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ヴァルドゥングの城はこの国のほぼ中央に位置する。そこから北に向かえば太古から存在すると言われている大樹があった。そしてこの大樹の天空から『竜の国』へと行けるのだと以前アーデルハイドが教えてくれた。
俺は今その大樹の枝に腰かけてそこから見える景色を堪能していた。ようやくひとりでもここまで辿り着けるようになったが、それまでにかかった年月はどれくらいだろうか。数年は経っているのは確かだが、いちいちそんな事を気にしていないので正確にはわからない。それでも、ラッテもミーツェも再会した頃より歳を重ねている。やはり見た目が変わらないのは黒竜親子にバオジイ、ガイスト、フリュー、ゲッコウそして俺くらいだろうか。
「大樹殿はここから多くのものを見てきたのだな」
種族によって寿命が違うのはしかたがない。獣人である彼らは人間よりは寿命が長いがそれでもあとどれくらい一緒にいられるのだろうか。
「こんな事を考えてしまうなどとは……今は彼らと共に過ごせるこの時間を大切にせねばな」
そう考える俺の気持ちを後押ししてくれるように大樹はサワサワと葉を揺らして何かを伝えてくれている気がする。
「妖様~! アーデルハイドがお迎えに参りましたわ!」
「ありがとう! さて、話を聞いてくれて感謝するぞ大樹殿。また訪れる故にその時は今日のように聞いてくれると嬉しい」
彼の言葉はわからない。バオジイならわかるかもしれないが、俺にはそれがわからなくとも不思議と彼が見守ってくれているように感じている。それは俺だけではなく、この世界に生きているすべてをここから静かに見守っているのだと勝手に思っている。
黒竜の姿で迎えに来てくれたアーデルハイドの背にピョンと跳んで、彼女と共にゆっくりと城に帰る事にする。
「ふふふ、妖様とお空のデートですわ!」
「なるほど、二人っきりでのデートじゃな」
以前は保護者同伴での行動をしていたが最近はそれも少なくなっている。特にアーデルハイドと二人で出かける時は気をきかせてくれているのかバオジイもガイストも留守番をしている事が多かった。それでも皆でピクニックに行く事もある。どちらも楽しいのは変わらないのでこれからもそうやって過ごしていくのだと思っていた。
城に帰って来た俺達を出迎えてくれたゲッコウが長殿が呼んでいると言うので二人で彼の元へ向かった。執務室に入れば机に向かって難しい顔をして何かの書類を読んでいる。
「お父様、いかがなさいましたの?」
「アーデルハイドそれに妖殿……いえ、ちょっと困った事がありましてね」
ため息をこぼしながら歩いてこちらに来てソファーに座った。俺達もならうように座り、その理由を聞く事にする。
「ジェネロジテから書簡が来たのですが、ベルナール陛下の四男であるシャルル王子殿下が婚約者選定を兼ねたお茶会をしたそうです。そこでとある令嬢を気に入ってその名を告げたのですがそれがアーデルハイドという令嬢だったのです」
「私と同名ですのね。でもそれが何か関係ありますの?」
「同名の令嬢を探したのですがジェネロジテにはいなかったので、もっと詳しく聞いてみると黒髪の令嬢で特徴があなたに当てはまるのです」
「私に? ですがお茶会に参加などしていませんし、シャルル王子殿下とは赤子の時にお会いした事があるくらいですわよ。誰かと勘違いしていらっしゃるのでは」
アーデルハイドが言うようにベルナール殿の四男と会ったのは赤子の時だったはずだ。それ故にあちらは覚えてなどいないだろう。似たような令嬢だっただけだと俺も思う。
「あちらもそう思っているのですが、シャルル王子殿下が納得されないみたいで一度だけでも会って見れば違うとわかるだろうからとそれをお願いしているのです」
「会うぐらいはかまいませんわ。ちょっとした小旅行という事でジェネロジテにお邪魔しましょう!」
