転生した皇帝は神の罠を乗り越える~あの日の過ちに苦しむ魂は百年の時を越え~

今井杏美

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満月の夜

 一旦別れを告げた人々にまた会うという事は結構恥ずかしいものだ。
 しかしエレンの愛に包まれているジェラールは無敵だ。
 エルネストに会うため自分だけが知る抜け穴から皇宮にこそこそと忍び込んだ。

 向かうはジュリアの馬房。
 南東の空には満月が煌々と輝いている。

『またお会いできるなんてとても嬉しいです』
「俺もだよ」

 ジェラールに頭を優しく撫でられながら、別れの挨拶をしたばかりでもジュリアは素直に喜んだ。

「ところでお前に頼みがある。ピンクを呼んでほしいんだ。ピンクが騒げばきっとエルネストがここに連れてきてくれる」

 そう言ったすぐ後ろから「兄上?」という声がして、振り返るとエルネストとセシールが立っていた。

「あれ、今日神の世界に行ったんじゃなかったんですか? いや、会えて嬉しいけど……」
「あはは」

 即位と共に結婚した二人は狸たちを大きなカートに乗せてちょうど夕食後の散歩に出たところだった。
 ピンクがぴょんとカートから飛び出してジュリアの方へ走って行った。





「――というわけで、次期皇帝に俺とエレンの子どもを据えて欲しいんだ」
「まぁ! そんなこと、大賛成です! ねえ、エルネスト」
「もちろんだ。そもそも僕は皇帝の地位に執着は無い。その子が十八になったらすぐにでも譲位するよ」

 エルネストとセシールに快く受け入れてもらえてジェラールは心から安心した。
 特にセシールは自分たちの子どもを皇帝よりも学者にしたいと思っていたようだ。
 「家族みんなが学者なんて、なんて美しいんでしょう!」と、エルネストとジェラールにはわからない理論で今後千年続く明るい未来に胸をときめかせた。

 公務の傍ら神学の勉強を始めているエルネストは、皇帝と学者の二足のわらじを履いて新しく建設される大学の教授に就任するつもりでいる。
 セシールも数学の勉強をしており、ゆくゆくはエルネストと共に大学の教壇に立つつもりだ。

「それと、その子なんだけど、物心つく前から君たちに育てて欲しいと思っている。最初から人間の世界を自分の世界として生きる方が国に愛着が湧くと思うんだ」
「……僕は全然いいけど……」

 エルネストはセシールの方をちらりと見た。
 彼女は少しびっくりした顔をしていたが、嫌な顔一つせずに「義理兄様と神の世界の女性との子どもを育てさせていただけるなんて、そんな光栄なことはございません!」と、鼻息荒く言った。

「でも、エレンさんは寂しくないのかしら」
「彼女は自分の子どもが皇帝になることで千年文明が続くならそれはとても誇りに思わなければならないと言っていたよ。俺も同じ気持ちだ」

 それを聞いて安心したエルネストとセシールは、さっそく明日から子ども部屋を準備しようと楽しそうにあれこれ話し始めた。 
  

 そしてジェラールは去り際に、子どもに関して周りには本当のことを言うようにとエルネストに言った。





 既に神の前で結婚の誓いを立てたジェラールとエレンは、今宵泉の休憩小屋で初夜を迎える。

 神によると満月の光の下で愛し合った神の世界の女性は必ず子どもを授かるという。
 神殿に行ったその日がちょうど満月なのは幸運な偶然だ。
 
 ジェラールが泉に着くと、海の神の世界と繋がった泉から満月の光にも負けない眩いオーラを纏ったエレンが現れた。

 二人は手を取り合って微笑みあった。 

「久しぶりに人間の世界の空気を吸うわ」
「そうだね。君がいない間、色々あった」
「私はカリーヌ様のお遣いに行く前にペンダントの紐が切れてしまった所までしか思い出せていないんです」
「え、全部思い出したわけじゃないんだ」
「はい」

(なんだ……良かった。苦しくて恐ろしい思いをわざわざ思い出す必要はない)

「だから殺された理由は知りません。神はただ愚かな人間に殺されたとだけしか言わなかったから」
「そうか……」
「でも、私は何があったのか知りたいです」

 ジェラールはエレンの手を握ったまま満月を見上げた。

「その中には辛いことも含まれているけど」
「大丈夫です」
「うん」

 二人は泉のほとりに座っている。
 ジェラールはエレンの横顔を注意深く見守りながら話し始めた。


 エレンの反応は、カリーヌが自分を殺そうとした事よりも彼女と双子だったと知った時の方が大きかった。
 そして何かを考えるかのように目を伏せ呟いた。

「母もカリーヌ様も黒髪が美しかったわ。子どもの頃は私も黒髪になりたかったのよ」
 
 涼しい夜風がエレンの水色の髪を優しく揺らした。

 エレンは孤児院に入る前に一度だけしか行っていない母親の共同墓地にもう一度行きたいと言った。
 そこにはヨルゴも埋葬されている。

 二人はまだ人々が寝静まっている早い時間帯に共同墓地に行ってから神の世界に戻ることにした。



 時が止まったかのような夜。
 二人の間に流れる静かな空気は、言葉では言い尽くせないほどの愛と幸福感に満ちている。
 
 今、満月は南中の位置まで昇り、その輝きは泉を銀色に染め上げている。

 小屋の窓から差し込む優しい月明かりは愛し合う二人を祝福するかのように一晩中照らしていた。 
 
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