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61 道中にて
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今まで出かけたことのある場所といえば、日帰りできる場所で行われる社交の場や、領地内の神殿くらいしかなかったので、馬車の窓から広がる景色は、どれも私にとって見慣れないものばかりだった。
水無瀬家の領地は広く、帝都に近いにもかかわらず、のどかな農作地がどこまでも続いている。おしゃれな店こそないが、領民がそうしたものを求める時には、近くに帝都があるので不便はない。ここは水田、小麦畑、野菜畑や果樹園など、ありとあらゆる作物が育つ肥沃な土地なのだ。領民のほとんどは農家で、穏やかな人柄の者が多い。
そんな景色を夢中で眺めていると、ふと叔父様が口を開いた。
「佳乃さんも、瑞葉ちゃんの“時戻り”については聞いているのだったな」
「はい」
その瞬間、馬車の中に緊張が走った。
ちなみに御者は、水無瀬家の討伐隊から護衛を兼ねて二人が担ってくれている。
また、この馬車には内側の声が外に漏れないよう、特別な神具が取り付けられているため、御者に会話を聞かれる心配はなかった。
「では、あなたが辞めたあとの後任の侍女については、聞かされているか?」
「叔父様、それは話していません」
「そうですね。後任の方については教えていただいておりません」
「僕がそばにいれば気づけたんだろうけど……その時期は学院の寮に入っていたから、接点がなかったのだろう」
「そんなに問題のある方だったのですか?」
「私とは性格的にどうにも合わなかったの。でも、仕事だけはきっちりこなすから、辞めさせてほしいとは言えなかったわ。お母様とも疎遠だったし」
「そいつが、僕らが死んだあの部屋に姉さまを案内したんだ」
「私の後任がそんなことを!侍女とは主人をこの命に代えてもお守りするもの!侍女の風上にも置けません!」
「佳乃、落ち着いて!そこまでは望んでいないわ。気持ちは嬉しいけど、自分の命を大事にしてね」
「それで……叔父さん。奥村チエについては、何かわかったのですか?」
「ああ。結論から言うと、あの親子との繋がりはなかった」
「えっ!?」
私と佳乃は思わず声をあげたが、光矢だけはしばらく考え込んだあと、納得したように口を開いた。
「ふーん。やっぱりそうか」
「光矢、何がやっぱりなの?」
「おかしいと思わない?あの脳内お花畑親子が、僕らを死に追いやったあの状況を作り上げられたことに」
「…でも、当時、私は視野が狭くて…花蓮のことを好きではなかったけど、疑ってもなかったから……」
「まあ、それはあるだろうけど。ねえ、叔父さん。姉さまと僕の神気を抑え込める神具ってどう思う?」
「それは…確実に家が買えるほどの値段はするし、何より滅多に手に入らない貴重な代物だ。まだ僕との婚姻関係は続いていたとはいえ、あの親子にそんな伝手があるとは思えない。僕がいくら無関心でも、さすがにその値段を自由に使えるようにはしていないと思う」
「…あの時、花蓮は『借金した』と言ってました」
「それでも、まともな金貸しが返すあてのない二人に貸すはずがない」
「だから、僕は思っていたんだ。あの二人を操って、姉さま、ひいては水無瀬家を貶めたい黒幕がいるはずだと。チエとあの母娘に繋がりはなかったことで確信した」
「光矢くん、君は賢いと思ってたけど、ほんとにすごいね。僕の言いたいこと言われちゃったよ」
「叔父さん、そういうのはいいから。ちなみにチエは今、どうしているのですか?」
「現在、奥村チエという名前の神守の子どもはいない」
「えっ!?でも、上位神守の侍女になるには、最低でも神守出身でなければなりません。神守しか入れない夜会に同行できなくなりますから」
「代わりに孤児院で十三歳のチエという少女を見つけた」
「ということは、この後、神守の家の養子になるのですね」
「そして佳乃の結婚相手となった今井与一だが、現在は聖励修道院に入っている」
「えっ!?」
私と佳乃は、突然出てきた名前に驚愕した。そろそろ情報量の多さについていけなくなりそうだった。
「今井与一は現在二十一歳だが、あまりの素行の悪さに、十六歳から聖励修道院に入れられている」
「おそらく回帰前は、黒幕が修道院から出す条件として、佳乃との結婚を命じたのでしょう」
「最低な相手だとは聞いていたけど、聖励修道院に入っていた相手だったなんて。急な話とはいえ、どうして水無瀬家としてきちんと調べなかったのかしら」
私は怒りに震えた。
「瑞葉ちゃん、たとえ兄さんが雇い主でも、佳乃のご両親が決めた縁談に口を出すことはできないんだ。だから今回は佳乃さんのご両親に、あらかじめ釘を刺してある。決める前に、必ずこちらに連絡をするようにと」
「ありがとうございます。私も神守の端くれですから、親が決めた縁談ならどんな相手にでも嫁ぐ覚悟はあります。ですが……正直に言えば、瑞葉様のお側を離れたせいで悲惨なことが起きたと知った今、もう二度と離れたくはありません」
