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房付 Ⅱ
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四本の足で立っているが、その背の高さだけでも子供の頭より上にある。
しかも顎の力も強いし、子響から聞くところによれば、足も速い。分別あるように訓練されていても、そこはやはり犬とヒトだ。加減ができないかもしれない。
狗尾としてどのような訓練がされているからかは知らないし、他の一般的な犬というのをしっかり把握しているとは言えないが、シーザーはあまり感情の起伏がないように思える。
いつも落ち着き払っていて、よく周囲を観察し、ヒトを視ているようにロンフォールには思えた。
「どうしました?」
「子響殿」
言葉に詰まっていると、菜園へ踏み入った子響が声を掛けてきた。
「スレイシュ、ご苦労」
「いえ」
スレイシュは居住まいを正し、子響に軽く頭を下げた。
「なあ、子響。シーザー、子供たちと遊ぶの、危ないかな」
問われた子響は、シーザーを振り返った。
名前を呼ばれた上、注目を浴びていることに気づいている彼は、ちらり、と一同をみた。そうして、午後の日差しを浴びて大口を開け、欠伸をする。
その様は、わざと大口を開け、誇るように牙を見せ付けているようにも見えた。
その様子に苦笑を浮かべた子響は、ロンフォールに視線を戻す。
「狗尾に限らず、生き物は自分より弱者か否かを見極められます。分をわきまえている、とでも言えばいいのでしょうかね。守るべきだとかも、わかるはずだと思います。狗尾であれば訓練されているので、むやみやたらに害を与えることはしないでしょう。それに、この犬種は無駄吠えも少なく、普段は大人しくて子供への対応も大らかだと聞きます。私の見立てでは、大丈夫だと思いますが」
そこまで言うと、彼はシーザーへ再び顔を向けた。
「シーザー殿、子守が勤まるか?」
問いかけられた彼は、小首を傾げる。
「なあ、シーザー。この子たちが遊びたいんだって、お前と。できるよな?」
便乗したロンフォールの問いかけに、今度は逆の方へ小首をかしげる。
「シーザー殿がそうしてくれている間、この子響が、ロンフォール殿の護衛をしかと承る」
その言葉に対して、彼は微かに目を細めて子響を見つめたように、ロンフォールには見えた。
__言ってること、わかってるのか?
そうとしか思えない反応だ。
子響を吟味すること暫し。シーザーは伸びをしてゆっくり一同との距離を詰める。
堂々としたその歩き方に貫禄を感じさせる彼は、遊びたがっていたオセルの正面にくると腰を下ろした。そして、とん、と鼻先で、彼女の肩の辺りをつついた。
恐る恐るオセルは、その体の割りに小さい頭を撫でようと手を伸ばす。すると、シーザーが少しその手に向けて頭を寄せた。
撫でてもいいぞ、と言いたげな態度に、ロンフォールは笑ってしまう。
許可をもらったオセルが頭を撫で始めると、他の子供たちもこぞってなで始めた。
「うわ、さらさらだ」
「この犬、乗れるかな?」
「大きいけど、細いから落ちちゃうよ」
きゃらきゃら、笑いながら嬉々とする子供たちに、子響は苦笑を浮かべて釘を刺す。
「こらこら、お前たち。遊ぶのもいいが、サミジーナ殿に言われた食材、ちゃんと集めてからにしなさい」
あっ、と短く声をあげた彼らは、籠を手にしてシーザーを連れて菜園を駆け回った。
やがて籠いっぱいに食材を集めて、シーザーを連れて去っていく。
去り際、シーザーはちらり、と背後のロンフォールに振り返ったが、それに頷いて、大丈夫、と返すと、後ろ髪を引かれる思いがあるように何度か振り返りつつも、子供たちについていった。
「シーザーも、ずっと俺の傍にいっぱなしじゃ、大変だろうから、いい気分転換になるかもな」
