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第一話-④

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 後藤刑事が持ってきたのは、マンションのエントランスの防犯カメラの映像である。映像の時刻は午後8時37分。確かに黒パーカーの、フードを被った男性がマンションの外へと出かけて行く映像が記録されていた。
「この映像を見る限り、あの戸渡さんの言っていることもやはり嘘では無かったようですね。」
後藤刑事の納得した顔とは反対に、真田刑事は訝しげな顔をした。
「……ふーん、てっきり俺は戸渡が嘘ついてるものかと思ってたぜ。」
「なんでそう思うんだ?」
と探偵が聞くと真田刑事は、にぱっとした顔をして明るい声で能天気に
「もちろん、単なる勘だ!全然確証はない。」
と胸を張って答えた。
「か、勘て……真田さん……こんな場面でそんな無責任なこと言わないでくださいよ……。」
後藤刑事は刑事らしからぬ真田の発言に呆れていた。
「いや、あながち当てにならないって訳じゃ無いですよ。こいつの勘は結構当たりますし。」
後藤刑事の発言に対し、探偵は無意識にフォローを入れた。
「お!お前が俺を褒めるなんて、久々だな!」
探偵に褒められた真田刑事は嬉しそうな顔をする。その顔を見た探偵は、
 うわぁ、言わなきゃよかった……。後で絶対こいつ調子に乗るじゃん……。
と、何も考えていなかった自分の発言にひどく後悔した。しかし、一刻も早い捜査終了の為、探偵は切り替える。
「ま、今はそれはどうでもいいんだ。それよりも、高橋さんを呼んできてくれ。後はそれで片がつく。」
「ど、どうでもいいって、お前なぁ……。」
真田刑事は少ししゅんとした顔をしつつも高橋を呼ぶために椅子から立ち上がった。


「で?話ってなんですか?」
再び呼び出された高橋は、少し不安そうな顔をしながら真田刑事に問いかけた。
「ああ、いや、あなたを呼んだのは私じゃなくてですね、彼なんですよ。」
そう言って真田刑事は探偵を指差した。そして高橋もその指を辿って探偵に顔を合わせた。高橋は、探偵の『ザ・探偵』といったような格好を見て訝しげな顔をする。
「すみません、あなたさっきもいらっしゃっていましたけど……あなたは警察の方、では無いですよね?」
真田刑事と入れ替わって椅子に座った探偵は、高橋の方に向き直って質問に答える。
「ええ。違います。ただ、事件を解くようにとそこに居るバカ、じゃなくて真田刑事にお願いされただけです。」
「はぁ、そうでしたか。」
高橋は半分納得したが、それでもまだ信頼しきっていない、という様なことを言いたげな顔をした。それに構わずに探偵は話し続ける。
「単刀直入に質問します。」
全てを見透かされそうな鋭い目をした探偵に、橋本は怯んでビクッと体を震わした。
「は、はいっ!」
「……あなたは昨日の夜、どこで、何をしていましたか?」
「え?き、昨日ですか?ええっと……ああ、そうだ部屋でゲームをしていたんです。ちょうど仕事が一区切りついたので。」
「おっ!ゲームですか。……もしやあなたもスフラトゥーンを?」
ゲーム、と言う言葉を聞いた瞬間に、真田刑事が話に食い込んできた。
「ええ!そうなんですよ。最近めっちゃハマってて!昨日だってネット友達とずっと対戦してたんです!」
……スフラトゥーン、か。確か4体4でフィールドをインクで塗り合い、塗った面積の大きさで勝敗を争うオンラインシューティングゲームで、世界中で爆発的な人気を誇る超メジャーゲーム。最近はそれの新作が出たとかで、さらにゲーム界隈が盛り上がっているとか。
「スフラトゥーン、ですか……ちなみに武器は何を使っているんですか?」
真田刑事と橋本が楽しげにスフラトゥーンのトークで盛り上がっていると、後藤刑事までもがウキウキでその会話に入ってきた。
 今はあまり無駄話はしないで欲しいんだが……まあ、橋本が緊張をほぐせてるみたいだし、ちょっとぐらいいいか。……うん、事情聴取で相手にリラックスしてもらうのも大切だしな。
 スフラトゥーンを一度もやっておらず、話の内容がちんぷんかんぷんな探偵は盛り上がっているスフラトゥーントークに対して、自分だけ疎外感を感じながらも、トークが自然消滅するのを待った。しかしながら、トークはそれどころか一層白熱した展開を見せ、一向に終わる気配はしなかった。そして、待つ時間が1秒、また1秒と増えるたびに、一人だけ会話からハブられている虚しさと寂しさ、人の仕事を潰しておいて呑気にこんな無駄話をしている真田刑事に対する怒りが、探偵の心に着実に積み重なっていき、それは僅か2分ほどでピークに達した。探偵は、机を破壊する勢いで、バン!と叩いた。とてつもない轟音が部屋に響き渡る。
「はい。橋本さん、質問にお答えいただき、ありがとうございました。」
探偵の静かな声と、それとは裏腹の殺意の眼差しに恐怖を覚えた3人は、スンッと一気に静まり返った。
「橋本さん、それと後藤刑事。あなたたち二人にお願いがあります。それと、真田。」
「は、はひっ!」
真田刑事は探偵にビビッた余り、気を付けの姿勢で敬礼のポーズをした。
「犯人が誰だか分かったぞ。」
「ほ、本当か!?」
真田刑事は敬礼を崩し、身を乗り出した。
「ああ。だから後藤刑事と橋本さんが今から依頼することを終わらせ次第、全員の前で話をして終わりにする。そして俺はさっさと帰る。それでいいな?」
「ああ!もちろんだ!」
「じゃあそれで。あと後藤刑事、さっき言った依頼の内容なんですが……」
探偵が『依頼』の内容を言うと、後藤刑事はうなづき、
「そういうことなら、任せてください!」
と言って橋本と共に部屋を出ていった。


