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誘惑
皇帝の部屋のバルコニーから見える庭園にはサンザシの白い花が咲き誇り、今宵、夜空に浮かぶ満月の光を浴びてまるで月の光そのものを宿しているかのように輝きを放っている。
(そういえば、エルネストがサンザシの花言葉は”希望”、”ただ一つの恋”、”慎重”と言っていたな。セシールに対する自分の気持ちのようだと言っていたのに今ではプリエールに夢中だとは……)
傾けたワイングラスに月の光が煌めく。
フローラルな香りの中にピリッとスパイシーな香りが効いている。
ジェラールはワインを一気に飲み干した。
鼻から抜ける風味とほろ苦い味わいが秀逸だ。
(皆が魔法にかかっているかのようだ。絶世の美女には違いないし性格も悪くないが……)
誘拐犯一味を捕まえるためにプリエールの力を借りたため彼女がここに滞在する期間が伸びた。
その間の彼女にかかる費用は全てジェラールの自費で賄っている。
(……まるで……)
その状態はまるで愛人だと気づいて彼は大きくため息をこぼす。
だが、二人の間には何もない。
おちゃらけて白い愛人? と苦笑する。
宮廷ではプリエールのせいで既に夫婦関係に亀裂が入ったり婚約破棄になった貴族がいると囁かれている。
プリエールには感謝しているが、こんなことでは早く国へ帰ってもらわないと秩序が保てない。
明日にでも自分の口から国へ帰るよう言おうとジェラールは決めた。
そろそろ部屋に戻ろうとしたとき、隣のバルコニーの窓が開く音がして、プリエールがバルコニーに出てきた。
今日はどこかの貴族のパーティーに出席していると、聞いてもいないのに侍女が伝えて来たのだがもう帰って来たようだ。
「あ、陛下ー。ごきげんよう……ふふ……」
明らかに酔っている彼女は少しふらついていて、手にはワイングラス。
ジェラールは嫌な予感がしたため余計なお世話だとは思ったが、「部屋に戻った方がいいんじゃないか」と忠告した。
「せっかくの満月、どうして堪能せずにいられましょう……綺麗……」
月明かりに照らされるプリエールの方が美しいが、と単純にジェラールは思った。
「陛下……、今日伯爵家で踊りを披露したらみんな喜んでくださったんですよ……」
彼女はドレスではなく、出会った時の踊り子の服装をしている。
手すりに寄りかかってどことなく危うい彼女が心配で見ていると、彼女はグラス片手に踊り始めた。
鼻歌交じりに器用に体をよじり、腰を振り、すらりとした手をくねらせる。
その合間に彼女の射抜くような瞳と目が合った。一瞬の正気の瞳。
ジェラールはやばいと思い、もう放っといて部屋に入ることにすると、後ろの方でガシャンとワイングラスの割れる音がした。
(……やったか……)
ため息交じりに振り返ると、案の定彼女が倒れ込んでいる。そのまま眠ってしまいそうだ。
(仕方ないな……)
彼女の部屋に入る所を人に見られたくなかったので内扉から入ることにした。
取り敢えずバルコニーから彼女を抱きかかえてベッドに寝かせて、割れたワイングラスを片づけさせるため侍女を呼ぼうと呼び鈴に手を伸ばした。
しかしそんなことをしたら自分が夜中に彼女の部屋にいることがわかって、またとんでもない憶測を呼ぶことになる。
それはまずいと伸ばした手をひっこめると、寝ているはずのプリエールにグイッと腕を掴まれジェラールはバランスを崩した。
あろうことか倒れたのは彼女の上。
すぐに退こうとしても酔っているとは思えないほどの力でジェラールに抱き着いて離さない。
「離すんだ」
「陛下……」
ジェラールは彼女の身体から花と若草の爽やかで優しい香りがするのを感じた。
それは吐息から出る芳醇なワインの香りとは正反対で、両方の魅力を持つプリエールを表しているようだ。
「どうして私を国に帰そうとするのですか……」
「君の家族が心配しているだろう」
「家族などいません。私は一人です」
「……知り合いが……」
「いません」
「……わかったから離してくれ。君は酔っている」
「酔ってなんかいません……ねぇ、私、いい匂いがするでしょう? ほら、甘い蜜の香りも……」
プリエールはジェラールの身体に足を絡めて艶のある声で囁いた。
「陛下……お慕いしております……」
告白されてもジェラールの心に彼女を受け入れる隙は無い。
「……悪いが……」
どうすることもできないのだ。
彼女の力が緩んだ隙に上体を起こして体勢を整えた。
「とても、とてもお慕いしております! 私を助けてくれたあの時から……」
プリエールの両手は自分から離れようとする彼の両頬を包んだ。
