14 / 14
姫さま、彼と一緒に大福を
しおりを挟む
今日は、広場にたくさんの人だかりができていた。
皆、作業着をまとい、手にはタオルと石鹸を持っている。
ヒナギクも同じように、桃色の作業着を着用して、壇上に上がった。
「みなさ~ん、今日はいいもふもふ日和ですね。では、さっそく恒例の、もふもふたちラブラブウォッシュ大作戦を、決行したいと思います」
「恒例とは聞いていなかった」
「別に恒例じゃないけどね。それより、あのダサい作戦名が気になるんだけど」
こんな時だけ、馬が合うサスケと彼。隣では、フローディアが目を輝かせている。
彼女を少しは見習ってほしい。
ちなみに、コウヤもちゃっかり列に並んでいる。おい、城主。
「それでは、準備はよろしいですか?捕獲班、洗い班、乾燥班、救護班、お願いしま~す!」
「おう!!」
と、威勢のいいみんなの声が聞こえ、一斉に動き出す。
相手は俊敏で、そうそう捕まらない。
「ヒスイ、どっちが多く捕獲できるか、競争な!」
父が、年がいもなく張り切っている。馬鹿力なので、もふもふたちが心配だ。
「では、勝利したものの願いを、ひとつだけ叶える、というのはどうでしょう?」
ヒスイが提案する。
「いいだろう。俺が勝ったら、ヒナギクの半径一メートル以内に、近づくの禁止な。お前が娘に、ベタベタ引っついているの知っているんだからな」
コウヤが、彼をにらむ。
「まあ、隠していませんし。では本気でいかせていただきます」
「いつになく真剣だな。何を願うか知らねぇが、受けてたつ!まだまだ若いものには負けねぇぞ」
「承知!」
言うが早いか、二人の姿が消えた。
ヒナギクとフローディアは洗い班で、乾燥班にはサスケとヨシノ、救護班にはコムギとばあやが担当することになった。
「ヒスイさんの願いって何かしら?大福一年分とかかな?」
たらいを用意しながら、フローディアに声をかける。
「んもぅ。ヒナギク様ったら、鈍いですわ。男と男の勝負と言ったら、アレしかございません」
「アレって?」
「わたくしの口からは申し上げられませんわ。キク様はお分かりですよね?」
ばあやは、もふもふに引っかかれる人たちを考慮して、薬や包帯を用意する。
「もちろんでございます。いつでも執筆の準備はできておりますよ」
「さすがキク様!もしできれば、わたくしに一番に読ませていただきたいです」
フローディアがばあやに懇願する。
「よろしいですよ。では感想をいただけると、幸いです」
「嬉しいですわ!読んだら、即、感想をお伝えしますね」
二人で盛り上がっている。
うーん、これにはついていけそうにない。
ヨシノが大量のタオルを用意し、サスケも追加で持ってくる。
「サスケ、いいの?姫さまを取られちゃうわよ。もっと強引にいかないと」
「別に、決めるのは姫様だし……。それに、姫さまが幸せになればそれでいい。あいつは気にくわないけどね」
「サスケ、なんていい子なの!おなたを生んで本当に良かったわ。私、幸せよ。だからあなたにも幸せになってほしいの。何なら命に代えても、彼に……」
「やめて、そんなことしなくていいから。母さんが死んだら、父さんが悲しむよ。俺も悲しいから、絶対やめてね」
不穏な空気が漂い始めたヨシノに、サスケが念押しする。普段は穏やかで、優しい彼女だが、身内のことになると暴走しがちだ。
「何なら姫さまに媚薬をーー」
「それもいい。大福を口に突っ込まれそうだから」
「それもそうね。姫さまは、そんな残念なところが可愛いのだけど」
絶対ほめられてないよね。泣いていいかな。
サスケも彼の事情を聞いたのだろう。それでもひどい言いぐさだ。
捕獲班が傷だらけになりながら、猫たちを捕まえてくる。
コウヤの腕の中には、六匹の猫がいた。
父は満足げだが、もふもふたちは毛がボサボサで、どこかげっそりしている。
僅差で遅れて、ヒスイが現れる。
彼の腕の中に猫が五匹、頭の上に三匹、両足に六匹が、しがみついていた。
どの、もふもふたちも酩酊したように、頭をなすりつけて、ゴロゴロ鳴いている。
「てめぇ、その数おかしいだろ!?いったい何しやがった!」
コウヤが彼に詰め寄った。
「マタタビを使用しただけです。勝敗に道具使用禁止とは、聞いていませんからね」
「お前、そこまでやるか?」
