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「裁判官、続きを。」
「うむ…」
鑑識係たちに促され、裁判官が仕切り直す。
「被告人、あなたはご自身が王家の血を継いでいない先代王の息子であることを知りながら、今日までその事実を隠蔽していた。その理由をお聞かせ願えますかな?」
「………」
俺は苦悶している風の表情を装いながら、2枚の便箋を取り出した。
前に伯母上の家で見つけたアレだ。
「それは…?」
「お読みください。それで分かります。」
裁判官は便箋を広げると、ピタリと硬直した。
「これは……先々代王と先代王の遺言状?」
そう、祖父上と父上の遺言状。
必要な項目を記載して手順を踏めば、この世界でもちゃんと法的効力を有する書類だ。
裁判官はまず父上の遺言状を朗読する。
我が息子、ザフィルとアズラオへ。
この手紙を読んでいるということは、私は既にこの世にはいないのだろう。
だがそれでいい。
辺境の農民の息子であるにも関わらず、偽物の王族として皆を欺き、ありもしない権威を振りかざすことしか出来なかった、私の生涯。
そんな暗く歪んだ道に灯りをともしてくれたのはザフィル、お前だった。
お前がこの世に生まれてきたことで、私の魂がどれほど救われたか、お前は気付いていただろうか。
ザフィルだけではない、私を救ってくれたのは王妃の彼女もだ。
そんな彼女との愛の結晶がアズラオ、お前だ。
ザフィル、お前は私の救世主だ。
アズラオ、お前は私が生きた証だ。
私はお前たちふたりが手を取り合い、兄弟として互いに助け合う未来を、切に願う。
もはや誰も一言も言葉を発さない。
この長い沈黙のなかで、皆いったいどれほどの感情が、脳内を巡ったのだろうか。
「……そんな、先代王陛下…王族の血統が無くたって、あの御方は良政で我々を守り導いてくださった、誉れ高い名君であったのに…」
大衆の何処からかで、そんな呟きが聞こえた。
裁判官は次いで、先々代王の遺言状を読み上げる。
私は自身に起きた困難を知ったとき、いたく絶望した。
歴代の王たちへの罪の意識に恐怖しなかった日は、一日たりとも無かった。
しかし息子が妻として迎えた彼女のおかげで、神聖かつ唯一絶対である王族の血統を守ることができた。
ザフィル、アズラオ。
お前たちはどちらも等しく大切な、私の宝物だ。
王族の意志を継いでくれた息子の宝物として、新たに王族の意志を継ぐ者として。
また彼女のかけがえのない息子として。
ふたりの幸福を切に願っている。
「……これは。」
読了後に裁判官は、裁判を仕切る使命も忘れて絶句する。
「確かにわたくしは神聖なる王族の血統を継いでいないにも関わらず、今日まで王弟として王城に居座り続けた身です。しかしそれはすべて、先代王と先々代王の御遺志です。」
俺は駄目押しで、王族を偽り続けた理由を言葉にして伝える。
裁判官は大きくかぶりを振った。
「確かに被告人は王族の血統を継いでいません。しかし血統が無いにも関わらず王となり我々を守ってくださった先代王の事例があり、尚且つ先々代王からの遺言がある。これらは彼が王弟としてその地位に立つ、充分に正当な理由になります。」
「では…」
「うむ。これより被告人に、判決を下す。」
裁判官はガベルを鳴らし、大きな声で宣告する。
無 罪
遠くの何処かから黄色い歓声が響き渡り、紙吹雪が飛ぶ。
「うわっ、なんだ!?」
「ちょっと!誰よ!」
「まあ良いんじゃないか?王族の秩序が守られた、めでたい瞬間なんだし。」
傍聴席にいた大勢の人々は困惑したが、やがて彼らも祝福の声をあげだす。
(この歓声と紙吹雪…まさかセディオムが?)
