願いのあとで、神が笑った

㋰稿堂

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神様との出会い

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 みんなの期待に応えたい――なんて嘘だった。ただ嫌われたくなかっただけ。がっかりされるのが怖かっただけ。必要と……されていたかった。ただ、それだけ。だから今日も『ちゃんとしたぼく』として生きるんだ。

 朱色の鳥居をくぐった春の風が若葉をくすぐりながら境内を抜けていく。桜の花びらがふわりと舞って、掃き清められた参道に、うっすらと積もる。陽だまりには野良猫が丸くなって寝ていた。いつものように熊手を手に境内を掃除していたぼくは、ふと遠くから聞こえてきた声に手を止めた。

「なあ、ここの神社の噂、マジだったんだけど」
「え、嘘だろ。あれのこと言ってんの?」
「いやいや本当だって。だってこないだ『友達と喧嘩したい』って願ったら、仲直り出来たんだぜ!?意味わかんなくね!?」
「そんなのたまたまだろ~」

 制服姿の高校生たちが笑いながら通り過ぎて行く。その背中を、ぼくはなんとなく見送っていた。

 山あいの町にひっそりと佇む小さな神社――久遥(くよう)神社。木造の本殿には古い装飾が残り、屋根には年月の重みが刻まれている。ずいぶん昔からあるこの神社にはいつの頃からか、『口にした願いが正反対の未来となって叶う』という奇妙な噂がついてまわっていた。信じる人は少ないけれど、それでもどこかで人々の心を惹き付けてやまないのは、この神社が持つ神秘的な雰囲気のせいなのかもしれないな。
 ぼく、秋月悠真(あきづき ゆうま)はその神社の神主を務めている。まだ高校生の身ではあれど、数年前に出ていってしまった父に代わりこの神社を管理しているのだ。
 事情を知っている人たちは「えらいね」とか「まだ高校生なのにしっかりしてるね」なんてことを言ってくれるけど、全然、立派なんかじゃない。仕事だって一年間続けて、今ようやく見習いレベルなのだ。初めての頃と比べたら進歩してるけどまだまだで……十年後、二十年後に父のような神主になれているかと聞かれたら不可能だろう。そうやって日々の業務に追われながらも、なんとか優秀ないい子を演じ続けていたのだけれど……気づいた時には、かつて一緒に働いていた巫女さんたちは、もういなくなっていた。

(……そりゃそうだよな。ぼくが、ちゃんと出来ないから。大人に……なれてないから)

 その喪失感は今でも、小さな棘のように胸に残っている。

「ただいま」

学校から帰って玄関の引き戸を開けても、返事はない。音のない家――その静けさに慣れてしまった自分が、ちょっとだけ怖かった。
カバンを放り出して、まっすぐ台所へ向かう。まな板の上で包丁が小気味よく音を立てて、ただそれだけが時間を刻んでいた。

二人分の夕飯をよそい、食卓で一人、手を合わせる。味のしないおかずを口に運びながら、ふっと湯気の立つ味噌汁に目を落とした。ほんの少しだけ、心が和らいだ気がした。
食べ終わったあと、手つかずのご飯を父の部屋の前にそっと置く。
あとはいつも通り。後片付けをして、風呂を済ませて、自分の部屋へ戻る。何をするでもなく、ただ布団に転がった。

……気づけば目が覚めていた。
真夜中の闇が、ぼくだけの家を静かに包んでいる。時計の針が、カチカチと時間を刻む音だけがやけに響いていた。
もう一度眠ろうと目を閉じかけたとき――ドンッ。
何かがぶつかるような音が響いた。しかも、何度も。
誰か、いる?

不思議と、怖くはなかった。
備えてあった懐中電灯を手に、なるべく音を立てないようにドアを開ける。階段を下りる途中、父の部屋の前に置いたはずのご飯が消えていたことに気づいた。
音は――台所からだ。
息を殺し、そっと近づく。そして、光を当てる。

「んがっ……!」
「えっ……女の子……?」

目の前にいたのは、もぞもぞと動く、小柄な誰か。こちらの光に驚いたのか、一瞬目が合った次の瞬間にはもう姿が消えていた。
逃げる音。続けて扉の開く音。

「ま、待って!泥棒!?」

慌てて外に出ると、神社外の方へ走っていく人影が見えた。逃がすもんかと後を追い、影が鳥居を出た――その瞬間。一瞬、敷地内が光に包まれた。

「……え?」

そこは、いつも見ている神社じゃなかった。

「どこ……ここ?」
「ここはね、私の社なんだよ!いっちゃえば、神域?」

振り向いた先、さっきの少女が立っていた。

「神域って……君、どうしてここに?」
「え、そりゃあ私が君んとこの神様だからでしょ?」
「……は?」
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