【完結】出戻り令嬢の三度目の求婚

丸山 あい

文字の大きさ
31 / 57

青丹の少年 Ⅱ

しおりを挟む
 ビルネンベルクとベッセルが村長の家へと出た直後、リュディガーは表に留めたサリックスの様子を見てくる、と言い表へと出ていった。

 表でベッセルらとリュディガーがやりとりする声と、直後に馬と場所が家の外を移動する音が聞こえ、そうしてしばらくしてから戻ってきた彼は、ビルネンベルクの御者とともに現れた。

 車を移動し終えたビルネンベルクの御者は、どうやら先程出ていったビルネンベルクとベッセルに促されて入ったようだった。

 御者は恐縮した様子で、縮こまるように外套を脱いだ。その外套を受け取ったのは、いつの間にかそばに駆け寄っていたマリウスであった。

 そしてベッセル夫人イザベラが、暖炉の近くの席を勧めるもこれを御者は固辞する。リュディガーもまた勧めたのだが、御者はやはり苦笑して首を振り、部屋の片隅にあった椅子に腰を据えた。

 そうしている間に、マリウスがお茶を運んできてくれた。

 キルシェとリュディガーへと配り終わると、御者にもお茶を配する。

 そして、一度下がった彼は、干した果物などのお茶請けを出すのも忘れない。考え、率先して動いているのが、なんとも甲斐甲斐しい。

「あ、あの!」

 少しばかり足早にリュディガーへ駆け寄ったマリウスに、リュディガーはお茶に伸ばしかけた手を止めて体を向ける。

 幾分か深刻そうな顔をしていて、リュディガーもキルシェも内心構えた。

「どうした?」

「僕、着替えてくるので……」

「ああ、さっき言われていたな」

「その……ちょっと席を外しますが……ま、待っていてもらえますか?」

「ああ、もちろん」

 行っておいで、と笑って言えば、マリウスは深刻そうな顔が途端に喜びが溢れんばかりに破顔して、一礼すると駆け足で扉へ向かう。

 その忙しなさに母親が苦言を言う暇があらばこそ扉の向こうへ消え、さらに、たたた、と軽妙な音が駆け上がっていく音がする。

 これにはイザベラも困り果て、キルシェとリュディガー、そして御者へと申し訳無さそうに頭を下げた。

 イザベラに対し、気にしていないことをふたりで仕草で示し、キルシェはお茶を手に取る。

「初めてマリウスに出会った夏至祭のとき……品物の数が少ない理由を言っていたが覚えているか?」

 一口飲んだところで、同様にお茶を飲んだリュディガーが問いかけてきた。

「えぇっと……確か……何かを届けるって……大きな物__あぁ、シャンデリアだったかしら? それを運んだから売り物が運べなくて少ないって……」

「そう。そのシャンデリアが__」

「まさか、帝都のビルネンベルクのお屋敷の?」

「らしい」

 そうだったの、とキルシェが答えていれば、またも二階を駆ける軽妙な足音がして、そしてその足が1階へ降りたかと思えば、扉からマリウスが現れた。

 すかさず注意するイザベラに対して、マリウスは謝りこそすれ、すでに体はキルシェら__リュディガーの元へ、数歩のところであった。

「元気そうだな、マリウス。背も伸びた」

 マリウスははにかんで、鼻を擦った。

「あれから、このぐらいは伸びてますから」

 言いながら親指と人差し指で作る長さは、キルシェの人差し指と粗変わらない長さを示していた。

「2年前の夏至祭以来じゃ、当然か……」

 感慨深げに腕を組み、目を細めるリュディガー。

「まさか家に来てもらうなんてことになるなんて、思ってもみませんでした」

「ああ、本当に」

「それどころか、もうお目にかかれないんじゃないかなぁって思っていたりもしていたので……軍人さんなら、州軍でも国軍でも任地は広いからって父さ__父が……」

「……そう、だな。確かに広いな。__急に異動になってな」

 __急な異動……。

 思わず内心で反芻してしまうのは、当人は軽く言っているが、そもそも異動ではない過酷な任務に着いたというのが事実だと知っているから。

 キルシェは、思わず膝に手を置いて、きゅっ、と手を握りしめた。

「じゃあ、やっぱりもうあまりお目にかかれませんね」

「__で、また異動になった」

 明らかに、しゅん、としたマリウスだったが、リュディガーの言葉に、弾かれるように顔を上げる。

「……え?」

「で、卒業したはずなのに大学に戻らざるを得ない状況になって……ほら、以前、大学に在籍しているって話しただろう?」

「はい」

「で、今回は、このあたりの土地勘があるから、ビルネンベルク先生のご指名で……あぁぁ、えぇっと……そう、この人の警護も兼ねて同行しているというわけなんだ」

 警護、という言葉に、一瞬なんの事か理解できなかったキルシェだが、リュディガーの意味深に視線を送ってくる仕草で、話を合わせろ、と言っているのを察して、こくり、と頷く。