「誰にでも、負けられない戦いがあります。約束は守ってもらいますよ。詳細は後ほど」
「ちっ、わあったよ」
父は悔しそうに、洗い班に猫を手渡す。
「ごくろうさまです、ヒスイさん、父さま。次は、猫たちを洗うのを手伝ってくださいね」
ヒナギクは、二人ににっこり笑う。
「お前も人使いが荒いな。そういう顔、コチョウにそっくりだぞ」
コウヤがヒナギクの頭を撫でる。少し、ぼさぼさになった。
まあ、今は仕方ないから、文句はなしにしよう。
「母さまに?なら、父さまも嬉しいですよね。私は、使えるものは何でも使う主義ですよ。あとで、サキチの作った大福を、みんなで食べましょう。疲れたあとの大福は格別ですからね」
洗い班は、手際よくもふもふたちを洗い、乾燥班に渡していく。
最後の仕上げにブラッシングをし、怪我をしたものたちは、救護班で手当てを受けた。
「みなさま、ご協力感謝します。今日の大福は、いちご大福、ぶどう大福、みかん大福、生チョコ大福、抹茶大福です。好きなものを食べてくださいね。私はもちろん、全種類制覇するつもりです!」
ヒナギクが鼻息を荒くする。誰も、そんなこと聞いていない。
ヒスイやサスケたちに手伝ってもらいながら、広場に簡易テーブルを設置し、大福を並べていく。フローディアやばあやたちには、緑茶や紅茶を用意してもらった。
「ん~、この季節のいちご大福は格別よね。私はこし餡で食べる派よ。サスケは白餡よね?フローディアさんは?」
隣で、美味しそうに食べている彼女に聞く。
「わたくしもこし餡でしょうか。白餡も捨てがたいですが」
「コムギさんは?」
コムギはあまり大福に手をつけず、お茶ばかり飲んでいる。
「僕は、和菓子が少し苦手でして……あ、でも緑茶は美味しいです」
ふむ。やっぱり中には、和菓子が苦手な人もいるか。ちょっぴり悲しいけど、好みは人それぞれだ。用意しておいてよかった。
コムギの手に、白い包みを渡す。
「これは?」
珍しく、彼が驚いた表情をしている。
「クッキーです。好みが分からなかったので、チョコ、抹茶、クルミと、色々用意したから、お好きなものをどうぞ。フローディアさんと一緒に作りました」
「はい、楽しかったですわ。あなたには随分苦労かけましたし、少しでも感謝を伝えたかったのです。いつも、ありがとうございます」
「いえ、そんな……。お嬢様、ヒナギク様、ありがとうございます。これ、とっても美味しいですね!」
どこか遠慮していた、コムギの本当の笑顔を見た気がする。
フローディアの話だと、彼は天涯孤独で、三年前に路上で座り込んでいたところを、声をかけたのがきっかけだったとか。
ちょうど仕事を首にされて、空腹だったので、すごく助かったらしい。
みんなが和気あいあいと食べるなか、ヒスイとコウヤが対峙していた。あそこだけ、空気感が違う。
フローディアはワクワクした顔で、ばあやは手帳と筆を握りしめて、どこか期待した眼差しを二人に向けている。
ヒナギクには、さっぱり意味がわからない。
とりあえず、次の抹茶大福を口に入れた。抹茶のほどよい苦味と、あんこの甘さが合わさって、とても美味しい。サキチは天才や。
「ヒナギクが、俺を受け入れてくれたら、あなたも認めてください」
彼が、真剣な表情で言う。
「ぐっ……」
父が、苦虫をかみつぶした顔で、しばらく沈黙し、長く息をはいた。
「あくまで、娘が了承したらだからな!無理強いは許さん」
「承知しました」
皆、一斉にヒナギクに注目する。
「へ?」
訳もわからずキョロキョロしているところに、彼がこちらにやってくる。
目前で片膝をつき、ヒナギクの右手を取った。
「ヒナギク、俺と結婚してくれ」
ケッコン?彼は、何をいっているのだろうか。
「え~っと……」
目の端に、フローディアとばあやが拳を頭上に突き上げ、しきりに頷いている。
「あんたのために、一生大福を捧げると誓う。師匠が」
「おい!!」
サキチが思わず、突っ込む。
「私、あなたのこと覚えてなくて。まだ知り合ったばかりで、よく知らないし」
「これから知ってもらえればいい」
「小さい頃に、あなたに多大な迷惑をーー」
「俺は迷惑と思っていない。むしろ、目を覚まさせてもらった」
魅力的な言葉に抗うのは難しい。澄んだ翡翠の目とぶつかる。
「私と一生一緒に、大福を食べてくれますか?」
「無論だ。あんたの隣がいい」