「そうだな。いくらか名残惜しいみたいだったけど」
うん、とスレイシュに頷くと、やりとりを聞いていた子響がかすかに笑う。
「お二人とも、いくらかまともな会話はできたようで」
「ああ。すごく色々教えてもらった。子響みたいにとても物知りなんだ」
「そうでしたか」
「子響殿の受け売りです」
くつくつ、と笑う子響に、スレイシュは照れたように頬を指でかいていた。
この日を境に、ロンフォールはスレイシュや子供たちを通じて、他の里の者とも交友を深めるようになる。
里の者は、彼らの支えとも言える導師を傷つけたロンフォールに対し、スレイシュ同様、迎え入れることについて頭では分かっていても、やはり含むところが残ってしまっていて、心がついていけなかったのだ。
名代のリュングと子響が、その状況を危惧した。このままでは、導師の言葉の実現ができない、と。
そこで、ロンフォールの監視に、彼らと同じ考えであるスレイシュをあえて配した。
2人の思惑通り、僅かずつロンフォールに対して理解を示し、行動を共にするようになって、それほど労せずに彼らにも波及していったのだ。
ぶっきら棒だが根は真面目であるスレイシュとロンフォールのやりとりは、傍から見ていて龍騎士だとは思いにくいところもある。
そうした近づきやすい雰囲気に加え、手探りで日常を送り、見よう見真似で仕事を手伝っているロンフォールの直向さや健気さは、彼らにも伝わっていたのかもしれない。
子供の相手をしていると、必然的に女と接する機会が増え、彼女たちの作業をより近くでみるようになった。
生糸を染め、機織で織った布に刺繍を施す作業をする彼女たちは、談笑しながら手元を見なくてもこなせてしまう。その談笑はやがてロンフォールも交えて行われるようになった。
やがて、世話好きで談笑好きな女性たちにとって、いちいち面白い反応をするロンフォールそのものが、話の種になるほど好かれるようになる。すると、食事を作る手伝いに始まり、さまざまな頼まれごとをロンフォールはするようになった。
歓迎の宴も開かれるほど、里の者との交流が深まると、加速度的にロンフォールの刺激になるものは増えていく。
そう遠くない将来、自分にたどり着ける__着けてしまうことを不安に感じるロンフォールをよそに__。
しかも顎の力も強いし、子響から聞くところによれば、足も速い。分別あるように訓練されていても、そこはやはり犬とヒトだ。加減ができないかもしれない。
狗尾としてどのような訓練がされているからかは知らないし、他の一般的な犬というのをしっかり把握しているとは言えないが、シーザーはあまり感情の起伏がないように思える。
いつも落ち着き払っていて、よく周囲を観察し、ヒトを視ているようにロンフォールには思えた。
「どうしました?」
「子響殿」
言葉に詰まっていると、菜園へ踏み入った子響が声を掛けてきた。
「スレイシュ、ご苦労」
「いえ」
スレイシュは居住まいを正し、子響に軽く頭を下げた。
「なあ、子響。シーザー、子供たちと遊ぶの、危ないかな」
問われた子響は、シーザーを振り返った。
名前を呼ばれた上、注目を浴びていることに気づいている彼は、ちらり、と一同をみた。そうして、午後の日差しを浴びて大口を開け、欠伸をする。
その様は、わざと大口を開け、誇るように牙を見せ付けているようにも見えた。
その様子に苦笑を浮かべた子響は、ロンフォールに視線を戻す。
「狗尾に限らず、生き物は自分より弱者か否かを見極められます。分をわきまえている、とでも言えばいいのでしょうかね。守るべきだとかも、わかるはずだと思います。狗尾であれば訓練されているので、むやみやたらに害を与えることはしないでしょう。それに、この犬種は無駄吠えも少なく、普段は大人しくて子供への対応も大らかだと聞きます。私の見立てでは、大丈夫だと思いますが」
