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2章
ここでやらなきゃ女が廃る ②
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「ほっぺたが痛い……」
木箱に腰掛け、氷水が入ったコップを赤くなった頬に当てる天駕。
「私は心臓が止まるかと思いましたけどねっ!」
天駕の言葉に、アレスタは頬を膨らませてそっぽを向く。
ちぎれてしまうのではないかと思う程に頬を引っ張られていたが、クロとシロの説得のおかげでどうにか解放されて現在に至る。まだこうやって小言を言ってくるが、アレスタの気持ちを考えればやめろとは言えない。
「あはは……本当にすみません……」
ぷりぷり怒るアレスタに、天駕は何度目かの謝罪をする。
「すみませんじゃ済みませんよ!」
「……今のってダジャレかな?」
「……ダジャレなのかな~?」
「全部聞こえてますよ!」
アレスタの怒声にクロとシロは慌てて店の中へと逃げ込み、顔だけ出す。
「そ、そんなに怒ってたら、せっかくのキレイな顔が台無しですよー」
「で、ですよ~」
「顔よりも今はメンツの方が大事なんです! それよりも天駕さんっ!」
「は、はいっ!」
矛先が自分に戻り、油断していた天駕はビクリと身震いする。
「ご自分が何をしでかしたのか分かってますか!? あんなあっさりと代勇戦の約束をして……みすみす領土を明け渡すのと同じですよ!」
「それは本当に申し訳ないですけど……」
「けどもマゾもないです! あくまで保障されるのは天駕さん自身だけで、領土は含まれてないんですよ! しかも三日後だなんて、まだ武器も防具も戦法も戦略も決まってないのに……!」
「すみません! すみません!」
今にもヒステリーを起こしそうなアレスタに、何度も頭を下げる。
雷に当たらぬよう隠れていたクロとシロが、その話を聞いて驚いた表情を浮かべた。
「それじゃあ、アレスタお姉さんが言ってた新人さんって」
「お姉ちゃんのことなんだ~!」
あらためて天駕をてっぺんからつま先まで見る双子。どうやら前もって知らされていたらしい。しかし、この小さな店主たちからいったい何を買おうというのだろうか。
「ともかく! 天駕さんには何が何でも勝ってもらいますからね!」
くわっと目を見開いたアレスタが天駕を見据える。その迫力たるや、先ほど紅茶をのほほんと飲んでいた人と同一人物とはとても思えない。
そんなアレスタの勢いにタジタジになりつつ、天駕が疑問を投げかける。
「それはまぁそのつもりですけど……なんでそんなに気合が入ってるんですか?」
「うっ……そ、それは……」
突然アレスタの歯切れが悪くなる。
すかさずそこにクロとシロが割って入る。
「あれ、お姉ちゃん知らないの? 勇者係の人は、受け持った勇者の評価によってお給金が変わってくるんだよー」
「しかもアレスタお姉さんが受け持つのは、天駕お姉ちゃんが初めてなんだよ~。今までは見習いで実入りが少なかったから、気合が入りまくりなんだ~」
「だからコネのあるボクたちにー」
「なるべくイイ物を用意しておいて~って!」
「と言うわけです! 何か文句ありますか!?」
「いや、別にないですけど……」
開き直って今にも噛みつかんばかりのアレスタに、先ほどまで啖呵を切っていた天駕も押され気味になる。開き直った者ほど面倒くさい相手はいないのだ。
そのことを知っている天駕は、流れを変えようと話題を逸らす。
「ところで、何を注文してたんですか? 私すっごい気になるなー!」
「話をすり替えましたね……まぁいいですが」
眼鏡をクイっと上げ、アレスタはクロとシロに視線を向ける。
「お二人とも、例の物はご用意いただけましたか?」
「モチの!」
「ロ~ン!」
二人は元気いっぱいにそう言って店へと入り、クロは銀色のアタッシュケースを、シロは大きめの紙袋を持って出てきた。それを木箱の上へ置いたところで、双子はアレスタに向けてビシッと敬礼。
「準備が完了しました!」
「ました~!」
「ご苦労様です。はいこれ、ご褒美のお菓子」
胸からクッキーの入った袋を取り出し、二人に手渡すアレスタ。
「やったー! アレスタお姉さんの手作りクッキーだー!」
「やった~!」
袋を両手で抱えこんで喜ぶシロとクロ。実に微笑ましい光景である。
アレスタも笑顔になって二人を眺める。
「喜んでいただけて何より。では中身を拝」
「「お代は耳を揃えてキッチリと!」」
にぱぁっと無邪気な笑顔で片手を差し出すシロとクロ。
天駕は反射的にアレスタの方へ顔を向ける。