隣というか、距離感がゼロのような気がするが、彼になれてしまった。
そばにいないと、つい探してしまう自分がいる。それに彼といると、胸が暖かくなるのだ。
「なら、了承します。結婚はもう少し待ってください。もっとあなたのことを知りたいから」
「分かった。ーーあんたを愛している。それだけは、覚えておいてくれ」
彼が耳元でささやく。顔が熱くなる。
この色気全快にはまだなれそうにない。顔をあげると、彼の唇が重なった。
「んっ……」
ビックリして思わず離れようとしたら、優しく背中を撫でられ、頭を固定される。
深くなる口づけに大丈夫だと言わんばかりに、髪をすかれ、動けない。
頭がパニックになって、涙がこぼれそうになると、彼が苦笑しながら離れた。
「悪い、怖がらせた」
ヒスイの手が、ヒナギクの唇をぬぐう。それから、ふわりと抱きしめられた。
「ううっ。恥ずかしいです」
彼の腕に顔をうずめて、ぐりぐりする。
「すまない。つい可愛くて、おさえられなかった」
頭をいたわるように撫でられ、少し溜飲が下がる。
「あのさ、二人の世界に入っているとこ悪いんだけど、コウヤ様を放っておいていいの?放心して、動かないんだけど」
遠慮がちに袖をつかまれ、サスケが声をかける。
顔をあげれば、泣き出す人や、奇声をあげる者、俺たちの癒しがーーと、地面にふせる者、三者三様だ。
みんなの存在をすっかり忘れていた。
父に目を向けると、涙を流しながら、固まっている。
そのそばには、もふもふたちが寄り添い、ダイフクが肩に飛び乗り、肉球で父の頬を押していた。
「姫さま、ついにやりましたね!きっとコチョウ様も空の上で、お喜びになっていらっしゃいますよ」
「父さまは、悲しんでいるようだけど」
さっきから全然動かないが、大丈夫だろうか。
「アレのことはいいのです。さあ、これから忙しくなりますよ!」
ばあやのこんな嬉しそうな顔、初めてみた。
手帳には、びっしり文字が書かれている。
「ヒナギク様、おめでとうございます。わたくし、本当にこの国に来てよかったですわ。何より、すごく良いものを見せていただきました」
フローディアが顔を赤らめながら、ハンカチで涙をぬぐう。
どうも、乙女心が忙しいようだ。
彼を見ると、どこか落ち着かないのに、嬉しいと感じてしまう。
微笑まれて、髪に口付けられる。
「ヒスイさん、もう勘弁して……」
ドキドキしすぎて、鼓動がうるさい。
お腹に、彼の腕がまわる。
「なれてくれ」
なれるどころか、遠慮がなくなっている。
「う~大福が食べたいです!」
もはや、大福が精神安定剤と化していた。
「言っとくが、結婚はまだ先だからな。婚約までだぞ!!」
いつの間にか、復活したコウヤが叫ぶ。
これからも、みんなと彼と一緒に桜華国を過ごしていく。
皆に幸あれーー
ヒナギクは心の中で、そっと祈りを捧げた。
長くなってスミマセン(;・ω・)
これで、桜華国編は終わりです。
次は、ギスタニア編の予定です。
よろしければ、もう少しお付き合いください。
皆、作業着をまとい、手にはタオルと石鹸を持っている。
ヒナギクも同じように、桃色の作業着を着用して、壇上に上がった。
「みなさ~ん、今日はいいもふもふ日和ですね。では、さっそく恒例の、もふもふたちラブラブウォッシュ大作戦を、決行したいと思います」
「恒例とは聞いていなかった」
「別に恒例じゃないけどね。それより、あのダサい作戦名が気になるんだけど」
こんな時だけ、馬が合うサスケと彼。隣では、フローディアが目を輝かせている。
彼女を少しは見習ってほしい。
ちなみに、コウヤもちゃっかり列に並んでいる。おい、城主。
「それでは、準備はよろしいですか?捕獲班、洗い班、乾燥班、救護班、お願いしま~す!」
「おう!!」
と、威勢のいいみんなの声が聞こえ、一斉に動き出す。
相手は俊敏で、そうそう捕まらない。
「ヒスイ、どっちが多く捕獲できるか、競争な!」
父が、年がいもなく張り切っている。馬鹿力なので、もふもふたちが心配だ。
「では、勝利したものの願いを、ひとつだけ叶える、というのはどうでしょう?」
ヒスイが提案する。
「いいだろう。俺が勝ったら、ヒナギクの半径一メートル以内に、近づくの禁止な。お前が娘に、ベタベタ引っついているの知っているんだからな」
コウヤが、彼をにらむ。
