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アンビバレント
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泥濘期、春を迎えた後塹壕の中は酷くぬかるみ衛生面が最悪になる。内装を整える余裕があれば板を張るなどして泥を防ぐこともできるが激戦地ではそれも叶わない
昼夜問わず砲撃が鳴り響き
塹壕の外には占領者が絶えず彷徨いている
私がいる塹壕も今や最悪の状況だった
私と戦友二人は皆、負傷していた。
その上泥水に悩まされていた。すくってもすくっても泥水がわいてくる。
私はドローンの攻撃を受け上手く歩くことができず、もう一人は顎や背中、あと一人は両手足に傷を負っていた。
飲み水もなく、食べ物もごく僅かになっていた。時折、司令官がドローンで水や食べ物、医療パックを届けてくれるが絶望的な状況に変わりない。なんとか生かされているだけだ。
「もう、無理だ…助けも来ないし外にはロシア兵がいる。おまけに怪我して動けない。俺を頃してくれ」
閉じ込められて数日、一番重症だった戦友がそう言うと小火器で自分を撃とうした。
「駄目だ!お前を優先的に救助してもらうようにするからもう少し耐えてくれ」
私は彼をなんとか宥めすかして、彼から小火器と武器を取り上げて隠した。本能的な行動だった。
「こちら、ラハティ旅団、負傷が酷い者を優先して救助して欲しい。ロシア兵に包囲されているため砲撃も要請する」
無線で司令官に連絡を取る。これで何度目だろうか……
救援要請は何回かしたが、ロシア兵は執拗にここら一体を監視し、ドローンと砲撃で排除をする為、ウクライナ側の救援部隊は何人かが犠牲になり上手くいっていない。
「わかった。ただ一度に救助できるのは一人か二人までだ。誰かが残らないといけない」
「了解、では私がここに残ります」
戦友の中で一番正気を保っているのはおそらく私くらいだった。だから即答した
「すまないなフィン。では、敵を砲撃し隙ができたら救援に向かわせる」
了解と言い無線を切る。フィンとは私のコードネームだ。
フィンランドから来たからフィン。単純な命名。だが、私の祖国もウクライナと同じくロシアには因縁がある。冬戦争のことを調べてみるといい。
翌日、塹壕近くに激しい砲撃がありロシア兵が一時的に塹壕周りから離れた。
その後間髪なくドローンと無人車両に数人の衛生兵がやって来て、重症者と背中を怪我している二人を運んで行った。
たった一人塹壕に残された私は泥まみれの軍服を着たまま、ロシア兵に見つかるかもしれない恐怖と戦っていた。
見つかればただではすまない。
彼らは投降した者にも容赦なく手をかける
そう聞いているし実際そうしている
だから私は彼らが塹壕に降りてこない事を祈り続けた。
それから救援は一向に上手くいかず
ロシア兵も塹壕周りにい続けた。
連日の砲撃の雨、あまりの音と衝撃に私は脳震盪を起こしていた。喉も乾いている。
このまま死ぬのか…と思っていると
誰かが塹壕に降りて来る
近づく姿をよく見ると赤いテープを軍服に巻いている。ロシア兵だった
心臓が喉から飛び出しそうなくらい脈を撃つ。
(俺はここで頃されるのか)
と思っていると、ロシア兵が話しかけて来た。
「お前はどこから来た?」
「……脳震盪を起こしているんだ。それに喉も乾いている。水をくれないか」
ロシア語で私が答えると
彼は首を振り、水はないと言うジェスチャーをした。それは何か最善のリアクションを取ろうとして何も思い浮かばずそうしたというような諦めた感じだった。
彼は急に私に興味を失ったかのように私に背を向け塹壕から出て行ってしまった。
しばらくした後も彼や報告を受けたであろう彼らがやってくることは無かった。
多分何もめぼしい物はなかったと言ったのかもしれない。
だが彼は確かに見たはずだ。私の軍服にウクライナ兵の印であるものを。軍靴だって違うからわかるはずだ。それなのに彼は私を見逃した。それらは泥に汚れていたが
神の加護か何かが私を守ってくれたのだろうか
それから、脳震盪から回復すると私は自力で塹壕から這い出し匍匐前進しながら敵地から脱出を図った。
塹壕の中から頭をゆっくり出し様子を確認する。今はロシア兵はいないようだった。
土の上に覆い被さるように私は這い出ると
匍匐前進をして前へ進んだ。ドローンの破片が刺さった足は以前より良くなっていたが、まだ本調子では無い。
しばらく枯れ木と低木が生えた景色を進んでゆく。たまにドローンが飛んでくる音がしてビクつくがその時は死んだふりをしてやり過ごした。
無線で連絡を取るにも汚泥で壊れてしまったためできない。反応しない無線としばらく睨み合いを続けたが、諦め街へ続く道を目指すことにした。
相変わらず喉の渇きが酷い。
水を最後に飲んだのはいつだろう。
土の上を進んできたせいで更に軍服が汚れていた。シャワーもしばらく浴びていない為、ひどく臭う。
他人から見たら今、私はどう映るだろう。
死人かゾンビか?
