【完結】わするるもの 〜龍の騎士団と片翼族と神子令嬢〜

丸山 あい

文字の大きさ
49 / 69

見せかけのなりすまし

しおりを挟む
 イェノンツィアはロンフォールにそれを羽織らせ、慣れた手つきで首元の留め金をかける。

 ロンフォールは眼前に彼の顔を見るが、彼は細かな作業をしていても、その目を一切開いていない。
 
 __見えてないんだとしたら、本当にすごいよな……。
 
 視力を補うように、ほかの感覚__勘のようなものが冴えているのかもしれない。

 あるいは、と自分が身に着けている法衣を見る。
 
  __神官騎士っていうのに関係あるのか……。
 
 龍騎士とまた違う指令系統である神官騎士は、神子に仕える騎士らしい。その神子は神によって見出される愛ぐ子で、特殊な力を振るえる。

 実は、神官騎士もその恩恵にあやかっていて、いくらか使えているか、あるいは、影響されているということもあるのだろうか__。

「もう少し日が傾いたら、目的の宮へと向かいます。これからは、このフードを目深に被ってください。一切目線を上げず、一切口を利かず、私の足元を見てついてきてください」

「わかった」

「シーザー、こっちへ来なさい」

 フィガロは、つかず離れずのところにたたずむシーザーを呼ぶ。

 狗尾いぬのおの彼は、主であるロンフォール以外の言葉にはあまり応じない。それは、今回もそうなのだろう、とロンフォールが思った矢先、ゆっくり、と長い足を動かして、彼は神子へと歩み寄った。

 興味深い、とロンフォールはその様子を見守る。

 彼女は、歩み寄る大犬に、地面を示してから人差し指を立てて、その手に注目させるように前へ出した。すると、指し示したあたりまで来た狗尾いぬのおは、その場に座った。

「ちょっと我慢なさいね」

 座るシーザーに視線を合わせるように屈んでそう言うと、フィガロはイェノンツィアを指で呼ぶ。

 その呼び出しに応じるイェノンツィアは、立ち上がって足で地面の図を消し、自分の衣嚢から小さい巾着を取り出しながら近づいた。

 見えているようにしか見えない、その迷いのない彼の挙動。__目が見えないはずなのに、指で呼ぶ神子の仕草を知り、地面に描いた絵を消してそちらへと歩みを向けている。不思議でたまらない、とロンフォールは思った。

 彼は、やや背後に控える形で片膝を立てて跪くと、手にした巾着を掲げるようにして差し出す。

「こちらに」

「ありがとう。__では、お願い」

「御意」

 イェノンツィアは神子の脇から進み出て、腕まくりをすると、巾着の中へ手を入れて小瓶を取り出した。

 小瓶の栓を抜き、黒みがかったとろみのある液体を、両手の平に広げて馴染ませる。

「失礼を」

 シーザーに言って、彼は躊躇することなく白い体毛に塗り付けはじめた。何度も手が往復するたびに、黒く染まっていくその体毛。

 撫でられること自体、あまり好みではないらしいシーザーはしかし、嫌がらずにじっと動かず耐えている。

「まじないか何かか?」

「いいえ。単純に色を変えるの。あなたの護衛は、このいぬしかいないのだから、ここで待たせるわけにもいかないでしょう。武器も携行してるけど、ほとんど役に立たないでしょうし」

 自分と神子と神官騎士、そして狗尾の少人数での行動。帝国の中枢に乗り込むにはあまりにも少ない人選だが、この選択肢しかなかった。子響をはじめ里の主力である数名は、先日の市場の事件で、顔が割れてしまっている。逃走することになれば、市井に紛れるのは困難だからだ。

 リュングを加えてもよかったが、それは名代という欠かせない立場だから、里に留まってもらった。

 狗尾を連れて行くというのも、危ういかもしれないが、この人選ではロンフォールには欠かせない護衛だ。

 シーザーの犬種ドラクセン・ウルフハウンドは、帝国には古くからある血統。狼を狩るため、また狼から家畜を守るため、ヒトと共存してきた歴史があるらしい。それは現在も同様で、一般的な犬種であるが、狗尾として本格的に導入されてはまだいないため、龍騎士でもない限り、狗尾シーザーを知る者は少ない。

「そんなもので、いいのではないかしら」

「__ですかね」

 イェノンツィアが塗り付けた色に染まったシーザーは、真っ黒ではないが、ほどよい自然な濃淡がある毛色になっていた。

 色が違うだけで、これほど別の犬になるとは思いもしなかったロンフォールは、へぇ、と感心した声を漏らす。

 塗り付けていた手が離れると、一度身震いをするシーザー。体毛にしっかりと染みているらしい液は、飛び散ることはない。

「司教……」

 恐る恐る、といった感じでイェンツィアがフィガロへ声をかける。

「__まことに恐縮ですが……こちらの衣嚢から、手拭を取っていただけませんか」

 黒い液体まみれの両手を示しながら、彼は苦笑を浮かべ、巾着を取り出した衣嚢とは反対にある衣嚢を示した。

 半眼になって呆れた表情のフィガロは、ため息をこぼす。

「手際が悪くて面目ない」

 イェノンツィアの謝罪は黙殺し、彼女は自分の衣嚢から白い手拭を取り出して、黒い両手の上に投げるように置いた。

「普段ならまだしも……あたし、斎忌さいきをしているのよ」

「ああ……そうでした。失敬」

 イェノンツィアはひとつ頭を下げてから、受け取った手拭で手を清めはじめる。

「さいき?」

「神事の前、心身を清めておくことです。穢れるので色々と制限があり、物忌みとも言いますね。場合によっては、引き籠ることもあります」

 さあ、とフィガロが手を打った。

「そろそろいいわね。進みましょうか」

 こっちよ、と手招きに従って、小さい少女の後に続く。

 森の中は鳥の囀りがにぎやかだ。まるで市場の喧噪のよう。それでも心地がいいのは、不思議に思える。

 遠目に鹿や雉も、兎も見かけた。この森は帝都にありながら、ケルビムの里のある森のように豊からしい。

 自然の摂理で起こる殺生は許されているが、ここで狩りをすることは禁忌で、だから動物も豊かに見かけられる、とイェノンツィアは言う。家畜のように飼っているわけではないが、ある種それに近い環境なのだそうだ。

 そう歩かないうちに、正面の木々の間から光があふれて目にまぶしくなる。木々を抜けていくと、眼前に湖が現れた。

 向こう岸は見えるが、地底湖の倍はある大きな湖。

 地底湖とは違い、こちらはさざ波が立つたび、夕刻の太陽の光を反射して輝いている。

 眩しさに目を細めていると、さざ波がこちらに向かって再び光る。その光が足元近くまで迫った直後、ロンフォールはひやりとした風に撫でられた。

 その吹き渡る風も、地底湖のそれと似ているようでどこか違う。

「あの川を下るわ。半刻もあれば三苑__かつみの離宮よ」

 示されたのは、湖畔から流れ出ている川のその向こう。
 いつぞや見かけた神殿より小規模な石造り。その一角が角のように天へと伸びた建造物だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

処理中です...