亡国の王女は押しかけ女房になって愛する人と結婚します

今井杏美

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最終回

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「執事、……ソフィア王女の近況などは……入って来ているか? 婚約したとか、結婚したとか」
「いいえ、そのような知らせは入って来ておりません」
「そうか」

 性懲りもなく気になって仕方がない。

 記憶が戻ってから半年の間、俺は領主としての勉強に励んだ。
 二度と会えないとしても、王女の務めを立派にこなしている彼女に恥じない人間になろうと思った。

 そうやって心を入れ替えたにも拘わらず、マリオが呆れる提案をした。

「旦那様。記憶が戻ってからはあっちのほうもご無沙汰ですよね。明日あたり雨が止んだらみんなを誘って久しぶりに繰り出しますか。そうすれば少しは気が紛れるってもんじゃないすかね」

 下品な内容について行けない執事がコホンと咳払いをする。

「俺はいい。お前らで行って来い。てかお前、結婚したばかりじゃないか」
「俺は行かないですよ」
「じゃあ俺も誘うな」
「だったらソフィア王女を迎えに行ったらどうです。領民の為に勉強も大事ですが、見てられないですよ、その生気のない顔。男なら当たって砕けろですぜ」
「……」
「見かけによらず、結構うじうじしていますよね」
「黙れ」


 仕事が終わり、夜一人で椅子に座って酒を飲みながらマリオの言葉を思い出していた。

 迎えに行きたいのは山々だ。

(くそっ! くそっ!)

 酒の量が増える。俺は酔いつぶれて寝てしまった。


 雨の音に混じって馬の嘶きと馬車の音が聞こえる。
 それからマリオの声と執事や使用人らの声。
 騒がしいが目を開けることが出来ない。

 ああ、煩い。静かに寝せてくれ……。

 だがそこに、微かに愛する女の声を聞いたような気がした。

『ソーハン』

 眼帯を取った、傷ついた瞳に優しく口づけされた。
 こんな夢を見るなんて重症だ。

『ソフィア……』




 雨に洗われた夏草が匂い立ち、葉に付いた雨の滴が朝陽を反射してキラキラ輝きを放つ早朝――


 屋敷内にある騎士たちの訓練場で剣の音が響き始めた。
 その音に、徐々に目が覚めていく。

「ん……! うわあっ!」

 目を開けると心臓が止まるほど驚いた。
 誰かが俺にしがみついて眠っているではないか。

 二日酔いも一気に醒める。

 寝起きの頭をフル回転させた。

 邸に娼婦を呼んだことは無い。
 眠る金髪の女。
 俺が知っていてこんなことをする金髪といえば……。

「おい、ノナ! お前、どうしてここにいる? どうやって入って来た! 今すぐ出て行け!」

 女の肩を掴んで乱暴に引きはがし、ベッドの下に投げやった。

「きゃあっ!」
「……」

 一瞬目に映った、ドスンと落ちた女はノナじゃない。
 いやまさか、そんなことあるはずがない。

「痛たたた……酷い……」
「え、あ」

 奇跡のような期待と共に恐る恐るベッド下を覗くと女神がひっくり返っている。

「最低……」
「ソフィ――」
「ノナって誰よ―!!!」


 ***

 ソフィアはソーハンが記憶を失っていることを数日前に知ってすぐに男爵家へ出発した。

 そして昨夜、夜遅くに到着して、執事やマリオから記憶が半年前に戻った事を聞いた。
 その半年の間、ソーハンが自分を迎えに行くか行かないか、葛藤していたことも。


 ソーハンは記憶を失っている間、ソフィアを裏切ってしまったことを深く謝った。
 黙っていようかとも思ったが、ノナのことを話すついでに白状した。
 女遊びをしていたことを他人の口から聞かされる前に言っておこうと思ったのだ。

 ソフィアは今後二度とそんなことはしないというソーハンの言葉を信じて許すことにした。
 それに、記憶が戻ってからは一度たりとも女遊びをしなかったとマリオが言っていたからだ。


 

 ソフィア二十歳、ソーハン三十二歳。
 二人は村の小さな教会で結婚式を挙げた。
 
 
 その後七人の子どもに恵まれ男爵家は繁栄していく。

 二人の仲の良さは有名で、ソーハンは決して他の女に目移りすることなく生涯ソフィアただ一人を愛し慈しんだ。
 そしてその数年後、ソフィアはソーハンの黒い眼帯を握り締めて、微笑みながら彼の待つ世界へ旅立っていった。


 ***

 二人が以前暮らしていた家は七人の子どものうち、一番末っ子の男が一人で農作業をしながら暮らしている。
 実はこの家の隣にはソフィアとソーハンの銅像が立っている。

 そしてこの銅像の前で愛を誓った二人は必ず結ばれて幸せになると言われるようになり、ちょっとした観光名所にもなっているのだ。


 亡くなった男爵夫妻は優しい領主として領民から大変慕われていた。
 税金が一時的に払えなくなった領民には自分が立て替えることもしばしばで。
 彼にしてみれば、ソフィアさえいればいいので貰った多額の褒賞金をそれに充てることはなんの問題もない事だった。
 それに不公平だと言う領民はいない。
 なぜなら自分もいつそういう立場になってしまうか分からないからだ。
 これは後にソフィアが起こした地域支援事業の一環としてずっと続いていくことになる。

 そんなこんなで二人の銅像を建てようと村の誰かが言いだした。
 誰でも気軽に見ることが出来るようにと、末っ子の許可を得てこの家の隣に建てられたのだ。
 
 銅像の足元にはお金をお賽銭のように置いていくカップルまで現れ出すようになり、そのお金は地域支援事業に組み込まれて親を亡くした子どもたちに分け与えられることになった。


 終わり
 

 
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