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「お気に入りって……」

 それ以上彼は何も言わず、ご飯を口に詰め込んだ。

(お気に入りってまさか、先輩が言ってた夜の?)

 そんなことをさせられているとは信じたくないが、兄は妹の目から見てもすらっとしていてとても美しくかっこいい男になっていた。王子だっただけあって品もあるし、王女が目を付けるのも頷ける。

 兄の苦しみを考えると居た堪れなくなり、ソフィアは項垂れて棟を後にした。

 そして昼食の時間が来て再び棟へ行くと、兄の姿を見つけた。
 なんとなく声をかけ辛い。

「ユリ」

 フィルベールはソフィアの手を取って廊下に出た。

「何か言いたいことがあるような感じだな。どうしたんだ?」
「わかる?」
「はは。あれだけ俺を見てそわそわしているんだ、誰にだってわかるよ」
「お兄様に言わなくちゃいけないことがあるの」

 ソフィアは昨日の事を話した。
 フィルベールなら喜ぶかと思ったが、案外落ち着いて聞いている。

「アーロン。アーロンか。そうか。彼が生きていたのか。それでマクガイアを倒すために……。だが運よく私を助け出すことができたとしてもマクガイア王国の兵士の数と比べたら足りなさすぎるし一網打尽にされるのが落ちだろうな」
「ランシアが派兵してくれるそうよ。それにランシア国王も密かに私たちを捜していたんですって」

 ティリティアとマクガイアが戦争をしている時、ランシアは東方のクレーン王国と交戦中で、ティリティアを支援する余裕はなかった。
 その後クレーン王国はランシアとの戦いに敗れ併合された。
 ランシアとマクガイアは大陸にある複数の国家の中の二大大国となる。

 ランシアからティリティアに嫁いだ妹を溺愛していた兄のランシア国王は妹の子どもたち二人を捜すため、あちこちの国に人を送っていた。
 その彼らとアーロンが接触することができたのだ。

 そして二人が無事でありフィルベールを再興したティリティアの国王として擁立するのであれば兵を派遣しマクガイアを倒すことに協力するつもりであることを伝えられた。
 ただ、勝利した場合、マクガイア王国の領土は全てランシアが掌握する。
 
 アーロンはその条件を呑むことにした。
 彼がその約束を取り付けた時はまだ王子と王女の消息はわかっていなかったからこれでランシアの協力が得られると昨日の彼の喜びは尋常ではなかった。
 ただその影で、ソーハンたち盗賊団の仲間の表情が曇って行くことに気付く人は誰もいなかった。


 フィルベールはランシアが協力してくれると知ると打って変わって表情が明るくなった。

「ソフィア、もしかしたらこの国でも協力してくれるかもしれない貴族がいる。手紙を書きたいから紙とペンを用意してくれないか」
「うん。わかった」


 一時間後に食器を取りに行くときに渡せるようにと急いで部屋に戻って封筒と便箋、ペンを用意した。


「持ってきたわよ」

 ソフィアはフィルベールの前で徐にスカートをバッと捲り上げた。

「わっ」

 フィルベールはびっくり仰天した。

「な、何をしているんだ」

 ちらっと見てみると太腿に紐で便箋、封筒、ペンが括りつけられている。

「淑女がそんなことを平気でするなんて、一体どういう育ち方をしたんだ!」
「あら、生き抜く知恵が付くくらい立派に、大切に育てられたわ」

 ソフィアは兄の驚き様に笑いながら紐を解いて便箋、封筒、ペンを渡した。

 そして夕食を運んだ帰り、アーロンとエクシオ侯爵宛の手紙二通を再び太腿に括りつけ、目視だけの簡単な持ち物検査を通過し持ち出すことに成功する。

 それ以降、何度かそうやって手紙の橋渡しをしたが、その間見張りの兵士は赤鼻のおじさん一人だけだったのでたやすいことだった。





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