転生した皇帝は神の罠を乗り越える~あの日の過ちに苦しむ魂は百年の時を越え~

今井杏美

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不穏な影(二)


 ベニュロ侯爵夫妻はワインを飲みながら寛いでいる。
 二人ともほろ酔いでとても気分がいい。

 婚約式を終えてカリーヌが無事に正式な婚約者となれば、直に皇后となる。
 生まれた子は自分の孫であり後の皇帝だ。
 侯爵はできそこないのガリアスの代わりにカリーヌがいい仕事をしてくれて満足している。

 しかしそれが執事の話で真っ逆さまに突き落とされるとはこの時は夢にも思っていなかった。


「旦那様、最近カリーヌお嬢様のお付きのメイドになった女性のことを御存じでしょうか」
「ああ、確か孤児院から連れて来たと言っていたな。体が不自由だと聞いている」

 ベニュロ侯爵はそれが婚約者に決まっても皇太子の心までは掴みきれないカリーヌの苦肉の策だろうと思っている。
 そのメイドは一度遠くから見た時、足を引きずり顔を半分隠していた。
 なるほど、彼女を雇えば皇太子から心根の優しい人間だと思ってもらえるだろうとその時は思った。

「それが……息子のジャックが彼女はエレンだと言うのです」
「エレン?」
「四年前に使用人の小屋で火事がありましたよね、それで亡くなったエレンだと」
「なんだって!? それは本当か?」
「はい。お嬢様に確認しましたところ、今日殿下がお茶にいらっしゃったときそのメイドがかつてここで働いていたエレンだということがわかり、殿下がとても喜んでいたと仰いました」

 ガシャン

 夫人の持つワイングラスが床に落ち、ドレスの裾が赤く滲む。
 夫人は震えながら、真っ青になった侯爵の手を握り締めた。

「あ、あなた……」
「うむ……」

 子細を知っている執事も暗い顔をしていた。


 そしてその後、カリーヌのお付きの足の悪いメイドが四年前に亡くなったはずのあのエレンだったということが使用人たちの間に知れ渡った。


 ※※※

 カリーヌは皇后のお茶会に招待され出かけている。

 エレンはお付きのメイドだがそれは侯爵邸内だけでのことで、カリーヌの社交に従って外に出ることはない。
 そういう日は仕事は丸一日休みになる。

 当日になってカリーヌが皇宮に来たことを知ったジェラールは、エレンが一緒でないことを密かに確認すると、エルネストの宮殿に寄った後に急いでベニュロ侯爵邸へ向かった。

 時刻はもう午後三時を回っている。

 使用人の出入り口は侯爵家の門番のいる正門とは別にあって門番もいたりいなかったりと適当だ。
 今日は運よくいなかった。そのため彼が来たことが侯爵にばれることはない。
 小屋を訪ねると、エレンは玄関を開けた。

「エレン!」
「殿下……」
「君に見せたいものがあるんだ、急だが来てくれるか」
「行けません」
「どうして」
「私の方こそ、どうしてここにいらしたのですか? カリーヌ様は今皇宮に行かれて留守ですのに」
「だから来たのさ」

 ジェラールの中ではカリーヌの婚約内定を取り消すことは決定事項だ。
 婚約式前ならどちらか一方の意志で婚約内定を取り消しても建前上双方に傷がつくことはない。

 ただそうなったら立場的にエレンが困るし余計な気を遣わせたくないため、ジェラールはちゃんと準備をしてから婚約内定を取り消すことをエレンに言おうと思っている。

 この前は嬉しさのあまり本心をさらけ出してしまったが、今は焦らずゆっくりと距離を縮めていくことにした。

「少しの時間でいいんだ。きっと君も喜ぶと思うから」
「……では、少しだけ……」
「ありがとう! 外に馬を待たせてあるから一緒に乗って行こう!」

 その時エレンの小屋の玄関が開いた。

「まあ殿下! どうしてここに?」
「カリーヌ嬢」
「そんな驚いた顔をなさって……」
「カリーヌ様、お帰りなさいませ」
「……。お茶会が早く終わって陛下が殿下に会っていくかと仰るものですから殿下の宮殿に行ったのですが、まさかここにいらっしゃるなんて」

 エレンにまたちょっかいを出そうとしたジャックが小屋の中に入っていく殿下を目撃した。
 邸に戻ってきたカリーヌは彼からそれを聞いて急いでやって来たのだ。
 
「どこかに行かれるようですが、私もご一緒していいかしら」
「それは――」

 そんなのたまったものではないとジェラールが断ろうと思った矢先、エレンが口を開いた。

「もちろん、どうぞ」
 
 
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