公爵令嬢の幸せな夢

IROHANI

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二十三、届いた想い

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 日中、フェルン様はエルネスティ様と共に行動されている。後継者である彼の一日はお忙しそうだ。ゆっくりとお話ができるのは朝の散歩の時。私の姿が見えたらヒルダ様の庭まで一緒に歩き、そこでお話をする。今日も軽装で腰に剣をさげて、汗はきちんと拭いてこられたようだ。朝日が彼を照らしていて、爽やかな風に黒髪が揺れている。かっこいいなぁと、つい見惚れてしまう。
 そういえば、本来は明日帰って来られるはずだったフェルン様だが、なぜ早く帰って来られたのかしら?お見合いの事もどのように聞いておられるのか……知っていてあえての妹宣言なら、遠回しにお断りという事なのかもしれない。それとも、ご両親が決めた相手なら誰であってもかまわないとか?
 ちらりと見てみるが、目が合えば笑ってくれる。胸がぎゅっと掴まれたみたいに苦しい。私だけが緊張してドキドキしているなんて馬鹿みたいではないか。ほんの少しでもいいから意識して欲しい。

「ん? どうしたアマリア嬢?」
「あ、なんでもないです」

 無意識にフェルン様の服の裾をちょこんと掴んでしまった。慌てて離した私を嬉しそうに見ている。妹を見る目ですね。わかっていますよ!

「いきなり掴んで申し訳ありません、フェルン様」
「いや、気にしていない。ただ、そのフェルン様というのは……みんなの事は名前で呼んでいるのだろう?」
「は、はい。そう呼んで欲しいと言われましたので……」
「なら、俺の事も名前で呼んで欲しい」

 呼んで欲しいと言われたが、いざそうしようと思うと難易度が高かった。心の中でエドヴァルド様と呼んで練習してみるが、なかなか口には出せない。期待するような目で待っておられるのだが、少し待ってください。

「ほら、エドヴァルドと呼んでくれ」
「ええと、エド、ヴァルド様……」
「ん……エドと呼ばれるのもいいかもしれない」

 難易度があがっています!!
 ようやく名前で呼べたと思ったのに、愛称で呼べるはずがない。口を開いたり閉じたりしてどうしようと悩む。彼は今も、さあ呼んでくれと言わんばかりに待っている。なんでそんなに楽しそうに期待に満ちた目を向けてくるのか。

「え、エド……ヴァルドおにいさま」

 恥ずかしさを誤魔化すように小さく呟いて、『おにいさま』もつけておく。

「……おにいさま。うん」
「い、いけませんか? 殿下達の事もそう呼んでおりますわ」

 妹分なのだからとそう呼んだが、これはこれで図々しかったのだろうか。何だか複雑そうな顔をされている。

「殿下達……そうか、妹みたいだと言ったから……」

 片手を顔に当てて項垂れていらっしゃるが、どうされたのだろうか?

「これは自分が悪いのだろうな。ただ……はぁ。その呼び方は駄目だ」
「ええっ?」

 首を振って却下されるが、そんなに嫌だというのなら止めておこうと思う。顔を上げてもまだ複雑そうに困ったような表情をされて何か言いたげだ。

「エドヴァルド様?」
「あぁ、そう呼んで欲しい。兄などと呼ばれたら君が弟と結婚するみたいじゃないか」
「弟君と結婚?」
「そうだ。義理の兄になるつもりなどない。君は、その……俺の婚約者になるのだろう?」

 合っていた目がそらされる。耳が赤くて恥ずかしそうに口にされたその言葉の意味を理解すれば、私の中で何かが溢れていく。口を開くが言葉が出て来なくて、代わりに涙が零れていった。婚約者……私の事をそういう風に見てくれるというのだろうか。

「アマリア嬢!? すまない。やはり俺との婚約は嫌だったか?」

 慌てるエドヴァルド様は少し悲しそうに見える。違うのに何も言えないから、代わりに首を横に振って否定すれば、涙が散っていくのが視界の端に映った。
 あの時、図書館での事は私の中でぐるぐると回っていて『妹』という言葉に苦しめられた。前を向いて頑張ろうと思っても、頭の片隅に過るのだ。

「だって、エドヴァルド様……私の事、妹みたいだって。だから私……私では釣り合わないんだって、そう思ったから」

 だから悔しくて、見返そうって、メーリと頑張ろうと誓ったのだ。

「いや、じゃない……嫌じゃないです! エドヴァルド様がいいんです!」

 あなたの事が好きなんです……。

その言葉は、優しく抱きしめられた腕の中に消えていった。

「ありがとう……」

 消えたはずの言葉はちゃんと届いていて、小さくお礼の言葉が返ってきた。ゆっくりと優しく頭を撫でてくれる大きな手が心地よくて、彼の服をきゅっと掴んだ。





 いつまでもこうしていたいが、そういうわけにもいかない。そっと離された手がもう一度、優しく頭を撫でてくれた。そのまま滑り落ちていく手が目元に触れる。

「目元が赤くなっている。泣かせてしまってすまない」

 取りだしたハンカチで目元に残った涙を拭ってくださる。壊れ物を扱うような丁寧なその大きな手が触れるたびに、私の顔に熱が集まるのがわかる。恥ずかしくなって両手で顔を覆い今のこの顔を見られないようにすれば、小さく笑う声が聞こえた。

「そうやって反応するのがついかわいくて……アマリア嬢、顔を見せてくれないか?」

 今は無理だ。頭を横に振ってだめだと示す。そんな行動にも、楽しそうに笑う声が聞こえるだけだった。
 覆った手に魔力を込めて『回復術』で目元を元に戻してから手を離す。おそらく元通りになった私の顔を見て少し驚いているようだった。

「すごいな。それは『回復術』か……」
「はい。冷気を操る魔法と『回復術』を合わせたものです」
「なるほど、そういった使い方もできるのか」

 興味深そうに私の顔をじっくり見ているので、また熱が集まりそうだ。これでは冷やした意味がないではないか。
 逸らしていた目線をちらりとうかがうように戻せば、嬉しそうに笑っている。

「やっと目が合った」
「ううっ、まだ、その……恥ずかしいのです」

 目が合うだけで照れているなんて……。本当は目を見てお話がしたいのだが、恥ずかしさの方が勝ってしまう。

「うん、かわいいな。そのかわいい姿を見られるのが俺だけだったらいいのだが……そういうわけにはいかないな」

 困ったように笑ってから、手を引かれた。

「そろそろ、戻ろうか」
「はい」

 握られた手に少し力が込められている。私も握り返してそれに答える。
 爽やかな朝の風が二人の間をすり抜けて、揺れる髪からのぞいた赤い耳に胸がきゅんと高鳴る。照れているのが自分だけではない事に気づいて、それが嬉しかった。

「その空色の瞳に映るのが俺だけであったら……」

 舞い上がっていた私は気づかなかった。呟かれた言葉には熱が籠められていた事に……。
静かに呟かれたその言葉は風にさらわれて消えていく。

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