「はいじゃあみなさん、聞いてください。」
探偵がそう言うと、会議室に集まっていた3階の住人たちは一斉に彼の方を向く。
「どうしました?」
301号室の住人、増田が探偵に話しかける。
「ええとですね、私がこれから事件の全容についての推理を軽くお話しします。それについてみなさんに確認していただきたいのと、皆さんに質問したいことがいくつかありますので、それに答えていただきたいと思っています。正直に答えていただけるとありがたいです。」
探偵は部屋の全員が自分の方へと視線を向け、静かにじっとしていることを合意と捉え、話を始める。
「それでは、お話を始めさせていただきます。まず、今回殺害されたのはこのマンションの3階の303号室の住人である、突歩さんです。死亡推定時刻は3日前の火曜日の午前中。ゴミ袋が玄関に散乱していたり、発見時の被害者の格好がスーツ姿であること、そして被害者が倒れ込んだ位置などを見るに、被害者がゴミを捨てようと部屋を出て、その道中に忘れ物か何かで一度部屋に戻ったところ、部屋の中にいた何者かに刺殺されて死亡した、と予測できます。また、部屋の窓は閉まっていて、侵入経路は部屋の玄関であると考えられます。通帳や現金が入っていた箪笥などが漁られていたことから、犯人の狙いは金銭であると考えられます。これで合ってますよね、後藤刑事?」
探偵はそばにいた後藤刑事に話しかけた。後藤刑事は自身が腕に抱えていたタブレットを見て、
「ええ、間違いありません。」
と言った。それを確認した探偵は再び視線を戻す。
「ですが、このマンションには廊下の端に一台の防犯カメラがあります。すなわち、誰がどこの部屋に入ったかが丸わかりな訳です。」
「え?でも……」
302号室の米田さんがその言葉に反応した。
「ええ。米田さんの懸念の通りです。本来ならその防犯カメラの情報から犯人がすぐ特定できるわけですが、タイミング悪く、3階の廊下の防犯カメラのみ故障中でした。したがって、防犯カメラの情報をあてにすることはできない。ですが、逆に言えば『防犯カメラの故障』を知っていた人物が犯人である可能性が高い、とも言えます。普通の人ならば、防犯カメラを気にして犯行には及べないでしょう。防犯カメラのことを考慮しないで考えてみても、犯人が部外者である可能性は非常に低いです。そもそも部外者というのはマンションでは目立ちますしね。もし部外者がその日にマンションに入っていたら、真っ先に疑われるでしょうし。」
「確かに。」
話を聞いている住人たちも納得しながら聞いている。
「ここで一旦、犯行時刻に注目してみます。これも犯人特定のヒントとなっています。前述の通り犯行時刻は朝、ゴミ捨ての時間です。もしマンションの外部の人間が犯人だとしたら、わざわざこんな目立つ時間にはきません。タイミングなら他にたくさんあります。
 また犯人は部屋の中で被害者を待ち伏せて刺殺しています。そして、犯人が部屋に入った姿をこの場にいる誰も見ていない。逆に言えば、これが偶然ではないのなら、犯人は、犯行がここにいる3階の住人の誰にも見られない、かつ突歩さんが部屋を開けるタイミングを狙って犯行を行なった、ということです。すなわち、犯人はこの場にいる3階の住人の全員の朝の動きを熟知している人に限られます。」
そして、探偵は一息間を置いて、こう言い放った。
「したがって犯人は3階の住人、つまりこの中にいます。」
「あれ、でもそういうことなら、大家さんだって怪しいんじゃないんですか?」
「それに、マンションの住人でなくとも、外から観察とかしていれば、住人の朝の動きは把握できますよ?」
305号室の住人の生田と水橋が探偵にそう問いかけた。
「ええ。ですが大家さんにはマスターキーがあります。もし突歩さんの金銭が目当てなら、わざわざ朝のゴミ捨ての瞬間の、鍵が空いているタイミングを狙って部屋に入る必要はありませんし、それに大家さんはこのマンションの住人に顔が知られているので、朝のような、人がたくさんいる時間帯に目立ちたくはないはずです。よって、その可能性は低いと考えられます。
 それに、確かに部外者でも朝の動きを把握することはできますが、先ほど述べたように、部外者の人ならわざわざ朝のマンションなどという犯行が一番やりにくいタイミングを狙う必要はなく、金銭を狙うのならそれ以外の場所を狙うか、もしくはもっと適した時間帯や日付を狙うでしょう。また、部屋の窓は閉まっていて工作の痕もないこと、侵入経路が玄関からであることや防犯カメラの映像、部屋の状況、その他諸々を鑑みても、外部犯の可能性は薄いですね。
 ……まあ、確かに犯人が部外者や大家である可能性がゼロなわけではないです。実際に同じような時間帯でのマンションでも盗難の被害はありますし。ですが、これからお話しすることを聞いていただければ、これらの可能性はゼロに等しいとわかると思います。」
「分かりました。」
「ありがとうございます。」
二人が口を閉じたことを確認すると、探偵は推理を再開した。
「では、話を戻します。……ここまではすぐに分かります。ですが、問題はここからどうやって犯人を絞っていくのか、です。そして、鍵となるのがこれです。後藤刑事。」
「はい。」
後藤刑事は凶器となった包丁を取り出し、机の上に置いた。全員がその包丁に注目する。
「お察しの通り、これが今回の犯行の凶器です。残念ながらここから指紋などは発見されませんでした。ですが、重要なのはそこではなく、この包丁が橋本さんのゴミ袋から見つかったということです。」
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