転生した皇帝は神の罠を乗り越える~あの日の過ちに苦しむ魂は百年の時を越え~

今井杏美

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エレンとペンダント

 キラキラと輝いているように明るい海の神の世界は魔法かと思うようなことも普通のことのように繰り広げられる。


 エレンは今、鏡に向かって自分の姿を眺めながら服を着替えている。
 色々なデザインの服を頭に浮かべるだけで瞬時にその服を着ることができるのにももう慣れた。
 でもデザインにこだわったことのない彼女は数着のシンプルなデザインを思い浮かべるのが精一杯だ。
 ドレスを思い浮かべてもゴテゴテのへんてこりんなデザインになってしまって、結局はマルセラン神が着せた、最初に着ていた白いかかとまであるワンピースに落ち着く。

 今日は昔母親が来ていた服を思い浮かべた。
 同時にどうして母親は亡くなったのか、そんなことを考えた。
 
(あの男性なら教えてくれるかしら)

 生き返ってから時間が経つにつれて、自分の過去を知りたいという気持ちは段々薄らいでいっているが、重要なことはやはり思い出したい。
 ジェラールと別れてからマルセラン神と会って話をすることもほとんどないため、詳しいことを聞くこともできていない状態だ。

 鏡に映っているのはベージュの服で、いつも着ているワンピースより丈が短くスカートの裾は広がっている。

 あまりにも飾り気が無いので、腰にサッシュを巻いてみた。
 結構開いている首元にはペンダントが必要だと思って綺麗な宝石のネックレスを思い浮かべたら、あまりのチグハグさにすぐに消した。

 そんな時、ジェラールから貰ったあのペンダントを思い出した。
 受け取ってからまだ一度も身に着けていない。

 エレンは大きな二枚貝の蓋を開けてペンダントを取り出した。
 金銀の輝きは美しいが華美ではなく、温もりを感じさせる。
 プラチナのチェーンと白い石の質感はあまり合っていないような気もするが、さっきのよりは合いそうだ。

 首にかけると、すっぽりと胸の間に挟まってしまった。

(ちょっと長すぎるわ。短くした方がいいわね)

 この服だとペンダントトップが服の中に隠れてしまう。
 着替えるか、ペンダントを外すか。

 その時、エレンは石が少し熱を持っているのを肌に感じた。
 体中にじんわりと温もりが広がりとても心地よい。

 すると突然石から強烈な光が放たれた。

(え!? え!?)

 服越しでも目も眩むほどの光にエレンは目を強く瞑った。

 その間、光は彼女の心臓にどんどん吸い込まれていく。

 そして光が収まり、石が冷たくなると彼女は目を開けた。

「あ……」

 心臓の鼓動が早鐘のように打ち始める。
 彼女は震える手で顔の左半分を覆った。
 瞳からはとめどなく涙が溢れ。
 その涙は小さな真珠となって床に落ち、ポロンポロンと可愛らしい音を奏でた。

「ジェラール殿下……!」

 彼との楽しかった日々が頭の中に次々と蘇ってくる。

『俺は子どもの頃から君だけを愛している。一度も他の女性を好きになったことはない。君が記憶を思い出した時に、今の言葉も思い出してくれ』

(ああ、彼を遠ざけようとしていた昔の私はなんて残酷だったのかしら。殻に閉じこもって自分を守ることしか考えていなくて…。ただの臆病者だったんだわ)

 カリーヌの為にジェラールを諦めようとしていた昔の自分。
 自分の容姿に引け目を感じて卑屈になっていた自分。
 彼の愛を信じることができていなかった自分。

 そんな自分のために彼が人間世界の地位を捨ててこの世界にこようとしていると思うと、エレンは居ても立っても居られず家を飛び出した。 


 すれ違う魚、エビ、タコ、タツノオトシゴたちが挨拶するのも気づかず必死に走った。

 走ることが出来る。
 それがどんなにありがたいことか、その喜びを噛みしめながら。
 今のエレンはもう心も体も昔のエレンではなかった。
 

 岩をくりぬいた巨大な建物の中にあるマルセラン神の彫像を通り過ぎて、人間の世界の神殿と通じる壁までやって来た。
 その壁に触れると扉のように開いて人間の世界と通じるのだ。

 慎重にその壁に手を伸ばしてあと少しで触れる直前、「エレン」というマルセラン神の声がしてエレンは咄嗟にその手を引っ込めた。

 姿は見えず声だけが聞こえる。
 どこからともなく聞こえてくるその声に向かって彼女は必死に声を上げた。

「マルセラン神、私、記憶を取り戻しました!」
「そのようだね。それで、人間の世界に行こうとしたのか?」
「はい。一年以内なら大丈夫なのですよね、だから」
「だめだよ。君はまだジェラールに会ったらいけない。そういう約束だ」
「あ……」
「あと少しだ」
「とても待ち遠しいです。彼は立派に帝国を治めていますよね」
「彼がこの世界に入るに相応しい者ならきっと約束を果たすことができるだろう」


 
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