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式まであと二日。
流石に、今日は中庭を眺める余裕はなかった。式当日に向けた準備をしなければならない。
朝から仕立て屋が一昨日採寸したリーヌスの体にぴったり合う婚礼衣装を持って、最終的な調整をするため訪ねてきた。
「もう少し腰は詰めて良さそうですね」
膝をついてスラックスの腰回りに丁寧にまち針をさす初老の男性に、リーヌスは問いかける。
「この二日でこれを?」
「いいえ。注文を受けたのは一ヶ月前でしたから、寸法がわからなくても作れるところから作っていきましたよ」
「そうか……」
結婚の計画は少なくとも一ヶ月前から動き始めていたらしい。もしアルブレヒトとの婚約がもう少し早ければ、自分がここにいることはなかっただろうか。
白い衣装は美しかった。襟やコートの裾にきらめく宝石は、淡い青のものを中心として、透明の石を用いて上品に装飾されている。宝石は日を映しては透かしてきらきらと輝きを放つ。純白の緻密な刺繍が、陽射しによって生地にかすかな陰影を浮かび上がらせていた。
何もかもが自分には分不相応に思える。しかしベルヒェットの結婚相手であれば、広告のような役割を担うことになるのだろう。気合いを入れなければ。
改めて背筋を伸ばし、隣に置かれた全身鏡に視線を遣る。未だ困惑したような顔を浮かべた男が、白い衣装を纏って鏡の向こうからじっと自分を見つめていた。
「ヴェールは当日のお披露目です。お楽しみになさってください」
「ありがとう」
正直気が重いだけだったが、無理矢理口角を持ち上げる。
調整が終わると、仕立て屋たちは最後の縫い上げのために引き上げていった。使用人の話によると、仕上げはこの邸宅の一室を貸して行われるようだ。今日のうちには完成する予定だという。
招待客の最終確認もしなければならなかった。テオフィルが選んだ客の一覧に目を通す。名のある家門が揃っている上、傍系ではあるが王族の参列もある。
もちろん、ゲートハイル伯爵家の名前もあった。基本的には家ごとに招待をかけたためにその家から誰が出席するのかは不明だが、アルブレヒトは来るだろうという予感がした。彼は次男ではあるが、家督や後継となる長男が出席するべきという決まりはない。
テオフィルは婚約した日のうちにレーヴェンタール公爵家の名を借りて招待状を送ったというから、用意が良いにもほどがある。ベルヒェットはただの商家であるため、本来は貴族に結婚式の参列を求めることはかなわない。しかし、公爵家との結婚であれば貴族にも招待状を送って不自然ではない。
そして、急な招待であっても、おそらくほとんどの招待客は出席するだろう。大金を引っ提げて貴族社会に足を踏み入れようとする闖入者を見定めるために。
招待客に目を通しざっと頭に叩き込むと、次は庭で式の段取りの確認だった。数日ずっと眺めていた中庭に立つのは変な感じがした。植木は人工物のようにきっちり整えられて、使用人たちの努力を感じさせた。まだ装飾はなされていないが、演壇も設営されている。
入退場の手順や宣誓の儀礼を実際に動いて確認する。
「迷ったら旦那さまに合わせてください。心配は要りませんよ」
「わかった」
「演壇に上がる際はお足元にご注意ください。段差の境目が少し見えづらいので……」
晩餐の時間までは目まぐるしく過ぎていった。
向かいで食事をとるテオフィルを見つめる。相変わらず忙しなく口に料理を運んでいるが、今日は書類を持ち込んではいなかった。
彼の一口は大きく、咀嚼は強い。食事の席でのマナーとしては反感を買うだろうが、気持ちの良い食べっぷりではある。
魚を切り分ける手つきは無造作なのに、どこか荒っぽい色気を感じて、リーヌスは気まずくなって目を逸らした。金に物を言わせて強引に婚約を結んできた人物を相手に、一体何を考えているのか。
連日の通り、テオフィルが先に食事を終えて席を立つ。リーヌスも遅れて食堂を辞した。
湯浴みは昨日とは違って入念に行われた。多少の気まずさを覚えつつも、使用人たちに体を委ねる。
部屋に一人残されたリーヌスは、暖炉を眺めてテオフィルを待った。ゆらめく炎が夜の冷え込みを打ち消して、頬をじんわりとあたためていく。
正直なところ、現状に不満はなかった。不安がないと言えば嘘になるけれど。レーヴェンタールは復興し、その後もベルヒェットの資本を好待遇で借りて事業を行える。両親もようやく長年の苦労から開放されるはずだ。
それに、テオフィルは素っ気なく冷たいが、もう彼がそれだけの人でないことはわかっている。疲れるし、笑うこともある。歩み寄って、良い関係を築けるだろうか。
かすかに、戸の金具の軋む音がした。
リーヌスはテオフィルを出迎えようと、長椅子から腰を上げた。疲れたテオフィルを、何かしら慰めたり、励ましたりできるかもしれないと思った。
扉から身を滑り込ませた男の姿を目にするまでは。
「っ、あ……アルブレヒト……」
