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5話 笑顔の力
しおりを挟む「じゃあ、アクアはここで横になって安静にしてて?もうそろそろお昼になるから、私ごはんの支度してくるわ。お腹減ってない?」
「…そういえば、減ったかも…」
歳上だろうに、お腹を見つめながらそう言ったアクアがなんだか幼く見えたアイリスは、ふふっ、と微笑むと、
「待ってて?この辺で採れた物しかないけど、すぐに用意するわ。味は保証できないけどね?」
と言って、笑いながら小さく舌を出した。
それからすぐに、隣りの部屋にある小さなキッチンへ行き、何やらガチャガチャと物音を立てながら忙しなく料理を始めた。
アクアは傷による熱のせいか、少し寒気がして、けっこうな音が響いているにも関わらずそれが妙な安心感を誘って、布団に包まっているうちにいつの間にか眠ってしまっていた——
———「…がうっ、ぅゔっ、ちがうっ!僕じゃないっ!」
ガバッ
「はぁ、はぁ……夢…?」
うなされて起き上がったアクアは全身汗でびっしょり濡れていた。
——パタパタ
「アクア?どうしたの?何か言った?」
声が聞こえた気がしたアイリスが慌てて様子を見に来た。
「い、いや。…夢を見てうなされたみたいだ。何でもないよ。驚かせてごめん」
アクアは微笑みを浮かべてそう言ったが、その顔は青ざめていた。
「本当に大丈夫?顔色が良くないわよ?…よっぽど嫌な夢だったのね?…熱が高かったせいかしら?
さっきお昼ごはん持って来た時に眠ってたんだけど、苦しそうにしてたからおでこを触ってみたらけっこう熱が高そうだったのよ?」
アイリスは心配気にそう言いながら、アクアの額に乗せて置いた、冷たい水を絞った布がベッドの隅に落ちているのを拾うと、アクアの額に手をそっと当てた。
アクアは、さっき見ていた夢を詳しく覚えてはいないのに、恐ろしいような悔しいような、自分でも形容し難い嫌な感情だけがまだ残っていて、不快だった。
しかし、アイリスの額に当ててくれた手が、熱に浮かされた体に冷んやりと心地良く、ここは安全だと教えられているようで、身も知らない女の子相手に気持ちがどこか落ち着いていくのが自分でも不思議だった。
「よかった、さっきよりは下がってるわね。…それにしても、そんなに怯えるなんて、それってどんな夢だったの?」
少しましになったとはいえ、さっきまでのあまりに蒼白だった顔色と、険しい表情をしていたのが気になって、アイリスは聞いてみた。
そういうのは口に出してしまった方が意外となんでもなかったと思えるものだし、少しでも気持ちが楽になればいいとアイリスは思っていたのだが…
「…ああ、誰かに追いかけられていたような…あんまり思い出せないけど、すごく辛かったような…」
「もしかして!それってアクアに関係あることだったりして⁉︎追いかけてきた人の顔はわかる?」
「…うーん…いや、わからないな。大勢追いかけてくる者たちの後ろに若い男性がいたような…っつ」
アクアが顔を顰めながら頭を抑える。
「どうしたの⁈大丈夫⁇」
とアイリスは心配そうに覗き込んだ。
「ああ、ちょっと…思い出そうとすると頭がズキンってして…」
「…そう…無理に思い出すのは良くなさそうね…ごめんなさい、余計なこと聞いてしまって…」
アイリスは自分の軽率さに項垂れた。
「大丈夫だよ、ごめんね?心配かけて」
色々してくれたのに、すまなさそうにするアイリスに申し訳なくなったアクアは、これ以上心配をかけたくなくて笑顔でそう言った。
「ううん、こっちこそ、本当にごめんなさい。あっ、汗で包帯が濡れてるわね。ちょっと待ってて?」
と、急いで新しい包帯を取りに行った。
——「はい、これでよし!」
自分の包帯の巻き具合に納得して、ぽんっとアクアの肩を叩く。
いたっ、と思わず顔を顰めたアクアを見ると、
「あっ、私ったら、ごめんなさい」
と、慌ててやってしまったというような悪びれた顔をしながら謝ったが、すぐに顔が緩むと、抑えていた笑いが込み上げる。
「でも…ぷっ、何、そのしかめっ面、ふふっ」
「…ほんとに痛いんだから笑わないでよ」
ごめんなさい、と言いながらもクスクス笑うアイリスに、アクアが拗ねたように言ったが、それを見て余計に面白くなったアイリスはもっと笑ってしまい、最後にはアクアまでつられて笑ってしまった。
アクアは自分がどんな状況なのか全く分からず、内心は底知れぬ不安を感じていたが、アイリスの笑顔と優しさがその気持ちをほぐしてくれた。
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