僕の天使には羽がない

桐乃

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僕の天使には羽がない 4

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「湊先輩、お疲れ様っす!」
 湊が体育館に入ってきたのを見つけた瞬間、大翔は大きな声を出していた。
 その声のボリュームに湊はビクッと肩を揺らし、小さく頭を下げて体育館に足を踏み入れた。怯えた猫のように身を縮こまらせながら歩く湊の姿を、大翔は目で追った。
 昨日、湊の頬に唇が当たってしまった、と思う。
 そんなことただの事故だといえば、事故である。
 練習中に、目測を誤って誰かにぶつかったり、もみくちゃになって転んだことだってある。
(唇が当たったことはないけど)
 ぶつかったら「ごめん」で終わる、ただそれだけの事。
 なのに。
(湊先輩のほっぺにちゅーしたかもしれないんだよなあ)
 昨日の触れたか触れてないかのあの距離。
(しかもめっちゃいい匂いしたし)
 このむさ苦しい体育館ではあり得ない、清潔で涼やかな香り。
 女子だってこまめに制汗スプレーを使っているし、自分もたまに借りることだってある。
 なのになぜか湊だけは違う。
 彼の香りに大翔はなぜかドキッと心がざわついてしまう。
 もっと知りたい。
 今まで出会ったことのないようなタイプの人間の湊が気になってしょうがないのだ。
 おそらく好奇心なんだろうけど。
(湊先輩……)
 時計を見ると部活開始までに時間がある。
 大翔は、ウォーミングアップをしている他の部員の合間を縫って、湊のところに駆け寄った。
「湊先輩」
 ちょうど湊は少し長い髪を輪ゴムで結んでいたところだった。
 チラリと顔を上げた湊は(またか)と言いたげな顔をした。
(あっ、あからさま!)
 湊のこのクールで人を寄せ付けないところも大翔の気になるポイントのひとつなのだ。
 めげずに立ち向かうしかない。
「……何?」
「あ、えーっとっ、きょ、今日も暑いっすね!」
「そうだね」
 そう言いながら湊はパイプ椅子に腰掛け、スケッチブックを広げた。
「……」
「……」
 湊は何本も鉛筆の入っているケースから、ゴソゴソと探し出した。
(どうしよう話が続かない)
 誰とでも仲良く話ができるのが取り柄だと思っていた。なのになぜかこんなに話をすることが難しい。
 こんなこと今までなかった。
 どうしようどうしようと焦りながら、なんとか話題を捻り出す。
「あのっ、前に美術室で会いましたよね」
 あの日のことをいえばいいんだ、と閃いた。
 覚えていないかもしれない。でも思い出してくれたらいい。
 その言葉に座っている湊が顔を上げた。
 何かを言おうとしたのか彼の唇が動いた瞬間、突然自分の尻に軽い衝撃が走った。
「痛って!」
「おら、大翔。湊をナンパしてるんじゃない」
 振り向くと颯真がニヤニヤしながら仁王立ちをしていた。
 彼に尻をひっぱ叩かれたのだ。
「なんすか、ナンパって」
 むう、と唇を尖らせると「んな顔したって可愛くもなんともねーよ」と笑う颯真に湊もクスッと笑った。
(笑った……)
 その微笑みが自然で綺麗で思わず見惚れてしまう。
「湊、こいつ邪魔だったら遠慮なく邪魔って言ってくれよな」
「邪魔って!ひどいっすよ、もう」
 颯真の登場に湊の表情は一気に和らいだ。
 三年間同じクラスだったという颯真には心を開いているのだろう。
 そんな関係が率直に羨ましくなる。
「大翔くん、だよね」
 初めて名前を呼ばれて心が跳ねる。
「うっす!大翔っす」
 名前を覚えくれていた……!
 たったそれだけなのに、嬉しくて気持ちが舞い上がりそうだった。
「邪魔じゃないよ」
 首を傾げてにっこりと笑う彼のたったそれだけの言葉に浮かれてしまいそうになる。
「ほらっ、俺邪魔じゃないって言ってますって!」
 よっしゃあ、と声を上げてると湊は「でも」と付け加えた。
「声がうるさいのは嫌」
 ピシャリといった湊の言葉に大翔は「うす」と小さく返事をした。
「大翔ってなんかこう、……犬みたいだな」
「へ、犬?そんなぁ」
 ケラケラと笑う颯真に湊も一緒になって「あはは」と笑った。
 ひどいっすよぉと颯真に文句を言いながらも、なんだか一気に湊と距離が縮まったような気がした。
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