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そのときの俺には、何か予感があったのだろうか。
それとも彼の手によるものなのか。
布団に包まれた温もりと微睡んだ意識のなかで、なぜか俺は目を覚ます。
其処はいつもの自室ではなく、真っ暗で何も無い、果てすら見えない広大な空間が広がっていた。
「久しぶりですね。」
声をかけられた方角を見ると…
「いきなりでごめんなさい。」
俺に向かって微笑む彼がいた。
「……皇帝陛下?夢でも見てるのか?」
「夢だけど、僕は現実ですよ。ここはあなたの夢の中。僕は魔法を使って、精神だけこの世界に入ってきた。いきなりお邪魔してごめんなさい。」
「それは構いませんが…魔法でそのようなことが出来るなんて…」
火や水や雷を出せる、程度の知識しか無かった俺は戸惑いを隠せない。
「ふふふ。魔法の世界は底がないと言われてますからね。それで此処に来た理由は、近況を教えてほしいからと、スフィールで働くうえでの研修のため。」
「畏まりました。それでは…」
「畏まらないで。」
「は?」
セディオムはムッとした顔で、俺の瞳を見る。
「さっき言った研修にも関係することだから。此処では畏まった態度はやめて、対等に話して。」
「了解。それじゃあ近況報告からしようか。」
俺は戴冠式で会ってからこれまでのことを報告した。
「………すごいね。この短期間でそれだけのことを成し遂げるなんて。まるですべてを予め知っていたかのように。」
「……………」
「ええと、それじゃあ研修をしたいんだけど、その前にひとつ謝っておかなきゃいけないことがあるんだよね。」
「なんだ?」
セディオムは少し申し訳なさそうに言う。
「確かに国王陛下には、君を宮廷魔導師として雇いたいとは言ったんだけど、メインでやってほしい仕事は別なんだ。」
「メイン?いったいなんだ?」
「僕の魔力供給係。」
思わず口を噤む。
「……魔法を使えない俺が、皇帝のアンタを満足させられるほどの魔力を供給できるのか?」
「あー、そこ。魔法を知らない他国の人からよく誤解を受けるんだよね。」
セディオムは少し佇まいを直し、教育モードとして本腰を入れる。
「魔力がなければ魔法は使えないけど、魔法を使えないから魔力がないって訳じゃないんだよ。そもそも魔法ってのは特技とかと同じで、習得したら使える。それでさ…」
セディオムに不意打ちで顔を寄せられ、思わずドキッとする。
「……こうして近くで見たら、やっぱり凄いよ、君の魔力。魔力の量って先天的な部分ももちろんあるんだけど、訓練してもないのにこれほど持ってる人間は、千年にひとりかそれより少ないんじゃないかな。」
信じられなかった。
勉強もできず、スポーツもできず、芸術もできず、何をやっても駄目だった俺の才能。
「どうすれば、もっと魔力を持てるようになる?」
考えるより先に、その言葉が出た。
「流石に今はその必要はないよ。いくら多くても持ってるだけでは意味がないし、それよりアウトプットさせた方がよっぽど色んなことができるよ。」
「魔法を覚えろってことか?」
「その通り。今の君は材料を持ってるけど調理方法が分からないから食事にできないのと同じような状態。すぐに豪華絢爛なごちそうが出来上がるよ。」
「よっし!!死ぬ気で頑張る!!」
そんなわけで俺は、セディオムの指導のもと魔法を習った。
脳も体も眠っている状態で、ハッキリとした自我を保ち、精神的活動を続けていられる彼の魔法は、素人の俺から見ても上級者なんてレベルじゃない、それこそ選ばれた人間の領域であることは窺い知れる。
しかし…
「……ふぅ。」
精神体であるはずのセディオムから、疲労の色が見える。
「ちょっと疲れたかな。」
「大丈夫か?今日はもうこのくらいにしとくか?」
「ううんと……そう言えば最初のとき、言い忘れてたことがあったんだけど。」
「?」
「ホラ、君には僕の魔力の供給係になってほしいっていうアレ。」
ああ…そう言えば。
魔法の練習に夢中になり過ぎてて、すっかり記憶の彼方だった。