確かに生きてはいるが、それは肉体に魂がかろうじてしがみついているからであって
文明を手にした人間として生きているかと聞かれたら違う言われるだろう。
ともかく水が欲しかった。
腕が痺れて来た頃、誰かがこちらに来る音がした。枯葉や、破片、小石を踏む音だ。
段々足音と雑音が近くなる。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
やがて姿を現したのは
二人組の男。明らかにロシア兵だった。
そのうちの一人はタバコを吸っていて、もう一人は重そうなザックを背負っていた。
どうすればいいのか考えているうちに彼らが私に気がつく
「おや、こんなところに小ロシア人がいるな」
「珍しいな故郷が寂しくなって尻尾を巻いて逃げて来たのか?」
小ロシア人かつてウクライナがソ連の衛星国だった時にウクライナ人をそう呼んでいた。嗤いながら言う男達は完全に私のことをウクライナ人だと思っているらしい。
「…私はウクライナ人ではないフィン人だ
」
視線を上に向け言うと
「へえお前はサーミ族でトナカイ乗りか!」
違うと言いたかったがトナカイ乗りと言った後二人は大声で笑い出す。
フィンランドにはトナカイと暮らすサーミの民族がいる。歴史ある民族だが、いまだに差別されているのだ。
明らかに馬鹿にした程度の低い笑いだった。私は込み上げる怒りをグッと抑えながら
「投降するから、水をくれないか喉が乾いているんだ」
なんとか懇願する。
タバコを根本まで吸い終えた男が吸い殻を捨てると真面目な顔をして言う
「残念だな水は貴重品でお前にやる余裕は無い」
「………」
「ただなぁどうしてもと言うなら仕方ない。俺の靴を舐めるなら水をくれてやってもいいぜ」
ニヤニヤとわらいながらザックを背負ったロシア兵が言う。
私の顔の目の前に土のついた軍靴が置かれる。これ見よがしに屈辱的な行為をさせるためだけに
「おやぁ、どうしたフィンランドから来た勇ましいウクライナ兵は靴を舐めることもできないのか?」
こいつらはクズだ。
そう確信した私は顔がどんどん熱くなるのを感じた。怒りに全身の血が湧き立ち沸騰しそうだ。
「……よほど」
「何?」
唇が震えながらも私は言った
「余程悔しいんだろう?ロシア人は冬戦争に勝てなかったことが私のようなトナカイ乗りが住む田舎の国を強大なソ連は占領出来なかった。」
「お前…」
私の言葉に笑っていたロシア兵の顔がどす黒くなっていく。図星だったらしい。
軍靴が顎下に差し入れられて顎を無理矢理あげられた。気道が圧迫され苦しい。
「く…」
「お前は殺さず生かしておいてやる。捕虜じゃなく、突撃部隊に送ってやるよ。ロシアの肉となれ…楽しみだお前が仲間のドローンの餌食になるのが」
ロシア兵の目には残忍な色が浮かんでいる。冷酷な殺人鬼の目のようだった。
そこには何一つ慈悲のかけらもない。
(そんな風になるくらいなら自害してやる)
私は本気でそう考えた。まだ武装は解除されていない。
「悔しいか?だがお前がそれを選んだんだ。もう少し賢いなら楽に死ねたかもしれないのに」
「やはり投降しようとしている…っ私を殺すつもりだったんだな」
冷や汗が出てくる。こいつらはクズじゃないクソだ。
「俺達は言われてるんだ指揮官から、投降した奴は排除していいってジュネーヴ条約?そんなものは知らないなあ」
タバコを吸っていた男が代わりに答えた。
「さて余計なことをされちゃ困る。武器を捨ててもらおうか」
顎から軍靴が乱暴に退けられると
私は土に顔を軽く打ちつけた。
這いつくばっていた身体になんとか力を入れ腕を立てて起きあがろうとする。だが、長時間伏せていた身体はそう上手く動いてくれなかった。
「早くしろ!」
ロシア兵がそう言った後、ふいに空から何かが落ちてきた。
それはタバコを吸っていたロシア兵めがけて落ちてきて爆発した。爆発の後、ロシア兵は地面に倒れピクリとも動かない。
(自爆ドローン….味方か?)
