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不思議な少女
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翌朝。昨夜の騒動が夢だったんじゃないかと思うくらい、神社は静まり返っていた。けれど、茶の間に下りてみると――
「おっはよー!、ゆうまくん!」
「……やっぱ夢じゃなかったか」
「夢じゃないよ!ほらほら、現実!わたしのいい匂い感じるでしょ?ほら!」
朝食をつまみ食いしながら元気に振り返ったのは、あの“自称・神様”の少女。匂いの話をされて、思わず表情が引きつる。彼女の眉がピクリと上がるのが見えて、慌てて話題を逸らした。
「あー、もしかしてこれ、作ってくれたんですか?」
「お、気づいちゃった~? わたしって優しい神様だからね? ゆうまくんにご飯とか作ってあげちゃうタイプなの!」
「そ、それはどうも……」
促されて席につき、不格好なおにぎりに手を伸ばす。相変わらず味は感じないけれど、せっかく作ってくれたものだ。ちゃんと感謝は伝えなきゃ。
「ありがとうございます、美味しいです」
「ほんとに!? わーい、よかった~! 実はね、料理するの初めてだったからドキドキだったんだ~。でも喜んでもらえてよかった~! これから毎日つくってあげるね!」
「いや、それはさすがに……。神様にそんなことさせてたら、バチ当たりそうだし……」
軽く断ってから少女に目をやると――そこで動きが止まった。
「やっぱり……美味しくなかったんだ」
今にも泣きそうな顔で、こっちをじっと見つめてくる。
「いやいや、そんなことないですって!」
「ほんとー? じゃあ、作るねっ!」
一瞬で笑顔に戻ったのを見て、さっきのは完全に演技だと気づく。
(……分かっててやったな)
用意された朝食は、ぼくと神様の二人分だったので、もう一人分おにぎりを握る。お盆に二つほど乗せて持っていこうとすると、不思議そうに見つめられていることに気づいた。
「あれ?何してるの?神主くん、おかわり~?」
「父さんの分なんです。……もしかしたら帰ってきてるかもしれないし」
「えっ、お父さんいたんだ。てっきりひとり暮らしかと」
「まあ、そんな感じっちゃそんな感じですけど……あはは」
「ふーん……あ、ねえ! 今日はわたしが届けに行ってもいい?」
「別にいいですけど、部屋の前に置くだけですよ?」
「いいのいいの~、探検してくる!」
「あ、ちょっと待ってください!中には入らないで――」
「たーのもーっ! ……って、あれ? 誰もいないよー?」
その声を聞いて、ぼくも後を追う。少女は振り返らずに部屋の中を覗き込んでいた。
「……一緒に暮らしてるわけじゃないんです。何年か前に、突然いなくなって。でも……もし帰ってきたときにすぐ気づけるように、ご飯だけは毎日置いてるんです」
「……そっか、ごめんね」
「謝らなくていいですよ。もう、気にしてないんで」
「いや、そうじゃなくて……」
「え?」
「んーん、なんでもない!気にしないでっ。……あ、そうだ! 」
「どうかしましたか?」
「今日からわたしが、神社のお仕事手伝ってあげる!」
「え?」
「だって、お父さんいなくて寂しいでしょ?だからわたしが支えてあげるの!この神社の神様として!」
「いや、寂しいとか別に……」
「強がらないの!君はしっかりしてるけど、まだ高校生なんだから!お姉さんに任せなさーい!」
「お姉さん、ねぇ……」
思わず笑ってしまった。
自然と、口元がゆるんでいた。心の奥に、積もっていたものがふっと軽くなった気がした。
「……えっ、今笑った!? 笑ったでしょ!? むー、せっかく励ましたのに!」
「ありがとうございます、神様。ほんと、助かりました」
「かがり、だよ」
「え?」
「名前。“篝火”って書いて、“かがり”。あったかくて、ちゃんと人を照らせる神様になれたらって……前の神主さんがくれたの」
