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百年前(三)
前世の記憶が蘇ったジェラールはバルコニーの前面に広がる白いサンザシの花を見て思った。
”ただ一つの恋”、その花言葉はジェロモンではなく自分にこそ相応しいと。
ジェロモン皇帝が神殿に入れなくなった理由はコラリーヌを裏切ったから、つまり野蛮と言うのは愛を裏切ったことを指していたのだ。
(そりゃそうだ。好きでもない女を抱くなんて野蛮極まりない)
今世でやり直すことが出来た自分をジェラールは自負したが、それでも心は鉛のように重苦しい。
やり直せたのだからそれでいいではないか、レリアン皇后とのことだって百年も前の事だと、ジェラールは逃れるようにエレンとの幸せを考えた。
(エレン、エレン! ……ああ、クソ!)
しかし考えれば考えるほどまるで現在の事のように前世の記憶が邪魔をして、今世で自分は幸せになっていいのかと罪悪感に苛まれるだけだった。
※※※
執務室には各領地及び皇都に建設された学び舎の入学者数やその成果などの報告のためセシールが来ていた。
この教育の政策は民から好評で、皇都には大学を建設する計画が持ち上がっている。
因みに皇都の学び舎には仕事の傍らリックも通っていて、今の所彼が成績トップだ。
「リックはなかなかだな」
「そうですね。将来が期待されます」
ジェラールはその書類を読み終わり結果に満足して大学建設許可の決裁をした。
「ところで君は百年前のレリアン皇太后の事を知っているか?」
「レリアン皇太后ですか? よく知りませんが……母親の実家の侯爵家に文献が残っているかもしれないので調べてみますわ」
「そうしてくれるか。ありがとう」
その数日後セシールが持って来た文献は、代々の侯爵が綴った本の中でレリアンの父親が綴った本だった。
この手の本は公文書より詳しく、場合によっては公文書とは異なる“真実”が記載されている場合もある。
「俺が読んでもいいのか?」
「はい。日記というより史書みたいな本ですし」
ジェラールはお礼を言って目を通した。
するとそこには“ジェロモン皇帝は自死しようとしたレリアンと揉めた末にナイフが誤って胸に刺さって亡くなった”と、“真実”が正確に記されていた。
『……しかし陛下の寝室の護衛の証言で、その場にいたのが彼女だけだったため皇帝殺害の嫌疑がかけられ、調査の間、あの北の塔に入れられることになった。
ジェノワー皇子だけは彼女の証言を信じてくれたが、他の者は信じることができなかった。
それもこれも夫婦仲があまり良くないという噂が広がっていたせいだ。
だが一か月後、皇帝の曽祖父である元皇帝の“植物と意思疎通できる能力”によって彼女の無罪が証明された。
レリアンが髪に飾っていたサンザシの花が一部始終を見ており、その記憶が他の植物に共有されてそれが元皇帝に伝わったのだ。
その後、皇太后となったレリアンに妊娠が発覚。
ジェロモン皇帝の子どもだ。
しかしジェレジス皇子を出産後、レリアン皇太后は体調が戻らず亡くなってしまった』
ここでレリアンに関する記述は終わっている。
真剣な顔をしたジェラールが人差し指で机をトントンと鳴らす音がする。
セシールは彼の高祖父であるジェロモン皇帝の死因に皇帝が少しショックを受けたのだろうと思った。
「皇帝の死因には私も驚きました。皇帝史と全く違いますし。きっとこっちが事実なのでしょう」
「そうだ」
皇帝史を編纂するのは歴史学者だが、そこには皇帝の意向が反映される場合がある。
ジェロモンの死を不慮の事故ではなく突然死としたのはジェノワーの意志だ。
ジェラールは侯爵家だけでもジェロモンの死に関して真実を残しておいてくれたことに感謝した。
「ですがどうして皇后が自死しようとしたのか、その理由は書かれておりませんわね。噂が本当だとしたら、皇帝に愛されなかったから自死しようとしたのでしょうか……」
答えを知っているジェラールの瞼は寂しげに瞳を覆った。
「何もかも、ジェロモン皇帝がしっかりしていなかったからそういう結果になったのだ。自暴自棄に陥って皇族の結婚を軽く考えていたんだ」
「自暴自棄?」
ジェラールは閉じた本の上を優しく撫でながら言った。
「……誰と結婚しても同じで、取り立てて皇后の事を嫌っていたわけではないだろう」
「まるで見てきたように仰いますのね。でもそうですよね、お二人の間には子どもが――」
この本に書いてあるジェレジスの事は事実ではない。
きっとレリアンの名誉のためにそこだけはどうしても真実を書くことが憚られたのかもしれないとジェラールは思った。
「そういえばジェレジス皇子は弟君が引き取って皇太子とされたのですよね。素晴らしい心意気ですわ。おまけにご自分は生涯誰ともご結婚されなくて」
「結婚しなかった? それは知らなかった」
ジェレジスの父親はきっとジェノワーだろう。
ジェロモンのせいでジェノワーとレリアンの人生が良いものにならなかったことがジェラールは悔やまれてならなかった。
”ただ一つの恋”、その花言葉はジェロモンではなく自分にこそ相応しいと。
ジェロモン皇帝が神殿に入れなくなった理由はコラリーヌを裏切ったから、つまり野蛮と言うのは愛を裏切ったことを指していたのだ。
(そりゃそうだ。好きでもない女を抱くなんて野蛮極まりない)
今世でやり直すことが出来た自分をジェラールは自負したが、それでも心は鉛のように重苦しい。
やり直せたのだからそれでいいではないか、レリアン皇后とのことだって百年も前の事だと、ジェラールは逃れるようにエレンとの幸せを考えた。
(エレン、エレン! ……ああ、クソ!)