「まあ、隠していませんし。では本気でいかせていただきます」
「いつになく真剣だな。何を願うか知らねぇが、受けてたつ!まだまだ若いものには負けねぇぞ」
「承知!」
言うが早いか、二人の姿が消えた。
ヒナギクとフローディアは洗い班で、乾燥班にはサスケとヨシノ、救護班にはコムギとばあやが担当することになった。
「ヒスイさんの願いって何かしら?大福一年分とかかな?」
たらいを用意しながら、フローディアに声をかける。
「んもぅ。ヒナギク様ったら、鈍いですわ。男と男の勝負と言ったら、アレしかございません」
「アレって?」
「わたくしの口からは申し上げられませんわ。キク様はお分かりですよね?」
ばあやは、もふもふに引っかかれる人たちを考慮して、薬や包帯を用意する。
「もちろんでございます。いつでも執筆の準備はできておりますよ」
「さすがキク様!もしできれば、わたくしに一番に読ませていただきたいです」
フローディアがばあやに懇願する。
「よろしいですよ。では感想をいただけると、幸いです」
「嬉しいですわ!読んだら、即、感想をお伝えしますね」
二人で盛り上がっている。
うーん、これにはついていけそうにない。
ヨシノが大量のタオルを用意し、サスケも追加で持ってくる。
「サスケ、いいの?姫さまを取られちゃうわよ。もっと強引にいかないと」
「別に、決めるのは姫様だし……。それに、姫さまが幸せになればそれでいい。あいつは気にくわないけどね」
「サスケ、なんていい子なの!おなたを生んで本当に良かったわ。私、幸せよ。だからあなたにも幸せになってほしいの。何なら命に代えても、彼に……」
「やめて、そんなことしなくていいから。母さんが死んだら、父さんが悲しむよ。俺も悲しいから、絶対やめてね」
不穏な空気が漂い始めたヨシノに、サスケが念押しする。普段は穏やかで、優しい彼女だが、身内のことになると暴走しがちだ。
「何なら姫さまに媚薬をーー」
「それもいい。大福を口に突っ込まれそうだから」
「それもそうね。姫さまは、そんな残念なところが可愛いのだけど」
絶対ほめられてないよね。泣いていいかな。
サスケも彼の事情を聞いたのだろう。それでもひどい言いぐさだ。
捕獲班が傷だらけになりながら、猫たちを捕まえてくる。
コウヤの腕の中には、六匹の猫がいた。
父は満足げだが、もふもふたちは毛がボサボサで、どこかげっそりしている。
僅差で遅れて、ヒスイが現れる。
彼の腕の中に猫が五匹、頭の上に三匹、両足に六匹が、しがみついていた。
どの、もふもふたちも酩酊したように、頭をなすりつけて、ゴロゴロ鳴いている。
「てめぇ、その数おかしいだろ!?いったい何しやがった!」
コウヤが彼に詰め寄った。
「マタタビを使用しただけです。勝敗に道具使用禁止とは、聞いていませんからね」
「お前、そこまでやるか?」
「誰にでも、負けられない戦いがあります。約束は守ってもらいますよ。詳細は後ほど」
「ちっ、わあったよ」
父は悔しそうに、洗い班に猫を手渡す。
「ごくろうさまです、ヒスイさん、父さま。次は、猫たちを洗うのを手伝ってくださいね」
ヒナギクは、二人ににっこり笑う。
「お前も人使いが荒いな。そういう顔、コチョウにそっくりだぞ」
コウヤがヒナギクの頭を撫でる。少し、ぼさぼさになった。
まあ、今は仕方ないから、文句はなしにしよう。
「母さまに?なら、父さまも嬉しいですよね。私は、使えるものは何でも使う主義ですよ。あとで、サキチの作った大福を、みんなで食べましょう。疲れたあとの大福は格別ですからね」
洗い班は、手際よくもふもふたちを洗い、乾燥班に渡していく。
最後の仕上げにブラッシングをし、怪我をしたものたちは、救護班で手当てを受けた。
「みなさま、ご協力感謝します。今日の大福は、いちご大福、ぶどう大福、みかん大福、生チョコ大福、抹茶大福です。好きなものを食べてくださいね。私はもちろん、全種類制覇するつもりです!」
ヒナギクが鼻息を荒くする。誰も、そんなこと聞いていない。
ヒスイやサスケたちに手伝ってもらいながら、広場に簡易テーブルを設置し、大福を並べていく。フローディアやばあやたちには、緑茶や紅茶を用意してもらった。
「ん~、この季節のいちご大福は格別よね。私はこし餡で食べる派よ。サスケは白餡よね?フローディアさんは?」