心配ないと強がったが、看破されていたのだろうか。
俺は内心気恥ずかしくなる。
「あっぱれ!」
「さすがは我らが王弟殿下!」
「王弟殿下万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
……コイツら普段は俺のことを能無しだの王族の面汚しだのカゲで言っておいて、なんともまあげんきんなヤツらだ。
そうは思ったが、セディオムの計らいを享受することにし、俺は笑顔で手を振って応える。
ザフィルとクコリは呆気に取られるばかりだった。
「判決も決まったようですので、それではこれで。」
裁判の場からひとり立ち去ると、やはり彼が待っていた。
「お疲れ様、頑張ったね。」
「…セディオム。」
彼は嬉しそうに微笑んで、俺に同行して歩く。
「万が一、君が極刑にされたら助けるつもりだったんだけど、円満に済んで良かったよ。」
「いや…円満ではねえよ。」
「え?」
セディオムははたと目を丸める。
「裁判では無罪になったけど、王家の血筋を絶対視する奴らは、この国にゴマンといる。ソイツらは俺のことを、決して快くは思わない。王城の穀潰しでしかなかった以前より、肩身の狭い毎日が待ってるだろうよ。」
「そんな…君はそれで良かったの?」
悲しげな眼差しを向けるセディオムに、俺は満面の笑顔でグーサインを出した。
「大歓迎!!」
セディオムはぽかんとする。
歩くのも忘れて立ち尽くしていたが、やがて吹き出した。
「あっははは!本当に君は、底が見えないね。」
「おうよ。俺の本当の戦いは、むしろこれからなんだから。」
俺はセディオムの手を取った。
「俺は必ずこの国から出て、アンタの元に向かう。信じてくれるか?」
「うん。もちろんだよ。コッチの準備は既にしておいた。君はいつでも、あの国王陛下に目にもの見せてやって。」
「ありがとうな。」
箒に跨って空へと帰るセディオムを、俺は見送り、ある場所へと足を運ぶ。
「や~っと見つけた……ここか。」
前に俺のことを『クソガキ』と呼びかけたあの中年男の家のポストに、奴の不貞の証拠をありったけ突っ込んでから、帰路に就いた。
「うむ…」
鑑識係たちに促され、裁判官が仕切り直す。
「被告人、あなたはご自身が王家の血を継いでいない先代王の息子であることを知りながら、今日までその事実を隠蔽していた。その理由をお聞かせ願えますかな?」
「………」
俺は苦悶している風の表情を装いながら、2枚の便箋を取り出した。
前に伯母上の家で見つけたアレだ。
「それは…?」
「お読みください。それで分かります。」
裁判官は便箋を広げると、ピタリと硬直した。
「これは……先々代王と先代王の遺言状?」
そう、祖父上と父上の遺言状。
必要な項目を記載して手順を踏めば、この世界でもちゃんと法的効力を有する書類だ。
裁判官はまず父上の遺言状を朗読する。
我が息子、ザフィルとアズラオへ。
この手紙を読んでいるということは、私は既にこの世にはいないのだろう。
だがそれでいい。
辺境の農民の息子であるにも関わらず、偽物の王族として皆を欺き、ありもしない権威を振りかざすことしか出来なかった、私の生涯。
そんな暗く歪んだ道に灯りをともしてくれたのはザフィル、お前だった。
お前がこの世に生まれてきたことで、私の魂がどれほど救われたか、お前は気付いていただろうか。
ザフィルだけではない、私を救ってくれたのは王妃の彼女もだ。
そんな彼女との愛の結晶がアズラオ、お前だ。
ザフィル、お前は私の救世主だ。
アズラオ、お前は私が生きた証だ。
私はお前たちふたりが手を取り合い、兄弟として互いに助け合う未来を、切に願う。
もはや誰も一言も言葉を発さない。
この長い沈黙のなかで、皆いったいどれほどの感情が、脳内を巡ったのだろうか。
「……そんな、先代王陛下…王族の血統が無くたって、あの御方は良政で我々を守り導いてくださった、誉れ高い名君であったのに…」