「まぁ、それくらいの気持ちでいればいいでしょうね」
久しぶりにジェネロジテに訪れる事に決まったので何か手土産でもとアーデルハイドと共に森に行く事にした。
「何が良いでしょうかね?」
「最近は暑くなってきたから千年氷が良いのではないか」
あの透き通った氷はヴァルドゥングの城下にしか出回らないので他国の者が手に入れるのは難しい。城下の者もわざわざ採りに行く事も滅多にないので、こうやって俺達が採った物を卸すくらいだろう。
「それがいいですわ! となると千年氷穴に行く事になりますので氷柘榴も少々と、道中に氷結鰐がいればその革も頂戴しましょう」
ウキウキと楽し気にそう話す彼女は「妖様と狩りデートですわ!」と気合を入れていた。千年氷穴までは飛んで行くのではなく自分の足で進んで行く事にしたので、ゆっくりと二人だけの時間がとれる。
「空のデートも良いがこうやってゆっくりと歩いて行くのも良いな」
「妖様とお手を繋いでデートだなんて……はう! ドキドキが止まりませんわ!」
彼女の身長に会うように俺も人型は子供の姿にしている。小さな手をキュっと握り、俺達の事を知らぬ者が見れば幼子二人が危険な森の中に迷い込んだとでも思うだろう。まぁ、誰もいないのでそんな事を思う奴なども出てこない。アーデルハイドの気配を察知したのか魔獣すらも見当たらないが。
「ふふふ。きっと妖様に恐れをなしたのですね。さすがですわぁ!」
いや、これは黒竜に恐れをなしただけだと思うが彼女がそう言うのなら何も言うまい。まだ俺よりも彼女の方が強いのは明らかな事。彼女よりも強く長殿のような男になるにはあとどれくらいの年月が……いやいや、目標だけは高く持ってもっと精進するのだ。
結局、氷結鰐はどこかに隠れて出て来ずに氷柘榴と千年氷だけ採って帰る事になった。それでもアーデルハイドは終始楽しそうだったので良しとする。できれば俺の活躍を見て欲しかったと少し思ったが、最強黒竜と共にいればそんな場面が訪れる事はこの先も無さそうだ。
俺は今その大樹の枝に腰かけてそこから見える景色を堪能していた。ようやくひとりでもここまで辿り着けるようになったが、それまでにかかった年月はどれくらいだろうか。数年は経っているのは確かだが、いちいちそんな事を気にしていないので正確にはわからない。それでも、ラッテもミーツェも再会した頃より歳を重ねている。やはり見た目が変わらないのは黒竜親子にバオジイ、ガイスト、フリュー、ゲッコウそして俺くらいだろうか。
「大樹殿はここから多くのものを見てきたのだな」
種族によって寿命が違うのはしかたがない。獣人である彼らは人間よりは寿命が長いがそれでもあとどれくらい一緒にいられるのだろうか。
「こんな事を考えてしまうなどとは……今は彼らと共に過ごせるこの時間を大切にせねばな」
そう考える俺の気持ちを後押ししてくれるように大樹はサワサワと葉を揺らして何かを伝えてくれている気がする。
「妖様~! アーデルハイドがお迎えに参りましたわ!」
「ありがとう! さて、話を聞いてくれて感謝するぞ大樹殿。また訪れる故にその時は今日のように聞いてくれると嬉しい」
彼の言葉はわからない。バオジイならわかるかもしれないが、俺にはそれがわからなくとも不思議と彼が見守ってくれているように感じている。それは俺だけではなく、この世界に生きているすべてをここから静かに見守っているのだと勝手に思っている。
黒竜の姿で迎えに来てくれたアーデルハイドの背にピョンと跳んで、彼女と共にゆっくりと城に帰る事にする。
「ふふふ、妖様とお空のデートですわ!」
「なるほど、二人っきりでのデートじゃな」
以前は保護者同伴での行動をしていたが最近はそれも少なくなっている。特にアーデルハイドと二人で出かける時は気をきかせてくれているのかバオジイもガイストも留守番をしている事が多かった。それでも皆でピクニックに行く事もある。どちらも楽しいのは変わらないのでこれからもそうやって過ごしていくのだと思っていた。