隣で、美味しそうに食べている彼女に聞く。
「わたくしもこし餡でしょうか。白餡も捨てがたいですが」
「コムギさんは?」
コムギはあまり大福に手をつけず、お茶ばかり飲んでいる。
「僕は、和菓子が少し苦手でして……あ、でも緑茶は美味しいです」
ふむ。やっぱり中には、和菓子が苦手な人もいるか。ちょっぴり悲しいけど、好みは人それぞれだ。用意しておいてよかった。
コムギの手に、白い包みを渡す。
「これは?」
珍しく、彼が驚いた表情をしている。
「クッキーです。好みが分からなかったので、チョコ、抹茶、クルミと、色々用意したから、お好きなものをどうぞ。フローディアさんと一緒に作りました」
「はい、楽しかったですわ。あなたには随分苦労かけましたし、少しでも感謝を伝えたかったのです。いつも、ありがとうございます」
「いえ、そんな……。お嬢様、ヒナギク様、ありがとうございます。これ、とっても美味しいですね!」
どこか遠慮していた、コムギの本当の笑顔を見た気がする。
フローディアの話だと、彼は天涯孤独で、三年前に路上で座り込んでいたところを、声をかけたのがきっかけだったとか。
ちょうど仕事を首にされて、空腹だったので、すごく助かったらしい。
みんなが和気あいあいと食べるなか、ヒスイとコウヤが対峙していた。あそこだけ、空気感が違う。
フローディアはワクワクした顔で、ばあやは手帳と筆を握りしめて、どこか期待した眼差しを二人に向けている。
ヒナギクには、さっぱり意味がわからない。
とりあえず、次の抹茶大福を口に入れた。抹茶のほどよい苦味と、あんこの甘さが合わさって、とても美味しい。サキチは天才や。
「ヒナギクが、俺を受け入れてくれたら、あなたも認めてください」
彼が、真剣な表情で言う。
「ぐっ……」
父が、苦虫をかみつぶした顔で、しばらく沈黙し、長く息をはいた。
「あくまで、娘が了承したらだからな!無理強いは許さん」
「承知しました」
皆、一斉にヒナギクに注目する。
「へ?」
訳もわからずキョロキョロしているところに、彼がこちらにやってくる。
目前で片膝をつき、ヒナギクの右手を取った。
「ヒナギク、俺と結婚してくれ」
ケッコン?彼は、何をいっているのだろうか。
「え~っと……」
目の端に、フローディアとばあやが拳を頭上に突き上げ、しきりに頷いている。
「あんたのために、一生大福を捧げると誓う。師匠が」
「おい!!」
サキチが思わず、突っ込む。
「私、あなたのこと覚えてなくて。まだ知り合ったばかりで、よく知らないし」
「これから知ってもらえればいい」
「小さい頃に、あなたに多大な迷惑をーー」
「俺は迷惑と思っていない。むしろ、目を覚まさせてもらった」
魅力的な言葉に抗うのは難しい。澄んだ翡翠の目とぶつかる。
「私と一生一緒に、大福を食べてくれますか?」
「無論だ。あんたの隣がいい」
隣というか、距離感がゼロのような気がするが、彼になれてしまった。
そばにいないと、つい探してしまう自分がいる。それに彼といると、胸が暖かくなるのだ。
「なら、了承します。結婚はもう少し待ってください。もっとあなたのことを知りたいから」
「分かった。ーーあんたを愛している。それだけは、覚えておいてくれ」
彼が耳元でささやく。顔が熱くなる。
この色気全快にはまだなれそうにない。顔をあげると、彼の唇が重なった。
「んっ……」
ビックリして思わず離れようとしたら、優しく背中を撫でられ、頭を固定される。
深くなる口づけに大丈夫だと言わんばかりに、髪をすかれ、動けない。
頭がパニックになって、涙がこぼれそうになると、彼が苦笑しながら離れた。
「悪い、怖がらせた」
ヒスイの手が、ヒナギクの唇をぬぐう。それから、ふわりと抱きしめられた。
「ううっ。恥ずかしいです」
彼の腕に顔をうずめて、ぐりぐりする。
「すまない。つい可愛くて、おさえられなかった」
頭をいたわるように撫でられ、少し溜飲が下がる。
「あのさ、二人の世界に入っているとこ悪いんだけど、コウヤ様を放っておいていいの?放心して、動かないんだけど」
遠慮がちに袖をつかまれ、サスケが声をかける。
顔をあげれば、泣き出す人や、奇声をあげる者、俺たちの癒しがーーと、地面にふせる者、三者三様だ。
みんなの存在をすっかり忘れていた。
父に目を向けると、涙を流しながら、固まっている。