「……い、いやですねぇ天駕さん。そんな目で見ないで下さいよ。まるで私がいつもお菓子でお金をちょろまかそうとしているみたいじゃないですか」
ハハハ……と引きつった笑みを浮かべ、アレスタは中身が詰まっている革袋を取り出し双子に手渡す。その時、彼女が渡すことを一瞬躊躇っていたのを天駕は見逃さなかった。
「毎度ありがとうございまーす!」
「ございま~す!」
ニコニコ笑顔でそう言うと、革袋を持ったシロが店内へと戻っていく。おそらく金庫にでも入れておくのだろう。
そうして店の中へと消えていくシロ、もとい自分の給料を名残惜しそうに見つめるアレスタ。初めての担当ということもあってよほど奮発していたのだろう。それに加えて先の騒動のこともあり、ますますアレスタが不憫に見える。まぁ、全て原因は天駕なのだが。
「あの、アレスタさんが払わなくても、私が支給されたお金で支払えばよかったんじゃ?」
「担当勇者のお金に手をつけるのは禁止なんです。それに支給された分のお金は、何を買ったのか後日まとめて提出しないといけないので、見られたら一発でばれちゃいます……」
しょんぼりしたまま返事をするアレスタ。
どうにかして助けてあげたいが、当人がそう言うのならば仕方があるまい。
代わりにこちらの世界で人気のスイーツでも奢ってあげよう。
「それではー、まずこちらの商品からオープン!」
萎れたアレスタをほっといて、クロがアタッシュケースの蓋を開ける。
外をジュラルミン、中をクッション材で厳重に守られていたその中身は……透明な球体。天駕の第一印象から言うと、何の変哲もないただの水晶玉だった。
天駕の手のひらにすっぽりと収まりそうなその球は、特に怪しげな光を放つわけでもなく、ただただ透き通っている。いったいこれに何の価値があるのだろうか。
特に深く考えることもせず、天駕は水晶玉を手に取
「スタァァァァァァァップ!!」
天駕の行動を見たアレスタが間に割って入る。
そうして水晶玉の代わりに掴んだのは、彼女の豊満な胸だった。
「ダメですよ天駕さん! うっかり触って割ったらどうするつも痛い痛いイタイ!?」
握りつぶさんばかりに力を加えられ、アレスタが悲鳴を上げる。
「あっ、すいません。握力を鍛えるゴムボールかと思っちゃって」
「そんな物胸に入れてる人いませんよね!? どう考えてもおっぱい以外ないですよね!?」
イヤミか貴様。
世の中にはその球状の肉どころか余分な脂肪すら持つことすら許されていない人が居ることを知っておいた方がいい。
私とか、私とか。あと私とか。
そんな殺意の波動に目覚めそうな天駕に気づかず、アレスタは説明を始める。
「これはですね、世にも珍しい純度一〇〇%の大変貴重なマジックオーツなのです。これさえあれば、そこら辺にゴマンと居るような勇者は裸足で逃げ出す激レア武器精と契約出来るのですよ! これでもう勝ち確ってなものですよ! 時代はやはりコネと人脈! 力任せの経営なんぞ時代遅れなんです! あーっはっはっはっは!」
アレスタが悪役もかくやという具合に高笑いを始める。
何か嫌なことでもあったのだろうか。
「まぁ、強い武器精が出る確率が跳ね上がるだけなんだけどねー」
クロが補足するように話すが、アレスタはまったく聞いていない。
それよりも。
「えっ、てことは何? 武器精って課金ガチャみたいな物なの? 出たとこ一発勝負?」
「課金ガチャって言うのはよく分かんないけど、一発勝負なのは合ってるよー」
「『勇者たるもの一期一会を大切にするべし。運命を共にする相棒なら尚のこと』って言うのが武器精管理組合のお達しなんだよ~。まぁ、本当は昔みたいに腕利きの職人が居なくなっちゃって、再契約出来ないっていうのが本音なんだけどね~」
「へぇ~」
やはり長いことやっていれば、その間に失われる技術もあるのだろう。
そんなことよりも、天駕は目の前の双子タワー――シロがクロの上に顎を乗せている状態――の可愛さに気を取られていた。なんだこの可愛い生き物たち。欲しい。人身売買とか違法じゃなかったりしないだろうか。しないだろうな、うん。
「お姉ちゃん目がこわーい」
「こわ~い」
「んんっ。そ、そんなことないわよ」
なぜかイケボになりつつ、危ない考えを頭から振り払う。
イエス、ロリータ。ノー、タッチ。私は健全。
……ロリータと言えば。
「そういえば、クロちゃんとシロちゃんのどっちがお姉ちゃんなの?」
「ボクがお姉ちゃーん」
元気よく手を上げるクロ。
「ワタシは弟~」
姉と同じように手を上げるシロ。
「そっかぁ、クロちゃんがお姉……」
……ん?