「……そうなんですか」
その瞬間、胸の奥に、すっと何かが繋がった。
「秋月悠真。ぼくも、あの人につけてもらった、大切な名前なんです」
「ゆうま……」
ふたつの名前が、春の光の中でそっと重なり合った。
「あ、敬語とかまったく分かんないから普通に話して。」
「……頑張ってみる」
その日、かがりは「神様の威厳を見せつけるのだー!」と息巻いて、神社のお手伝いに乗り出した。が――
「きゃっ!?あっ、私のお餅……!」
「だから食べながら動こうとするからだよ!ほら、落ちたの掃除してください!」
「だってお腹空いてたんだもん~!」
「何個目ですかそれ……!」
朝から何回目のドジかわからない。箒を持てば鳥居に頭をぶつけ、雑巾をかければ自分で滑って転ぶ。「祝詞の練習~!」と神楽鈴を振り回して謎の踊りを始めたかと思えば、気づけば賽銭箱の前でまたつまみ食いしていた。
完全に足を引っ張っている。けれど、本人はどこまでも真剣だった。
「……神様って、ドジでも出来るんですね」
「努力中なんだよ、うるさいな~。……すぐには上手くできないけど、ゆうまの力になりたくて」
埃まみれの髪を手で払いながら、かがりがぼそっと呟いた。いつもの元気さに少しだけ陰が差していた。
「――って、わっ、猫!?ちょ、足元に……うわぁあっ!?」
豪快に転んで箒の先が跳ねた。せっかく集めた桜の花びらが宙に舞い、春風に乗ってひらひらと戻っていく。猫は「にゃ」と一言残し、陽だまりに戻って丸くなった。
「いった~……も~、どこ見て歩いてんのよ!」
「猫に喧嘩売るなよ、神様が」
とんでもなく非効率で、騒がしくて、でも――
(元気出たよ、ありがとう、かがり)
思わず、笑みがこぼれた。肩の力が抜けるような、優しい笑いだった。
その瞬間、ぱっとかがりの顔が明るくなって、どこかほっとしたみたいに、胸を張って言った。
「よしっ!もう一回掃くよ!今度こそちゃんとできるもん!」
「“もう一回”じゃなくて……何回目なんですか、それ」
呆れ半分、でもなんだかんだ手を貸しながら、一緒にまた掃き始めた。
その時、神社の石段をゆっくりと登ってくる姿が見えた。年季の入った杖をついた、小柄なおばあさん。日傘の代わりに風呂敷を肩にかけている。
「こんにちはー!」
かがりが小走りで駆け寄って、元気よく声をかけた。
「お参りですか?今お掃除中ですけど、どうぞどうぞ!」
おばあさんは少し驚いたように目を細め、にこりと笑った。
「まあまあ……お嬢ちゃん、お手伝いしてるの?偉いわねえ」
「だってわたし、神様だもん!それくらい当たり前だよ」
「あら、そうだったの」
「そうだよ!篝火の“かがり”!忘れちゃダメだよ!」
「……ふふふ。あったかくて、やさしそうな名前ねえ。いい名前をもらったのね」
「うんっ!」
おばあさんは、拝殿の前でそっと手を合わせた。目を閉じて、ゆるやかに息を吐きながら。
「願いなんて、もうずっと昔に手放したのに……不思議ね。また来たくなったのよ。この神社に」
その声には、何か懐かしいものを思い出すような、柔らかい響きがあった。
春の風が、かがりの髪を揺らし、掃き清められた参道に桜の花びらを運ぶ。
――願いは、反転して叶う。
なぜだかふと、頭によぎった。でも次の瞬間、ぼくはその意味を理解した。だってそこには――
「……え……」
参道の先、鳥居の向こうから、ゆっくり現れたのは、一人の老人だった。背は少し曲がっていて、手には古びた帽子。遠くを見るようなまなざしで、杖もつかずに、まっすぐこちらへ歩いてくる。その姿を見たおばあさんは、手を合わせたまま硬直していた。
「あの人……」
ぽつりと、呟いた。
老人は、おばあさんの前で足を止める。ゆっくりと顔を上げ、目を細めた。
「……久しぶりだね。こんなところで会えるなんて、思わなかったよ」
淡い桜の風がふたりの間を通り抜ける。けれどその空気は、ぬるんだ春の午後とは違う、時の流れが巻き戻るような、特別なものに感じられた。
