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エレンとカリーヌ(二)
数日後、ジェラールの婚約者が孤児院にやって来た。
綺麗な布の紐で飾り付けた入口で職員と子どもたちが揃って出迎えた時、エレンは厨房で焦げた鍋を洗っていた。
子どもたちは案外大人しくしているようで、聞こえてくるのは職員のいつもより甲高い声ばかり。
「どんな令嬢なんだろうねぇ。見に行きたいが仕事を抜けたらしかられる。ははは」
「はい」
エレンも侯爵令嬢がどんな女性なのか見てみたい気持ちでいっぱいだったが、見た所で自分と比べて惨めになるだけだと思い直して一心不乱に鍋を擦ることに集中した。
でもどうしたことか話し声が段々近づいてくる。
そして厨房の扉が開かれた。
「まぁまぁ! こんな所に……」
(え?)
厨房のおばさんのびっくりした声に振り返ると、職員と子どもたちに交じって見たことのある女性が厨房の入口に立っていた。
そしてその女性はすぐにエレンに気付いて話しかけた。
「あら? あなたはあの時の?」
「この娘をご存知なのですか?」
「ええ、先日街で会ったんです。ここで働いていたのね。また会えて嬉しいわ」
「あ……あの時は助けていただきありがとうございました……」
エレンはどうしてだか呼吸が浅くなるのを感じた。
その時一人の男の子がエレンに人差し指を指して言った。
「お姉さん! こいつは愚図でのろまでほんと使えない奴なんです」
その言葉を皮切りに、それまで猫をかぶって静かにしていた他の子どもたちも一斉に悪口を言い出した。
「そうよ! この前なんかバケツを倒して床を水浸しにしちゃったのよ!」
「ジャガイモだって上手に剥けなくて所々皮が残ってるし」
「昨日だって怒られてたもんねー」
「使えないからただ働きなんだよ」
「こらっ! あなたたち、変な事を言うんじゃありません! まったくもう……。さあ、侯爵令嬢、ここはこの辺にして、あちらをご案内いたします」
「え、ええ……」
潮が引くように一行は去って行った。まるでエレンの悪口を言うためだけに来たかのようだ。
おばさんがやれやれと大きくため息を吐いた。
「あ、あの……。鍋、洗い終わりました……」
「じゃあスープに入れるにんじんを切ってもらおうか」
「はい」
エレンの手元は僅かに震えて包丁の音は不規則なリズムを刻む。
その手元に、ポロッと一滴の涙が落ちた。
(やだ……どうして……。優しくて素敵な人なんだから良かったじゃない)
気持ちを切り替えて仕事に集中しようとするが次々と涙が落ちてきてどうしようもない。
ベニュロ侯爵家の令嬢だから選ばざるを得なかったという訳ではない事がエレンは結構ショックだった。
心から彼女を好きであると言っている感じがする。
(私って偽善者だったんだわ……身の程知らずもいいとこね)
一通り自分で自分を心の中で罵ると大分落ち着いてきた。
エレンは胸のペンダントを服の上からギュッと握り締めて二人の幸せを祈った。
※※※
「戻ったか」
「ただいま戻りました、お義父様」
「けっ、いっちょ前の令嬢気取りか。たかが男爵家の娘が孤児院を視察したくらいで」
「ガリアス、黙れ。お前は早く領地に行く準備でもしろ」
「ふん」
(なによ、相変わらずムカつく男だわ……)
セシール公爵令嬢を押しのけてポッと出の男爵家出身の令嬢が皇太子の婚約者に選ばれたことで、カリーヌは貴族令嬢たちから冷たい目を注がれている。
それが、義理兄のガリアスもそうなのだからたまったものではない。
しかし侯爵が今みたいに注意してくれるのが救いだしもうすぐガリアスは領地で侯爵家が手掛けている事業の進捗状況を確認に行くため留守にするからそれまでの我慢だ。
ロビノ男爵がカリーヌを養女にしたのは男爵の意志ではなくベニュロ侯爵の働き掛けによるものだった。
侯爵は平民からではなく一旦貴族令嬢にした彼女を養女にする計画を立てたのだ。
それを知ったのは、婚約者に選ばれなかったら男爵家ではなく平民に戻らなければならないと告げられた時だった。
ただそれがどうして自分だったのか、“本当の理由”を侯爵に聞いてみたいが聞けないでいる。
「はぁ。今日も疲れた」
部屋のソファにドサッと座り伸びをした。
(それにしてもクソ生意気な子どもたちだったわ。職員たちの影響かしら。私だったらぶっ叩いているところね)
カリーヌは子どもの頃から色々な“悲惨さ”を知っている。
自分の両親は運よく男爵家で働かせてもらっているが、平民にとって病気、飢え、貧困は当たり前。
友達だって病気で死んだり借金のかたに売られたり、親が税金を払えず強制労働にかりだされて挙句の果てに事故で亡くなり孤児になった等は日常茶飯事だった。
だからエレンの姿を見てもすぐに火傷の跡だと分かったし、そんなに驚くことでもなかった。
(……でもまぁ、あの外見じゃあ仕方ないけど……)
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