公爵令嬢の幸せな夢

IROHANI

文字の大きさ
32 / 45

二十九、ヴィルヘルミーナという女性

しおりを挟む
 昨年に立太子の儀を終えたクリスティアン兄様には婚約者がいらっしゃる。南の辺境伯ハルクプライス家の長女で、穏やかな微笑みを浮かべる女神のような女性。そんな方が今、目の前で微笑みを浮かべておられる。
 今日は王宮でお茶会がひらかれたのだが、その主催者は目の前の彼女だ。たおやかな彼女に挨拶をし、場が和んできた頃に彼女からとんでもない発言が飛び出した。

「あー……堅苦しい! ここはあれだ。うん無礼講でいこう。そうしよう」
「ヴィルヘルミーナ……」

 突然の変貌に彼女と初めて会う私は驚いて、失礼ながら二度見三度見をしてしまう。彼女のお隣に座っておられたセシリア・ヒルシ様に呆れた目線を送られている。セシリア様はヒルシ伯爵家の長女で、クラウス兄様の婚約者である。
 今回のお茶会は少人数で、王太子妃になられる彼女にとって近しい者だけが呼ばれていた。セシリア様はヴィルヘルミーナ様のご友人でもあり、他に呼ばれているのはエレオノーラ様、レベッカ様、フローラ様、ソフィア様、そして姉のユリアナと私。護衛や侍女達は何人もいるが、すでに彼女はこういう方なのだとわかっているのか誰も止めようとしない。

「いいじゃないか。ここは完全にプライベートな空間だ。公式の時は猫をかぶるから心配ないぞ」
「えぇ、あなたの猫かぶりは完璧ですわ。しかし、あなたの事を知らない方にいきなりそれはないのでは?」
「むっ……」

 セシリア様は大人っぽくて落ち着いたクールな方だった。ヴィルヘルミーナ様の表の顔は猫をかぶっていたという衝撃的な発言まで出てきている。私とソフィア様以外の方々は知っていたのだろう。動じる素振りもない。

「アマリア様とソフィア様は初めて会うから驚いてしまったでしょう。ごめんなさいね」
「い、いえ……そんな」

 衝撃が抜けきらなくて私達二人は首を振って否定するしかできない。ヴィルヘルミーナ様は先程のたおやかな雰囲気を捨て去って、快活な笑みを浮かべている。あれ、この方に似ている誰かを知っているような。

「今ここにいるあなた達には私のありのままを知っていて欲しかったのだ。まぁ、その……いきなりですまなかった」

 頭を下げられて謝罪されては慌てるしかない。
今では開けた王室として民に近い存在になっているが、さすがに在りのままをさらけ出すわけにはいかない。こういった心の許せる場所が必要なのかもしれない。

「実は前々からアマリア様に会いたかったのだ。殿下がずいぶんと可愛がっているようだったので私にも会わせてくれとお願いしていたのだが、ちっとも会わせてくれなかった」
「あ、ありがとう存じます」
「そんな堅苦しい言葉など不要だぞ。そうだ、ヴィルお姉様とでも呼んでくれ! 私は可愛い妹が欲しかったのだ!」

 ぐいぐいくるこの感じは兄様達と同じだ。そんなキラキラとした期待を込めた目で見ないで欲しい。ここにも難易度が高いハードルが存在している。

「ヴィルヘルミーナ、おやめなさい。代わりに私がお義姉様と呼んでさしあげるわ」
「え、セシリアのはちょっとな……では、レベッカ様も私をヴィルお姉様と呼んでくれ! あなたとは義姉妹になるのだから」
「ヴィルヘルミーナ様、その、え……」

 レベッカ様に飛び火してしまったが、彼女はクレメッティ兄様の婚約者に内定している。正式な発表は私達が学園に入る少し前におこなわれる予定だ。レベッカ様は婚約者候補として選ばれてから何度かクレメッティ兄様とお会いして、お互いを知っていったそうだ。魔法や魔道具での話が合ったそうで正式に決まった。昔のお茶会では興味が無さそうだったが、今では仲の良い婚約者同士になっている。クレメッティ兄様は誠実で常識人だし、お二人ともしっかりとしているからきっと大丈夫だろう。こっそりと教えてもらえた時にはお二人にお祝いをしておいた。

「なんだかすごいお茶会に来てしまいましたね」
「本当ですね」

 私とソフィア様を除いて兄様達の婚約者組と長女の後継者組がそれぞれ盛り上がっている。私もソフィア様もまわりに圧倒されながら、時々ふられる話に混ざったりしてお茶会を無事に終える事ができた。