「佳乃……私もできれば、ずっと付いていてほしいわ」
佳乃は深く頭を垂れ、静かに微笑んだ。
「それから、チエがいるのは聖励修道院付属の孤児院なんだ」
叔父様が声を落として告げた。
思わず息をのむ。
「そこも繋がっていたのね」
叔父様は眉をひそめながら続けた。
「おそらく黒幕は、聖励修道院で素質のあるものを手先にし、必要なら教育したり、神守の養子にしたりして、潰したい家に送り込んでいるんだろう」
「でも回帰前、あの母娘は聖励修道院には入っていなかったはずです」
「夜会などで素質のあるーー穢れを宿しているものを見定めて接触していたのかもしれない」
光矢が冷静に推測する。
「確かに、あの母娘には十分な素質があったな」
「叔父さん、今回は、聖励修道院に入ったことで、黒幕から早めに目をつけられているかもしれませんよ」
「確かにそうだな。実は、あの母娘に対して、聖励修道院の中でこちらの監視をつけることはできなかったんだ。情報は聖励修道院から出されたものしかない状態だ」
叔父様の口調には悔しさがにじんでいる。
「聖励修道院の運営はどこが担っているんですか?そこが黒幕と繋がりがあるのでは?」
光矢がすかさず問いかけた。
「それはもちろん、修道院の建っている場所の領主である黒岩家が代表を務めている」
叔父様の答えに、馬車の中の空気がさらに重くなる。
「今回、私たちは、その当主様にご挨拶へ伺うのですか?」
「いや、私たちはあくまで神殿からの奉仕活動の一環として行くだけだ。奉仕者に領主がいちいち挨拶をすることはない。その点については、鉱山側と神殿側にも話を通してある」
私はほっと胸をなで下ろした。
「……でも、黒岩家が黒幕である可能性や、少なくとも関わっている可能性はあるんですよね?」
「その可能性は考えておくべきだろうな。ただし、今回の目的はあくまでも瑞葉の結界が対人に有効かどうかを確かめること、そして鉱山の不正を調べることだ。黒幕を暴くことではない」
叔父様は、あえて光矢をじっと見据えて言った。
「絶対に首を突っ込むな。余計な危険を招かないと約束してくれ」
「わかってますよ。僕が慎重派なのは、叔父さんも知ってるでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「叔父さんこそ、面白そうな研究の題材を見つけたら、すぐ飛びつくんだから。今回はおとなしくしててくださいよ?」
「わ、わかってるよ!」
二人の妙な掛け合いに、重苦しかった空気がふっと和らいだ。
私は気を引き締めつつも、結界の検証に全力を注ごうと心に決める。そして、せっかくの遠出を、この最高の仲間とともに楽しもう――そう思った。
水無瀬家の領地は広く、帝都に近いにもかかわらず、のどかな農作地がどこまでも続いている。おしゃれな店こそないが、領民がそうしたものを求める時には、近くに帝都があるので不便はない。ここは水田、小麦畑、野菜畑や果樹園など、ありとあらゆる作物が育つ肥沃な土地なのだ。領民のほとんどは農家で、穏やかな人柄の者が多い。
そんな景色を夢中で眺めていると、ふと叔父様が口を開いた。
「佳乃さんも、瑞葉ちゃんの“時戻り”については聞いているのだったな」
「はい」
その瞬間、馬車の中に緊張が走った。
ちなみに御者は、水無瀬家の討伐隊から護衛を兼ねて二人が担ってくれている。
また、この馬車には内側の声が外に漏れないよう、特別な神具が取り付けられているため、御者に会話を聞かれる心配はなかった。
「では、あなたが辞めたあとの後任の侍女については、聞かされているか?」
「叔父様、それは話していません」
「そうですね。後任の方については教えていただいておりません」
「僕がそばにいれば気づけたんだろうけど……その時期は学院の寮に入っていたから、接点がなかったのだろう」
「そんなに問題のある方だったのですか?」
「私とは性格的にどうにも合わなかったの。でも、仕事だけはきっちりこなすから、辞めさせてほしいとは言えなかったわ。お母様とも疎遠だったし」
「そいつが、僕らが死んだあの部屋に姉さまを案内したんだ」
「私の後任がそんなことを!侍女とは主人をこの命に代えてもお守りするもの!侍女の風上にも置けません!」
「佳乃、落ち着いて!そこまでは望んでいないわ。気持ちは嬉しいけど、自分の命を大事にしてね」
「それで……叔父さん。奥村チエについては、何かわかったのですか?」
「ああ。結論から言うと、あの親子との繋がりはなかった」
「えっ!?」
私と佳乃は思わず声をあげたが、光矢だけはしばらく考え込んだあと、納得したように口を開いた。
「ふーん。やっぱりそうか」
「光矢、何がやっぱりなの?」
「おかしいと思わない?あの脳内お花畑親子が、僕らを死に追いやったあの状況を作り上げられたことに」
「…でも、当時、私は視野が狭くて…花蓮のことを好きではなかったけど、疑ってもなかったから……」