「どうやってするんだ?」
「……………」
セディオムはなぜか黙る。
「まさか…俺の血肉を食べるとか?」
「いや、そんな方法ではないよ。ただ…」
キッパリ否定されたが、本当のことは言いにくそうだ。
「………その、マウストゥーマウス。唇同士でのキスでやるんだよ。昔から。みんな。いやでも、それはスフィールでの常識ってだけで、嫌なら別に」
言い終わるのを待たずに、俺は唇を奪った。
「……………」
「……………」
「「……………」」
まだ足りないのかとキスを続けたが、やがて突き飛ばされた。
「も、もういいから!!!」
セディオムは大声で拒絶する。
そのさまは照れているというより、驚いているような、ばつが悪いといった風な、そんな様子だった。
「……その、クランドル王国でも、こういうことをするの?」
「?」
「いや、だから、慣わしとか、何かをするために必要なキスとか。」
「そんなものクランドルにはない。」
セディオムは呆気に取られていた。
「恥ずかしいとか、嫌だったりしないの?」
「しない。診察のために女性の服を脱がせた医者を批判したりはしないだろ?」
「…それもそっか。」
「他国の連中から何を言われたのか知らないけど、スフィールではそれが当然のことなんだろ?皇帝ならもっと堂々と言えよ。」
「………うん、君の言う通りだ。」
セディオムが『ありがとう』と小さく呟いたのをスルーし、俺はふと気になったことを訊く。
「どうしてこんな大掛かりな魔法を選んだんだ?近況報告と研修だけなら、俺を別の場所に移動させたり、手紙を飛ばしたりも出来るだろ?」
「万が一にもそっちの人たちにバレないようにだよ。君が魔法で移動するところを見られたり、手紙を見られたりしたら、王弟殿下がスフィールの人間と密通してたことが知られる。それこそ厄介な問題がまたひとつ増えてしまうよ。」
「……それは、その通りだな。」
セディオムがあ、と声を漏らす。
「そろそろ朝がくるよ。それじゃあまたね。」
「ああ。じゃあな。」
俺は海底から浮かぶように天へと上り、夢の世界から脱出した。
それとも彼の手によるものなのか。
布団に包まれた温もりと微睡んだ意識のなかで、なぜか俺は目を覚ます。
其処はいつもの自室ではなく、真っ暗で何も無い、果てすら見えない広大な空間が広がっていた。
「久しぶりですね。」
声をかけられた方角を見ると…
「いきなりでごめんなさい。」
俺に向かって微笑む彼がいた。
「……皇帝陛下?夢でも見てるのか?」
「夢だけど、僕は現実ですよ。ここはあなたの夢の中。僕は魔法を使って、精神だけこの世界に入ってきた。いきなりお邪魔してごめんなさい。」
「それは構いませんが…魔法でそのようなことが出来るなんて…」
火や水や雷を出せる、程度の知識しか無かった俺は戸惑いを隠せない。
「ふふふ。魔法の世界は底がないと言われてますからね。それで此処に来た理由は、近況を教えてほしいからと、スフィールで働くうえでの研修のため。」
「畏まりました。それでは…」
「畏まらないで。」
「は?」
セディオムはムッとした顔で、俺の瞳を見る。
「さっき言った研修にも関係することだから。此処では畏まった態度はやめて、対等に話して。」
「了解。それじゃあ近況報告からしようか。」
俺は戴冠式で会ってからこれまでのことを報告した。
「………すごいね。この短期間でそれだけのことを成し遂げるなんて。まるですべてを予め知っていたかのように。」
「……………」
「ええと、それじゃあ研修をしたいんだけど、その前にひとつ謝っておかなきゃいけないことがあるんだよね。」
「なんだ?」
セディオムは少し申し訳なさそうに言う。
「確かに国王陛下には、君を宮廷魔導師として雇いたいとは言ったんだけど、メインでやってほしい仕事は別なんだ。」
「メイン?いったいなんだ?」
「僕の魔力供給係。」
思わず口を噤む。
「……魔法を使えない俺が、皇帝のアンタを満足させられるほどの魔力を供給できるのか?」
「あー、そこ。魔法を知らない他国の人からよく誤解を受けるんだよね。」
セディオムは少し佇まいを直し、教育モードとして本腰を入れる。
