前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?

柚木崎 史乃

文字の大きさ
23 / 31

23.行く手を阻む者達

しおりを挟む
 ──もし、はぐれたらローゼ川の河岸を目指せ。そこで落ち合おう。

 事前に、ハンスからそう念を押されていた。
 国境を越える前に追っ手に見つかれば、二手に分かれて逃げなければいけない場合だってあるだろう。
 だから、その時に備えて予め二人で決めていたのだ。

 ──とはいえ……ハンスさん、きっとびっくりしているわよね。早く、合流しないと……。

 せっかくギュスターヴとアリーゼへの復讐を果たしたというのに、勝利の美酒に酔う暇すらない。
 むしろ、今の私の心の中は達成感よりも焦燥感でいっぱいだった。

 三十分後。
 気づけば、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
 河岸に到着するなり、私は辺りをきょろきょろと見渡した。
 遠方に見える石造りの大きなアーチ橋には、夜景を楽しむために集まったと思しき人々の姿がまばらに確認できる。
 ……けれども、ハンスの姿はどこにも見当たらなかった。

「ハンスさん……一体、どこにいるの?」

 そう呟いた瞬間。
 突然、背後の茂みからガサガサと物音がした。

「え……?」

 小さな声が漏れると同時に、私は不意に背後から伸びてきた手によって口を塞がれる。

「むぐっ……!?」
「騒ぐな。大人しく降伏すれば、傷つけないと約束する。ただし、我々の監視下のもとで生活してもらうことになるがな」

 話しぶりから察するに、背後から私の口を塞いでいるのは恐らく近衛騎士団に所属する団員のうちの一人だろう。

「……!」

 ──どうして、ここにいることが分かったの……?

 そう考えつつも騎士の言う通りにしていると、やがて他の騎士達が茂みから出てきて私を包囲した。
 すると、突然後方から若い女性の声が聞こえてくる。

「やはり、張り込みをしていて正解でした。──あなたなら、必ずここに現れると思いましたから」
「!?」

 悠然とした態度で私の目の前まで歩いてきた女性を見た瞬間、私は息を呑んだ。
 というのも、その女性に見覚えがあったからだ。
 腰まで流れる白銀の髪、陶器のように透ける白い肌、氷のように冷たく美しいアクアブルーの瞳。そして、勇ましさと可憐さを同時に兼ね備えた純白のドレスアーマー。
 見間違えるはずがない。この女性は──

「予てより噂は聞いていましたが……こうして、実際に顔を合わせるのは初めてですね」
「女王陛下……?」

 そう、今目の前にいるのは若干二十歳にして王位を継ぎ、大国ノイシュを治めることになった麗しき君主──セシル女王だ。
 何故、彼女がこんな所に……? まさか、女王直々に自分を捕らえに来るとは思わなかった。

「ガートルード夫人──いえ、この場ではアメリア・クロフォード嬢と呼んだほうが相応しいでしょうか」

 セシル女王はそう言うと、改まった様子で一礼した。
 しばらくして顔を上げると、彼女はゆっくりと口を開いた。

「何故あなたの居場所が分かったか、知りたいですか? いいでしょう、教えて差し上げます」

 私の心を見透かしたかのように、セシル女王は話を続けた。

「昔から、沢山いたのですよ。……あなたのように、国境を越えて隣国へ逃げ遂せようとした異能力者達が。つまり、我々はその度に彼らの逃亡を阻止してきたというわけです。放っておけば、危険因子になりかねませんから」
「……! その人達は、どうなったんですか……?」

 恐る恐る聞き返すと、セシル女王は僅かに口の端を吊り上げて、

「もちろん、連れ戻しました。但し、抵抗を続ける者はその場でやむを得ず射殺する結果となりましたが……」
「なっ……」
「ですが、大人しく降伏した場合は命の保証はすると約束します。……わたくしは本来、平和主義者です。異能力者の捕獲が王としての務めとはいえ、できることなら穏便に解決したいので」

 悠然とした態度を崩さず、セシル女王はそう言ってのけた。
 恐らく、彼女は嘘は言っていない。私が大人しく降伏すれば、きっと殺しはしないのだろう。
 けれど……抵抗をやめるということは、すなわち自由を捨てるということだ。

 ──そんな人生を送るくらいなら、死んだほうがマシよ。

「さて、どうしますか? 国の監視下のもとで暮らすか、それとも最後まで諦めず抵抗し続けるか──決めるのは、あなたです」

 セシル女王はその冷ややかな青い瞳で私を見据え、選択を迫る。
 私は、ゆっくりと口を開くと──

「……あの人と約束したの」
「あの人?」
「何が何でも逃げ切って、幸せになるって──だから、私は彼の思いに応えるためにも絶対に逃げ切って見せるわ!」

 そう宣言すると、私は自分の口を塞いでいる騎士の手を取り、思い切り噛んだ。

ぅっ!? こ、こいつ……!!」

 痛みのあまり拘束を解いた騎士を後目に、私は一目散に駆け出して待ち合わせ場所へと向かう。

 ──ハンスさん……! 今、行くから待っていて!