「オトウト……弟ぉっ!?」
予想外の返答に思わず叫ぶ天駕。
並んでいる二人をじっくり見比べるが、髪と服の色以外全く同じ。どちらも比べようのないくらい愛くるしい。じゃなくて違いが見つからない。まだ赤ん坊ならば性別が分からないことも多々あるが、まさかここまで女の子に近い男の子がいるとは。逆じゃなくて良かったと、神様の悪戯に感謝する天駕であった。
しかし、ボクっ子ロリとワタシっ子ショタとか、またニッチな層を狙ったものである。
「弟って言っても、クロのほうがしっかりしてるからお姉ちゃんってだけで、年齢は同じなんだよ~」
「えっへーん!」
さらっとシロがクロを褒め、調子に乗ったクロはドヤ顔で胸を張る。自然と姉を立てるとは、いったいどこまで出来た弟なのだろう。そもそも天駕から見れば、店舗経営出来ている時点で二人ともしっかりしていると思うのだが。
「あの球と二人がすごいのは分かったけど、そっちの紙袋の方は何なの?」
「これはねー、新しい防具の試作品だよー。お姉ちゃんにプレゼントしようと思って」
「まだどこにも出回ってない、ワンオフセットだよ~」
「試作品……、ワンオフ……!」
双子の言葉に天駕は目を輝かせる。
試作品、ワンオフ、プロトタイプ、零式、オリジナル……どれも意味は似たようなものだが、なんとまぁ心をくすぐる単語たちだろうか。意味もなく身の回りの物に名前を付けていたのを思い出し、昂揚感と共に苦い思い出も蘇る。
しかしプレゼントと言ってはいるが、詰まる所はテスター。体の良い実験台である。勝負を控えた天駕に渡すことで、すぐに性能をチェック出来る算段なのであろう。腐っても鯛、小さくても商売人。恐るべしザッカヤーノ姉弟。
そんなことにも気づかず、天駕は差し出された紙袋をおそるおそる両手で受け取る。そして中身を拝見し、その内容物の多さに天駕は戸惑う。
「こ、こんなにいいの?」
「助けてくれたお礼だよー!」
「お礼お礼~」
ニコニコ笑顔のクロとシロ。
そこには隠れた思惑があるのだが、当然天駕には無邪気な子供の笑顔しか映っていない。
(あぁ、なんて良い子たちなんだろう……)
「さっそく着てみてー」
「こっちこっち~!」
遠い異世界での人の温かさに感動しつつ、天駕は双子に引っ張られるままに店の中へと連れ込まれていった。
◆ ◆
着替えた天駕が外に出ると、むすっとした表情で木箱に腰掛けるアレスタが出迎えて……いや、待ち構えていた。
「まったくもう! 本当に反省しているんですか天駕さん……ってあら、その服は?」
肩を怒らせて天駕へと詰め寄ってきたアレスタは、天駕の服装が変わっていることに気づいて立ち止まった。
女子高生然とした服装から一転、天駕の髪と同じように赤いワインレッドの服と黒のショートパンツに変わり、服の上からは革の胸当てと大きめのベルトが巻かれていた。色気の欠片もなかった運動靴はサイハイブーツに履き替えられ、ショートパンツとの相乗効果で露出された太ももが健康的な色気を出している。さらに額には真っ赤な鉢巻、両手には指ぬきグローブも装着されており、アクセサリーも充実していた。
久々に親戚と会ったおばさんのように眺めるアレスタへ、天駕は恥ずかしそうに尋ねる。
「ど、どうですか?」
「私の好みで言えば前の服の方が好きですが……これはまた大胆に変えましたね」
「変ですかね……」
着なれていない服装に落ち着かず、天駕はしきりに自身の太ももを隠すように触る。
「いえ、似合ってますよ。まさしく軽戦士って感じです。イメージカラーもばっちりですし、これならあの目立ちたがり男にも負けませんね!」
「別に服装で勝つ気はないんですけど……」
まさかどちらが目立つかという勝負を仕掛けてくるわけでもあるまいし。
「しかしと言いますかやはりと言いますか、動きやすさを重視した服装ですね。実質的な防具は革の胸当てだけですし」
「ところがー?」
「どっこい~!」
アレスタの言葉に反応するようにシロとクロが店から現れる。心なしか、二人ともそのセリフを待っていたかのように嬉しそうな表情をしている。
「と、言いますと?」
「実はこの装備一式、特殊な技術を使用したエガリム素材で出来ておりましてー」
「様々な素材を組み込むことによって強度は本来の数十倍! なのに軽さは据え置き! さらに通気性良し、防臭性良し、触り心地も良しと致せりつくせりの商品なので~す!」
「ほう、それはすごいですね」
「けど欠点として、強い魔力の影響を受けると色とか形が崩れちゃう難点があったりー」
「繊細なので洗濯機は禁止というデメリットがありま~す」
「……その、ちょいちょい入る庶民的な部分はなんです?」
「匠の遊び心でーす」
「完全無欠の商品なんてつまんないも~ん」
「はぁ……」
楽しそうに話す双子とは対照的に、小首を傾げるアレスタ。
