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新たな生活
「まさかロバを連れて帰るなんて思ってもいませんでしたよ」
「乗りかかった船だ」
「そういえば第二皇子殿下も動物がお好きですよね」
「五匹全部引き取ってくれたくらいだからな」
五匹とはエレンが育てていた狸のことで、火事の後ジェラールは森に離そうかとも考えたが、エレンとの思い出もあるため手放しがたく全て宮殿に連れて帰ることにした。
リックの父親が酒代に売り飛ばそうとしていたロバのジュリアはジェラールが買い取り、宮殿の馬小屋で過ごすことになった。
しかしその代金が酒代で一度に無くなるのは良くないので、一部だけ父親に渡して残りはリックを馬番の見習いとして雇いその賃金に上乗せすることとした。
結局皇太子だということを話さざるを得なくなったがその効果は抜群だった。
コロッと態度を変えてひれ伏した父親は酒を控えて心を入れ替えると簡単に言ったのだ。
「リックにとっては今回殿下にぶつかったことは幸運だったと言えますね。喜んでくれて良かったですね」
「人生、そういうことがあってもいいよな」
リックの事に関しては丸く収まった。
それなのに浮かない顔をしているジェラールを見てアランは言った。
「いやぁ~、嫌な奴がひれ伏すのは快感でしたね! 権力を乱用するような暴君だったら最悪ですがいいことに利用するならまた別です」
実はその時もしまた酒に溺れるようなことがあれば皇太子に嘘を吐いた罪で牢屋にぶち込んでやるとジェラールは父親を脅したのだ。
権力を笠に着て命令したり脅したりすることに嫌悪感を抱いている彼は自分がそうしたことで気落ちしていたのだが、アランの励ましのおかげで幾分楽になった。
そして馬番の男に明日から来るリックの事を頼みジュリアを馬小屋につないで部屋に戻った。
翌日、ジェラールは両陛下に呼び出された。
「また町へお忍びに出たのか。聞くところによるとまた動物を連れ帰ったようだな。しかも今度は人間も一緒にとは呆れる」
「お耳がお早いようで」
「まったく……宮廷でお前がなんと噂されているのか知らんのか」
「さて。町で社会勉強をしている民思いで勉強熱心な皇太子、でしょうか」
「その反対だ! しょっちゅう町をふらついて遊び呆けているだらしない皇太子だ!」
「まったく身に覚えのないことですね。一体どこのどいつが言い出したのですか」
「そんなことはどうでもいい! いいか、真面目なエルネストの方が皇太子に相応しいと言い出す貴族も現れた。もっての他だ。お前が十八になったら皇位を譲ろうと思っているのだからもっとしっかりしてくれ」
さらっと重大な事を言われてジェラールは面喰った。
昔からあまり政治には熱心でなかった皇帝ではあったが、ジェラールにも心積もりというものがある。
「は? そんなこと初めて聞きました。それにまだまだ父上はお若く、退くには早すぎます」
「もう皇后と穏やかに暮らしたいと思ってな。お前が皇帝となることで民も豊かになるのだから迷うことはない」
「俺の代ではなく、今、民が豊かになることをお考えになってはどうでしょう」
「なに?」
「父上の政治次第で民の生活は変わります」
「民は神殿に入れるお前が皇帝になるのを待ち望んでいるのだぞ。お前の誕生に喜んだ民を裏切ると言うのか」
「あなた」
「……まあいい。今日呼んだのは別の事だ。皇后よ、伝えるがよい」
(何だ?)
「ジェラール、あなたはもう十七でとっくに婚約者がいてもおかしくない年齢です。これまでは頑なに拒んでいたため無理は言いませんでしたが、もうそういう訳にはいきません」
※※※
ガシャン
「きゃあっ」
ドシンッ
「やーい、やーい、こいつまたへましたぞー」
「きゃはは、どんくさーい」
「のろまー」
「いたたた……」
子どもたちが脚立を倒して、窓の上部を拭いていた女性が床に落っこちた。
三段ほどの脚立だったのでそれほど高くはないが、床は木なので落ちると結構痛い。腰と腕を打ってしまった。
「こらっ、あなたたち何をやっているの。さっさと部屋に戻りなさい」
それを見ていた孤児院の職員が子どもたちを注意すると皆ワーッと言って部屋に戻って行った。
「エレンももう窓拭きはいいから。あとで食事を取りに来て」
「はい」
孤児院での掃除、洗濯、食事の支度を済ませた後に食器洗いが終わるとエレンの一日が終わる。
(ハァ……。今日は左からそっと来たから見えなかったわ)
ベッドに入り腕をさすると、打った肘の部分が腫れている。
明日には腫れも引くだろうと思い目を瞑ると、そのまま泥のように眠りについた。
四年前の火事で夜中に医師の家に運ばれたエレンはその体の左半分に酷いやけどを負っていた。
医師はエレンを運んだ使用人にこれはもう助からないかもしれないと告げた。
それを執事を介して聞いた侯爵は、早々にエレンが死んだと勘違いしてしまった。
だが、奇跡的に医師の手によって意識を取り戻し、敗血症や感染症にも罹らなかった。
しかし顔の左側はやけど跡が酷く、左の瞼は塞がって目を開けることが出来ない。そして左足は筋肉を損傷して引きずるようになってしまった。
医師から今後どうするかと聞かれたエレンは母親のいない侯爵家に戻って働くことを拒否した。
そのため医師はエレンが助かったことを侯爵家に報告することはしなかった。
その後医師の紹介で孤児院に入ることが出来たが、十六歳になって孤児院を出なければならない年齢になっても片目で足を引きずるエレンを雇う所などどこにもなく、孤児院に残ってただ働きをしながら寝食の場だけは与えられることになった。
孤児たちにからかわれ馬鹿にされても、ここの職員になれなくても、それでも今のエレンにとっては贅沢な事だった。
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