公爵令嬢の幸せな夢

IROHANI

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二十五、幸せをわけられたなら

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 帰る日の朝、この日も変わらず日課の散歩をする。エドヴァルド様も鍛錬を終えて一緒に並んで歩いている。今日も握られた手にドキドキし、ゆっくりと話しながらまわりを見渡す。何も無いと言われたこの場所もいつの間にか見慣れていて、次はいつ来られるのだろうかと考えてしまう。

「ヒルダ様のお庭も見納めになってしまいます」
「二度と来ないような言い方はいけないな」
「う、すみません。また来たいです」
「母もきっとまた一緒に庭いじりがしたいと思っている。俺も、またこうやって一緒に朝の散歩がしたい」

 この日課をまた一緒にしてくださるのだろうか。こみ上げてくる嬉しさに手を握り返す。彼もまた、嬉しそうに握り返してくれた。

「私もです。またこうやって一緒に並んで歩きたい」

 側にいたい。ずっと近くで彼を感じていたい。
 そう思っていても別れの時間は近づいて来る。昨夜から始めた荷造りも終わり、フェルン家のみな様に挨拶をする。

「大変お世話になりました。みな様のおかげで、とても充実した日々を送れました」
「こちらこそ、また来て欲しい」
「そうよ。遠慮せずに遊びに来てね」
「待っておるからな」

 ヒルダ様は私をぎゅっと抱きしめてくれて「待っているわ」と言って離れていった。エサイアス様もエルネスティ様もうんうんと頷いている。

「アマリア、これを」

エドヴァルド様が手渡してきた物は小さな花束だった。

「これって……」
「見せたいと言っていたのに連れて行く事ができなかったから……」

 あの青紫色の花がリボンで束ねられて小さな花束になっていた。簡単にリボンで束ねてあるだけなのに、エドヴァルド様のお気持ちがしっかりと詰まっている。そんな風に感じられる花束が嬉しくて胸にそっと抱いた。

「ありがとうございます! 嬉しいですわ!」
「今度こそ一緒に行こう」
「はい!」

 新たな約束をして私はこの地を離れる。光る門の中から振り返ればフェルン家のみな様の優しい顔が見えて、そして消えた。次の瞬間には王宮の『転移の門』があるいつもの部屋が目に映り、あぁ帰ってきてしまったのだと思った。
 手の中にある青紫の花をそっと撫でて、フェルン家で過ごした日々を思い出す。家族にどのように話そうか。そんな事を考えながらこの部屋を後にした。



 離宮に帰ればさっそく姉に捕まる。いつものガゼボでお茶をする事になり、荷物をとりあえず部屋に置いてくる事にした。花束は用意してもらった花瓶にそっと生けておく。白と水色を基調にした私の部屋に、青紫色が加わる。彼の目の色と同じものが私の部屋にある事が嬉しかった。

 ガゼボに向かえばお茶会の場はすでに整っており、母と姉が座って私を待っている。

「遅くなってごめんなさい」
「あら、気にしなくてもいいのよ。もう一度言うけど、おかえりなさいねアマリア」
「えぇ、おかえりなさいアマリア」
「ただいま帰りました、お母様、お姉様」

 ソファーに座り二人に改めて挨拶をする。淹れられたお茶は我が家で飲まれている定番の紅茶。久しぶりに香った茶葉の香りに少し離れていただけだったが懐かしく感じる。ぽつりぽつりとあちらでの事を話していけば、やっぱりエドヴァルド様とのお話になっていく。

「王家から正式に承認されたわ。婚約おめでとう」
「おめでとうアマリア。よかったわね、エドヴァルド様と結ばれて」
「お母様もお姉様もありがとうございます」

 改めて婚約できた事にほっとするのと、じわじわと湧き上がってくる嬉しさに少しずつ実感していく。エドヴァルド様と婚約できた。この先も彼と共に歩んでいく未来があるのだと考えるだけで心が弾んでいく。

「いつか、貴女はこの家を出ていくのよね。ふふっ、まだ先の事なのに寂しいわ」
「お母様ったら、まだ婚約したばかりですわよ。結婚なら先にお姉様とヨハンネスお義兄様ですわ」
「もう、アマリアったら!」

 姉が恥ずかしそうにしている。相変わらずお二人は仲が良いみたいで安心だ。私もエドヴァルド様とそんな風になれるだろうか。ようやく隣に立つ事ができるようになったのだからもっと彼の事を知っていきたいし、私の事も知って欲しい。
 王都に吹く風はフェルンで感じた風より暖かくて、またあの風を感じたいとすぐにフェルンの事を考えてしまう。爽やかな風に揺れる青紫の花畑。その景色は見た事もないのに私の頭に浮かんでいく。連想されるようにエドヴァルド様の事を考えてしまうのはしかたがないのだろうか。恋する乙女とはこういうものなのだと自分に言い聞かせ、これからに思いを馳せた。



 夜になってグロリアとの二人だけのお茶会が始まる。いつものハーブティーにいつものクッキーをお供に、お喋りをする。

「エドヴァルド様と無事に婚約できたわ」
「おめでとうアマリア! よかったな。好きな人と結ばれてよかった。わたくしも嬉しいぞ!」
「ありがとうグロリア」

 ぎゅっと抱きしめて、自分の事のように喜んでくれる。私も抱きしめ返してありがとうを伝えた。

「ははっ、こうしているとアマリアの幸せな気持ちがわたくしにも伝わってくるぞ。ひとつひとつ頑張って進んでいくアマリアを見習わなくてはいけないな」
「グロリア……」

 グロリアにも私の幸せをお裾分けできるようにと、さらにぎゅっと抱きしめた。グロリアだって頑張っている。アンノさん、少しでもいいからグロリアの話を聞いてあげて……。
そんな風に心の中で願うが、当たり前だがあの人には届かない。

 部屋に戻って寝る前に青紫の花をそっと揺らす。この花が束ねられていたリボンは大事にしまっている。青紫と黒の細いリボン。彼の色のこのリボンは私の大切な宝物のひとつに加わる事になる。
昨日まで近くにいたのに今は遠い。ベッドに潜り込んでからも意識が沈んでいくまで彼の事を考えていた。
 どうか、夢の中でも会えますように。



 夏の爽やかな風が吹く青空の下、揺れる青紫色の花の先に黒髪の誰かが立っていた。振り返った彼の瞳が優しく緩んで、呼んでいる。その青紫の瞳に引き寄せられるように進んだところで目が覚めた。
 意識が覚醒する頃に何の夢を見ていたのかは思い出せなかったが、青紫が揺れていてただただ愛おしさが溢れていたのだけは覚えていた。

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