天駕は着替える際にこのことを伝えられており、その際に色々な物を混ぜ込んでいるためかアレルギーや持病の有無をチェックされたが、いずれも難なくクリアした。
服装が変わると気持ちも変わるもので、心なしか体が軽く感じ、早く動いてみたいと節々がウズウズする。今ならパルクールでも難なく出来そうだ。
「二人ともありがとね! それじゃあアレスタさん、次は武器の調達に――」
「あーっ!」
別れの言葉を遮り、クロが慌てて店内に入っていく。天駕やアレスタ、そしてシロも何事かと顔を見合わせていると、頭上にカゴを掲げたクロが戻ってきた。
「サービス! サービス!」
「クロ~、それじゃあワタシでも何が言いたいのか分かんないよ~」
困った表情を浮かべるシロを尻目に、クロが天駕の前へカゴを降ろす。
「おぉ?」
そこには緑色の毛玉、というよりも草の塊があった。6~7センチ程度のそれは、風が吹いているわけでもないのに小刻みに動いている。よくよく目を凝らせば、埋もれるようにして小さな赤い球体が二つ間をあけて付いており、その少し上には細長い草が二本、緩いカーブを描いて生えていた。
どこか既視感を覚えるその姿に、天駕はある動物の名前を口に出す。
「……これって、ウサギ?」
「そうだよー! コケウサギっていう大人しいウサギさんの子どもなの! この前森に入ったときに見つけて拾ってきたんだー。たぶん群れからはぐれちゃったんだと思うのー」
コケウサギの背中をひょいとつまみ、天駕の目の前に持っていくクロ。天駕が手を差し出すと、その上にゆっくりとコケウサギが着地する。
かろうじて乗っているのが分かる程度の重さに、ふさふさとした体毛の感触も相まって少しこそばゆい。指で頭を撫でてみれば、もっともっとと言わんばかりに体を擦りつけてくる。
「はあぁぁぁ……この子、すっごくかわいいよぉ……」
その愛くるしさ溢れる行動に、天駕は一瞬にして虜となった。
そのまま愛玩しつつクロに話しかける。
「この子、私にくれるの?」
「うん! あげるよ! 天駕お姉ちゃんならきっと大切にしてくれると思うし。それに、いざってときにはその子を非常食に……」
「食べるの!?」
とんでもない発言に、反射的にクロからコケウサギを遠ざける天駕。
元の世界でもウサギ肉が非常に美味であることは有名だが、まさかこんな可愛い子を自分の手で殺せと言うのだろうか。それはあまりにもエグいというか容赦ないというか。
ちらりとコケウサギに視線をやれば、つぶらな瞳で天駕を見つめ返していた。
どうしたのご主人?
そんな幻聴が聴こえたような気がした。
「こっ、この子は私が守る! 絶対食べたりしないからね!」
抱きしめるようにコケウサギを隠す天駕。
それを見たクロがけらけらと楽しそうに笑う。
「あははー。ジョークだよぉ、ジョーク」
「冗談が過ぎるよ……」
「食べたら美味しいのは本当だけどねー」
「食べませんっ!」
天駕の反応が面白かったのか、ますます声を大きくして笑うクロ。
ムッとした表情でクロを見ていると、シロがおずおずと近づいてきた。
「あの、ごめんなさい。クロが失礼なこと言っちゃって……。あとできつ~いお仕置きしておきますから……」
「いや、別にそこまでしなくてもいいよ!」
ぺこぺこ頭を下げるシロを慌てて止める。
「それより、この子のエサってどうしたらいいの? やっぱりニンジンとかなのかな」
「えっと、コケウサギはね、基本的には水と日光だけで成長する動物なの。野生だと苔とか剥がれた木の皮を食べたりするけど、雑食だからなんでも食べるよ」
「そうなんだぁ……なんか修行僧みたいだね」
手のひらのコケウサギに話しかけるが、不思議そうに首を傾げるだけ。そんな動きすらも可愛くて、気をつけないと口元が緩みっぱなしになりそうだ。
それより気になるのは、真面目にしているからか語尾を伸ばしていないシロの口調。
今まで故意に伸ばしていたのか、それとも無意識なのか。子供っぽい部分が薄まり、ちょっとだけしっかり者の印象が強くなった感じがした。
(……もしかして、本当はシロ君の方がしっかり者だけど、面倒だからクロちゃんをおだてて自分は楽してるんじゃ?)
そんな考えが天駕の頭をよぎる。
まぁ、所詮は推測の域を出ない話である。ただそれだけで断定できるような話でもないし、そもそもそうだったところでどうしたという話だ。
「はぁー……久々にいっぱい笑っちゃったー!」
腹を抱えて笑っていたクロが、息も絶え絶えにそう漏らす。
「クロ、ごめんなさいは?」
すかさず笑い終えたクロのほっぺたを、暗黒微笑を浮かべたシロがつねる。
「ご、ごへんなひゃい……」
「ワタシじゃなくて、お姉ちゃんに、ね?」
「ひゃい……おねえひゃん、ごへんなひゃい……」
両頬を餅のように伸ばされながら謝罪するクロ。
そんな涙を溜めた姉の姿を見て、シロはどこか恍惚そうに笑みを深める。
(腹黒ショタ……)
しっかりしているのではなく、わざと泳がせてお仕置きをしたいだけだった。