 ……が、予め決めてあった合流場所には彼の姿はなかった。
 ともすれば、ホバークラフトを停めてある場所にいるに違いない。
 きっと、何かトラブルがあってあの場所に来れなかったのだろう。
 そんなことを考えている間にも、自分と追っ手達の距離はみるみるうちに縮まっていく。

「絶対に逃さんぞ!!」

 一人の騎士が、私の髪を乱暴に掴んだ。その瞬間、私は転倒してしまう。

「っ──!!」

 騎士の大きな手が、再び私を拘束しようと迫ってくる。
 ああ、一巻の終わりだ。そう思った次の瞬間。私を転倒させた騎士が目の前で勢いよく吹っ飛んだ。
 一体、何が起こったのだろうか?

「アメリア!!」
「え……?」

 声がした方向に視線を移してみれば、そこにはレオの姿があった。
 よく見てみれば、彼は拳を握りしめ荒々しく肩で息をしている。
 状況から察するに、恐らくレオが私を捕らえようとしていた騎士を殴ったのだろう。

「行くぞ、アメリア! 何としてでも逃げ切るんだ!」
「レオ!? でも、どうしてあなたがここに──」
「大事な幼馴染が危険な目に遭っているってのに、じっとしてなんかしていられるかよ!」
「……! レオ……」

 レオは、納得して自分を送り出してくれたと思っていた。
 けれども、彼の中では全然納得なんかしていなくて……こうやって、自分のピンチに駆けつけてくれた。
 幼馴染を気遣ったつもりが、逆に助けられてしまう結果になり不甲斐なさやら嬉しさやらで胸がいっぱいになる。

「ねえ、レオ! ハンスさんを見なかった!? 途中ではぐれてしまったの!」
「わかんねぇ……俺も、散々この辺りを探し回ったんだけどさ、どこにもハンスの姿が見当たらねーんだよ!」
「……! まさか、私とはぐれた直後に追っ手に襲われて──」
「なっ……そんなはずねーだろ? いつも気怠そうにしてるけど、ああ見えて腕っぷしはそれなり強いんだぜ? ……とにかく、ホバークラフトを見つけたらすぐに出発しよう!」

 そんな会話をしながら、私達は船が停めてある場所を目指して全速力で走る。
 ジョアン曰く、魔法文明の遺物であるホバークラフトは燃料──つまり、魔力を注入しなくてもまだ動く状態らしい。
 対岸へ渡るくらいなら、ぎりぎり燃料は持つだろう。
 私が異能力者として覚醒している状態なら燃料の心配もしなくて済んだのだろうけれど……今はまだ魔力が開花していない状態だから、ひたすら途中で燃料が切れないことを祈るしかない。

「見えたぞ! あそこだ!」

 レオが指さした方向を見ると、そこには事前にジョアンが準備してくれたホバークラフトと思しき乗り物が停めてあった。
 外観は──奇抜なデザインの、屋根のない鉄製の小型船といったところだ。
 先頭に操縦席があり、後部には四人くらい乗れそうな広さの座席が設置されている。

「急ぐぞ!」
「ええ!」

 そう返すと、私は自分の手を引いているレオの手を強く握り返した。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです

鍛高譚
恋愛
内容紹介 「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」 王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。 婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。 「かしこまりました」 ――正直、本当に辞めたかったので。 これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し…… すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。 そしてその瞬間―― 王宮が止まった。 料理人が動かない。 書類が処理されない。 伝令がいない。 ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。 さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。 噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。 そしてついに―― 教会・貴族・王家が下した決断は、 「王太子廃嫡」 そして。 「レティシア、女王即位」 婚約破棄して宰相をクビにした結果、 王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――? これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの 完全自業自得ざまぁ物語。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

婚約破棄ですか?構いませんわ。ですがその契約、すべて我が家のものです

ふわふわ
恋愛
王太子ユリウスは、王立学園の卒業舞踏会で突然宣言した。 「カリスタ・ヴァレリオンとの婚約を破棄する!」 隣には涙を流す義妹ルミレア。 彼女は「姉に虐げられてきた可哀想な令嬢」を演じ、王太子はそれを信じてしまう。 だが――王太子は知らなかった。 ヴァレリオン公爵家が 王国銀行の資金、港湾会社の株式、商人組合の信用保証―― 王国経済の中枢を支える契約のほとんどを握っていたことを。 婚約破棄と同時に、カリスタは静かに言った。 「では契約を終了いたします」 その瞬間、王国の歯車は止まり始める。 港は停止。 銀行は資金不足。 商人は取引停止。 そしてついに―― 王宮大広間で王太子の公開断罪が始まる。 「私は悪くない!」 「騙されたんだ!」 見苦しく喚き暴れる王太子は、衛兵に取り押さえられ、床を引きずられるようにして連行されていく。 王太子、義妹、義父母。 すべてが破滅したとき、カリスタはただ静かに告げる。 「契約は終わりました」

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです

鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。 理由は―― 「王太子妃には華が必要だから」。 新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。 誰もが思った。 傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。 けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。 「戻りません」 彼女は怒らない。 争わない。 復讐もしない。 ただ――王家を支えるのをやめただけ。 流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。 さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。 強いざまあとは、叫ぶことではない。 自らの選択で、自らの立場を削らせること。 そして彼女は最後まで戻らない。 支えない。 奪わない。 ――選ばれなかったのではない。 彼女が、選ばなかったのだ。 これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...