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閃光とともに

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 武器がぶつかり合うたびに、凄まじい衝撃音が鳴り響く。このままでは両者の武器が先に悲鳴を上げてしまうだろう。
 バンフートの大剣が地面から掬い上げる様に襲い掛かる。たまらず受けようとするがオーリリーの武器は上空へと吹き飛ばされた。武器を失ったオーリリーの右手は硬く握られ、バンフートの顔面めがけて渾身のパンチを繰り出す。殴られたバンフートは二、三歩よろめいた後、笑顔で笑いながら口の血を拭った。
「強烈なパンチだ!」
 そういうと大剣を地面へ突き刺し、上半身の鎧を脱いだ。
「お前…アタイを馬鹿にしてんのか?」
 オーリリーは情けをかけられたと思いキレ気味に言い放つ。
「違う!私は其方と拳で語り合いたくなった!そうだな…これは求愛行動に近いかもしれんな!」
 オーリリーは首を傾げて聞く。
「私は強い女が好きだ!そして今!生涯で一番強い女に出会った!」
「はは~ん。つまり拳でアタイを屈服させようって事かい?おもしれ~!乗ってやろうじゃないの!」
 首の骨を鳴らし両腕を回しながらオーリリーは、まるで季節限定のスイーツを目の前にした少女のように目を輝かせた。

――――――

 恍惚の表情でサスタスを見つめるアイスゼンを、堕天使は無表情で観察する。
「はぁー…いいわぁ。その目、その顔、その髪、その翼…全部いい!」
「お褒めに預かり光栄です」
 決して嬉しそうな顔ではないサスタス。
「ねぇ、あなたの全部をちょうだい?あなたの血も肉もぜーんぶ!」
「え、普通に嫌ですけど」
 完全なる塩対応だが、それが彼女を喜ばせている様だ。
「そうよね、でもあたしはあなたの心も欲しいの。だから…あなたがワタシに許しを乞うまで死なない程度に痛めつけてあげる!そこに真の主従関係が生まれるの!あぁ~疼くわぁ…」
 下半身をもじもじさせているアイスゼンを軽蔑の眼差しでサスタスは見つめる。相手にするのも面倒くさいのでサスタスは問答無用で魔法を放つと、アイスゼンは火炎の柱に包まれた。
 少しして炎が消えると、ほぼ無傷の彼女がいた。確かに魔法は当たっていたはずだが、サスタスは腑に落ちないまま次の魔法を放つ。
「聖なる力に囚われよ」
 アイスゼンの足元に魔法陣が現れると聖属性の無数の魔法の槍が彼女を突き刺す。
「ああっ!」
 アイスゼンが悲鳴をあげるが、苦痛より悦びが大きい表情をしている。ダメージは大した事はない様だ。
 決してサスタスは魔法が苦手な訳ではない。死なないギリギリの威力で早めに終わらせようとした。彼女が魔王レベルであるのならば魔法が効かない事にも納得できるのだが、サスタスには彼女がそれ程の力を持っている様に見えなかった。
「不思議ですね。その異常なまでの魔法耐性」
「違うわ…これは愛の力よ。あなたを愛しているから…」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
 サスタスは魔法から物理攻撃に切り替える。とはいえ体術が使える訳ではないので、元天使の飛行速度を活かした高速のドロップキックをかます。吹き飛ばされるアイスゼンを受け止める様に兵士達が壁を作る。彼等が緩衝材となりアイスゼンはすぐに立ち上がった。
「貴方達はそこで指を咥えて見てなさい。私は彼の方と愛を営んでくるわ」
「はい!女王様!」
 兵士達は声を揃えて敬礼する。その異様な光景にサスタスは胃がもたれてきた。
 彼女は笑みを向けながらこちらへ歩いて来る。その笑みはどこか不気味で、決して向けられて嬉しいものではなかった。
「ねぇねぇ堕天使様ぁ?怖がらなくても大丈夫。痛いのは最初だけだからぁぁああ!」
 アイスゼンが突如フルスピードで走り出す。と同時に何かを前方に投げると地面に落ちた瞬間、小さな爆発と共に辺り一面が煙で覆われる。サスタスはすかさず翼で風を起こし煙を吹き飛ばす。しかし彼女の姿はそこにはなかった。
 サスタスは上を見上げると、すでにアイスゼンが投げナイフを数本飛ばしていた。無詠唱で簡易的なバリアを貼る。ナイフはバリアに阻まれ届かなかったが、最後のナイフが着弾した瞬間爆発を起こす。バリアは破壊され、サスタスは反射的に腕を目の前に持っていき目に異物が入らない様にガードする。
 するとその腕に赤色の魔力で出来た糸が絡みついた。咄嗟に引き剥がそうとするが掴む事ができない。
「無駄よ、取れないわぁ。これは運命の赤い糸!決して私達を離すことはない絆なの!」
 イラッとしたサスタスは、効かないとは分かっていても八つ当たりの様に「ウインドカッター」を唱える。
 風の刃がアイスゼンを襲う。
「痛っ!」
 声を出したのはサスタス。なぜか彼の体も刃で斬られたような傷を負った。
「私達は運命共同体、あなたの傷は私の傷。もちろんその逆も…」
「なるほど、ダメージリンクですか」
 片方が負うダメージをもう1人の方にも伝達される魔法。使い所が難しく普通の人は使わない魔法である。
 厄介な事に、アイスゼンにはダメージがそれほど与えられないのにも関わらず、サスタスには普通にダメージが来るようだ。
 サスタスは彼女の謎を解けるまで、手出しが出来なくなってしまった。
「さあ!私の愛を感じて!」
 アイスゼンがありったけのナイフを自らの上空へと投げる。両手を広げ、上を向いて目を閉じた彼女にサスタスはバリアを張る。ナイフは彼女に刺さる事はなく落ちていった。
「えっ…私を一生守ってあげたいって、そういう事⁉︎」
「頼むから勝手な解釈するのやめてください」
 