 ヴィルヘルミーナは来年の婚姻の儀に向けて忙しい毎日を過ごしていた。王太子の婚約者として正式に発表されたのは立太子の儀の後にある夜会だった。表向きは穏やかな淑女を演じているが、もしこんな立場でなかったら好き放題に生きていた。
 二国の国境と隣接する南の辺境伯家に生まれた自分は剣の道に生き、いずれ大陸中を旅したいと思っていた。淑女としての教育は受けていたが、家族にもとりあえず表向きだけは繕ってくれたらいいと言われていた。きっと無理だろうと諦めていたのだろう。私でも無理だと思う。
 そんな風に生きてきた自分が何故かクリスティアン殿下の婚約者候補に選ばれていた。家柄や魔力の相性で選ばれたのだろう。どうせ最終的に私が選ばれる事などないと気にしていなかったが、気づけば婚約者に内定しているではないか。この先も猫をかぶって生きていかねばならないなんて嫌だ。これはもう出奔するしかないと決意を固めていたら、家族に止められた。
 内定してから殿下と何度か二人でお茶をする機会があり、もし今ここで本性をさらけ出せば解消してもらえるのではと浅はかな考えが過る。

「殿下、私はその……」
「何かな?」

 穏やかな笑顔で聞いてくださる殿下には悪いが、私は自由を手に入れるのだ!

「で、殿下!わた……」
「あ、もうその猫かぶりはいいよ」
「へ?」
「その間抜けな顔も自然でいいね。私はそちらの方が好ましいよ」

 先程までの紳士的な態度から一変、穏やかな笑顔が面白い玩具を見つけたかのような笑顔に変わっている。口をぱくぱくとするしかできなくて、次の言葉が出てこない。

「君とは政治的なあれこれや魔力の相性で決まったのだけど、君は自分自身を守る事ができるだろう? 表向きは淑女の鏡として評価されているし……うん、何よりその性格が面白い」
「おもしろい……」
「うん。この先の人生を共にするなら一緒にいて面白い人がいいと思ったんだよ。昔みたいに王族の婚姻もかたいものではなくなってきている」

 殿下の言うように貴族の結婚も昔とは変わってきている。恋愛結婚も増えている。だからと言って私は殿下に恋愛感情はいだけなさそうだ。それは殿下もではないだろうか。

「そういえば君は可愛いものに目がないそうだね。嫌がる弟にドレスを着させて妹として扱ってみたり……」
「それは幼少期の事だ! ……ですわ。おほほ」
「そんなとってつけたように誤魔化さなくてもいいよ」

 何故それを知っているのだ。まさか婚約の際に徹底して調べられているのだろうか。そんな事までも?

「妹が欲しかったのは本当ですよ。私は可愛いものが好きなのです。ふわふわした小動物なんて最高ですね! まぁ、懐いてくれませんでしたけど」
「それは可哀そうに。そんな君に私と結婚すればもれなくついてくる可愛い妹達を紹介しよう」
「妹達ですか?」
「そうだよ。君も知っているだろう? 君の尊敬するアードルフ殿の孫娘、キルッカの天使だよ」
「キルッカの天使!!」

 それはまさに私が崇拝しているアードルフ様の孫娘達につけられた二つ名。次女であるグロリア様はとある事情で表には出て来られないが、三姉妹はまさに天使そのもの。彼女達の情報はひとつたりとも逃すわけにはいかないので、私は全力で集めていた。

「うわっ、ストーカーかよ……ごほん。そうだね、天使だよあの子達は。だから私の伴侶となる者にもあの子達を妹同然として可愛がってくれる女性が望ましい。君みたいにね」
「シスコン殿下、私でよければこの先もあなた様を末永くお支えしますわ! 共にこの国を守っていきましょう!」
「言質はとったからね。これからよろしくね、ヴィルヘルミーナ」
「えぇ、クリスティアン殿下」

 こうして私は特大の餌につられて猫かぶりと自由を天秤にかけた結果、殿下の婚約者になる事を選んだ。殿下とはきっと愛し愛されるような関係にはならないだろう。それでも戦友のような家族にはなれるのだと思う。
 親友のセシリアも第二王子殿下の婚約者に内定し、第三王子殿下の婚約者にはレベッカ様。合法的に可愛い妹達を得る事ができた私には猫をかぶり続けることなどささいいな問題。国民達を騙すようで申し訳ないが、より良い国になるように殿下と頑張るから許して欲しい。

 ところで殿下、いつ私にキルッカの天使を紹介してくださるのですか?

 紹介してくださったが、なぜ渋々なのだろうか。それに三女のアマリア様には結局、自分で招待したお茶会まで会う事ができないのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...