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名は体を表す

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 オーリリーが守るルートは、長老の鎮座する山に行く前に、小さな山を越えなければならない。オーリリーは、この小さな山の山頂に陣を敷いていた。

 山頂は平場で見通しがよく、オーリリーのような力押しのタイプには闘い易い地形であった。オーリリーの他にもオーガやサイクロプスなど、いわゆる脳筋タイプの魔物達が待ち構えている。

 類は友を呼ぶのだろうか、大きな馬に乗り、多くの兵を引き連れて先頭を闊歩する騎士。遠目から見ても分かるほど大きな体躯。背中に担いだ大剣。誰が見てもパワータイプの騎士であった。

 両者が相対すると、双方睨み合いの図となった。

「そこのオーガの女よ、我々の進軍を阻むという事は敵という事で良いのだな?」
「アンタが四騎士とかいうやつか?敵かどうかはわかんねーけどよ、山頂に行くって言うなら止めなきゃなんねぇ」
「フィアタント四騎士が一人、バンフート・バイエン。女だからといって容赦は出来ぬ」
「へぇ…あんた、あたいを女として見てくれるのかい」
「手に持っているのは何だ、デカいタガネか?それで戦うとでも言うのかね⁉︎」

 後ろにいた兵士達と一緒に笑い合う。

「アンタの期待は裏切らねぇよ、このタガネはガンバスの特注品さ!」

 バンフートは高笑いをやめ、目を見開いて驚嘆した。

「ガンバス…あの名匠ガンバスか!これは良い!楽しみが増えた。嘘でないことを願うぞ」
「なぁ、お喋りじゃなくてよぉ…こっちで語ろうぜ!」

 オーリリーは持っていた武器でバンフートを指した。

「グハハ!威勢の良い女は好きだぞ、ならば思う存分語ろうぞ!」

 バンフートが駆け出すと、背後の兵士達も合わせて突撃してくる。オーリリーもバンフートへ向けて駆け出し、二人の武器がぶつかり合う。常人ではありえない程の大きく鳴り響く剣撃を合図に両軍が正面から衝突した。



 ――ムルトゥは考えていた。

(ハッチマンさんは心配ない、リリーちゃんもブラン君も結構しっかりしてる。やっぱり心配なのは…)

「サスタスさん、エーデルちゃんが心配なので見てきてもええやろか?」
「そうですね、彼女も視野が狭くなりがちですから、フォローしてあげてください」
「がってんでぃ!おーい、アイちゃ~ん!」

 空中で戦況を見守るデッドアイを手を振りながら呼ぶ。

「どしたん?」
「あのね、エーデルちゃんの所まで運んでほしいっちゃけど」
「了解!」

 そのままムルトゥをお姫様抱っこの要領で持ち上げると、爆速で飛んでいった。


 エーデルが守る山道には、ドラゴン族や亜人系の魔物達が控えている。
 彼女は喜んでいた。この任務の防衛の要である四ルートの内の一つを任された事に。

(これでアイに一つ勝ったわね!私がハッチマンさんと同格である事が証明されたわ。リリーは、まぁ力だけで言ったらハッチマンさんより上だし、ブランは…よく分かんないけど、一応王子だし。これで序列がハッキリしたわね!)

 仁王立ちしながらニヤニヤとするエーデル。そこに頭上から突如叫び声が聞こえてきた。見上げるとムルトゥが落下して来るのが見える。一歩横へと避けるエーデル。頭が地面に激突する寸前で体がピタリと止まる。ギリギリで足を掴んだデッドアイ。

「死ぬかと思ったべ~」
「何やってんの?アンタ達」
「ムルトゥがさ、ここに運んでって」
「なにも落とすことねーべさ!」

 半泣きで抗議するが、デッドアイは用事を思い出したと言わんばかりに、そそくさと帰ってしまった。

「あ!ちょっ待っ!」
「アンタ達…すこしは緊張感を持ちなさいよ」

 やれやれという素振りをみせるエーデルの前方の道から兵士達が隊列を組んで歩いて来るのが見えた。隊列の中央の兵士が神輿の様に、台座の付いた豪華絢爛な椅子を担いでいた。