――――――
 山頂にいる老ドラゴンは笑う。
「フォッフォッフォ!こんな事に分身を使う者は初めて見たわい」

 そこには分身魔法で3人に増え、さらに身体強化で高速に作業をするムルトゥの姿があった。
「できたべ!」
 ムルトゥから創士のサイズに合うように調整した革鎧を受け取るとそれを装着しながら創士は礼を言う。
「ありがとうムルトゥ!アイ王女、運んで欲しい所があります」
「ちょちょ、待ってよ。まず説明してくれない?その変な格好は何?」
「説明は道中で!急ぎます!」
 デッドアイは分かったわよ、という顔で創士の背後に周り羽交締めの格好で空高く飛んでいった。

――――――

「ハァッ!」
 ハイドの猛攻をいなしながら、ハッチマンは昔を思い出していた。師との鍛錬の日々。ハイドは防戦一方のハッチマンに斬り込みつつ語りかける。
「どうしました⁉︎手も足も出ませんか⁉︎恥じる事はありません、我が師匠である剣神グラウスより受け継ぎし技、受けてみよ!」
 ハイドはバックステップで距離を取ると剣を鞘に納め構える。
 囲んでいた兵士の1人が興奮気味に喋り始めた。
「あの構えは!グラウス流抜刀術!あの構えを見たものは死ぬと言われている。まさかそれを見れるなんて!」
 ハッチマンが瞬きをした瞬間、ハイドはその場から消えた。周りを囲んでいた者には分かっていた。ハッチマンの背後に高速で回り込んだハイドに。彼の剣が抜かれるとハッチマンの首を一閃した。
 ハッチマンの姿がゆらりと消えた。先程の兵士がまた驚いた声を上げる。
「あれは!グラウス式幻影脚!なぜあの魔物があの技を⁉︎」
 剣に手応えがない事に気付いた瞬間、ハイドは地面に倒され、背中に槍の切先を突き付けられていた。
「くっ…!人の技を盗むとは…自分の技に誇りはないのか!」
 槍の柄で頭を叩く。
「兄弟子になんという口の聞き方か!」
「兄…弟子?」
「お主グラウス先生に技を教えてもらったのだろう?まあ、あのお方は弟子はとらない人だがな。兄弟子と言うよりは同門の先輩といったところか」
「嘘をつけ!グラウス様が魔物なんぞ相手にするわけないだろう!」
「先生も言っておっただろう?『武を志す者に敵も味方もない』と」
「ぐっ…た、確かに」
「先生が王都に行くまでは各地を放浪しておったのは知ってるな?その時、我々も一緒に研鑽を積ませてもらったのだ。まぁ先生が若い頃は我々魔族に腕試ししていた時期もあったようだがな。だが後に気付いた様だぞ。我々に憎み合う理由はないと。其方も薄々勘付いておるのだろう?先程も言っておったではないか、『騎士として王の為に働く。例えそれが誤りであろうとも、王に忠義を尽くすのが私の使命だ』と。王が間違った判断をしておると自分で言っておるのだ」
「それは!…」
「其方達ニンゲンが我々に攻撃を仕掛けるようになったのも、王の様子がおかしくなった時期と同じではないのか?盲目的に主人を信じるのもいいが、少しは自分の眼で見定めてみたらどうだ?先生も言っておったろう?真の…」
「『真の敵は己の目で見定めよ』。……はぁ、あなたは真の敵を見定めたのですか?」
「いや、まだ掴めておらん。だが、我々の王とそちらの王がかつて手を取り合う寸前までいっておったのは知っている。そして何者かによって王が操られている事も…」
「…そうですか。しかし、それを知ったところで我々は戻れません。命令に背いたとなれば、ここにいる兵士達の命も危険に晒される」
「そうか。ならば我々にできる事は一つだな」
「そうですね」
 ハッチマンはハイドから離れると、再び槍を構える。ハイドも立ち上がると剣を構える。第二ラウンドが始まる。しかし、そこには先程の様な殺伐とした雰囲気は無く、お互いグラウス流の門下生として、どちらの腕前が上か、ただそれだけしか考えていない。