しかし考えれば考えるほどまるで現在の事のように前世の記憶が邪魔をして、今世で自分は幸せになっていいのかと罪悪感に苛まれるだけだった。
※※※
執務室には各領地及び皇都に建設された学び舎の入学者数やその成果などの報告のためセシールが来ていた。
この教育の政策は民から好評で、皇都には大学を建設する計画が持ち上がっている。
因みに皇都の学び舎には仕事の傍らリックも通っていて、今の所彼が成績トップだ。
「リックはなかなかだな」
「そうですね。将来が期待されます」
ジェラールはその書類を読み終わり結果に満足して大学建設許可の決裁をした。
「ところで君は百年前のレリアン皇太后の事を知っているか?」
「レリアン皇太后ですか? よく知りませんが……母親の実家の侯爵家に文献が残っているかもしれないので調べてみますわ」
「そうしてくれるか。ありがとう」
その数日後セシールが持って来た文献は、代々の侯爵が綴った本の中でレリアンの父親が綴った本だった。
この手の本は公文書より詳しく、場合によっては公文書とは異なる“真実”が記載されている場合もある。
「俺が読んでもいいのか?」
「はい。日記というより史書みたいな本ですし」
ジェラールはお礼を言って目を通した。
するとそこには“ジェロモン皇帝は自死しようとしたレリアンと揉めた末にナイフが誤って胸に刺さって亡くなった”と、“真実”が正確に記されていた。
『……しかし陛下の寝室の護衛の証言で、その場にいたのが彼女だけだったため皇帝殺害の嫌疑がかけられ、調査の間、あの北の塔に入れられることになった。
ジェノワー皇子だけは彼女の証言を信じてくれたが、他の者は信じることができなかった。
それもこれも夫婦仲があまり良くないという噂が広がっていたせいだ。
だが一か月後、皇帝の曽祖父である元皇帝の“植物と意思疎通できる能力”によって彼女の無罪が証明された。
レリアンが髪に飾っていたサンザシの花が一部始終を見ており、その記憶が他の植物に共有されてそれが元皇帝に伝わったのだ。
その後、皇太后となったレリアンに妊娠が発覚。
ジェロモン皇帝の子どもだ。
しかしジェレジス皇子を出産後、レリアン皇太后は体調が戻らず亡くなってしまった』
ここでレリアンに関する記述は終わっている。
真剣な顔をしたジェラールが人差し指で机をトントンと鳴らす音がする。
セシールは彼の高祖父であるジェロモン皇帝の死因に皇帝が少しショックを受けたのだろうと思った。
「皇帝の死因には私も驚きました。皇帝史と全く違いますし。きっとこっちが事実なのでしょう」
「そうだ」
皇帝史を編纂するのは歴史学者だが、そこには皇帝の意向が反映される場合がある。
ジェロモンの死を不慮の事故ではなく突然死としたのはジェノワーの意志だ。
ジェラールは侯爵家だけでもジェロモンの死に関して真実を残しておいてくれたことに感謝した。
「ですがどうして皇后が自死しようとしたのか、その理由は書かれておりませんわね。噂が本当だとしたら、皇帝に愛されなかったから自死しようとしたのでしょうか……」
答えを知っているジェラールの瞼は寂しげに瞳を覆った。
「何もかも、ジェロモン皇帝がしっかりしていなかったからそういう結果になったのだ。自暴自棄に陥って皇族の結婚を軽く考えていたんだ」
「自暴自棄?」
ジェラールは閉じた本の上を優しく撫でながら言った。
「……誰と結婚しても同じで、取り立てて皇后の事を嫌っていたわけではないだろう」
「まるで見てきたように仰いますのね。でもそうですよね、お二人の間には子どもが――」
この本に書いてあるジェレジスの事は事実ではない。
きっとレリアンの名誉のためにそこだけはどうしても真実を書くことが憚られたのかもしれないとジェラールは思った。
「そういえばジェレジス皇子は弟君が引き取って皇太子とされたのですよね。素晴らしい心意気ですわ。おまけにご自分は生涯誰ともご結婚されなくて」
「結婚しなかった? それは知らなかった」
ジェレジスの父親はきっとジェノワーだろう。
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