そのそばには、もふもふたちが寄り添い、ダイフクが肩に飛び乗り、肉球で父の頬を押していた。
「姫さま、ついにやりましたね!きっとコチョウ様も空の上で、お喜びになっていらっしゃいますよ」
「父さまは、悲しんでいるようだけど」
さっきから全然動かないが、大丈夫だろうか。
「アレのことはいいのです。さあ、これから忙しくなりますよ!」
ばあやのこんな嬉しそうな顔、初めてみた。
手帳には、びっしり文字が書かれている。
「ヒナギク様、おめでとうございます。わたくし、本当にこの国に来てよかったですわ。何より、すごく良いものを見せていただきました」
フローディアが顔を赤らめながら、ハンカチで涙をぬぐう。
どうも、乙女心が忙しいようだ。
彼を見ると、どこか落ち着かないのに、嬉しいと感じてしまう。
微笑まれて、髪に口付けられる。
「ヒスイさん、もう勘弁して……」
ドキドキしすぎて、鼓動がうるさい。
お腹に、彼の腕がまわる。
「なれてくれ」
なれるどころか、遠慮がなくなっている。
「う~大福が食べたいです!」
もはや、大福が精神安定剤と化していた。
「言っとくが、結婚はまだ先だからな。婚約までだぞ!!」
いつの間にか、復活したコウヤが叫ぶ。
これからも、みんなと彼と一緒に桜華国を過ごしていく。
皆に幸あれーー
ヒナギクは心の中で、そっと祈りを捧げた。
長くなってスミマセン(;・ω・)
これで、桜華国編は終わりです。
次は、ギスタニア編の予定です。
よろしければ、もう少しお付き合いください。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。
梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。
16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。
卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。
破り捨てられた婚約証書。
破られたことで切れてしまった絆。
それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。
痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。
フェンリエッタの行方は…
王道ざまぁ予定です
絶対に近づきません!逃げる令嬢と追う王子
さこの
恋愛
我が国の王子殿下は十五歳になると婚約者を選定される。
伯爵以上の爵位を持つ年頃の子供を持つ親は娘が選ばれる可能性がある限り、婚約者を作ることが出来ない…
令嬢に婚約者がいないという事は年頃の令息も然り…
早く誰でも良いから選んでくれ…
よく食べる子は嫌い
ウェーブヘアーが嫌い
王子殿下がポツリと言う。
良い事を聞きましたっ
ゆるーい設定です
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について
えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。
しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。
その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。
死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。
戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。
しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。
突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。
『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。
表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる