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2.また、今度も
しおりを挟むエヴァン・レインズワース。
「あぁ良かった、間に合った」
リズベルの夫。
「貴女も本当に懲りない人ですね」
光に透ける金の髪、澄み渡った湖を思わせる瞳、整った顔貌。
その若さで王立騎士団の副団長を務め、王や王太子からの信頼も厚い。血筋を辿れば王家にも連なる一族の長子。何もかもを持った、輝かしさしかない人間だ。
「近付かないで!」
リズベルは彼が苦手だ。一緒にいるととても苦しくなる。夫婦関係には常に限界を感じていた。
それこそ、修道院の門を叩くくらいには。
「リズベル」
「それ以上来たら」
身を引けば、窓枠に腰が当たった。そうだ、逃げ場がないのならと彼女は叫ぶ。
「と、飛び降りるわ!」
「リズベル様、いけません!」
シスター長が顔を青くして身を乗り出した。リズベルは彼女に向けても近付かないようにと視線で制す。
脅しではなかった。
だってまた失敗したのだ。今度こそ完璧だと思ったのに。逃げ出せないなら、もっと別のものを盾にしなくてはならない。もういっそ本当に飛び降りてもいい。
なのにエヴァンはちっとも焦った様子を見せない。茶番だと思われているのだろうか、とリズベルの心に荒れた風が巻き起こる。
「私は、本気です」
「貴女はいつもそう仰いますね。けれどこういったことが本当に必要でしょうか」
「必要です。貴方は私の罪を知っているはずよ」
人前で罪を告白するのは苦しいことだ。けれど、それもきっと今更なことで。
「いいえ、貴方だけではない。他の誰でも知っている。私の不名誉な通り名は王都のみならず、国中に知れ渡っている」
「それは言い過ぎでは?」
「いいえ、現にシスター長もご存じのはず」
言えば、思った通りシスター長は気まずげに困り顔を浮かべた。
「毒花の悪女、リズベル・ウォルト。王太子の婚約者候補でありながら、それに相応しい品位も保てず殿下が心を寄せる他の候補者に心無い仕打ちをした女」
そう、今は王太子妃となったユリア王太子妃殿下に数々の嫌がらせ、虚偽の話の流布、彼女の実家への圧力などを行った。紛れもなく行った。
それらが全て白日の元に晒され、婚約者候補からは外され、しかし恩情から数年の社交界からの追放という中途半端な処断を言い渡された。
中途半端な処罰が、一番堪える。
いっそ社交界から、貴族社会から綺麗に弾かれてしまえばと何度思ったことか。
だって、何を思ったのか王太子はリズベルに宛がってきたのだ。
社交界でもきっての人気を誇る、リズベルの行いとは正反対の誠実さを煮詰めたような男・エヴァン・レインズワースを。
人妻にしてしまって、屋敷の奥にでも閉じ込めておきたかったのだろうか。他の男を宛がえば、自分に余計な気を抱かなくなると思ったのだろうか。
数年の社交界からの追放。夫になった相手は有数の貴族。
謹慎が明ければ、リズベルは夫のパートナーとして数々の場に出なければならないだろう。社交界にパートナーが同伴するのは常識である。
その時、自分がどんな目を向けられるのか。
それでなくても彼はとんでもなく人気を誇る。彼に想いを寄せている令嬢というのは、山のようにいるのだ。
それなのにその隣に収まったのが、国で一番評判の悪い女。嫉妬と言う嫉妬、恨みという恨みを買っている。社交界ほとんどの女性から嫌われ憎まれている状況の恐ろしさというのが、分かるだろうか。
「私はこちらで己の過ちを悔い改める覚悟を決めたのです。どうか邪魔なさらないで」
「……貴女が懺悔したいと、悔い改めたいと言うのなら、それは俗世で行うべきだ」
そうして、そんな女を妻にした彼がどんな目を向けられるのか。
「……離縁してください」
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