「魔力がなければ魔法は使えないけど、魔法を使えないから魔力がないって訳じゃないんだよ。そもそも魔法ってのは特技とかと同じで、習得したら使える。それでさ…」
セディオムに不意打ちで顔を寄せられ、思わずドキッとする。
「……こうして近くで見たら、やっぱり凄いよ、君の魔力。魔力の量って先天的な部分ももちろんあるんだけど、訓練してもないのにこれほど持ってる人間は、千年にひとりかそれより少ないんじゃないかな。」
信じられなかった。
勉強もできず、スポーツもできず、芸術もできず、何をやっても駄目だった俺の才能。
「どうすれば、もっと魔力を持てるようになる?」
考えるより先に、その言葉が出た。
「流石に今はその必要はないよ。いくら多くても持ってるだけでは意味がないし、それよりアウトプットさせた方がよっぽど色んなことができるよ。」
「魔法を覚えろってことか?」
「その通り。今の君は材料を持ってるけど調理方法が分からないから食事にできないのと同じような状態。すぐに豪華絢爛なごちそうが出来上がるよ。」
「よっし!!死ぬ気で頑張る!!」
そんなわけで俺は、セディオムの指導のもと魔法を習った。
脳も体も眠っている状態で、ハッキリとした自我を保ち、精神的活動を続けていられる彼の魔法は、素人の俺から見ても上級者なんてレベルじゃない、それこそ選ばれた人間の領域であることは窺い知れる。
しかし…
「……ふぅ。」
精神体であるはずのセディオムから、疲労の色が見える。
「ちょっと疲れたかな。」
「大丈夫か?今日はもうこのくらいにしとくか?」
「ううんと……そう言えば最初のとき、言い忘れてたことがあったんだけど。」
「?」
「ホラ、君には僕の魔力の供給係になってほしいっていうアレ。」
ああ…そう言えば。
魔法の練習に夢中になり過ぎてて、すっかり記憶の彼方だった。
「どうやってするんだ?」
「……………」
セディオムはなぜか黙る。
「まさか…俺の血肉を食べるとか?」
「いや、そんな方法ではないよ。ただ…」
キッパリ否定されたが、本当のことは言いにくそうだ。
「………その、マウストゥーマウス。唇同士でのキスでやるんだよ。昔から。みんな。いやでも、それはスフィールでの常識ってだけで、嫌なら別に」
言い終わるのを待たずに、俺は唇を奪った。
「……………」
「……………」
「「……………」」
まだ足りないのかとキスを続けたが、やがて突き飛ばされた。
「も、もういいから!!!」
セディオムは大声で拒絶する。
そのさまは照れているというより、驚いているような、ばつが悪いといった風な、そんな様子だった。
「……その、クランドル王国でも、こういうことをするの?」
「?」
「いや、だから、慣わしとか、何かをするために必要なキスとか。」
「そんなものクランドルにはない。」
セディオムは呆気に取られていた。
「恥ずかしいとか、嫌だったりしないの?」
「しない。診察のために女性の服を脱がせた医者を批判したりはしないだろ?」
「…それもそっか。」
「他国の連中から何を言われたのか知らないけど、スフィールではそれが当然のことなんだろ?皇帝ならもっと堂々と言えよ。」
「………うん、君の言う通りだ。」
セディオムが『ありがとう』と小さく呟いたのをスルーし、俺はふと気になったことを訊く。
「どうしてこんな大掛かりな魔法を選んだんだ?近況報告と研修だけなら、俺を別の場所に移動させたり、手紙を飛ばしたりも出来るだろ?」
「万が一にもそっちの人たちにバレないようにだよ。君が魔法で移動するところを見られたり、手紙を見られたりしたら、王弟殿下がスフィールの人間と密通してたことが知られる。それこそ厄介な問題がまたひとつ増えてしまうよ。」
「……それは、その通りだな。」
セディオムがあ、と声を漏らす。
「そろそろ朝がくるよ。それじゃあまたね。」
「ああ。じゃあな。」
俺は海底から浮かぶように天へと上り、夢の世界から脱出した。
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