「何あれ?」

 エーデルはムルトゥと後ろに控える魔物達に問いかけながら椅子を指差す。ムルトゥも魔物達も首を傾げるばかりだ。

 隊列の前方部分が左右に分かれ、椅子を担いだ人達がエーデルの前へと歩みを進めた。椅子に座る鎧姿の女は、エーデルを見るなりため息をつく。

「はぁ~…やだやだ。『はずれ』だわ。ドラゴン女に、芋っぽいエルフ、それにくっさい魔物しかいないじゃないの。あ、そこの子。ワーウルフかしら?あなたは及第点よ。私の下僕にしてあげる」

 エーデルは自分を無視して話を続ける女にイラッとしながらも、対話を試みる。もちろん嫌味を込めて。

「一人で歩ける事も出来ないお嬢様が、こんな所に何の御用かしら?」
「あら?まさか喋る程の知性を持った魔物がいるとは思わなかったわ。そうよね、喋れる様になったら嬉しくて、つい話しかけてしまうわよね。すごいすごい。まるで魔法を初めて使えた子供みたい」

 エーデルの眉間に皺が増える。

「それで…あなたはどちら様でしょうか?この先は観光するものもありません。もしや迷子ですか?」
「人に名前を尋ねるときは自分から名乗るものでしょう?普通。あ、ごめんなさい。魔物ですものね!知らなくて当然という事を失念しておりました。ごめんなさい」

 エーデルの歯軋りが聞こえ、ムルトゥは隣であわあわしている。

「それはどうも失礼しました!私は第一王女エーデル・フルブラン・ドラゴニア!以後お見知り置きを」

 エーデルは王女である事を強調すると、椅子に座った女は驚いた表情を見せた。

「まぁ!なんてカワイイ王女様なんでしょ!本当カワイイわぁ。カワイイおつむの王女様!さぞかし配下の魔物達は大変でしょうねぇ?あ、私はアイスゼン・チャクティス。誉れ高きフィアタント四騎士の女神よ」

 肩を震わせ握り拳を硬くするエーデルを、ムルトゥは肩を揺さぶって止めようとする。

「エーデルちゃん!落ち着いて!挑発に乗ってはダメ!」
「…分かってるわよ」

 大きく深呼吸する。デッドアイと口喧嘩した時も、こうして落ち着けてきた。

「ねぇ?貴女達。早く退いてくれないかしら。私、他のやつに取られる前に早くナントカドラゴンってやつを殺さないといけないのよ。あら?もしかして親戚だったりする?」

 音は鳴ってないが、ムルトゥは確かにプツンと何かが切れる音が聞こえた気がした。

「…ダメだ、殺すわ」
「エーデルちゃん!ダメー!」




 座禅を組んで精神統一をするハッチマン。ここにいる他の魔物は、ハッチマンの槍術を見る為に志願した。それぞれが何かしらの武器を扱う魔物ばかりだが、『武神』と呼ばれる彼の技を見て盗もうという魂胆だ。

 ハッチマンが気配を感じ目を開けると、前方から兵士達がやって来るのが見える。馬に乗った先頭にいる男から強者の匂いを感じ、ハッチマンは腰を上げる。

 隊列が止まり、先頭の男がハッチマンの前へと近づき馬から降りる。サスタスにも似た美男子の騎士が威風堂々としながらも騎士道精神を感じさせる立ち振る舞いをしながら話しかけてきた。

「あなたが、この魔物達の隊長ですか?」
「いや、隊長ではない。彼等は勝手に付いてきただけだ」
「そうですか。私はフィアタント四騎士が一人、ハイド・セイクリッジ。王の命により、山の頂上へ行かねばなりません。そこを退いて頂けないのであれば、我々は貴方達に剣を向けなければならない」
「私はハッチマンと呼ばれている。貴公を聡明な騎士と見込んでお願いがある」

 突然の提案にもかかわらずハイドは落ち着いた表情で答える。

「何でしょう?」
「無駄な血は流したくない。私の後ろにいる者達、そして貴公の後ろにいる者達、彼等は戦闘せず我々二人の一騎討ちで勝敗を決めたい。私が勝てば、そちらの兵を逃す。貴公が勝てば、我々はここを通す」