そこまで言うと、彼はシーザーへ再び顔を向けた。
「シーザー殿、子守が勤まるか?」
問いかけられた彼は、小首を傾げる。
「なあ、シーザー。この子たちが遊びたいんだって、お前と。できるよな?」
便乗したロンフォールの問いかけに、今度は逆の方へ小首をかしげる。
「シーザー殿がそうしてくれている間、この子響が、ロンフォール殿の護衛をしかと承る」
その言葉に対して、彼は微かに目を細めて子響を見つめたように、ロンフォールには見えた。
__言ってること、わかってるのか?
そうとしか思えない反応だ。
子響を吟味すること暫し。シーザーは伸びをしてゆっくり一同との距離を詰める。
堂々としたその歩き方に貫禄を感じさせる彼は、遊びたがっていたオセルの正面にくると腰を下ろした。そして、とん、と鼻先で、彼女の肩の辺りをつついた。
恐る恐るオセルは、その体の割りに小さい頭を撫でようと手を伸ばす。すると、シーザーが少しその手に向けて頭を寄せた。
撫でてもいいぞ、と言いたげな態度に、ロンフォールは笑ってしまう。
許可をもらったオセルが頭を撫で始めると、他の子供たちもこぞってなで始めた。
「うわ、さらさらだ」
「この犬、乗れるかな?」
「大きいけど、細いから落ちちゃうよ」
きゃらきゃら、笑いながら嬉々とする子供たちに、子響は苦笑を浮かべて釘を刺す。
「こらこら、お前たち。遊ぶのもいいが、サミジーナ殿に言われた食材、ちゃんと集めてからにしなさい」
あっ、と短く声をあげた彼らは、籠を手にしてシーザーを連れて菜園を駆け回った。
やがて籠いっぱいに食材を集めて、シーザーを連れて去っていく。
去り際、シーザーはちらり、と背後のロンフォールに振り返ったが、それに頷いて、大丈夫、と返すと、後ろ髪を引かれる思いがあるように何度か振り返りつつも、子供たちについていった。
「シーザーも、ずっと俺の傍にいっぱなしじゃ、大変だろうから、いい気分転換になるかもな」
「そうだな。いくらか名残惜しいみたいだったけど」
うん、とスレイシュに頷くと、やりとりを聞いていた子響がかすかに笑う。
「お二人とも、いくらかまともな会話はできたようで」
「ああ。すごく色々教えてもらった。子響みたいにとても物知りなんだ」
「そうでしたか」
「子響殿の受け売りです」
くつくつ、と笑う子響に、スレイシュは照れたように頬を指でかいていた。
この日を境に、ロンフォールはスレイシュや子供たちを通じて、他の里の者とも交友を深めるようになる。
里の者は、彼らの支えとも言える導師を傷つけたロンフォールに対し、スレイシュ同様、迎え入れることについて頭では分かっていても、やはり含むところが残ってしまっていて、心がついていけなかったのだ。
名代のリュングと子響が、その状況を危惧した。このままでは、導師の言葉の実現ができない、と。
そこで、ロンフォールの監視に、彼らと同じ考えであるスレイシュをあえて配した。
2人の思惑通り、僅かずつロンフォールに対して理解を示し、行動を共にするようになって、それほど労せずに彼らにも波及していったのだ。
ぶっきら棒だが根は真面目であるスレイシュとロンフォールのやりとりは、傍から見ていて龍騎士だとは思いにくいところもある。
そうした近づきやすい雰囲気に加え、手探りで日常を送り、見よう見真似で仕事を手伝っているロンフォールの直向さや健気さは、彼らにも伝わっていたのかもしれない。
子供の相手をしていると、必然的に女と接する機会が増え、彼女たちの作業をより近くでみるようになった。
生糸を染め、機織で織った布に刺繍を施す作業をする彼女たちは、談笑しながら手元を見なくてもこなせてしまう。その談笑はやがてロンフォールも交えて行われるようになった。
やがて、世話好きで談笑好きな女性たちにとって、いちいち面白い反応をするロンフォールそのものが、話の種になるほど好かれるようになる。すると、食事を作る手伝いに始まり、さまざまな頼まれごとをロンフォールはするようになった。
歓迎の宴も開かれるほど、里の者との交流が深まると、加速度的にロンフォールの刺激になるものは増えていく。
そう遠くない将来、自分にたどり着ける__着けてしまうことを不安に感じるロンフォールをよそに__。
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