「こんなところにドローンが来やがった」
味方がやられたことにパニックになったのかもう一人のロシア兵が慌ててその場から逃げ出す。
私は何とか立ち上がると背中に背負っていた銃を取り出した。弾があるか確認し構える。
逃げていくロシア兵にもう一機のドローンが飛んでいき手榴弾を落とす。
足元近くに手榴弾が落ち爆発したが致命傷にはならず彼はそのまま逃げようとしていた。
私は狙いを定めて引き金に指をかけると銃を連射した。
小気味いい音がする。
そのうち何発かが
ロシア兵に当たり倒れた。
もう動かない死んでいる。
「 Dra åt helvete! 《地獄へ落ちろ!》」
私はそう叫んでから地面にへたり込み息を整えた。ドローンに助けられていなければ今頃、私はロシア兵に連れて行かれ。突撃させられていたかもしれないと思うと背筋が凍る。そうならなくて良かった。
それから数分後、味方のドローンがやって来てウクライナ陣地まで案内してくれた。
相変わらず喉が乾いていたが、それを伝えると少量のミネラルウォーターをドローンで運んでくれた。
長い道のりをへてウクライナ陣地につくと
皆は嬉しそうに出迎えてくれた。
司令官もいて私の顔を見るなり無骨な顔が
ねずみのカーポみたいな笑顔に変わる。
「無事で良かった。フィン、君だけを置き去りにしてしまった」
「まったく酷い目にあったよ」
私は不満気な声で言ったが怒っているわけではなかった。泥まみれなのは心底嫌だったが
「でも、私を見捨てず助けてくれたそれは感謝しないと」
「部下、いや仲間を見捨てたりはしないさ」
司令官の目に光るものがあった。
無事生き延び再会できた嬉しさに私と司令官はハグをした。
「…うわ、お前臭いぞ、シュールストレミングみたいだ」
喜びから一転鼻をつまんで私から司令官は離れる。顔を顰めあまりに臭い臭いと言うのがとてもおかしかった
「何週間もシャワーを浴びてないんだ。すぐに浴びてくるよ」
シュールストレミング、とてつもなく臭い魚の缶詰。スウェーデンのものだ。その臭さを知っていると言うことは食べたことがあるんだろうか。臭いはともかく味は美味しい。
フィンランドではハパンシラッカという名前で売っている。そこまで臭いのは泥に塗れたからかもしれない。
「おう、そうしてくれ!」
司令官が鼻をつまんだままその場を後にする。
「しかし、お前聞いた話じゃ悪いロシア兵をやっつけたんだろ!男だな」
他のウクライナ兵がやってきて聞いてくる
「いいや、逃げてるところを撃っただけ大したことじゃない」
私は人前で褒められるのが恥ずかしくなり
そそくさと立ち去った。実際、逃げて混乱してり、敵を倒したことなんて自慢にならない。私をドローンで助けてくれた戦友の方が何倍も勇敢だ。
シャワーを久しぶりに浴びたがきつい臭いが取れたのはそれから何日も経ってからだった。
数日後
先に助けられた戦友も無事病院で治療を受けていると知り安心した。戦友が亡くなるのが一番辛い。私も自爆ドローンにより負傷した足の治療を受けている。破片を取り除く手術は数回にわけて行うので完治にはしばらくかかりそうだ。戦場に出て戦うことは死のリスクが常に付きまとう。生きていると言うのは幸いだ。
今回生き延びることができて良かったとわたは深く実感している。
ただ今でも不思議に思うことが一つある
塹壕に降りてきたロシア兵が私を見逃したことだ。
見捨てられた哀れなロシア兵と勘違いしたのか、それとも動けない私に銃を撃つのをためらったのか
どちらかはわからない。
だがロシア兵全てが非情ではないのかもしれない。逆にとんでもなく悪いロシア兵もいる。悪いロシア人が残酷なのは、きっと国の考えや体質がそんな風に彼らを歪めてしまったからかもしれない。
おわり
昼夜問わず砲撃が鳴り響き
塹壕の外には占領者が絶えず彷徨いている
私がいる塹壕も今や最悪の状況だった
私と戦友二人は皆、負傷していた。
その上泥水に悩まされていた。すくってもすくっても泥水がわいてくる。
私はドローンの攻撃を受け上手く歩くことができず、もう一人は顎や背中、あと一人は両手足に傷を負っていた。
