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星の章 願い
とどめ
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***アナスタシア
サントリナ王国から戻った陛下は一人だった。
その落ち込みようから、クリビア様に振られたのだと思うと彼女に感謝せずにはいられない。
今なら陛下の心の隙間を埋めることができるかもしれないという、そんな愚かな考えが浮かんだ。
ある日の夜、陛下の寝室を訪ねた。
換気をしていないのか、部屋の中は酒臭くムワッとする。
彼はだらしなくソファに座ってワインを飲んでいて、床には空になったワインの瓶がいくつも転がっている。
「誰が勝手に入って来ていいと言った」
いつも通りの彼の冷たさには慣れている。
「陛下、そんなに飲んではお体を壊してしまいます」
テーブルに置いてあった水差しからコップに水を注いで陛下に渡そうとしたら、その手を払われて、はずみでコップが床に落ちた。
「申し訳ありません。すぐに片づけさせます」
「黙れ」
「……」
「お前のせいで……」
陛下は急に怒鳴り声を上げた。
「彼女がここに来ないのはお前のせいだ!」
「……随分酔っておいでです。もう休まれた方が――」
「黙れと言った!」
クリビア様はきっと私の為を思ってここに来ることを拒んだのだろうけど。
そうだとしても、そんな理由で拒んだのなら陛下が私を恨むと思わなかったのだろうか。
それとも分かっていて?
「俺がお前と結婚したのは、クリビアを助けるため、ただそれだけの理由だ」
「わかっております」
「いいか、お前の父親が、二度も彼女に無実の罪を着せた。ああそうか、お前が俺と結婚するためにわざと彼女を牢に入れたんだろう。二人で謀ったか!」
「それは違います! 絶対に違います!」
「しかも刺客まで放つとは」
「刺客!? クリビア様は無事なのですか?」
「無事だとも」
「それは、良かったです……」
「他人事のように……。彼女はヴァルコフに殺されそうになったんだぞ」
「まさかそんな! 離婚したクリビア様をどうして父が殺す必要があるのですか」
彼は私を見下すように「フッ」と笑った。
クリビア様が狙われたのはびっくりだけど、それを父のせいにするなんて言いがかりにもほどがある。
彼がそれ以上の事を言わなかったのは証拠が無いからだろう。
でも私への不満はあるようで、ここぞとばかりに責め始めた。
「クリビアは随分お前に恩があるようなことを言っていた。だがお前は本心から彼女を助けようと思っていたのか?」
「当たり前です! 私はクリビア様を心から慕っておりました」
そこを疑われるのは心外だ。
バハルマに一人きりで嫁いで来たクリビア様の凛とした姿から覚悟が感じられて、私は感銘を受けたのだから。
「ならばなぜもっと強く彼女の無実を主張しなかった? 不名誉な噂をどうして放っておいた!」
「私だって何度も父に牢から出してくれと言いましたが取り合ってくれなかったのです」
「人の痛みや不幸はいくらでも我慢できるというものだ。だから取り合ってくれなかったのを都合のいい言い訳にして、すぐ諦めたんだろう。お前は彼女を助けようとする自分に酔っていただけだ!」
「そんな、酷い」
クリビア様の為に一生懸命尽くしていたつもりなのに、なぜこんなにも責められなければいけないのか。
単に私に八つ当たりしているだけにしか思えない。
「彼女は我慢強い。そんな彼女をいいことに酷い事をしている父親を優先していた。あの、老獪な男を!」
「父の事を悪く言わないでください。父だって……父だってクリビア様に騙されたんですから!」
ついに言ってしまった。
まるで勝手に口が動いた様な感覚さえある。
でももう止まらない。
「クリビア様は処女ではありませんでした。バハルマには王族に嫁ぐ女性は処女でなければならないという変な決まりがあります。古い考えの父はそれに固執していました。だからそれ以降、父はクリビア様に冷たく当たる様になりました。だから父だけが悪いのではありません」
私がそう言っている途中から、彼の顔はみるみる青くなっていった。
焦点は宙を捉え固まっている。
少しして陛下は「くそっ!」と言いながら、割れそうなほど何度も拳でテーブルを叩いて、そして頭を抱え込んだ。
その時初めて気付いた。
クリビア様の相手は陛下だったのだと。
今までどうして考えが及ばなかったのか、自分の愚鈍さに呆れる。
陛下との初夜の儀式での行為と同じことを彼女にもしたのだと思うと、それまで感じたことのない感情が胸を押しつぶした。
でもあの初夜は私にとって思い出したくもないものだ。
彼は私の顔を、着ていた薄い夜着で覆った。私の顔が見えないように……。
愛撫も口づけもなく終わったらすぐどこかへ行ってしまい、枢機卿たちも部屋を出て行った後に、私は人知れず泣いた。
そんな冷たい彼が、クリビア様の事はきっと優しく抱いたのだと思うと、妬み、ひがみの感情がポンポンと生まれてくる。
いけない。振り向いてくれるまで待つつもりだったじゃない。
自分の醜い感情を振り払おうと努力していると、陛下がゆっくりと顔を上げて私にとどめを刺した。
「出て行け。俺はお前を金輪際愛することは無い。その腹の子どもを世継ぎにするつもりもない。覚えておけ!」
陛下の部屋から出た後、しばらく扉の前でボーっと立ちすくんだ。
そして静かな怒りが心の奥底に流れるのを感じた。
~星の章 終わり~
サントリナ王国から戻った陛下は一人だった。
その落ち込みようから、クリビア様に振られたのだと思うと彼女に感謝せずにはいられない。
今なら陛下の心の隙間を埋めることができるかもしれないという、そんな愚かな考えが浮かんだ。
ある日の夜、陛下の寝室を訪ねた。
換気をしていないのか、部屋の中は酒臭くムワッとする。
彼はだらしなくソファに座ってワインを飲んでいて、床には空になったワインの瓶がいくつも転がっている。
「誰が勝手に入って来ていいと言った」
いつも通りの彼の冷たさには慣れている。
「陛下、そんなに飲んではお体を壊してしまいます」
テーブルに置いてあった水差しからコップに水を注いで陛下に渡そうとしたら、その手を払われて、はずみでコップが床に落ちた。
「申し訳ありません。すぐに片づけさせます」
「黙れ」
「……」
「お前のせいで……」
陛下は急に怒鳴り声を上げた。
「彼女がここに来ないのはお前のせいだ!」
「……随分酔っておいでです。もう休まれた方が――」
「黙れと言った!」
クリビア様はきっと私の為を思ってここに来ることを拒んだのだろうけど。
そうだとしても、そんな理由で拒んだのなら陛下が私を恨むと思わなかったのだろうか。
それとも分かっていて?
