転生した皇帝は神の罠を乗り越える~あの日の過ちに苦しむ魂は百年の時を越え~

今井杏美

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失望とリックの疑問

 
 婚約者が内定してからというもの、ジェラールは目覚めたときの気分が優れない朝が続く。


「殿下、ブローチをお持ちしました」

 今日は神殿に行く日で、侍女がマントを止めるブローチの入った箱を持って来た。
 箱の中には銀やブロンズ製のシンプルな形のブローチが入っているが、最近そこにサファイアのブローチが仲間入りした。

 それは先日お忍びに出かけた帰りカリーヌからプレゼントされたものだ。

 ジェラールが海沿いの町に行っている間、彼女は知る人ぞ知る名工が営む小さな宝飾店に行き高価なサファイアのブローチとネックレスを買っていた。

 ブローチはジェラールに、ネックレスは自分に。
 
 彼女はそれを渡す時、“初デートの記念”に“二人の距離を縮めるため”お揃いにしたと頬を染めながら言った。

 真剣に民の生活を観察しているジェラールは、お忍びをデートのついでと言われたようで非常に不快な気持ちになった。

 彼はカリーヌが「民の生活を、本音を知りたいのです」としつこかったから付いてくることを許可したのだ。

 (最後に気を許して本心が出てしまったんだな……)

 ジェラールは傍観者の立場から見ると彼女のそんな行動が哀れに思え、苦笑いとため息が同時に出た。

 エレンの面影を消して彼女自身を見ることが出来る日など決して来ないと彼ははっきり言える。
 だがこのままだと彼女が婚約者になることは時間の問題だ。
 
 単にエレンに似ているというだけで決めてしまったことが悔やまれてジェラールはクソみたいな気分で箱の中を見た。

 あの日は周りに人がいた手前、彼女の名誉を考えて一応受け取りはしたがそれを着ける気にならず、彼はいつものブロンズのブローチを手に取った。



 朝の支度が終わって馬小屋に行った。

「おはよう、リック」
「殿下。おはようございます。今日は神殿へ行く日でございますね。ただいまジェイジェイを連れてきます」

 馬房ではジュリアが美味しそうに干し草を食べている。

「やぁジュリア、元気そうで何よりだ」

 話しかけるとジュリアは理解したかのように顔を上げ頭を上下に振った。

「ん? なんだこれは」

 干し草の側には数本の細い枝が落ちていて、土には線が引かれている。
 よく見ると文字を書いた跡のようだ。

「殿下、ジェイジェイを――、あ、それは……」
「もしかして文字を勉強しているのか?」
「……申し訳ありません」
「なんで謝るんだ」
「馬番に文字など必要ありませんから」
「何を言う。馬番だって読み書きできた方がいいに決まっているだろ」

 そう言うと伏し目がちだったリックの瞳が大きく開かれキラキラ輝いた。

「エルネスト殿下がたまにいらして本を読んで下さるのです。それで自分でも読めたらいいなと思って。そしたら文字も教えていただけるようになりました」
「あいつがそんなことをしていたのか。で、今は何を読んでいるんだ」
「皇家の歴史の本です」
「は? なんだそれは。あいつにはもっと面白い本にしろと言っておく」
「そんなことありません! 面白いです。初代皇帝の瞳が銀色だったなんて知りませんでしたし」

 リックは好奇心旺盛で、馬番で終わるのはもったいない少年だ。

「アルマン神と人間の間に生まれたからな。でも今じゃそんな瞳は一人もいない」
「それに、百年前の皇帝が急に神殿に入れなくなってしまった理由がわかっていないのも興味深いです。どんな理由だったんでしょう」

(そういえば考えたことはなかったな。神殿に行ったら聞いてみるか) 

 ジュリアがオキーオキーと鳴きだした。

「あ、すみませんっ。もうお時間ですね」
「そういえば、母親の病気はどうなった」
「おかげさまで、薬も買えることが出来て大分元気になりました! 本当にありがとうございます」
「父親はどうだ?」
「最初の頃はうちで大人しくしてたんですけど……。母さんがこの前追い出しました」
「ははは。そりゃ傑作だ。じゃ、行ってくる」
「お気をつけて」



 アランと共に町を駆け抜ける。
 海の見える小高い丘を登り林が開けると目の前に神殿が見えてきた。
 
「では、お待ちしております」
「行ってくる」

 ジェラールは石畳の上に立った。

 

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