 今回の所領への旅程は、キルシェはまるで詳細は知らされていない。

 この村までは馬車で、その後は龍で行く、とだけしか聞かされていないのだ。どこで乗るのかも知らされていない。

 どういう間柄であるかということも、場面場面で都合よく方便を使い分けるのだろうということを予想しているだけだ。

 __それで、警護……。

 学生なのに警護__そこそこにリュディガーの素性を知っているマリウスであれば、それで押し通せなくはないのだろう。

 __婚約関係であることは、伏せた方がいいわよね。

 夫婦でもない婚約関係にある男女だけでの旅は、とりわけキルシェやビルネンベルクの属する階級では醜聞と言えるからだ。

 駆け落ちだとか、そう尾鰭がつくもの。それを上の階級では好物にしている者は少なくない。

 叩き上げの男爵位ナハトリンデンの早速の評価になってしまうだろう。

 言わせておけ、と彼自身は気にしない質だろう。

 キルシェもまたそうだが、自分だけでなく後見人であるビルネンベルクの評価にかかわるから配慮すべきである。

「は、はぁ……」

 歯切れ悪く答えるマリウス。リュディガーは腕を組んだまま項垂れる。

「まぁ……一応、卒業は認めてもらえることになったがな……」

 やれやれ、とため息をこぼしながらひとりごちて言うリュディガーに、キルシェは苦笑を禁じ得ない。

「えぇっと……じゃあ、今日は、ナハトリンデンさんもこの村に泊まるってことですよね?」

 ああ、とリュディガーが顔を上げて答えると、マリウスの青丹の双眸が輝いて見え、心なしか高揚した風だった。

 彼とリュディガーとは、年に一度会った程度のはずだ。しかも特殊な任務に着いてしまったから、ここ2年は会っていないはず。

 たったその程度の面識で、しかも親戚でもなんでもない間柄だというのに、それでもかなりマリウスがリュディガーを慕っているという事実。キルシェは彼の為人を垣間みたようだった。無論それも、キルシェの中では想像の範囲__かつての彼らのやり取りを間近で見た身としては、当然のことと思える慕われようだ。

「明日は、ここからまた移動だが」

「移動って……帝都に戻られるのではない?」

 きょとん、としたマリウスに、リュディガーは苦笑して顎をさすった。

「……ここから、ちょっと遠出するんだ。ビルネンベルク先生は、お戻りになられるが」

 __ちょっと……?

 果たしてここから数日かかる場所が、ちょっと、という言葉で片付けていいものかどうか、キルシェは内心乾いた笑みを浮かべる。

 __だからこそ、龍に乗るというのに。

 明日はそれが待っている。

 帝国民であれば憧れる龍帝従騎士団の、彼らが駆る龍。世界に誇る精鋭である所以に。

 __本当に、恐れ多いことだわ……。

 忘れかけていたそのことを改めて意識してしまい、妙に喉が乾いた心地がする。

 キルシェはお茶の残りを二口で飲み切ってしまった。すると、すかさずマリウスがお茶を注ぎ入れてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 いえ、とこだわりなく笑う少年に、キルシェはつい数秒前の自身の飲み方を振り返って気恥ずかしさを覚えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

ヤンキー、悪役令嬢になる

山口三
恋愛
岸田和華(きしだわか)は異世界に飛ばされた。自分が読んでいた小説の悪役令嬢ジュリエットに憑依してしまったのだ。だが和華は短気でガサツで、中学高校と番を張ってたヤンキーだ。高貴な身分の貴族令嬢なんてガラじゃない。「舞踏会でダンス? 踊りなんて盆踊りしか知らないからっ」 一方、リアル世界に残された和華の中にはジュリエットが入っていて・・。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。

er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】皇女は当て馬令息に恋をする

かのん
恋愛
 オフィリア帝国の皇女オーレリアは和平条約の人質として敵国レイズ王国の学園へと入学する。  そこで見たのは妖精に群がられる公爵令息レスターであった。  レスターは叶わぬ恋と知りながらも男爵令嬢マリアを見つめており、その姿をオーレリアは目で追ってしまう。  暗殺されそうになる皇女が、帝国の為に働きながらもレスターへの恋をつのらせていく(予定)のお話です。  

処理中です...