上 下
33 / 37

跖狗吠尭と悪逆非道

しおりを挟む
 ハッチマンとハイドが睨み合いを続ける。周りを囲む兵士と魔物達は固唾を飲んで見守っていた。
 ハイドの磨き抜かれた鎧に太陽の光が反射し、ハッチマンの目を一瞬眩ませる。次に目を開けた時にはハイドが既に攻撃のモーションをとっていた。しかしハッチマンの槍は『神速』を謳うほど鋭く速い。ノーモーションから繰り出される神速の槍をハイドはかろうじて受け流す。槍使いを相手にする際は、懐に入ってしまえばこちらが有利な事は分かっているのだが、突きを繰り出されてから次の突きが来るまでの速さが尋常ではなく、ハイドは近距離戦に持ち込む事が出来ない。仕切り直す為に、槍の間合いから離れるように大きく後方へと跳躍する。

「その槍捌き…素晴らしい技術です。さぞ鍛錬を積んだ事でしょう」
「こう易々と捌かれては皮肉にしか聞こえんな」

 周りの観客、もとい兵士・魔物達は止めていた息を一斉に吐き出した。息をする事も瞬きをする事も忘れ、二人の演武のような華麗な打ち合いに魅入っていた。

「私とて、槍を使う敵を想定した鍛錬は積んできました。我が剣術、お見せしよう」
 ハイドが剣を下段後方へと構えると、低い体制のまま高速で突っ込んでくる。ハッチマンはリーチを生かし、突っ込んでくるハイドの顔をカウンターを合わせるように貫いた。
 しかし、貫いたはずのハイドの顔がゆらりと消える。
「これは⁉︎」
 ハッチマンは真横に気配を感じ、咄嗟に逆方向へと飛ぶ。先程まで自分のいた場所で空を斬るハイドを確認すると、着地とともに槍をそのまま横に薙ぎ払った。
「薙ぎ取り!」
 ハイドは横薙ぎの槍を剣で受けると、そのまま巻き取るようにし槍を地面へと受け流した。体制を崩されそうになったハッチマンだが、無理に逆らうのではなくそのまま受け流された方向へと自身も転がり次の体勢へと移る。
 万全の体勢ではないのを好機と見たのか、ハイドはすかさず間合いを詰めようとする。ハッチマンは不完全な体勢ながらも鋭い突きを放つと、ハイドの肩の鎧を貫く。鎧に邪魔され肩を掠めただけだったが、ハイドの行動を止める事はできた。ハイドは大きく息を吐くと、これまでに出会ったことのない好敵手にテンションが上がっているようだ。
「ふぅ!一瞬も気を緩めれませんね!」
 新しいオモチャを買ってもらった子供のように純粋な笑みを浮かべるハイドを見て、ハッチマンはやれやれとため息をつく。
「人間は相手が強い方が嬉しいのか?」
「いえ、違います。私は己の武を試せる事が嬉しいのです」
「……では、我々を狩るのも…その『腕試し』の一環というわけか?其方の騎士道とは弱きものを守ることではなく、己の力を示す覇道と同義という事か?」
「違う!私は己の利の為に何でもするあの男とは断じて同じではない!騎士として王の為に働く。例えそれが誤りであろうとも、王に忠義を尽くすのが私の使命だ!」
「…師から何を学んだのやら」
 ハッチマンがボソリと呟く。



――――――

 ブラン王子一行が頂上へ辿り着くと、デッドアイとムルトゥが寝ている長老の前でお喋りをしていた。
「ブラン王子⁉︎どうしてここに?」
 驚くムルトゥをよそにブランは辺りを見回す。
「サスタスさんはいないんですか?」
「それが別の所に行ってるのよ」
 デッドアイがブラン一行の後ろに続く兵士達の姿を見て戦闘態勢に入る。
「なに⁉︎コイツら!」
「違うんです!違うんです!彼等は僕達の味方になりたいそうなんです。それでサスタスさんに指南を仰ごうと…」
 デッドアイとムルトゥは顔を見合わせ困った表情をした。
「そう、確かにサスタスに聞いた方が良さそうね。ワタシ聞いてくる」
 飛んでいったデッドアイを見送りながら、フィアタント四騎士であるアガヒドゥが口を開く。
「司令官はご不在ですか?」
「すみません。今別のところに居るみたいで…」
「…そうですか……それはそれは。僥倖です」
 ブランは『僥倖』の意味が分からず『残念だ』という意味だと思い、すみませんと頭を下げる。