……業が深すぎるだろう、この子。いったい過去に何があったというのだ。
そう思うが、思うだけに留めて天駕はクロの謝罪を受け入れる。
「怒ってないから、ね? ほら、シロ君も手を離してあげて」
「……お姉ちゃんがそういうなら~」
語尾も戻り、無邪気な笑顔に変わったシロはあっさりと手を離す。ふぎゃっ、と反動で倒れたクロが悲鳴をあげるが、シロはどこ吹く風と知らん顔。
「クロが出発の邪魔してごめんなさ~い! それじゃあお姉ちゃん、気をつけて勇者ライフをエンジョイしてね~!」
それどころか、ひらひらと手を振って天駕たちを見送る始末。クロも慌てて立ち上がり、同じように手を振り始める。完全にシロが手綱を握っている状態だった。
「あ、ありがとうね……」
「では行きましょうか……」
引きつった笑みを浮かべつつ、天駕とアレスタは双子の店を後にするのだった。
木箱に腰掛け、氷水が入ったコップを赤くなった頬に当てる天駕。
「私は心臓が止まるかと思いましたけどねっ!」
天駕の言葉に、アレスタは頬を膨らませてそっぽを向く。
ちぎれてしまうのではないかと思う程に頬を引っ張られていたが、クロとシロの説得のおかげでどうにか解放されて現在に至る。まだこうやって小言を言ってくるが、アレスタの気持ちを考えればやめろとは言えない。
「あはは……本当にすみません……」
ぷりぷり怒るアレスタに、天駕は何度目かの謝罪をする。
「すみませんじゃ済みませんよ!」
「……今のってダジャレかな?」
「……ダジャレなのかな~?」
「全部聞こえてますよ!」
アレスタの怒声にクロとシロは慌てて店の中へと逃げ込み、顔だけ出す。
「そ、そんなに怒ってたら、せっかくのキレイな顔が台無しですよー」
「で、ですよ~」
「顔よりも今はメンツの方が大事なんです! それよりも天駕さんっ!」
「は、はいっ!」
矛先が自分に戻り、油断していた天駕はビクリと身震いする。
「ご自分が何をしでかしたのか分かってますか!? あんなあっさりと代勇戦の約束をして……みすみす領土を明け渡すのと同じですよ!」
「それは本当に申し訳ないですけど……」
「けどもマゾもないです! あくまで保障されるのは天駕さん自身だけで、領土は含まれてないんですよ! しかも三日後だなんて、まだ武器も防具も戦法も戦略も決まってないのに……!」
「すみません! すみません!」
今にもヒステリーを起こしそうなアレスタに、何度も頭を下げる。
雷に当たらぬよう隠れていたクロとシロが、その話を聞いて驚いた表情を浮かべた。
「それじゃあ、アレスタお姉さんが言ってた新人さんって」
「お姉ちゃんのことなんだ~!」
あらためて天駕をてっぺんからつま先まで見る双子。どうやら前もって知らされていたらしい。しかし、この小さな店主たちからいったい何を買おうというのだろうか。
「ともかく! 天駕さんには何が何でも勝ってもらいますからね!」
くわっと目を見開いたアレスタが天駕を見据える。その迫力たるや、先ほど紅茶をのほほんと飲んでいた人と同一人物とはとても思えない。
そんなアレスタの勢いにタジタジになりつつ、天駕が疑問を投げかける。
「それはまぁそのつもりですけど……なんでそんなに気合が入ってるんですか?」
「うっ……そ、それは……」
突然アレスタの歯切れが悪くなる。
すかさずそこにクロとシロが割って入る。
「あれ、お姉ちゃん知らないの? 勇者係の人は、受け持った勇者の評価によってお給金が変わってくるんだよー」
「しかもアレスタお姉さんが受け持つのは、天駕お姉ちゃんが初めてなんだよ~。今までは見習いで実入りが少なかったから、気合が入りまくりなんだ~」
「だからコネのあるボクたちにー」
「なるべくイイ物を用意しておいて~って!」
「と言うわけです! 何か文句ありますか!?」
「いや、別にないですけど……」
開き直って今にも噛みつかんばかりのアレスタに、先ほどまで啖呵を切っていた天駕も押され気味になる。開き直った者ほど面倒くさい相手はいないのだ。
そのことを知っている天駕は、流れを変えようと話題を逸らす。
「ところで、何を注文してたんですか? 私すっごい気になるなー!」
「話をすり替えましたね……まぁいいですが」
眼鏡をクイっと上げ、アレスタはクロとシロに視線を向ける。
「お二人とも、例の物はご用意いただけましたか?」
「モチの!」
「ロ~ン!」
二人は元気いっぱいにそう言って店へと入り、クロは銀色のアタッシュケースを、シロは大きめの紙袋を持って出てきた。それを木箱の上へ置いたところで、双子はアレスタに向けてビシッと敬礼。
「準備が完了しました!」
「ました~!」
「ご苦労様です。はいこれ、ご褒美のお菓子」
胸からクッキーの入った袋を取り出し、二人に手渡すアレスタ。
「やったー! アレスタお姉さんの手作りクッキーだー!」
「やった~!」