 ハイドは考える。戦力を減らさずに頂上へと向かえるのであれば、それに越したことはない。もし仮に、このハッチマンというマーマンを倒した事で、背後の魔物達が襲い掛かってきたとしても、見た感じこのマーマンよりも遥かに劣るレベルの魔物達だ。問題は無い。得はあっても損はない話だろう。

『分かりました。いいでしょう』

 ハッチマンの思惑通り、ハイドはこの条件を飲んだ。ハッチマンは感じ取っていた。この兵士達の隊列の乱れの無さ。装備の手入れ具合。姿勢、歩き方、立ち姿。そのそれぞれが騎士道精神を、愚直なまでの真面目さを表していた。
 こういう手合いは手強いことが多い事をハッチマンは知っていた。来る日も鍛錬、鍛錬、鍛錬。飽きもせず同じ事を繰り返す。人間は短い寿命で何かを探究しようとする。そして、それを後世へと残す。次世代はそれをさらに研鑽し残す。そうして強くなっていくのだと、師は教えてくれた。
 ならば私も残そう、この私の技を見たこの場所にいる誰かが、それを受け取ってくれると信じて。

 両者が自軍へと下がり、手出し無用と告げる。魔物達はハッチマンの言葉を聞くと一斉にその場に座り、武器を地面に置いた。兵士達はハイドの言葉を聞くと、持っていた武器を地面に突き立て、手を腰の後ろで組んだ。

 再び両者が中央で相対すると、武器を構える。そのまま動かず両者睨み合いの時間が過ぎる。まるで何かの合図を待っているかの様に。




―――ここに一人の少女…もとい少年がいた。

「僕なんかで大丈夫なのかな…」
「ダイジョウブ、ブランサマ、ホントハツヨイ、シッテル」

 ブラン率いる魔物達はオーガやオークを中心に多くの魔物が布陣していた。心配性のお姉ちゃんが、自軍の魔物をこちらに置いていったのだ。血気盛んな若者をオーリリーは連れて行き、経験豊富な熟練の者はこちらに残していった。

 それでもブランは緊張する。なぜなら初陣であるからだ。厳密にいえば初陣でないのだが、その時はオーリリーの後ろに隠れていたのに加え、ほとんどオーリリーが倒してしまったのだ。

(出来れば誰もこの道を通らないでほしい…)

 しかし、そんな願いも虚しく多くの人影と足音が近づいて来る。ブランは持っていたロッドを強く握り締め覚悟を決める。

 ところが、こちらにやってくる兵士達が掲げていたのは王都軍の旗ではなく、白旗だった。

 白旗は人間にとって降伏を意味するものというのをサスタスに聞いたことがあったブランは、予想外の出来事に戸惑いを隠せない。

 兵士達はある程度の距離を空けて止まると、両手を上げながら1人の兵士が前へと歩み出た。

「我々に戦う意志はない。そちらの指揮官と話がしたい」

 ブランはオドオドしながら周りをキョロキョロとする。隣にいたベテランオーガに背中を押され、つんのめる様に前へと歩み出た。

 兵士はブランを見て少し驚いた様だが、すぐに普通の表情へと戻す。

「其方が指揮官か?」
「僕は…指揮官ではありませんけど…この場所のリーダーです。一応…」

 自信が無いのか、歯切れの悪い返答をする。しかし兵士は訝しむ事なく続ける。

「私はアガヒドゥ・ファンアンス3世。この隊の隊長だ。我々はこの戦いに異を唱えたい。我々の王は錯乱しておられる」

 アガヒドゥが後ろの兵士達に合図を送ると、兵士達は一斉に武器を地面へと捨てた。アガヒドゥもまた、帯刀していた剣を横へと放り投げる。

「我々に敵意がない事を信じて頂きたい。願わくばそちらの味方として我々は力を貸したいのだが…指揮官は頂上かな?是非、一度指揮官にお会いして我々も一緒に戦わせてほしい旨を伝えたいのだが…」

 ブランは想定外の出来事にパニックになったが、『困った時はサスタスに聞け』という姉の言葉を思い出し、現状の指揮官であるサスタスに彼等を合わせる事にした。念の為、地面に捨てられた武器をオーク達に回収させた。武装解除していれば安心だろうという判断だ。

 ブラン隊とアガヒドゥ隊は頂上へ向けて歩き始めた。


 アガヒドゥは我慢していた。笑い出さないように。
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