飲み水もなく、食べ物もごく僅かになっていた。時折、司令官がドローンで水や食べ物、医療パックを届けてくれるが絶望的な状況に変わりない。なんとか生かされているだけだ。
「もう、無理だ…助けも来ないし外にはロシア兵がいる。おまけに怪我して動けない。俺を頃してくれ」
閉じ込められて数日、一番重症だった戦友がそう言うと小火器で自分を撃とうした。
「駄目だ!お前を優先的に救助してもらうようにするからもう少し耐えてくれ」
私は彼をなんとか宥めすかして、彼から小火器と武器を取り上げて隠した。本能的な行動だった。
「こちら、ラハティ旅団、負傷が酷い者を優先して救助して欲しい。ロシア兵に包囲されているため砲撃も要請する」
無線で司令官に連絡を取る。これで何度目だろうか……
救援要請は何回かしたが、ロシア兵は執拗にここら一体を監視し、ドローンと砲撃で排除をする為、ウクライナ側の救援部隊は何人かが犠牲になり上手くいっていない。
「わかった。ただ一度に救助できるのは一人か二人までだ。誰かが残らないといけない」
「了解、では私がここに残ります」
戦友の中で一番正気を保っているのはおそらく私くらいだった。だから即答した
「すまないなフィン。では、敵を砲撃し隙ができたら救援に向かわせる」
了解と言い無線を切る。フィンとは私のコードネームだ。
フィンランドから来たからフィン。単純な命名。だが、私の祖国もウクライナと同じくロシアには因縁がある。冬戦争のことを調べてみるといい。
翌日、塹壕近くに激しい砲撃がありロシア兵が一時的に塹壕周りから離れた。
その後間髪なくドローンと無人車両に数人の衛生兵がやって来て、重症者と背中を怪我している二人を運んで行った。
たった一人塹壕に残された私は泥まみれの軍服を着たまま、ロシア兵に見つかるかもしれない恐怖と戦っていた。
見つかればただではすまない。
彼らは投降した者にも容赦なく手をかける
そう聞いているし実際そうしている
だから私は彼らが塹壕に降りてこない事を祈り続けた。
それから救援は一向に上手くいかず
ロシア兵も塹壕周りにい続けた。
連日の砲撃の雨、あまりの音と衝撃に私は脳震盪を起こしていた。喉も乾いている。
このまま死ぬのか…と思っていると
誰かが塹壕に降りて来る
近づく姿をよく見ると赤いテープを軍服に巻いている。ロシア兵だった
心臓が喉から飛び出しそうなくらい脈を撃つ。
(俺はここで頃されるのか)
と思っていると、ロシア兵が話しかけて来た。
「お前はどこから来た?」
「……脳震盪を起こしているんだ。それに喉も乾いている。水をくれないか」
ロシア語で私が答えると
彼は首を振り、水はないと言うジェスチャーをした。それは何か最善のリアクションを取ろうとして何も思い浮かばずそうしたというような諦めた感じだった。
彼は急に私に興味を失ったかのように私に背を向け塹壕から出て行ってしまった。
しばらくした後も彼や報告を受けたであろう彼らがやってくることは無かった。
多分何もめぼしい物はなかったと言ったのかもしれない。
だが彼は確かに見たはずだ。私の軍服にウクライナ兵の印であるものを。軍靴だって違うからわかるはずだ。それなのに彼は私を見逃した。それらは泥に汚れていたが
神の加護か何かが私を守ってくれたのだろうか
それから、脳震盪から回復すると私は自力で塹壕から這い出し匍匐前進しながら敵地から脱出を図った。
塹壕の中から頭をゆっくり出し様子を確認する。今はロシア兵はいないようだった。
土の上に覆い被さるように私は這い出ると
匍匐前進をして前へ進んだ。ドローンの破片が刺さった足は以前より良くなっていたが、まだ本調子では無い。
しばらく枯れ木と低木が生えた景色を進んでゆく。たまにドローンが飛んでくる音がしてビクつくがその時は死んだふりをしてやり過ごした。
無線で連絡を取るにも汚泥で壊れてしまったためできない。反応しない無線としばらく睨み合いを続けたが、諦め街へ続く道を目指すことにした。
相変わらず喉の渇きが酷い。
水を最後に飲んだのはいつだろう。
土の上を進んできたせいで更に軍服が汚れていた。シャワーもしばらく浴びていない為、ひどく臭う。
他人から見たら今、私はどう映るだろう。
死人かゾンビか?
