、と、心臓に響く太鼓の音。澄み渡る笛の音が聞こえると、少女は立ち上がり、天に祈るように鈴を鳴らす。
 ふわりと舞いながら、何度も鈴を鳴らす。音を感じさせない、柔らかな足運び。

 神を呼ぶ。この地を何ものにも脅かされないように。

 願う、豊穣を。

 繰り返し、少女は舞う。
天に届くようにと、手を伸ばす。
その表情は憂いを帯びて、少女の魅力を最大限に引き出していた。

 音が鳴り止むと、静かに降り立ち、皆に礼をつくす。
 静寂のあと、歓声が鳴り響いた。

「姫さま、最高!」
「やあ、めでたい!」

 これにより、ヒナギクは十五歳の成人の儀を迎え、豊穣の儀式、本来の年齢に到達した。

「皆さま、まことにありがとうございます。今年も無事、結界をはることが出来ました」
 しだれ桜から発する淡い光が、一層、輝きを増している。

「ひとえに、皆さまが支えてくれたおかげです。本当に感謝しております」

「水くせえぞ、姫さま」

「さて、前置きはこのぐらいにしてーー」
「サキチ、大福はどこですか?お腹が空きましたぁ~」
 ヒナギクは、ぐぅ…となるお腹を押さえ、サキチを探す。
 皆がいつもの姫さまだと、どっと笑う。

「姫さま、はしたない!!」
 ばあやが怒髪天を衝く。

 そこに大量の和菓子をもって、サキチが現れた。

「まあまあ。ばあやさん、今日ぐらい勘弁してやってくださいよ。めでたい席なんですから。ほら、新作の揚げまんじゅう、おひとつどうです?」
 八重歯の見える笑みを浮かべ、サキチがばあやにまんじゅうを差し出す。
ばあやは目尻にシワを寄せ、ため息をつく。

「あなたたちがそうやって、ヒナギク様を甘やかすからですよ。十五歳になったのに、いつまでも大福大福と…」
「姫さまも、そのうち好きな人ぐらい出来ますって!」
 ばあやの肩を軽く叩きながら、サキチが朗らかに笑う。

「大福より、ですか?」

見れば、ヒナギクが脇目もふらず、一心不乱に揚げまんじゅうを口に頬張っている。実に幸せそうだ。

「あ~まんじゅう足りなくなりそうだな。サスケ、追加で持ってくるから、ここは頼むな」

「父さんずるい!」
息子を生け贄に、颯爽と消えていく。

 ばあやもため息をもらしながら、まんじゅう片手に、順番に挨拶回りに向かった。

「あ、サスケ、早く食べないとなくなるわよ。あなたの父様は天才ね!この揚げまんじゅう、外側はかりっとして香ばしいのに、ほのかに甘いあんこが、優しく包まれているのーーもぐもぐ」

「あ~あ、サキチに素敵な奥さまがいなかったら、立候補するのに~」

「母さんが泣くから、マシで止めてね。あとコウヤ様も号泣するよ。二人は幼馴染みだし」
 口に含んだまんじゅうが失くなると、次に手を伸ばす残念姫。

「そうね。父様と母様、サキチの三人で幼馴染みだものね」
「そうだよ、しかも父さんの初恋がコチョウ様だったからーー」

「サスケ、それ本当?」
 彼の背後に妙齢の美女が立っていた。

「か、母さん!?」
「あ、ヨシノさん」

「姫さま、成人を迎えられて、改めてお喜び申し上げます」
 繊細な容姿に、気品ある微笑み。とても七歳の息子がいるように見えない。
 
しかもサキチに、幼い頃から迫りを続け、初恋を実らせた勝利者だ。
サキチとは、二十歳差の年の差婚で、今でも新婚のようにラブラブだった。

「やべー、父さんごめん」
 サスケが天に向かって、拝んでいる。ヨシノは普段穏やかだが、怒らせると怖い。

「ヨシノ、安心して。サキチが好きなのはあなたよ。いつも大福談義から、ヨシノの話に切り替わるのだから。この前も、奥さんの料理はうまくて、美人で…とか。でれでれしながら惚気ていたわよ」

「ふふっ。ありがとうございます。姫さまはお優しいですね。姫さまが私の娘になるなら、いつでも歓迎致します」
「母さん!」
 ヨシノがにこりと微笑む。隣でサスケが頬を赤くしながら、何故か慌てていた。

「ヨシノが母様なら、私も嬉しいわ。でも父様を一人にすると泣いちゃいそうだから、遠慮しとくわね」

「あら、残念ね。サスケ」
 息子に意味ありげな視線を送る。

「別に…」
 サスケがふてくされた顔で、そっぽを向く。その頭を、彼女は優しく撫でた。

 少し彼が羨ましく思い、しんみりしそうだったので、まんじゅうを再び頬張る。甘い幸せが口一杯に広がった。


「お~みんな、楽しんでるか?」

 ヒナギクの父、コウヤが皆に声をかける。その後ろに、ヒスイが控えていた。
ヒナギクと目が合うと、口角が上がり、無表情だった顔が、やわらかくなる。

「皆に紹介しておこう。ギスタニア帝国で、五年間、諜報員をしていたヒスイだ。知ってる奴もいるかと思うが…いや、ほぼいないか?今まで、ギスタニアの動向を探ってもらっていた。あの国はいつもきな臭いからな。祖先の“サクラ様”を追放した国でもある」

 ギスタニア帝国は、大国で強大な力を有している。
百年ほど前、二人の少年少女を召喚し、魔法を特化させ、武力化してきた。
あらゆる国を侵略し、対抗するすべは今もない。

 その召喚された内の少女が、祖先のサクラだが、追放された理由は分かっていない。

「まあ、今のところ動きはないし、休暇もかねて、帰ってきてもらった。ほら、ヒスイからも」

 コウヤが、彼の背を押す。艶やかな銀糸の髪に翡翠色の瞳は、この国にはない容姿だ。桜華国は黒目黒髪が多い。
 彼の色香に、女性たちが色めき立つ。

「姫の護衛につくつもりだ。よろしく頼む」
「え?それだけ?つーか、そんなこと聞いてないんだけど」

「今はじめて言いました」
 彼は視線を横にずらし、しれっと呟く。

「いくらお前でも、ヒナギクに手を出したら、許さんからな」
「ーー」
「何で返事をしないんだよ!俺、泣いちゃうぞ」
 年甲斐もなく、涙目で訴えるコウヤだが、ヒスイは終始、無言だ。

二人の終わりなき攻防に、皆は見なかったことにして、各々祭りを楽しんだ。
当事者であるヒナギクも、感嘆の声をあげては、まんじゅうの味に舌鼓を打っていた。
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