公爵令嬢の幸せな夢

IROHANI

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二十四、花束

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 お見合いは予定通りにおこなわれた。祖父もエサイアス様も帰ってきていて、父もキルッカからこちらに来ていた。お見合いというよりも婚約時の決まり事などの契約事項の話し合いで、エドヴァルド様と私が婚約する事はすでに決定事項となっていた。
 父はおめでとうと言って頭を撫でてくれたのだが、少し寂しそうな顔をしていた。祖父は話し合いが終わったと同時にエドヴァルド様の首根っこを掴んで連行していった。それにエサイアス様もウキウキとしながらついて行き、遠くから「ジジイ共、離しやがれ!」などと聞こえている。止める事もできずに申し訳ありませんエドヴァルド様。
 王家に書類の提出をするために父は先に帰るので、見送るために『転移の門』の前まで一緒に向かう。

「あとは王家が承認すれば正式な婚約となる。外部に向けての発表などは、その後に両家で相談して決めよう」
「了解した。ダニエル殿、お気をつけて」
「またのお越しをお待ちしておりますわ」

 父がエルネスティ様達と挨拶をしているのを少し離れて見ていれば、こちらに手招きされた。

「お父様、私も明日には帰る事になります」
「王都で待っているよ。帰ったら大変だろうけどね」

 それは母や姉に色々と問い詰められるという事でしょうか。お二人にも応援していただいておりましたし、グロリアにも報告したい。「それでは」と、一言挨拶をして父は門の中に消えていった。



 あの後、エドヴァルド様は日が陰りだした頃にお戻りになった。ずいぶんとくたびれた様子で、服はところどころ破れており怪我も見える。大きな怪我はされていなかったが、心配になって治療は私にやらせてもらった。

「痛みますか? 私はまだ回復術を自分以外に行使できないので、簡単な手当てになってしまいますが……」
「これくらいなんともないさ。擦り傷程度だ。まぁ、あの人達が相手だから多少はこうなってもしかたがないんだろうな」

 ため息を吐いて困ったように笑っている。それでも祖父達はやりすぎではないだろうか。

「あのジジイならやると思った……あ、口が悪かったか。すまない」
「ふふっ。エドヴァルド様が時々お口が悪くなるのは気づいておりましたわ。喋りやすいようにしてください」
「そうか……あぁ、手当てもありがとう」

 最後に包帯をきゅっと締めて、治療は終わる。簡単に包帯や傷薬を片付けて私専用の救急箱の蓋を閉じた。パタンと軽い音が鳴り、そして静まり返る空間。治療のために隣に座っているが、今更ながらに距離が近すぎる事に気づいてしまった。先に簡単に湯あみをされてきたエドヴァルド様から、ほんのり石鹸の香りがしてつい意識してしまう。
 少し離れた方がいいかしら?ゆっくりさりげなく座りなおして距離を開けましょう。端の方に少し移動して、彼との間に空いた場所には救急箱を置いておく。これで適度な距離になったはずだ。

「アマリア嬢、これは何かな?」
「私専用の救急箱ですわ」
「そういう事を聞いているのではないのだが……なるほど」

 何が「なるほど」なのでしょうか?そちらに目を向けるのは、私的にはまだ危険な気がしたのでまっすぐ前を見ておく。だが、すっと現れた大きな手が私の頬触れて思わずビクッと反応してしまった。

「こちらを向いてくれないか、アマリア嬢?」
「ううっ、今は無理です」

 触れた手から伝わっているかもしれないが、今の私の顔は真っ赤だ。

「こっちを見て」

 ちらりとうかがうぐらいならできるだろうか。頬をすべる手がくすぐったくて、私の唇をかすめた手にまた反応してしまう。ちょっと、手つきがいやらしくないですか?こちらは恥ずかしさでぷるぷると震える身体を抑えるので精一杯なのに、きっと彼は楽しそうに笑っているにちがいない。

「俺を見て、アマリア」
「なっ!!?」

 名前を呼び捨てにされて、思わずそちらを見てしまった。でも、私が思っていたような顔はしていなかった。笑っている。たしかに、彼は笑っているがその顔は反則だ。
 愛しいものを見るようなそんな優しい顔で私を見ているだなんて……。

「あぁ、やっとこちらを見てくれた」
「エドヴァルド様、名前……」
「これからはそう呼ぼうと思っている。アマリアは俺の事を……エドと呼んでくれたら嬉しい」
「な、難易度が高いです!」

 ハードルの高さについ思った事を言ってしまったら「ふはっ」と噴き出して笑いだした。

「え、エド、ヴァルド様」
「うん、おいおいでいいよ」

 頬に触れていた手はいつの間にか頭を撫でていて、ポンポンと軽く触れて離れていった。
 恥ずかしいけど、エドヴァルド様に触れられるのは好き。私の反応が面白いのかすぐに笑うのも、嬉しそうに笑うのも好き。優しく緩む青紫の目をずっと見ていたい。

「明日、帰ってしまうのだな……」
「はい。予定より長居をしてしまいましたので一度帰らねばなりません」
「そうか。また、ゆっくりとこちらに来たらいい」
「はい」

 少し残念そうに見えたのは、私の気のせいかな。私も寂しいな、なんて思いながら残りの夕食までの時間をゆったりと二人で過ごした。



 翌日、別れ際の私の手には、青紫の小さな花束が大切にそっと握られていた。

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