大衆の何処からかで、そんな呟きが聞こえた。
裁判官は次いで、先々代王の遺言状を読み上げる。
私は自身に起きた困難を知ったとき、いたく絶望した。
歴代の王たちへの罪の意識に恐怖しなかった日は、一日たりとも無かった。
しかし息子が妻として迎えた彼女のおかげで、神聖かつ唯一絶対である王族の血統を守ることができた。
ザフィル、アズラオ。
お前たちはどちらも等しく大切な、私の宝物だ。
王族の意志を継いでくれた息子の宝物として、新たに王族の意志を継ぐ者として。
また彼女のかけがえのない息子として。
ふたりの幸福を切に願っている。
「……これは。」
読了後に裁判官は、裁判を仕切る使命も忘れて絶句する。
「確かにわたくしは神聖なる王族の血統を継いでいないにも関わらず、今日まで王弟として王城に居座り続けた身です。しかしそれはすべて、先代王と先々代王の御遺志です。」
俺は駄目押しで、王族を偽り続けた理由を言葉にして伝える。
裁判官は大きくかぶりを振った。
「確かに被告人は王族の血統を継いでいません。しかし血統が無いにも関わらず王となり我々を守ってくださった先代王の事例があり、尚且つ先々代王からの遺言がある。これらは彼が王弟としてその地位に立つ、充分に正当な理由になります。」
「では…」
「うむ。これより被告人に、判決を下す。」
裁判官はガベルを鳴らし、大きな声で宣告する。
無 罪
遠くの何処かから黄色い歓声が響き渡り、紙吹雪が飛ぶ。
「うわっ、なんだ!?」
「ちょっと!誰よ!」
「まあ良いんじゃないか?王族の秩序が守られた、めでたい瞬間なんだし。」
傍聴席にいた大勢の人々は困惑したが、やがて彼らも祝福の声をあげだす。
(この歓声と紙吹雪…まさかセディオムが?)
心配ないと強がったが、看破されていたのだろうか。
俺は内心気恥ずかしくなる。
「あっぱれ!」
「さすがは我らが王弟殿下!」
「王弟殿下万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
……コイツら普段は俺のことを能無しだの王族の面汚しだのカゲで言っておいて、なんともまあげんきんなヤツらだ。
そうは思ったが、セディオムの計らいを享受することにし、俺は笑顔で手を振って応える。
ザフィルとクコリは呆気に取られるばかりだった。
「判決も決まったようですので、それではこれで。」
裁判の場からひとり立ち去ると、やはり彼が待っていた。
「お疲れ様、頑張ったね。」
「…セディオム。」
彼は嬉しそうに微笑んで、俺に同行して歩く。
「万が一、君が極刑にされたら助けるつもりだったんだけど、円満に済んで良かったよ。」
「いや…円満ではねえよ。」
「え?」
セディオムははたと目を丸める。
「裁判では無罪になったけど、王家の血筋を絶対視する奴らは、この国にゴマンといる。ソイツらは俺のことを、決して快くは思わない。王城の穀潰しでしかなかった以前より、肩身の狭い毎日が待ってるだろうよ。」
「そんな…君はそれで良かったの?」
悲しげな眼差しを向けるセディオムに、俺は満面の笑顔でグーサインを出した。
「大歓迎!!」
セディオムはぽかんとする。
歩くのも忘れて立ち尽くしていたが、やがて吹き出した。
「あっははは!本当に君は、底が見えないね。」
「おうよ。俺の本当の戦いは、むしろこれからなんだから。」
俺はセディオムの手を取った。
「俺は必ずこの国から出て、アンタの元に向かう。信じてくれるか?」
「うん。もちろんだよ。コッチの準備は既にしておいた。君はいつでも、あの国王陛下に目にもの見せてやって。」
「ありがとうな。」
箒に跨って空へと帰るセディオムを、俺は見送り、ある場所へと足を運ぶ。
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