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『外伝』 スナック魔王城①

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 魔王城の片隅に不思議な扉があった。普段は鍵がかかったその部屋に時折、看板プレートが掛かることがある。

『スナック 魔王城』

 今宵はどんな話が聴けるのだろうか…


―――店内―――

 カウンター席に座るのは堕天使の証である黒い翼の男。グラスをゆらゆらとさせている。カウンター内でグラスを磨いているのは修道服を着た女魔族だ。扉がカランコロンと音を立てて開いた。

「お、サスタスじゃねぇか、1人か?」
「はい」

 オーリリーがサスタスの隣に座った。

「フィティア、いつもの」

 この店のマスター、フィティアはカウンター下から一升瓶を取り出しオーリリーの前に置いた。

「リリー王女、その飲み物はなんですか?」
「お、これか?これはな、ニ…ニホ……フィティア何だったっけ?」
「ニホンシュです」
「そう!それだ!オメーも飲むか?」 
「いえ、私はこれで」

 そう言ってグラスを一升瓶にコツンと当て乾杯をする。サスタスはグラスを一口、オーリリーは一升瓶をラッパ飲みで一口。

「っかぁ~!やっぱうめぇな!異世界の酒は!」

 ここにある酒類は、フィティアが異世界から集めたらしい。どのように手に入れてるのかは彼女しか知らない。謎多き女、それがフィティアなのだ。もちろん修道服を着ている理由も謎である。

「そういえばこの前、あの人間のベットを運んでましたね。あなたが力無き人間の手助けをするなんて…珍しい事もあるものです」
「確かにな、アタイは弱いやつに興味は無ぇ。だけどな、あのアイが…闇魔人と呼ばれたアイツがだぞ?あの人間といるとスゲー楽しそうなんだ」
「闇魔人…久しぶりに聞きました」

 グラスを磨き終わったフィティアが訪ねてきた。

「アイ様が闇魔人と呼ばれるようになった事件。ワタクシあの時不在だったので知らないんですけど、お二人はその場にいらっしゃったのですか?」
「あぁ、居たさ。特等席にな。あれは…」

 お酒も少し入り、語り始める。


―――オーリリー6歳、デッドアイ5歳の頃―――


 魔王城、召喚の儀が行われている広間に2人の少女。

「おい、アイ!早く来いよ!」
「リリーちゃん…待って!」

 オーリリーはデッドアイの手を引き、魔法陣の周りを囲む魔物達の隙間を抜け最前列に陣取る。今日はオーガ族を召喚するらしい。オーリリーは異世界のオーガが来るのを楽しみにしていた。

「どんな強い奴が来るかな!?」
「リリーちゃん、静かにしよ?」

 カシオンが大きく手を広げると魔法陣が光り始めた。
光が一瞬強く光ると、そこにはオーガ族が召喚されていた。そのオーガは周りをキョロキョロし何かを叫び始める。サスタスが言語調和の魔法を放つ。

「ここはどこだ!お前らは誰だ!」

 創士の時と同じ様に召喚理由を述べた。屈強な体格と装備を纏ったオーガは間違いなく戦闘において力になるだろう。しかしこのオーガは目の前の魔王に怯む事はなかった。

「吾輩の主人は族長ただ一人!何処の馬の骨か分からんやつの下に着くことはない!」

 オーガは手に持った巨大な棍棒を魔王に向けた。デッドアイが不安そうな顔で隣にいたオーリリーを見た。しかしそこにオーリリーの姿は無かった。

「おいオマエ!強そうだな!アタイもオーガなんだ!よろしくな!」

 隣にいたはずのオーリリーがオーガの足下に居た。

「お前みたいな角付きのオーガがいるものか!」

 オーガは巨大な棍棒でオーリリーを薙ぎ払う。吹き飛ばされたオーリリーは地面を転がってデッドアイの目の前で止まった。額から血が流れていた。


――周りの温度が急激に下がった。

 サスタスの目に映っていたのは黒いオーラを纏った1人の少女。目は漆黒に染まり、虹彩と瞳孔は血の様に赤くなった。巨大なオーラで周りの空間が歪む。

「リリーちゃんを……」

 サスタスは微かに聞こえたその声に尋常ならざる殺意を感じ取り、身構える。

『――殺シテヤル!』

 少女とは思えぬ殺意を込めた怒号。そしてオーガの目では捉えられぬ程高速で懐まで飛び込んだデッドアイは、右手に超圧縮させた闇魔力をオーガの腹へと――

 打ち込む寸前でサスタスが割って入った。

「落ち着きなさい!」

 サスタスは左手で闇魔力を抑えながら、右手でデッドアイに昏睡魔法をかける。ドサリとその場で眠る少女。闇魔力を抑えていたはずの左腕はサスタスの元を離れ、魔王の玉座近くに吹き飛ばされていた。


―――スナック 魔王城店内―――

「…てな事があってな。アタイは吹っ飛ばされて目を開いたらよぉ…そこに魔人が居たんだよ。恐怖で動けなくなったのはアレが初めてだぜ…。というかサスタス、お前あの時よく反応出来たな!」
「たまたまですよ。あの後レサーナに腕を治してもらう時こっぴどく叱られましたよ。『何をしたら魔王城の中でこんな事になるんだ!』ってね」

 フィティアはいつの間にか飲み始めていたお酒の入ったグラスの氷をカラカラさせながら話を聞いていた。

「なるほどねぇ、それで闇魔人って二つ名が付いたのね」
「アタイはよぉ、スッゲー怖かったんだけど、めちゃくちゃ嬉しくもあったんだ。あんなに本気でアタイの身を案じてくれたヤツはいないよ。…でもそれからよ、みんなアイを避ける様になっちまった。やっぱり人間は得体が知れないって。表面上は普通に接してる様だけど、どこか距離を置いてるんだよ。人間の血が混ざってるってだけで腫れ物みたいに扱いやがって!クソッ!……すまねぇ。酒が悪い方に回っちまった」
「大丈夫ですよ。私も同じ気持ちです。左腕を吹き飛ばされても恨みなどございません。アイ王女の友を思う気持ち…尊いものです」
「アレからよ、アイツは塞ぎ込んじまった。本人はよぉ『王女としての品格』とか何とか言って、おすましキメてたけどよぉ…アタイには分かるんだよ。でもな、あの人間が来てからよ表情が戻ったんだよ!昔みたいにな!それが嬉しくてよぉ…」

 涙を目に浮かべながらオーリリーは一升瓶をグイッと飲み干した。サスタスもグラスを空けて席を立った。

「では私はこの辺で。オーリリー王女、今後ともデッドアイ王女をよろしくお願いしますね。あと沖田氏も」

 涙を堪えながらオーリリーは手をあげて返事をする。涙の波が収まり一息ついたところでオーリリーも店を出る事にした。席を立とうとした時、サスタスのグラスが視界に映る。

「そーいえばサスタスの飲んでたやつって何?」

フィティアはフフッと笑いながら答える。

「やっぱり好きな人の好みは気になる?」
「う、うるせぇ!ちげぇよ!」
「ウフフ…。ムギチャっていう飲み物よ。」


 今日も魔王城は平和である。
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