「俺がお前と結婚したのは、クリビアを助けるため、ただそれだけの理由だ」
「わかっております」
「いいか、お前の父親が、二度も彼女に無実の罪を着せた。ああそうか、お前が俺と結婚するためにわざと彼女を牢に入れたんだろう。二人で謀ったか!」
「それは違います! 絶対に違います!」
「しかも刺客まで放つとは」
「刺客!? クリビア様は無事なのですか?」
「無事だとも」
「それは、良かったです……」
「他人事のように……。彼女はヴァルコフに殺されそうになったんだぞ」
「まさかそんな! 離婚したクリビア様をどうして父が殺す必要があるのですか」
彼は私を見下すように「フッ」と笑った。
クリビア様が狙われたのはびっくりだけど、それを父のせいにするなんて言いがかりにもほどがある。
彼がそれ以上の事を言わなかったのは証拠が無いからだろう。
でも私への不満はあるようで、ここぞとばかりに責め始めた。
「クリビアは随分お前に恩があるようなことを言っていた。だがお前は本心から彼女を助けようと思っていたのか?」
「当たり前です! 私はクリビア様を心から慕っておりました」
そこを疑われるのは心外だ。
バハルマに一人きりで嫁いで来たクリビア様の凛とした姿から覚悟が感じられて、私は感銘を受けたのだから。
「ならばなぜもっと強く彼女の無実を主張しなかった? 不名誉な噂をどうして放っておいた!」
「私だって何度も父に牢から出してくれと言いましたが取り合ってくれなかったのです」
「人の痛みや不幸はいくらでも我慢できるというものだ。だから取り合ってくれなかったのを都合のいい言い訳にして、すぐ諦めたんだろう。お前は彼女を助けようとする自分に酔っていただけだ!」
「そんな、酷い」
クリビア様の為に一生懸命尽くしていたつもりなのに、なぜこんなにも責められなければいけないのか。
単に私に八つ当たりしているだけにしか思えない。
「彼女は我慢強い。そんな彼女をいいことに酷い事をしている父親を優先していた。あの、老獪な男を!」
「父の事を悪く言わないでください。父だって……父だってクリビア様に騙されたんですから!」
ついに言ってしまった。
まるで勝手に口が動いた様な感覚さえある。
でももう止まらない。
「クリビア様は処女ではありませんでした。バハルマには王族に嫁ぐ女性は処女でなければならないという変な決まりがあります。古い考えの父はそれに固執していました。だからそれ以降、父はクリビア様に冷たく当たる様になりました。だから父だけが悪いのではありません」
私がそう言っている途中から、彼の顔はみるみる青くなっていった。
焦点は宙を捉え固まっている。
少しして陛下は「くそっ!」と言いながら、割れそうなほど何度も拳でテーブルを叩いて、そして頭を抱え込んだ。
その時初めて気付いた。
クリビア様の相手は陛下だったのだと。
今までどうして考えが及ばなかったのか、自分の愚鈍さに呆れる。
陛下との初夜の儀式での行為と同じことを彼女にもしたのだと思うと、それまで感じたことのない感情が胸を押しつぶした。
でもあの初夜は私にとって思い出したくもないものだ。
彼は私の顔を、着ていた薄い夜着で覆った。私の顔が見えないように……。
愛撫も口づけもなく終わったらすぐどこかへ行ってしまい、枢機卿たちも部屋を出て行った後に、私は人知れず泣いた。
そんな冷たい彼が、クリビア様の事はきっと優しく抱いたのだと思うと、妬み、ひがみの感情がポンポンと生まれてくる。
いけない。振り向いてくれるまで待つつもりだったじゃない。
自分の醜い感情を振り払おうと努力していると、陛下がゆっくりと顔を上げて私にとどめを刺した。
「出て行け。俺はお前を金輪際愛することは無い。その腹の子どもを世継ぎにするつもりもない。覚えておけ!」
陛下の部屋から出た後、しばらく扉の前でボーっと立ちすくんだ。
そして静かな怒りが心の奥底に流れるのを感じた。
~星の章 終わり~
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