袋を両手で抱えこんで喜ぶシロとクロ。実に微笑ましい光景である。
アレスタも笑顔になって二人を眺める。
「喜んでいただけて何より。では中身を拝」
「「お代は耳を揃えてキッチリと!」」
にぱぁっと無邪気な笑顔で片手を差し出すシロとクロ。
天駕は反射的にアレスタの方へ顔を向ける。
「……い、いやですねぇ天駕さん。そんな目で見ないで下さいよ。まるで私がいつもお菓子でお金をちょろまかそうとしているみたいじゃないですか」
ハハハ……と引きつった笑みを浮かべ、アレスタは中身が詰まっている革袋を取り出し双子に手渡す。その時、彼女が渡すことを一瞬躊躇っていたのを天駕は見逃さなかった。
「毎度ありがとうございまーす!」
「ございま~す!」
ニコニコ笑顔でそう言うと、革袋を持ったシロが店内へと戻っていく。おそらく金庫にでも入れておくのだろう。
そうして店の中へと消えていくシロ、もとい自分の給料を名残惜しそうに見つめるアレスタ。初めての担当ということもあってよほど奮発していたのだろう。それに加えて先の騒動のこともあり、ますますアレスタが不憫に見える。まぁ、全て原因は天駕なのだが。
「あの、アレスタさんが払わなくても、私が支給されたお金で支払えばよかったんじゃ?」
「担当勇者のお金に手をつけるのは禁止なんです。それに支給された分のお金は、何を買ったのか後日まとめて提出しないといけないので、見られたら一発でばれちゃいます……」
しょんぼりしたまま返事をするアレスタ。
どうにかして助けてあげたいが、当人がそう言うのならば仕方があるまい。
代わりにこちらの世界で人気のスイーツでも奢ってあげよう。
「それではー、まずこちらの商品からオープン!」
萎れたアレスタをほっといて、クロがアタッシュケースの蓋を開ける。
外をジュラルミン、中をクッション材で厳重に守られていたその中身は……透明な球体。天駕の第一印象から言うと、何の変哲もないただの水晶玉だった。
天駕の手のひらにすっぽりと収まりそうなその球は、特に怪しげな光を放つわけでもなく、ただただ透き通っている。いったいこれに何の価値があるのだろうか。
特に深く考えることもせず、天駕は水晶玉を手に取
「スタァァァァァァァップ!!」
天駕の行動を見たアレスタが間に割って入る。
そうして水晶玉の代わりに掴んだのは、彼女の豊満な胸だった。
「ダメですよ天駕さん! うっかり触って割ったらどうするつも痛い痛いイタイ!?」
握りつぶさんばかりに力を加えられ、アレスタが悲鳴を上げる。
「あっ、すいません。握力を鍛えるゴムボールかと思っちゃって」
「そんな物胸に入れてる人いませんよね!? どう考えてもおっぱい以外ないですよね!?」
イヤミか貴様。
世の中にはその球状の肉どころか余分な脂肪すら持つことすら許されていない人が居ることを知っておいた方がいい。
私とか、私とか。あと私とか。
そんな殺意の波動に目覚めそうな天駕に気づかず、アレスタは説明を始める。
「これはですね、世にも珍しい純度一〇〇%の大変貴重なマジックオーツなのです。これさえあれば、そこら辺にゴマンと居るような勇者は裸足で逃げ出す激レア武器精と契約出来るのですよ! これでもう勝ち確ってなものですよ! 時代はやはりコネと人脈! 力任せの経営なんぞ時代遅れなんです! あーっはっはっはっは!」
アレスタが悪役もかくやという具合に高笑いを始める。
何か嫌なことでもあったのだろうか。
「まぁ、強い武器精が出る確率が跳ね上がるだけなんだけどねー」
クロが補足するように話すが、アレスタはまったく聞いていない。
それよりも。
「えっ、てことは何? 武器精って課金ガチャみたいな物なの? 出たとこ一発勝負?」
「課金ガチャって言うのはよく分かんないけど、一発勝負なのは合ってるよー」
「『勇者たるもの一期一会を大切にするべし。運命を共にする相棒なら尚のこと』って言うのが武器精管理組合のお達しなんだよ~。まぁ、本当は昔みたいに腕利きの職人が居なくなっちゃって、再契約出来ないっていうのが本音なんだけどね~」
「へぇ~」
やはり長いことやっていれば、その間に失われる技術もあるのだろう。
そんなことよりも、天駕は目の前の双子タワー――シロがクロの上に顎を乗せている状態――の可愛さに気を取られていた。なんだこの可愛い生き物たち。欲しい。人身売買とか違法じゃなかったりしないだろうか。しないだろうな、うん。
「お姉ちゃん目がこわーい」
「こわ~い」
「んんっ。そ、そんなことないわよ」
なぜかイケボになりつつ、危ない考えを頭から振り払う。
イエス、ロリータ。ノー、タッチ。私は健全。
……ロリータと言えば。
「そういえば、クロちゃんとシロちゃんのどっちがお姉ちゃんなの?」
「ボクがお姉ちゃーん」
元気よく手を上げるクロ。
「ワタシは弟~」
姉と同じように手を上げるシロ。
「そっかぁ、クロちゃんがお姉……」
……ん?