流石に、今日は中庭を眺める余裕はなかった。式当日に向けた準備をしなければならない。
朝から仕立て屋が一昨日採寸したリーヌスの体にぴったり合う婚礼衣装を持って、最終的な調整をするため訪ねてきた。
「もう少し腰は詰めて良さそうですね」
膝をついてスラックスの腰回りに丁寧にまち針をさす初老の男性に、リーヌスは問いかける。
「この二日でこれを?」
「いいえ。注文を受けたのは一ヶ月前でしたから、寸法がわからなくても作れるところから作っていきましたよ」
「そうか……」
結婚の計画は少なくとも一ヶ月前から動き始めていたらしい。もしアルブレヒトとの婚約がもう少し早ければ、自分がここにいることはなかっただろうか。
白い衣装は美しかった。襟やコートの裾にきらめく宝石は、淡い青のものを中心として、透明の石を用いて上品に装飾されている。宝石は日を映しては透かしてきらきらと輝きを放つ。純白の緻密な刺繍が、陽射しによって生地にかすかな陰影を浮かび上がらせていた。
何もかもが自分には分不相応に思える。しかしベルヒェットの結婚相手であれば、広告のような役割を担うことになるのだろう。気合いを入れなければ。
改めて背筋を伸ばし、隣に置かれた全身鏡に視線を遣る。未だ困惑したような顔を浮かべた男が、白い衣装を纏って鏡の向こうからじっと自分を見つめていた。
「ヴェールは当日のお披露目です。お楽しみになさってください」
「ありがとう」
正直気が重いだけだったが、無理矢理口角を持ち上げる。
調整が終わると、仕立て屋たちは最後の縫い上げのために引き上げていった。使用人の話によると、仕上げはこの邸宅の一室を貸して行われるようだ。今日のうちには完成する予定だという。
招待客の最終確認もしなければならなかった。テオフィルが選んだ客の一覧に目を通す。名のある家門が揃っている上、傍系ではあるが王族の参列もある。
もちろん、ゲートハイル伯爵家の名前もあった。基本的には家ごとに招待をかけたためにその家から誰が出席するのかは不明だが、アルブレヒトは来るだろうという予感がした。彼は次男ではあるが、家督や後継となる長男が出席するべきという決まりはない。
テオフィルは婚約した日のうちにレーヴェンタール公爵家の名を借りて招待状を送ったというから、用意が良いにもほどがある。ベルヒェットはただの商家であるため、本来は貴族に結婚式の参列を求めることはかなわない。しかし、公爵家との結婚であれば貴族にも招待状を送って不自然ではない。
そして、急な招待であっても、おそらくほとんどの招待客は出席するだろう。大金を引っ提げて貴族社会に足を踏み入れようとする闖入者を見定めるために。
招待客に目を通しざっと頭に叩き込むと、次は庭で式の段取りの確認だった。数日ずっと眺めていた中庭に立つのは変な感じがした。植木は人工物のようにきっちり整えられて、使用人たちの努力を感じさせた。まだ装飾はなされていないが、演壇も設営されている。
入退場の手順や宣誓の儀礼を実際に動いて確認する。
「迷ったら旦那さまに合わせてください。心配は要りませんよ」
「わかった」
「演壇に上がる際はお足元にご注意ください。段差の境目が少し見えづらいので……」
晩餐の時間までは目まぐるしく過ぎていった。
向かいで食事をとるテオフィルを見つめる。相変わらず忙しなく口に料理を運んでいるが、今日は書類を持ち込んではいなかった。
彼の一口は大きく、咀嚼は強い。食事の席でのマナーとしては反感を買うだろうが、気持ちの良い食べっぷりではある。
魚を切り分ける手つきは無造作なのに、どこか荒っぽい色気を感じて、リーヌスは気まずくなって目を逸らした。金に物を言わせて強引に婚約を結んできた人物を相手に、一体何を考えているのか。
連日の通り、テオフィルが先に食事を終えて席を立つ。リーヌスも遅れて食堂を辞した。
湯浴みは昨日とは違って入念に行われた。多少の気まずさを覚えつつも、使用人たちに体を委ねる。
部屋に一人残されたリーヌスは、暖炉を眺めてテオフィルを待った。ゆらめく炎が夜の冷え込みを打ち消して、頬をじんわりとあたためていく。
正直なところ、現状に不満はなかった。不安がないと言えば嘘になるけれど。レーヴェンタールは復興し、その後もベルヒェットの資本を好待遇で借りて事業を行える。両親もようやく長年の苦労から開放されるはずだ。
それに、テオフィルは素っ気なく冷たいが、もう彼がそれだけの人でないことはわかっている。疲れるし、笑うこともある。歩み寄って、良い関係を築けるだろうか。
かすかに、戸の金具の軋む音がした。
リーヌスはテオフィルを出迎えようと、長椅子から腰を上げた。疲れたテオフィルを、何かしら慰めたり、励ましたりできるかもしれないと思った。
扉から身を滑り込ませた男の姿を目にするまでは。
「っ、あ……アルブレヒト……」
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