「……あなた、どうして……」
「わからない。ただ行かなきゃいけない気がしてね。こんな山の上の神社に。でも――来てよかった。君の顔が、ちゃんと見られた」
おばあさんの目に、光が滲んだ。
「……会いたくなかったの。忘れたかった。何十年も、そう思って生きてきたのに……」
「それでも、僕はここにいる。きっと、君の“願い”が呼んだんだよ。……この神社は、そういうところなんだろう?」
ふたりの視線が重なる。長い時間を越えたまなざしには、言葉以上のものがあった。
おばあさんの手が、そっと老人の袖を掴む。まるで過ぎた年月を、ひとつずつ確かめるみたいに。
「……少しだけ、歩きましょうか」
「うん」
ふたりは並んで、境内の裏手の小道へとゆっくり歩いていった。ぼくたちは、ただその背中を見送ることしかできなかった。
「……あのふたり、昔なにがあったんだろうね」
かがりがぽつりとつぶやく。
「さあ……でも、きっとすごく大切な時間だったんだろうな。……だから、戻ってきた」
桜の花びらが、また一枚、風に乗って舞い降りる。境内には静かな春の気配が満ちていた。
「そっか……願いが“反転して叶う”って、そういうことなんだね」
「うん。でも――」
気がつくと、口にしていた。
「ぼくの願いは……いつ、叶うのかな」
かがりが、横でぴたりと動きを止めた。ふとぼくを見て、優しく微笑む。
「叶うよ。ぜったい」
「……根拠は?」
「だってわたし――」
その先は、風に流されて聞こえなかった。かがりはニコッと笑ったまま、ほうきを構える。
「よーし、お仕事再開っ!」
「えっ、まだやるんですか?」
「わたしはできる神様だからね!」
「あー!ドジるフラグ建てないでください!」
「うぐっ……!」
笑いながら追いかけてくるかがりと、逃げるぼく。背後では、参道の桜が陽に照らされてきらきらと舞っていた。
願いが“反転して叶う”神社。
でもそれは、単に真逆の結果を与えるだけじゃない。きっと――その人が本当に向き合うべきものへ、そっと背中を押してくれる力。
その不思議な力が、誰かの過去を救うなら。
……いつか、ぼく自身も――。
そう願わずには、いられなかった。
「おっはよー!、ゆうまくん!」
「……やっぱ夢じゃなかったか」
「夢じゃないよ!ほらほら、現実!わたしのいい匂い感じるでしょ?ほら!」
朝食をつまみ食いしながら元気に振り返ったのは、あの“自称・神様”の少女。匂いの話をされて、思わず表情が引きつる。彼女の眉がピクリと上がるのが見えて、慌てて話題を逸らした。
「あー、もしかしてこれ、作ってくれたんですか?」
「お、気づいちゃった~? わたしって優しい神様だからね? ゆうまくんにご飯とか作ってあげちゃうタイプなの!」
「そ、それはどうも……」
促されて席につき、不格好なおにぎりに手を伸ばす。相変わらず味は感じないけれど、せっかく作ってくれたものだ。ちゃんと感謝は伝えなきゃ。
「ありがとうございます、美味しいです」
「ほんとに!? わーい、よかった~! 実はね、料理するの初めてだったからドキドキだったんだ~。でも喜んでもらえてよかった~! これから毎日つくってあげるね!」
「いや、それはさすがに……。神様にそんなことさせてたら、バチ当たりそうだし……」
軽く断ってから少女に目をやると――そこで動きが止まった。
「やっぱり……美味しくなかったんだ」
今にも泣きそうな顔で、こっちをじっと見つめてくる。
「いやいや、そんなことないですって!」
「ほんとー? じゃあ、作るねっ!」
一瞬で笑顔に戻ったのを見て、さっきのは完全に演技だと気づく。
(……分かっててやったな)
用意された朝食は、ぼくと神様の二人分だったので、もう一人分おにぎりを握る。お盆に二つほど乗せて持っていこうとすると、不思議そうに見つめられていることに気づいた。
「あれ?何してるの?神主くん、おかわり~?」
「父さんの分なんです。……もしかしたら帰ってきてるかもしれないし」