「オトウト……弟ぉっ!?」
予想外の返答に思わず叫ぶ天駕。
並んでいる二人をじっくり見比べるが、髪と服の色以外全く同じ。どちらも比べようのないくらい愛くるしい。じゃなくて違いが見つからない。まだ赤ん坊ならば性別が分からないことも多々あるが、まさかここまで女の子に近い男の子がいるとは。逆じゃなくて良かったと、神様の悪戯に感謝する天駕であった。
しかし、ボクっ子ロリとワタシっ子ショタとか、またニッチな層を狙ったものである。
「弟って言っても、クロのほうがしっかりしてるからお姉ちゃんってだけで、年齢は同じなんだよ~」
「えっへーん!」
さらっとシロがクロを褒め、調子に乗ったクロはドヤ顔で胸を張る。自然と姉を立てるとは、いったいどこまで出来た弟なのだろう。そもそも天駕から見れば、店舗経営出来ている時点で二人ともしっかりしていると思うのだが。
「あの球と二人がすごいのは分かったけど、そっちの紙袋の方は何なの?」
「これはねー、新しい防具の試作品だよー。お姉ちゃんにプレゼントしようと思って」
「まだどこにも出回ってない、ワンオフセットだよ~」
「試作品……、ワンオフ……!」
双子の言葉に天駕は目を輝かせる。
試作品、ワンオフ、プロトタイプ、零式、オリジナル……どれも意味は似たようなものだが、なんとまぁ心をくすぐる単語たちだろうか。意味もなく身の回りの物に名前を付けていたのを思い出し、昂揚感と共に苦い思い出も蘇る。
しかしプレゼントと言ってはいるが、詰まる所はテスター。体の良い実験台である。勝負を控えた天駕に渡すことで、すぐに性能をチェック出来る算段なのであろう。腐っても鯛、小さくても商売人。恐るべしザッカヤーノ姉弟。
そんなことにも気づかず、天駕は差し出された紙袋をおそるおそる両手で受け取る。そして中身を拝見し、その内容物の多さに天駕は戸惑う。
「こ、こんなにいいの?」
「助けてくれたお礼だよー!」
「お礼お礼~」
ニコニコ笑顔のクロとシロ。
そこには隠れた思惑があるのだが、当然天駕には無邪気な子供の笑顔しか映っていない。
(あぁ、なんて良い子たちなんだろう……)
「さっそく着てみてー」
「こっちこっち~!」
遠い異世界での人の温かさに感動しつつ、天駕は双子に引っ張られるままに店の中へと連れ込まれていった。
◆ ◆
着替えた天駕が外に出ると、むすっとした表情で木箱に腰掛けるアレスタが出迎えて……いや、待ち構えていた。
「まったくもう! 本当に反省しているんですか天駕さん……ってあら、その服は?」
肩を怒らせて天駕へと詰め寄ってきたアレスタは、天駕の服装が変わっていることに気づいて立ち止まった。
女子高生然とした服装から一転、天駕の髪と同じように赤いワインレッドの服と黒のショートパンツに変わり、服の上からは革の胸当てと大きめのベルトが巻かれていた。色気の欠片もなかった運動靴はサイハイブーツに履き替えられ、ショートパンツとの相乗効果で露出された太ももが健康的な色気を出している。さらに額には真っ赤な鉢巻、両手には指ぬきグローブも装着されており、アクセサリーも充実していた。
久々に親戚と会ったおばさんのように眺めるアレスタへ、天駕は恥ずかしそうに尋ねる。
「ど、どうですか?」
「私の好みで言えば前の服の方が好きですが……これはまた大胆に変えましたね」
「変ですかね……」
着なれていない服装に落ち着かず、天駕はしきりに自身の太ももを隠すように触る。
「いえ、似合ってますよ。まさしく軽戦士って感じです。イメージカラーもばっちりですし、これならあの目立ちたがり男にも負けませんね!」
「別に服装で勝つ気はないんですけど……」
まさかどちらが目立つかという勝負を仕掛けてくるわけでもあるまいし。
「しかしと言いますかやはりと言いますか、動きやすさを重視した服装ですね。実質的な防具は革の胸当てだけですし」
「ところがー?」
「どっこい~!」
アレスタの言葉に反応するようにシロとクロが店から現れる。心なしか、二人ともそのセリフを待っていたかのように嬉しそうな表情をしている。
「と、言いますと?」
「実はこの装備一式、特殊な技術を使用したエガリム素材で出来ておりましてー」
「様々な素材を組み込むことによって強度は本来の数十倍! なのに軽さは据え置き! さらに通気性良し、防臭性良し、触り心地も良しと致せりつくせりの商品なので~す!」
「ほう、それはすごいですね」
「けど欠点として、強い魔力の影響を受けると色とか形が崩れちゃう難点があったりー」
「繊細なので洗濯機は禁止というデメリットがありま~す」
「……その、ちょいちょい入る庶民的な部分はなんです?」
「匠の遊び心でーす」
「完全無欠の商品なんてつまんないも~ん」
「はぁ……」
楽しそうに話す双子とは対照的に、小首を傾げるアレスタ。
天駕は着替える際にこのことを伝えられており、その際に色々な物を混ぜ込んでいるためかアレルギーや持病の有無をチェックされたが、いずれも難なくクリアした。
服装が変わると気持ちも変わるもので、心なしか体が軽く感じ、早く動いてみたいと節々がウズウズする。今ならパルクールでも難なく出来そうだ。
「二人ともありがとね! それじゃあアレスタさん、次は武器の調達に――」
「あーっ!」
別れの言葉を遮り、クロが慌てて店内に入っていく。天駕やアレスタ、そしてシロも何事かと顔を見合わせていると、頭上にカゴを掲げたクロが戻ってきた。
