微熱でさよなら

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もはや習慣となりつつある中庭の観察だが、今日はどうしても昨夜の記憶が脳裏から離れず上の空だった。
痴態をさらした羞恥心はもちろんあるが、それ以上に頭から離れないのは、余裕のないテオフィルの息遣いと、あのくたびれた微笑__。

「公子さま、入ってよろしいですか」

開け放った露台の扉の向こう、居室の外から声がかかる。リーヌスは絡みつくような記憶を頭から振り払い、足置きから腰を上げた。

「どうぞ」
「失礼いたします」

部屋に入ってきた使用人は女性がふたり。後から入室してきた人物の顔を見て、リーヌスは驚いた。

「ベティーナ!」

公爵家で世話になっていた側仕えのベティーナは、涙をこらえるような顔で笑った。背中で一つに編んだ焦げ茶の髪を揺らし、駆け寄ってくる。

「心配いたしました……」
「どうしてここに?」
「公爵閣下に紹介状を書いていただきました」

彼女はリーヌスより少し年上で、両親とともに家族で代々公爵家に仕えている。レーヴェンタールが困窮し、貴族としての肩身が狭くなってもそれを誇りに思ってくれていることを、リーヌスは知っていた。
ベティーナがリーヌスの手を握り、声を潜めて囁く。

「酷いことはされていませんか」
「大丈夫」

リーヌスが答えると、ベティーナは一歩下がって腰を折った。

「これからはこちらの邸宅でお世話になります」

二人が部屋を出ていく。
付き添いの使用人の話によると、研修を終えるまでは新人が専属の側仕えになることは難しいようだ。邸内の動線や上下関係を理解できない者を貴人の側近にはできないだろう。
公爵家で働くことを誇りとするベティーナがベルヒェット邸に移るなど、なかなか信じられなかったが、事実が沁み込んでくると次第にじんわりと胸があたたかくなる。慣れ親しんだ人が気軽に会える場所にいてくれるだけで、心持ちは今までとだいぶ違う気がした。



「見ての通り今日は忙しい。夜は一人で慣らしておけ」

テオフィルは今や、食事を口に運びながら書類に目を通していた。相当忙殺されていると見える。急いでいたとはいえ食事だけに集中していた昨日と一昨日は、まだ余裕があったらしい。
忙しない事業家の様子を窺ううちに、リーヌスはあることに気がついた。彼の皿に載る料理が、予め一口大に切り分けられている。ナイフを使わず、フォークのみで食事できるようになっているのだ。
テオフィルは書類をめくると、使用人に書面を示しながら何かを確認する。王都内の土地と建物についての話をしているらしかった。
そして連日の通り、かなりの速さで食事を終えて立ち上がる。

「もうやり方はわかるだろう。横着するなよ」
「うん……」

テオフィルはほとんど駆け足で食堂を立ち去った。その背中を見送りながら、頭は思惟に沈んでいく。
自分は果たしてこのまま、何もしないまま、ただ与えられる贅沢を享受していていいのだろうか、と。
羊肉を切り分ける。ナイフの刃を通しただけで質がいいとわかるものだった。

「……」

ほとんど無理矢理婚約を結ばされた経緯があれど、それはレーヴェンタールが資金繰りに苦労しているからという前提があってのものだ。いくらテオフィルが貴族姓を手に入れて動きやすくなっても、レーヴェンタールの受ける利益のほうが大きいと、リーヌスには思えた。


居室に戻ると使用人の手で体を洗われたが、昨日と一昨日ほど念入りではなかった。今日は主人の訪問がないと通達されたのだろう。
寝台の近くの机には、昨夜と同じように張型が並べられている。リーヌスは枕にもたれて足を広げ、自らの指を後穴にあてがった。

「……っ」

少し入り口のあたりをいじってみるが、中が濡れる気配はない。潤滑油の入った小瓶を手に取る。蓋を開けると花の香りがした。傾けて、指先に垂らす。

張型を入れられると思えるまで自身の中を解すには、かなりの時間を要した。式の日まで__つまり初夜まで、残すは今日を含めあと三日。それまでにあの大きさの男根を迎え入れる準備をしなければならない。
昨夜手のひらで感じた、逞しく猛った欲望のしるしを思い浮かべる。罪悪感のような、羞恥心のような、ひどい居た堪れなさを必死に無視して。
ぎゅう、と腹の底で熱い衝動の閃きがあった。雄を欲する、孕まされる性の本能が、湧き上がるように下腹に広がっていく。
一番小さな張型を手に取る。今のところこれしか出番はないが、明日からは他の大きさのものも使うようになるだろうか。

「ふう……っ、く、ああ……ッ」

卑猥な形の彫り物は、ぬるついた水音を立ててリーヌスの後穴に沈んだ。もう潤滑油は必要なかった。
自分の指では届かなかった奥のほうを、張型が蹂躙する。リーヌスは歯を食いしばり、意地で張型を最後まで押し込んだ。

「ッ、あああ、うう」

彫りによって作られた膨らみが快い場所を擦る。仰け反って絶頂をこらえ、昂りが引くまでそのまま耐える。
これまで一、二週間に一度ほどの間隔で自らを慰めてはいたが、後穴を使うことはあまりなかった。どうやって気持ち良くなればいいのかうまく理解できなかったからだ。けれど、後ろで絶頂に達する悦びを知ってしまったからには、もう元には戻れない。
このまま快感を追い求めたい気持ちをなんとか押さえつけ、リーヌスは張型が自分の中に馴染むのをじっと待った。
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