「えっ、お父さんいたんだ。てっきりひとり暮らしかと」
「まあ、そんな感じっちゃそんな感じですけど……あはは」
「ふーん……あ、ねえ! 今日はわたしが届けに行ってもいい?」
「別にいいですけど、部屋の前に置くだけですよ?」
「いいのいいの~、探検してくる!」
「あ、ちょっと待ってください!中には入らないで――」
「たーのもーっ! ……って、あれ? 誰もいないよー?」
その声を聞いて、ぼくも後を追う。少女は振り返らずに部屋の中を覗き込んでいた。
「……一緒に暮らしてるわけじゃないんです。何年か前に、突然いなくなって。でも……もし帰ってきたときにすぐ気づけるように、ご飯だけは毎日置いてるんです」
「……そっか、ごめんね」
「謝らなくていいですよ。もう、気にしてないんで」
「いや、そうじゃなくて……」
「え?」
「んーん、なんでもない!気にしないでっ。……あ、そうだ! 」
「どうかしましたか?」
「今日からわたしが、神社のお仕事手伝ってあげる!」
「え?」
「だって、お父さんいなくて寂しいでしょ?だからわたしが支えてあげるの!この神社の神様として!」
「いや、寂しいとか別に……」
「強がらないの!君はしっかりしてるけど、まだ高校生なんだから!お姉さんに任せなさーい!」
「お姉さん、ねぇ……」
思わず笑ってしまった。
自然と、口元がゆるんでいた。心の奥に、積もっていたものがふっと軽くなった気がした。
「……えっ、今笑った!? 笑ったでしょ!? むー、せっかく励ましたのに!」
「ありがとうございます、神様。ほんと、助かりました」
「かがり、だよ」
「え?」
「名前。“篝火”って書いて、“かがり”。あったかくて、ちゃんと人を照らせる神様になれたらって……前の神主さんがくれたの」
「……そうなんですか」
その瞬間、胸の奥に、すっと何かが繋がった。
「秋月悠真。ぼくも、あの人につけてもらった、大切な名前なんです」
「ゆうま……」
ふたつの名前が、春の光の中でそっと重なり合った。
「あ、敬語とかまったく分かんないから普通に話して。」
「……頑張ってみる」
その日、かがりは「神様の威厳を見せつけるのだー!」と息巻いて、神社のお手伝いに乗り出した。が――
「きゃっ!?あっ、私のお餅……!」
「だから食べながら動こうとするからだよ!ほら、落ちたの掃除してください!」
「だってお腹空いてたんだもん~!」
「何個目ですかそれ……!」
朝から何回目のドジかわからない。箒を持てば鳥居に頭をぶつけ、雑巾をかければ自分で滑って転ぶ。「祝詞の練習~!」と神楽鈴を振り回して謎の踊りを始めたかと思えば、気づけば賽銭箱の前でまたつまみ食いしていた。
完全に足を引っ張っている。けれど、本人はどこまでも真剣だった。
「……神様って、ドジでも出来るんですね」
「努力中なんだよ、うるさいな~。……すぐには上手くできないけど、ゆうまの力になりたくて」
埃まみれの髪を手で払いながら、かがりがぼそっと呟いた。いつもの元気さに少しだけ陰が差していた。
「――って、わっ、猫!?ちょ、足元に……うわぁあっ!?」
豪快に転んで箒の先が跳ねた。せっかく集めた桜の花びらが宙に舞い、春風に乗ってひらひらと戻っていく。猫は「にゃ」と一言残し、陽だまりに戻って丸くなった。
「いった~……も~、どこ見て歩いてんのよ!」
「猫に喧嘩売るなよ、神様が」
とんでもなく非効率で、騒がしくて、でも――
(元気出たよ、ありがとう、かがり)
思わず、笑みがこぼれた。肩の力が抜けるような、優しい笑いだった。
その瞬間、ぱっとかがりの顔が明るくなって、どこかほっとしたみたいに、胸を張って言った。
「よしっ!もう一回掃くよ!今度こそちゃんとできるもん!」
「“もう一回”じゃなくて……何回目なんですか、それ」
呆れ半分、でもなんだかんだ手を貸しながら、一緒にまた掃き始めた。
その時、神社の石段をゆっくりと登ってくる姿が見えた。年季の入った杖をついた、小柄なおばあさん。日傘の代わりに風呂敷を肩にかけている。