 顔を上げた瞬間、アガヒドゥがベルトを引き抜いたかと思うと、それは鞭のようにしなってブランに襲いかかる。咄嗟に身を引くが、ブランの肩口は斬られ血が滴った。
 アガヒドゥが手に持っているのは、柔らかい金属のような鞭。それをベルトに擬態させ装備していたのだ。
「念には念を入れておきましょう。遮断領域!」
 アガヒドゥは自身の一定距離内で魔法が使えなくなる魔法を唱えた。ブランが魔術師が持つ杖を持っていたからだ。それに弱そうではあるが女エルフも魔法が使える可能性が高い。用心しすぎて困る事はない。
「さてさて、お嬢様方…私はその後ろで寝ているドラゴンに用事があるのです。とりあえず退いていただけますか?悪いようには致しません」
「ダ…ダメです!ここは通しません!」
 ブランが精一杯の大声をだして、通せんぼするように手を広げて立ちはだかる。
「スムーズに事を運ばさせてください。無駄な足掻きは非常に迷惑です!」
 再び鞭を振るうアガヒドゥ。腕でガードするもののオーガとはいえ、かなり深く斬られる。
「弱いものイジメは…まぁ好きですが、時間を取られるのは嫌いです。さっさと消えてください」
「ブランくん!」
 ムルトゥが駆け寄ろうとするよりも早く、アガヒドゥが鞭を振おうとする。
 するとアガヒドゥは気配を感じ、咄嗟に上を見上げた。彼が飛び退くと同時に上から落ちてきた何かの衝撃で土煙が巻き上がり、辺り一面が見えなくなる。

「なんなんだ!一体⁉︎」
 アガヒドゥは土煙で見えない状況は危険と判断して、大きく下がる。
 土煙の外に出ると彼の目に映ったのは、目を覚ましたドラゴンと土煙の中から現れた、奇妙な格好をした小柄なオーガだった。

「ブラン?あなたの素直な所は良いことだけれど、戦においては少し疑う事を覚えなきゃダメよ?」
「お、お母様⁉︎どうしてここに?それに何ですか、その格好⁉︎」
「心配で来ちゃった。これ可愛いでしょ?前にムルトゥちゃんに作ってもらってたの。なんでも異世界には『調理場は戦場』って言葉があるらしくてね、それでこれが母親が料理する時の格好なんだって。『カッポウギ』とかいう名前だったかしら?」
 ブランの母、マーガレットはくるりと回って可愛いでしょ?と言わんばかりに服を見せつける。

「珍妙な格好の魔物が来ましたね。ドラゴンも目覚めてしまったようですし遊んでいる暇はありませんね。全員抜刀!」
 合図と共に兵士達がベルトに偽装した隠し武器を抜く。
「殺せ!」
 アガヒドゥがマーガレットに突っ込んでいくと、後ろの兵士達もまっすぐ走ってくる。狙いは彼女達の後ろに鎮座する老ドラゴン。
 マーガレットは、せーのと言いながら腕を振り上げる。それよりも早くアガヒドゥは鞭のような剣をマーガレットのガラ空きの横腹へと振るう。服が斬られ、苦痛に歪む顔を見るはずだったアガヒドゥの目に映ったのは、微笑みを浮かべたままのマーガレットの顔だった。
「よいしょっ!」
 大きく踏み込んでの単純なパンチ。されどオーガの女王のパンチ。噂では魔王城一のパワーなのではないかと評判のマーガレットのパンチ。凄まじい衝撃音と共にアガヒドゥは後ろの兵士達を弾き飛ばす程の威力で吹き飛んでいった。アガヒドゥの鎧には拳の跡がくっきりと付いていた。女王オーガの一撃でも貫通しなかったこの鎧を作った鍛治師が後に名工と呼ばれるのはまた別のお話。

 四騎士が吹き飛ばされるのを見て、兵士達の足が止まった。
「刃物を怖がってたら料理なんか出来ません!」
 えっへんと腰に手を当ててマーガレットはドヤ顔をみせた。
 その光景を長老ドラゴンは口角を上げて楽しそうに見ていた。
しおりを挟む

処理中です...