城に帰って来た俺達を出迎えてくれたゲッコウが長殿が呼んでいると言うので二人で彼の元へ向かった。執務室に入れば机に向かって難しい顔をして何かの書類を読んでいる。
「お父様、いかがなさいましたの?」
「アーデルハイドそれに妖殿……いえ、ちょっと困った事がありましてね」
ため息をこぼしながら歩いてこちらに来てソファーに座った。俺達もならうように座り、その理由を聞く事にする。
「ジェネロジテから書簡が来たのですが、ベルナール陛下の四男であるシャルル王子殿下が婚約者選定を兼ねたお茶会をしたそうです。そこでとある令嬢を気に入ってその名を告げたのですがそれがアーデルハイドという令嬢だったのです」
「私と同名ですのね。でもそれが何か関係ありますの?」
「同名の令嬢を探したのですがジェネロジテにはいなかったので、もっと詳しく聞いてみると黒髪の令嬢で特徴があなたに当てはまるのです」
「私に? ですがお茶会に参加などしていませんし、シャルル王子殿下とは赤子の時にお会いした事があるくらいですわよ。誰かと勘違いしていらっしゃるのでは」
アーデルハイドが言うようにベルナール殿の四男と会ったのは赤子の時だったはずだ。それ故にあちらは覚えてなどいないだろう。似たような令嬢だっただけだと俺も思う。
「あちらもそう思っているのですが、シャルル王子殿下が納得されないみたいで一度だけでも会って見れば違うとわかるだろうからとそれをお願いしているのです」
「会うぐらいはかまいませんわ。ちょっとした小旅行という事でジェネロジテにお邪魔しましょう!」
「まぁ、それくらいの気持ちでいればいいでしょうね」
久しぶりにジェネロジテに訪れる事に決まったので何か手土産でもとアーデルハイドと共に森に行く事にした。
「何が良いでしょうかね?」
「最近は暑くなってきたから千年氷が良いのではないか」
あの透き通った氷はヴァルドゥングの城下にしか出回らないので他国の者が手に入れるのは難しい。城下の者もわざわざ採りに行く事も滅多にないので、こうやって俺達が採った物を卸すくらいだろう。
「それがいいですわ! となると千年氷穴に行く事になりますので氷柘榴も少々と、道中に氷結鰐がいればその革も頂戴しましょう」
ウキウキと楽し気にそう話す彼女は「妖様と狩りデートですわ!」と気合を入れていた。千年氷穴までは飛んで行くのではなく自分の足で進んで行く事にしたので、ゆっくりと二人だけの時間がとれる。
「空のデートも良いがこうやってゆっくりと歩いて行くのも良いな」
「妖様とお手を繋いでデートだなんて……はう! ドキドキが止まりませんわ!」
彼女の身長に会うように俺も人型は子供の姿にしている。小さな手をキュっと握り、俺達の事を知らぬ者が見れば幼子二人が危険な森の中に迷い込んだとでも思うだろう。まぁ、誰もいないのでそんな事を思う奴なども出てこない。アーデルハイドの気配を察知したのか魔獣すらも見当たらないが。
「ふふふ。きっと妖様に恐れをなしたのですね。さすがですわぁ!」
いや、これは黒竜に恐れをなしただけだと思うが彼女がそう言うのなら何も言うまい。まだ俺よりも彼女の方が強いのは明らかな事。彼女よりも強く長殿のような男になるにはあとどれくらいの年月が……いやいや、目標だけは高く持ってもっと精進するのだ。
結局、氷結鰐はどこかに隠れて出て来ずに氷柘榴と千年氷だけ採って帰る事になった。それでもアーデルハイドは終始楽しそうだったので良しとする。できれば俺の活躍を見て欲しかったと少し思ったが、最強黒竜と共にいればそんな場面が訪れる事はこの先も無さそうだ。
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