「まあ、それはあるだろうけど。ねえ、叔父さん。姉さまと僕の神気を抑え込める神具ってどう思う?」
「それは…確実に家が買えるほどの値段はするし、何より滅多に手に入らない貴重な代物だ。まだ僕との婚姻関係は続いていたとはいえ、あの親子にそんな伝手があるとは思えない。僕がいくら無関心でも、さすがにその値段を自由に使えるようにはしていないと思う」
「…あの時、花蓮は『借金した』と言ってました」
「それでも、まともな金貸しが返すあてのない二人に貸すはずがない」
「だから、僕は思っていたんだ。あの二人を操って、姉さま、ひいては水無瀬家を貶めたい黒幕がいるはずだと。チエとあの母娘に繋がりはなかったことで確信した」
「光矢くん、君は賢いと思ってたけど、ほんとにすごいね。僕の言いたいこと言われちゃったよ」
「叔父さん、そういうのはいいから。ちなみにチエは今、どうしているのですか?」
「現在、奥村チエという名前の神守の子どもはいない」
「えっ!?でも、上位神守の侍女になるには、最低でも神守出身でなければなりません。神守しか入れない夜会に同行できなくなりますから」
「代わりに孤児院で十三歳のチエという少女を見つけた」
「ということは、この後、神守の家の養子になるのですね」
「そして佳乃の結婚相手となった今井与一だが、現在は聖励修道院に入っている」
「えっ!?」
私と佳乃は、突然出てきた名前に驚愕した。そろそろ情報量の多さについていけなくなりそうだった。
「今井与一は現在二十一歳だが、あまりの素行の悪さに、十六歳から聖励修道院に入れられている」
「おそらく回帰前は、黒幕が修道院から出す条件として、佳乃との結婚を命じたのでしょう」
「最低な相手だとは聞いていたけど、聖励修道院に入っていた相手だったなんて。急な話とはいえ、どうして水無瀬家としてきちんと調べなかったのかしら」
私は怒りに震えた。
「瑞葉ちゃん、たとえ兄さんが雇い主でも、佳乃のご両親が決めた縁談に口を出すことはできないんだ。だから今回は佳乃さんのご両親に、あらかじめ釘を刺してある。決める前に、必ずこちらに連絡をするようにと」
「ありがとうございます。私も神守の端くれですから、親が決めた縁談ならどんな相手にでも嫁ぐ覚悟はあります。ですが……正直に言えば、瑞葉様のお側を離れたせいで悲惨なことが起きたと知った今、もう二度と離れたくはありません」
「佳乃……私もできれば、ずっと付いていてほしいわ」
佳乃は深く頭を垂れ、静かに微笑んだ。
「それから、チエがいるのは聖励修道院付属の孤児院なんだ」
叔父様が声を落として告げた。
思わず息をのむ。
「そこも繋がっていたのね」
叔父様は眉をひそめながら続けた。
「おそらく黒幕は、聖励修道院で素質のあるものを手先にし、必要なら教育したり、神守の養子にしたりして、潰したい家に送り込んでいるんだろう」
「でも回帰前、あの母娘は聖励修道院には入っていなかったはずです」
「夜会などで素質のあるーー穢れを宿しているものを見定めて接触していたのかもしれない」
光矢が冷静に推測する。
「確かに、あの母娘には十分な素質があったな」
「叔父さん、今回は、聖励修道院に入ったことで、黒幕から早めに目をつけられているかもしれませんよ」
「確かにそうだな。実は、あの母娘に対して、聖励修道院の中でこちらの監視をつけることはできなかったんだ。情報は聖励修道院から出されたものしかない状態だ」
叔父様の口調には悔しさがにじんでいる。
「聖励修道院の運営はどこが担っているんですか?そこが黒幕と繋がりがあるのでは?」
光矢がすかさず問いかけた。
「それはもちろん、修道院の建っている場所の領主である黒岩家が代表を務めている」
叔父様の答えに、馬車の中の空気がさらに重くなる。
「今回、私たちは、その当主様にご挨拶へ伺うのですか?」
「いや、私たちはあくまで神殿からの奉仕活動の一環として行くだけだ。奉仕者に領主がいちいち挨拶をすることはない。その点については、鉱山側と神殿側にも話を通してある」
私はほっと胸をなで下ろした。
「……でも、黒岩家が黒幕である可能性や、少なくとも関わっている可能性はあるんですよね?」
「その可能性は考えておくべきだろうな。ただし、今回の目的はあくまでも瑞葉の結界が対人に有効かどうかを確かめること、そして鉱山の不正を調べることだ。黒幕を暴くことではない」
叔父様は、あえて光矢をじっと見据えて言った。
「絶対に首を突っ込むな。余計な危険を招かないと約束してくれ」
「わかってますよ。僕が慎重派なのは、叔父さんも知ってるでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「叔父さんこそ、面白そうな研究の題材を見つけたら、すぐ飛びつくんだから。今回はおとなしくしててくださいよ?」
「わ、わかってるよ!」
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