情熱がほとばしり熱を持った瞳は、えもいわれぬ色香を醸し出す。
ジェラールの身体は再び彼女に吸い寄せられるように近づいていく。
(そういえば、エルネストがサンザシの花言葉は”希望”、”ただ一つの恋”、”慎重”と言っていたな。セシールに対する自分の気持ちのようだと言っていたのに今ではプリエールに夢中だとは……)
傾けたワイングラスに月の光が煌めく。
フローラルな香りの中にピリッとスパイシーな香りが効いている。
ジェラールはワインを一気に飲み干した。
鼻から抜ける風味とほろ苦い味わいが秀逸だ。
(皆が魔法にかかっているかのようだ。絶世の美女には違いないし性格も悪くないが……)
誘拐犯一味を捕まえるためにプリエールの力を借りたため彼女がここに滞在する期間が伸びた。
その間の彼女にかかる費用は全てジェラールの自費で賄っている。
(……まるで……)
その状態はまるで愛人だと気づいて彼は大きくため息をこぼす。
だが、二人の間には何もない。
おちゃらけて白い愛人? と苦笑する。
宮廷ではプリエールのせいで既に夫婦関係に亀裂が入ったり婚約破棄になった貴族がいると囁かれている。
プリエールには感謝しているが、こんなことでは早く国へ帰ってもらわないと秩序が保てない。
明日にでも自分の口から国へ帰るよう言おうとジェラールは決めた。
そろそろ部屋に戻ろうとしたとき、隣のバルコニーの窓が開く音がして、プリエールがバルコニーに出てきた。
今日はどこかの貴族のパーティーに出席していると、聞いてもいないのに侍女が伝えて来たのだがもう帰って来たようだ。
「あ、陛下ー。ごきげんよう……ふふ……」
明らかに酔っている彼女は少しふらついていて、手にはワイングラス。
ジェラールは嫌な予感がしたため余計なお世話だとは思ったが、「部屋に戻った方がいいんじゃないか」と忠告した。
「せっかくの満月、どうして堪能せずにいられましょう……綺麗……」
月明かりに照らされるプリエールの方が美しいが、と単純にジェラールは思った。
「陛下……、今日伯爵家で踊りを披露したらみんな喜んでくださったんですよ……」
彼女はドレスではなく、出会った時の踊り子の服装をしている。
手すりに寄りかかってどことなく危うい彼女が心配で見ていると、彼女はグラス片手に踊り始めた。
鼻歌交じりに器用に体をよじり、腰を振り、すらりとした手をくねらせる。
その合間に彼女の射抜くような瞳と目が合った。一瞬の正気の瞳。
ジェラールはやばいと思い、もう放っといて部屋に入ることにすると、後ろの方でガシャンとワイングラスの割れる音がした。
(……やったか……)
ため息交じりに振り返ると、案の定彼女が倒れ込んでいる。そのまま眠ってしまいそうだ。
(仕方ないな……)
彼女の部屋に入る所を人に見られたくなかったので内扉から入ることにした。
取り敢えずバルコニーから彼女を抱きかかえてベッドに寝かせて、割れたワイングラスを片づけさせるため侍女を呼ぼうと呼び鈴に手を伸ばした。
しかしそんなことをしたら自分が夜中に彼女の部屋にいることがわかって、またとんでもない憶測を呼ぶことになる。
それはまずいと伸ばした手をひっこめると、寝ているはずのプリエールにグイッと腕を掴まれジェラールはバランスを崩した。
あろうことか倒れたのは彼女の上。
すぐに退こうとしても酔っているとは思えないほどの力でジェラールに抱き着いて離さない。
「離すんだ」
「陛下……」
ジェラールは彼女の身体から花と若草の爽やかで優しい香りがするのを感じた。
それは吐息から出る芳醇なワインの香りとは正反対で、両方の魅力を持つプリエールを表しているようだ。
「どうして私を国に帰そうとするのですか……」
「君の家族が心配しているだろう」
「家族などいません。私は一人です」
「……知り合いが……」
「いません」
「……わかったから離してくれ。君は酔っている」
「酔ってなんかいません……ねぇ、私、いい匂いがするでしょう? ほら、甘い蜜の香りも……」
プリエールはジェラールの身体に足を絡めて艶のある声で囁いた。
「陛下……お慕いしております……」
告白されてもジェラールの心に彼女を受け入れる隙は無い。
「……悪いが……」
どうすることもできないのだ。
彼女の力が緩んだ隙に上体を起こして体勢を整えた。
「とても、とてもお慕いしております! 私を助けてくれたあの時から……」
プリエールの両手は自分から離れようとする彼の両頬を包んだ。
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