確かに生きてはいるが、それは肉体に魂がかろうじてしがみついているからであって
文明を手にした人間として生きているかと聞かれたら違う言われるだろう。
ともかく水が欲しかった。
腕が痺れて来た頃、誰かがこちらに来る音がした。枯葉や、破片、小石を踏む音だ。
段々足音と雑音が近くなる。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
やがて姿を現したのは
二人組の男。明らかにロシア兵だった。
そのうちの一人はタバコを吸っていて、もう一人は重そうなザックを背負っていた。
どうすればいいのか考えているうちに彼らが私に気がつく
「おや、こんなところに小ロシア人がいるな」
「珍しいな故郷が寂しくなって尻尾を巻いて逃げて来たのか?」
小ロシア人かつてウクライナがソ連の衛星国だった時にウクライナ人をそう呼んでいた。嗤いながら言う男達は完全に私のことをウクライナ人だと思っているらしい。
「…私はウクライナ人ではないフィン人だ
」
視線を上に向け言うと
「へえお前はサーミ族でトナカイ乗りか!」
違うと言いたかったがトナカイ乗りと言った後二人は大声で笑い出す。
フィンランドにはトナカイと暮らすサーミの民族がいる。歴史ある民族だが、いまだに差別されているのだ。
明らかに馬鹿にした程度の低い笑いだった。私は込み上げる怒りをグッと抑えながら
「投降するから、水をくれないか喉が乾いているんだ」
なんとか懇願する。
タバコを根本まで吸い終えた男が吸い殻を捨てると真面目な顔をして言う
「残念だな水は貴重品でお前にやる余裕は無い」
「………」
「ただなぁどうしてもと言うなら仕方ない。俺の靴を舐めるなら水をくれてやってもいいぜ」
ニヤニヤとわらいながらザックを背負ったロシア兵が言う。
私の顔の目の前に土のついた軍靴が置かれる。これ見よがしに屈辱的な行為をさせるためだけに
「おやぁ、どうしたフィンランドから来た勇ましいウクライナ兵は靴を舐めることもできないのか?」
こいつらはクズだ。
そう確信した私は顔がどんどん熱くなるのを感じた。怒りに全身の血が湧き立ち沸騰しそうだ。
「……よほど」
「何?」
唇が震えながらも私は言った
「余程悔しいんだろう?ロシア人は冬戦争に勝てなかったことが私のようなトナカイ乗りが住む田舎の国を強大なソ連は占領出来なかった。」
「お前…」
私の言葉に笑っていたロシア兵の顔がどす黒くなっていく。図星だったらしい。
軍靴が顎下に差し入れられて顎を無理矢理あげられた。気道が圧迫され苦しい。
「く…」
「お前は殺さず生かしておいてやる。捕虜じゃなく、突撃部隊に送ってやるよ。ロシアの肉となれ…楽しみだお前が仲間のドローンの餌食になるのが」
ロシア兵の目には残忍な色が浮かんでいる。冷酷な殺人鬼の目のようだった。
そこには何一つ慈悲のかけらもない。
(そんな風になるくらいなら自害してやる)
私は本気でそう考えた。まだ武装は解除されていない。
「悔しいか?だがお前がそれを選んだんだ。もう少し賢いなら楽に死ねたかもしれないのに」
「やはり投降しようとしている…っ私を殺すつもりだったんだな」
冷や汗が出てくる。こいつらはクズじゃないクソだ。
「俺達は言われてるんだ指揮官から、投降した奴は排除していいってジュネーヴ条約?そんなものは知らないなあ」
タバコを吸っていた男が代わりに答えた。
「さて余計なことをされちゃ困る。武器を捨ててもらおうか」
顎から軍靴が乱暴に退けられると
私は土に顔を軽く打ちつけた。
這いつくばっていた身体になんとか力を入れ腕を立てて起きあがろうとする。だが、長時間伏せていた身体はそう上手く動いてくれなかった。
「早くしろ!」
ロシア兵がそう言った後、ふいに空から何かが落ちてきた。
それはタバコを吸っていたロシア兵めがけて落ちてきて爆発した。爆発の後、ロシア兵は地面に倒れピクリとも動かない。
(自爆ドローン….味方か?)