――――――

「なるべく低く飛んでください!」
「ちゃんと説明しなさいよ!」
 デッドアイが創士を羽交締めしながら、地面に近い位置で飛び続ける。
「王様がこちらに来ている様なんです。おそらくドラゴンマウンテン入り口近くに野営地があるはず。その近くで降ろして下さい」
「降ろした後はどうするつもり?」
「…僕が王をなんとかします」
「なんとかって、あんた…」
「ストップ!ストップ!ここで大丈夫です」
 進行方向、ギリギリ視認できる距離に野営地があった。王子から聞いていた情報から推測するに、どうやら王の陣営で間違いない様だ。
 2人は草陰に隠れて声を潜めながら話す。
「アイ王女は長老のところへ戻ってください」
「は?私も行くわよ」
「貴方が来たらパニックになるじゃないですか、それにせっかくムルトゥに作ってもらったこの格好も無駄になっちゃうし」
「アンタそれ、あいつらの格好よね?適当にやっつけてパクってこれば早かったのに」
「違うんです。これは伝令が着てるものらしくて、王子から古いのを頂いたんですがサイズが合わなくて」
「なにアンタ、潜入するつもり?」
「近づけさえすれば…なんとかなると」
「…勝算はある、のよね?」
 創士は本音を押し込めて、ドラマの俳優ばりに格好をつけて答えた。
「もちろん」
「私の直感がね囁いてるの。ここで別れたら大変な事になるって」
「たまにはカッコつけさせてくださいよ」
 精一杯の笑顔で答える創士の手は震えていた。
「私のあげたペンダント、付けてるわよね?何かあったら強く念じなさい!わかった⁉︎」
 創士は頷くと草陰から飛び出して、王の元へと走っていった。


「伝令!でんれーい!」
 1人の兵士が駆け寄ってくるのが見える。
「何事だ!」
「は!伝令が来ました!」
 兵士長が走ってきた伝令の前を塞ぐ様にして立つ。
「馬はどうした?」
「途中…野盗に襲われ矢を受けてしまい…」
「ふむ、それで『合言葉』は?」
 兵士は冷や汗をかいているが、側からみれば走ってきた汗に見えているだろう。
「陽は…陽は王都から昇る」
 兵士長の顔色が変わる。
「何だと?」
 伝令の心臓は鼓動を早める。兵士長が後ろにあるテントの中に入っていくと、しばらくして1人の威厳ある男が出てきた。間違いない、フィアタントの王であるクリニア・ヴァシリウス・ペリファニア本人であった。
「王都で何かあったのか?」
 先程の合言葉は王都で問題が発生した時に使われるものであった。王子の情報は間違っていなかった。
「は!大臣より王に伝言がございます」
「申してみよ」
「それが…」
 伝令の心臓はさらに鼓動を早くする。
「王以外には聞かれるな、との事でして」
 王は周りの兵士達に目配せをすると、護衛達は少し離れた。
「耳元で話す許可を頂きたい」
「よい、早く申せ!」
 伝令は王に近づき、覚悟を決める。そして彼女の言葉を思い出す。

――――――
「それでいいのね?」
「可能でしょうか?」
「正直、もっと使い勝手のいいものでも良かったのだけれど…。てっきり炎とか氷とか、高速移動とかそういうのにするのかと思ったわ。結構そういうの望む人多いし」
「なんとなく、これがこの戦いで一番求められてる事の様な気がして…」
「いいのよ、これは貴方達の物語…直感は大事よ。使い方は分かる?」
「詠唱するんでしょうか?」
「ごめんなさい、私詠唱とかしないから詠唱バージョン分からないのよ」
 創士はマジか、という顔をする。
「こういうのはね、イメージなの。強く思うの。『出したい!』ってね。このスキルを使う自分をイメージするの」


――――――
 なんと適当なことか。
 使っている姿をイメージする。これを初めて見たのは王子が魔王城に連れてこられた時。フィティアが王子の額を指でトンッと小突く姿。

