星の軌跡の描く未来で

美月藍莉

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第1章 B-Side 紫吹蓮&深澤月那

Episode.6 「星宮琴葉 捕獲指令 I 」

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「くそ、うるさいな。静かにしろよ。」

   不安に顔を歪めながら怯えて泣き叫ぶ女性を見て、ウンザリしたような表情で少年は言った。

   身長は、男性にしては少し低めで165cmほど。
   黒髪マッシュで、顔にもまだ少し幼さの残る、まるで今時の高校生のような風貌をして高校の制服を着た少年、紫吹蓮しぶきれん

   不思議と、この女性が一体何者なのか、そういったことはなにひとつ覚えていない。記憶にない。

   ただ分かっているのは、この2022年6月23日 月曜日が、大きな分岐点になるということ。
   それは〝ここ〟に来る前の段階で分かっていた。

   だから彼は今、〝ここ〟にいるのだ。

   そしてそれに、|紫吹蓮『しぶきれん》自身、納得いっていなかった。
   なぜなら、普段であればこういったよくわからない任務を受けることはないから。意味もなく、ただの人間の女性を捕獲する為には動かないから。

    彼の中にある行動原理はただ一つ、《魔神教団》に復讐することのみなのだ。

「なのに...今僕には、この女が何者かも分からない......。ということは、何者かに記憶を操作されてるってことになるのか...?」

   記憶を操作されて目の前のこの女性が誰なのか、何者なのか認識できないとすればそれは非常に厄介だ。もしそうだとすれば、この女性すら囮である可能性もあり得るわけで。

「気に入らないな...。」

   そう言って、この30畳ほどの白い部屋の隅で鎖で拘束されている女性のトートバッグの中から、財布を取り出して中身を除く。
   金銭の他にもなにやら色んなカードが入っているが、その中でも運転免許証を手に取り、目の前の女性と比べる。

(星宮琴葉......。)

   この身分証通りなら、間違いはないはずなのだが...。

    そんなことを考えていると、この白い部屋の壁がぐにゃりと歪むのがわかる。
    その歪みはぐるぐると渦巻き始め、やがてそこが、別の空間同士を繋ぐ次元の穴となる。


「んん~おいしかった~!二郎系ラーメンはやっぱり、豚丸子だよね~!」


   なんて、能天気にその次元の穴をくぐって1人の少女が入ってくる。
   栗色の髪を肩の上まで伸ばした少女。蓮と同じ高校のブレザーを着用していて、身長は150cmほど。
   クリッとした目が特徴的な、可愛い童顔の高校生。名前は、深澤月那ふかざわるな

   そんな月那に向かって蓮は、腕を組み、ただ無言で冷ややかな目線を飛ばす。

「......レンレン!?...う、あ......ええと......違うよ!?違うの!えとえと、ちゃんとね?今から探そうと思ってたんだよ!?それになんなら帰り道探してたしね!?うん...大丈夫...大丈夫わたしサボってないもんね!............うん...!これから頑張るもんね!!!」

   なんて慌てたような口調で言う月那るな。あわあわと目線の泳ぐ月那るなに、蓮はため息をついて、言う。

「そうか。まあ、どうでもいい。星宮琴葉なら僕が既に捕獲した。」

「......え?もう!?」

「ああ。」

「えとえと...。」

「情報処理も済んでる。事故死ということになっているはずだな。」

「え...じゃあわたしの出番...。」

「ないな。上にはしっかり、深澤月那ふかざわるなはターゲット捕獲を放棄しラーメンを食べていたと報告しておくから安心しろ。」

「え、あの、ちょ、レンレンまってそれは......。」 

「うん?」

「でもね、豚丸子はね、本当に美味しいんだよ!?レンレンも食べたら絶対にジロリアンになるよ!?」

「僕は別にジロリアンになりに来てるわけじゃない。ところで月那、お前、何故この女を捕獲することになったか覚えているか?」

「んー?んとね...。」

「ああ...。お前は最初からなにも考えてないだろうな。じゃあいい。もう喋るな。」

「ひっど!!!」

   なんていう2人の仲良さげなやり取りを見て、捕獲されている琴葉は混乱する。

   自分が一体何をして、どうしてこんなわけのわからない高校生に捕まってしまっているのか。

   それに琴葉からすれば、2人の制服は見覚えのある制服だった。
   なぜなら、琴葉は2人と同じ、三浦高校出身なのだ。
   なのにその三浦高校の後輩に、何故か拉致され、この気が狂いそうなほど真っ白でなにもない30畳ほどの部屋で、鎖で拘束されている。

「なんなの......。わたしがなにを....。」

   琴葉が震える声音でそう言うとそれを遮るように

「黙れ。僕もイライラしてる。必要な情報があれば僕から聞く。それまでは喋るな。喋ったら殺す。動いても殺す。変な様子を見せても殺す。聞いたことに答えなければ殺す。いい?」

   なんていう蓮の超極悪人発言に、琴葉はもう、人生が終わったかのような、全てを諦めたかのような表情で瞳に涙を溜めて、何も言わなくなる。
   それを月那は気にもせず、鎖で両手両足を縛られてうつ伏せで寝かされている琴葉を、しゃがんで覗き込む。

「でもでも、この人どうするのー?っていうかただの人間だよねー?なんで《LOVERS》はこの人の捕獲をわたしらに命じたんだっけ?」

「ああ。それが問題。この女が何者なのかが分からない。ただの人間でしかない。もちろん、依頼を受けた時はそれなりに僕が動く動機もあったはずなんだけど、その記憶が無い。多分、何者かに意識を弄られている可能性がある。」

「ふむふむ。」

「まあお前は理解しなくていいから、とりあえず僕の頭を覗いて変な術がかかってたら解術しろ。」

   と、蓮は自分の頭を指差してそう言うと、月那はオッケーと軽く返事をして、彼の頭に手を添える。

   そしてそのまま数秒目を瞑り、しばらくの間、沈黙が流れる。

「どうだ?」

「ううん。かかってないよ。」

「そんなはずないだろうが。もう一回ちゃんとよく」
   そう、言いかけた時だった

   この30畳ほどの、何もない真っ白な部屋の空間が歪み始める。そしてそれに2人は目を合わせた。

「結界が...!」
   月那が言う。

「ああ、侵入者だ。下がるぞ!」
   2人はその次元の歪みから距離をとる。

   この部屋は《LOVERS》が特殊な結界を張り巡らせた、いわば隔離空間。
   この空間に出入りするには蓮や月那のように、専用の魔術珠が必要だ。
   だが、この侵入者はその結界を無理矢理に破壊してこの部屋に入り込んできた。

「わわわわわ!!!レンレンやばいよ!!!結界が壊され......!!!」

「クソ......一体どこのどいつだ.....。」

   次元の穴から出てきたのは、恐らく人間ではなかった。
   
   身長は蓮とほぼ変わらない165cm前後で、腰まで伸ばしたブロンドの髪に、焼けた褐色の肌。
   暗い黒紫色のコウモリの翼のようなものを背中から生やし、頭からは翼と同じ色のツノが生えている。
    見た感じの年齢は恐らく、18歳前後。

   そしてそれを蓮は知っていた。魔界に棲む、サキュバス族の悪魔だ。

「なるほどな...じゃあやはりこの任務には《魔神教団》が絡んでいるというわけか...。」
   蓮はその侵入してきた悪魔を見て、少し不敵な笑みを口元に浮かべて、そう呟いた。
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