「こんなところにドローンが来やがった」
味方がやられたことにパニックになったのかもう一人のロシア兵が慌ててその場から逃げ出す。
私は何とか立ち上がると背中に背負っていた銃を取り出した。弾があるか確認し構える。
逃げていくロシア兵にもう一機のドローンが飛んでいき手榴弾を落とす。
足元近くに手榴弾が落ち爆発したが致命傷にはならず彼はそのまま逃げようとしていた。
私は狙いを定めて引き金に指をかけると銃を連射した。
小気味いい音がする。
そのうち何発かが
ロシア兵に当たり倒れた。
もう動かない死んでいる。
「 Dra åt helvete! 《地獄へ落ちろ!》」
私はそう叫んでから地面にへたり込み息を整えた。ドローンに助けられていなければ今頃、私はロシア兵に連れて行かれ。突撃させられていたかもしれないと思うと背筋が凍る。そうならなくて良かった。
それから数分後、味方のドローンがやって来てウクライナ陣地まで案内してくれた。
相変わらず喉が乾いていたが、それを伝えると少量のミネラルウォーターをドローンで運んでくれた。
長い道のりをへてウクライナ陣地につくと
皆は嬉しそうに出迎えてくれた。
司令官もいて私の顔を見るなり無骨な顔が
ねずみのカーポみたいな笑顔に変わる。
「無事で良かった。フィン、君だけを置き去りにしてしまった」
「まったく酷い目にあったよ」
私は不満気な声で言ったが怒っているわけではなかった。泥まみれなのは心底嫌だったが
「でも、私を見捨てず助けてくれたそれは感謝しないと」
「部下、いや仲間を見捨てたりはしないさ」
司令官の目に光るものがあった。
無事生き延び再会できた嬉しさに私と司令官はハグをした。
「…うわ、お前臭いぞ、シュールストレミングみたいだ」
喜びから一転鼻をつまんで私から司令官は離れる。顔を顰めあまりに臭い臭いと言うのがとてもおかしかった
「何週間もシャワーを浴びてないんだ。すぐに浴びてくるよ」
シュールストレミング、とてつもなく臭い魚の缶詰。スウェーデンのものだ。その臭さを知っていると言うことは食べたことがあるんだろうか。臭いはともかく味は美味しい。
フィンランドではハパンシラッカという名前で売っている。そこまで臭いのは泥に塗れたからかもしれない。
「おう、そうしてくれ!」
司令官が鼻をつまんだままその場を後にする。
「しかし、お前聞いた話じゃ悪いロシア兵をやっつけたんだろ!男だな」
他のウクライナ兵がやってきて聞いてくる
「いいや、逃げてるところを撃っただけ大したことじゃない」
私は人前で褒められるのが恥ずかしくなり
そそくさと立ち去った。実際、逃げて混乱してり、敵を倒したことなんて自慢にならない。私をドローンで助けてくれた戦友の方が何倍も勇敢だ。
シャワーを久しぶりに浴びたがきつい臭いが取れたのはそれから何日も経ってからだった。
数日後
先に助けられた戦友も無事病院で治療を受けていると知り安心した。戦友が亡くなるのが一番辛い。私も自爆ドローンにより負傷した足の治療を受けている。破片を取り除く手術は数回にわけて行うので完治にはしばらくかかりそうだ。戦場に出て戦うことは死のリスクが常に付きまとう。生きていると言うのは幸いだ。
今回生き延びることができて良かったとわたは深く実感している。
ただ今でも不思議に思うことが一つある
塹壕に降りてきたロシア兵が私を見逃したことだ。
見捨てられた哀れなロシア兵と勘違いしたのか、それとも動けない私に銃を撃つのをためらったのか
どちらかはわからない。
だがロシア兵全てが非情ではないのかもしれない。逆にとんでもなく悪いロシア兵もいる。悪いロシア人が残酷なのは、きっと国の考えや体質がそんな風に彼らを歪めてしまったからかもしれない。
おわり
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