 創士は耳打ちするフリをしてクリニア王の額を人差し指でトンッと小突いた。

 瞬間、眩い閃光と共にクリニア王が地面へと倒れた。周りの護衛も閃光で目が眩むが、すぐに王が倒れている事に気付く。
「王様!大丈夫ですか⁉︎」
「おい!伝令はどうした!」
 皆キョロキョロと辺りを見回すが姿はなかった。
「まさか、王の暗殺を目論む者だった…?」
 護衛達に動揺が走る。
「うっ…ここは…どこじゃ?」
 王が目を覚ます。
「王様!ご無事ですか!」
「なぜ、私はこんなところに?兵士長、説明せよ」
「は!現在、ドラゴンマウンテンにてマスタードラゴン討伐の為…」
「何を言っておる、誰の命令だ⁉︎」
「いえ…その、王の命令…ですが…」
「私の?何を言っておる。そんな命令出した覚えはないぞ!」
「いえ、しかし…皆聞いております。リワツィ大臣の口からも聞いておりますし」
「リワツィ…誰だそれは?」
「えっ?」
 護衛達は顔を見合わせて困惑する。
「とにかく王都に戻るぞ!撤退の合図を!」
「は、はい!」
 魔法兵が上空に撤退の合図を放つ。

――――――
「バンフート様!撤退の合図です!」
「何ぃ⁉︎」
 殴り合いの決着はつかず、両者ともボロボロだ。
「おい…まだ…終わってねぇぞ」
「ガッハッハ!そうだな!我輩もここで終わるのは口惜しいが命令では仕方ない」
「って事はアタイの勝ちだな」
「それは違うだろう!」
「うるせ~!敵に背を向けた時点で負けだよ!」
 オーリリーはあっかんべーをして挑発する。
「威勢のいい女だ!……よし!決めた!お前、俺のもとへ来い!」
「へっ!誰があんたの傘下になるかってんだ!」
「違う!そうではない。俺の嫁になれと言ってるんだ」
「……へ?」
「まぁ難しいご時世だ。無理を言っているのは重々承知だが、もし!そんな世の中が来たら…な」
 オーリリーは頭が真っ白になってオーバーヒートしている。
「また会えるのを楽しみにしているぞ!総員撤退!」
 バンフート達は颯爽と撤退していく。オーリリーは口をパクパクさせながら、ただ立ち尽くしていた。

――――――
「女王様、撤退の合図が」
「えぇっ⁉︎嘘~!」
 アイスゼンは心底嫌そうな顔をする。
「はぁ…終わりですね。早く撤退しなさい。命令なのでしょう?」
「そんなぁ!これからなのに!」
「撤退する前に、コレ解いていってくださいね」
 サスタスはダメージリンクの紐を指差す。
「私が離れたら勝手に解けるわよぅ。んもぅ。」
 飛んで離れればよかったのだと知り、ガクッと肩を落とす。
「また、会えるわよね?マイダーリ…あ!ちょっと待ってよ!」
 サスタスは言葉を待つまでもなく頂上へと飛び去っていった。

――――――
「ハイド様!撤退の合図です!」
 両者の演舞とも言える攻防が終わる。
「ここで撤退の合図とは…拙者の願いが届いたかな?」
「手合わせ、ありがとうございます。えっと…」
「ハッチマンだ」
「ハッチマンさん。次に会う時には、真の敵を見定めておきます」
「そうだな。できれば敵として合わない事を願うよ。グラウス様にもよろしく伝えておいてくれ」
「それが、旅に出てしまって行方が分からないのです」
「そうか。まぁ一つのところに根を下ろす人ではないからな」
「それでは!総員撤退!」
 
――――――

 暗い部屋の中、水晶を覗き見る男が1人。
「何故だ!なぜ撤退の合図など!クソっ!誰の命令だ!」
 机をドンと叩きながら怒りを露わにする大臣。
「あらぁ~、こんなところに隠れてたのね?」
「誰だ!」
 大臣が扉の方を振り向くと、そこには修道服を着た女が立っていた。
「貴様、どうやって入ってきた!鍵が掛かっていたはずだぞ!」
「なーんか変だと思ってたのよねぇ。催眠やら四騎士の並外れた力やら…。あなた、天界から逃げ出してここで何してるの?リワツィ?」
「な、なんなんだお前は⁉︎」
「ここはね、私が観察してる世界なの。アナタみたいな矮小なクズに邪魔されたくないのよね。とりあえず天界に送るわね。あとは審判を待ちなさい。この世界を自分の物にしようとした罪は…どれくらい重い刑が課せられるのかしらね」
「まさか!あんた女神さ…」
 フィティアが指を指すとリワツィは光に包まれ消えた。そこには大臣の着ていた服だけが残されていた。
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