「サービス! サービス!」
「クロ~、それじゃあワタシでも何が言いたいのか分かんないよ~」
困った表情を浮かべるシロを尻目に、クロが天駕の前へカゴを降ろす。
「おぉ?」
そこには緑色の毛玉、というよりも草の塊があった。6~7センチ程度のそれは、風が吹いているわけでもないのに小刻みに動いている。よくよく目を凝らせば、埋もれるようにして小さな赤い球体が二つ間をあけて付いており、その少し上には細長い草が二本、緩いカーブを描いて生えていた。
どこか既視感を覚えるその姿に、天駕はある動物の名前を口に出す。
「……これって、ウサギ?」
「そうだよー! コケウサギっていう大人しいウサギさんの子どもなの! この前森に入ったときに見つけて拾ってきたんだー。たぶん群れからはぐれちゃったんだと思うのー」
コケウサギの背中をひょいとつまみ、天駕の目の前に持っていくクロ。天駕が手を差し出すと、その上にゆっくりとコケウサギが着地する。
かろうじて乗っているのが分かる程度の重さに、ふさふさとした体毛の感触も相まって少しこそばゆい。指で頭を撫でてみれば、もっともっとと言わんばかりに体を擦りつけてくる。
「はあぁぁぁ……この子、すっごくかわいいよぉ……」
その愛くるしさ溢れる行動に、天駕は一瞬にして虜となった。
そのまま愛玩しつつクロに話しかける。
「この子、私にくれるの?」
「うん! あげるよ! 天駕お姉ちゃんならきっと大切にしてくれると思うし。それに、いざってときにはその子を非常食に……」
「食べるの!?」
とんでもない発言に、反射的にクロからコケウサギを遠ざける天駕。
元の世界でもウサギ肉が非常に美味であることは有名だが、まさかこんな可愛い子を自分の手で殺せと言うのだろうか。それはあまりにもエグいというか容赦ないというか。
ちらりとコケウサギに視線をやれば、つぶらな瞳で天駕を見つめ返していた。
どうしたのご主人?
そんな幻聴が聴こえたような気がした。
「こっ、この子は私が守る! 絶対食べたりしないからね!」
抱きしめるようにコケウサギを隠す天駕。
それを見たクロがけらけらと楽しそうに笑う。
「あははー。ジョークだよぉ、ジョーク」
「冗談が過ぎるよ……」
「食べたら美味しいのは本当だけどねー」
「食べませんっ!」
天駕の反応が面白かったのか、ますます声を大きくして笑うクロ。
ムッとした表情でクロを見ていると、シロがおずおずと近づいてきた。
「あの、ごめんなさい。クロが失礼なこと言っちゃって……。あとできつ~いお仕置きしておきますから……」
「いや、別にそこまでしなくてもいいよ!」
ぺこぺこ頭を下げるシロを慌てて止める。
「それより、この子のエサってどうしたらいいの? やっぱりニンジンとかなのかな」
「えっと、コケウサギはね、基本的には水と日光だけで成長する動物なの。野生だと苔とか剥がれた木の皮を食べたりするけど、雑食だからなんでも食べるよ」
「そうなんだぁ……なんか修行僧みたいだね」
手のひらのコケウサギに話しかけるが、不思議そうに首を傾げるだけ。そんな動きすらも可愛くて、気をつけないと口元が緩みっぱなしになりそうだ。
それより気になるのは、真面目にしているからか語尾を伸ばしていないシロの口調。
今まで故意に伸ばしていたのか、それとも無意識なのか。子供っぽい部分が薄まり、ちょっとだけしっかり者の印象が強くなった感じがした。
(……もしかして、本当はシロ君の方がしっかり者だけど、面倒だからクロちゃんをおだてて自分は楽してるんじゃ?)
そんな考えが天駕の頭をよぎる。
まぁ、所詮は推測の域を出ない話である。ただそれだけで断定できるような話でもないし、そもそもそうだったところでどうしたという話だ。
「はぁー……久々にいっぱい笑っちゃったー!」
腹を抱えて笑っていたクロが、息も絶え絶えにそう漏らす。
「クロ、ごめんなさいは?」
すかさず笑い終えたクロのほっぺたを、暗黒微笑を浮かべたシロがつねる。
「ご、ごへんなひゃい……」
「ワタシじゃなくて、お姉ちゃんに、ね?」
「ひゃい……おねえひゃん、ごへんなひゃい……」
両頬を餅のように伸ばされながら謝罪するクロ。
そんな涙を溜めた姉の姿を見て、シロはどこか恍惚そうに笑みを深める。
(腹黒ショタ……)
しっかりしているのではなく、わざと泳がせてお仕置きをしたいだけだった。
……業が深すぎるだろう、この子。いったい過去に何があったというのだ。
そう思うが、思うだけに留めて天駕はクロの謝罪を受け入れる。
「怒ってないから、ね? ほら、シロ君も手を離してあげて」
「……お姉ちゃんがそういうなら~」
語尾も戻り、無邪気な笑顔に変わったシロはあっさりと手を離す。ふぎゃっ、と反動で倒れたクロが悲鳴をあげるが、シロはどこ吹く風と知らん顔。
「クロが出発の邪魔してごめんなさ~い! それじゃあお姉ちゃん、気をつけて勇者ライフをエンジョイしてね~!」
それどころか、ひらひらと手を振って天駕たちを見送る始末。クロも慌てて立ち上がり、同じように手を振り始める。完全にシロが手綱を握っている状態だった。
「あ、ありがとうね……」
「では行きましょうか……」
引きつった笑みを浮かべつつ、天駕とアレスタは双子の店を後にするのだった。
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