「こんにちはー!」
かがりが小走りで駆け寄って、元気よく声をかけた。
「お参りですか?今お掃除中ですけど、どうぞどうぞ!」
おばあさんは少し驚いたように目を細め、にこりと笑った。
「まあまあ……お嬢ちゃん、お手伝いしてるの?偉いわねえ」
「だってわたし、神様だもん!それくらい当たり前だよ」
「あら、そうだったの」
「そうだよ!篝火の“かがり”!忘れちゃダメだよ!」
「……ふふふ。あったかくて、やさしそうな名前ねえ。いい名前をもらったのね」
「うんっ!」
おばあさんは、拝殿の前でそっと手を合わせた。目を閉じて、ゆるやかに息を吐きながら。
「願いなんて、もうずっと昔に手放したのに……不思議ね。また来たくなったのよ。この神社に」
その声には、何か懐かしいものを思い出すような、柔らかい響きがあった。
春の風が、かがりの髪を揺らし、掃き清められた参道に桜の花びらを運ぶ。
――願いは、反転して叶う。
なぜだかふと、頭によぎった。でも次の瞬間、ぼくはその意味を理解した。だってそこには――
「……え……」
参道の先、鳥居の向こうから、ゆっくり現れたのは、一人の老人だった。背は少し曲がっていて、手には古びた帽子。遠くを見るようなまなざしで、杖もつかずに、まっすぐこちらへ歩いてくる。その姿を見たおばあさんは、手を合わせたまま硬直していた。
「あの人……」
ぽつりと、呟いた。
老人は、おばあさんの前で足を止める。ゆっくりと顔を上げ、目を細めた。
「……久しぶりだね。こんなところで会えるなんて、思わなかったよ」
淡い桜の風がふたりの間を通り抜ける。けれどその空気は、ぬるんだ春の午後とは違う、時の流れが巻き戻るような、特別なものに感じられた。
「……あなた、どうして……」
「わからない。ただ行かなきゃいけない気がしてね。こんな山の上の神社に。でも――来てよかった。君の顔が、ちゃんと見られた」
おばあさんの目に、光が滲んだ。
「……会いたくなかったの。忘れたかった。何十年も、そう思って生きてきたのに……」
「それでも、僕はここにいる。きっと、君の“願い”が呼んだんだよ。……この神社は、そういうところなんだろう?」
ふたりの視線が重なる。長い時間を越えたまなざしには、言葉以上のものがあった。
おばあさんの手が、そっと老人の袖を掴む。まるで過ぎた年月を、ひとつずつ確かめるみたいに。
「……少しだけ、歩きましょうか」
「うん」
ふたりは並んで、境内の裏手の小道へとゆっくり歩いていった。ぼくたちは、ただその背中を見送ることしかできなかった。
「……あのふたり、昔なにがあったんだろうね」
かがりがぽつりとつぶやく。
「さあ……でも、きっとすごく大切な時間だったんだろうな。……だから、戻ってきた」
桜の花びらが、また一枚、風に乗って舞い降りる。境内には静かな春の気配が満ちていた。
「そっか……願いが“反転して叶う”って、そういうことなんだね」
「うん。でも――」
気がつくと、口にしていた。
「ぼくの願いは……いつ、叶うのかな」
かがりが、横でぴたりと動きを止めた。ふとぼくを見て、優しく微笑む。
「叶うよ。ぜったい」
「……根拠は?」
「だってわたし――」
その先は、風に流されて聞こえなかった。かがりはニコッと笑ったまま、ほうきを構える。
「よーし、お仕事再開っ!」
「えっ、まだやるんですか?」
「わたしはできる神様だからね!」
「あー!ドジるフラグ建てないでください!」
「うぐっ……!」
笑いながら追いかけてくるかがりと、逃げるぼく。背後では、参道の桜が陽に照らされてきらきらと舞っていた。
願いが“反転して叶う”神社。
でもそれは、単に真逆の結果を与えるだけじゃない。きっと――その人が本当に向き合うべきものへ、そっと背中を押してくれる力。
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