- Mix blood -

久悟

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第二章 リーベン島編

三人の英雄 2

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 それから十年。
 フドウ兄さんが編み出した練気術は、龍族の戦い方を根底から覆した。
 刀は本来の斬れ味を遥かに増し、鋼鉄すら紙のように断ち切る刃となった。治療術と強化術は戦場で散るはずだった命を繋ぎ止めるだろう。守護術はより強固な壁となり、遁術は少ない魔力で絶大な威力を発揮するようになった。
 個人の戦闘能力が飛躍的に向上したことで、高ランクの魔物の素材調達も容易になり、およそ五年で全ての戦士の武具は一新された。

「龍王様、鬼族に不穏な動きがあります」

 斥候からの報告が、父の元にもたらされた。今年で、休戦協定が結ばれてからちょうど百年。大陸に再び戦火の匂いが立ち込めていた。

 我が龍国は大陸の左下。東に位置する仙神国とは、南北に伸びる『パラメオント山脈』で隔てられている。そのためか、龍族と仙族は比較的友好な関係にあった。
 我々の主な敵は、北の鬼族。そして仙族は、魔族と睨み合っている。

 鬼族は、我々龍族よりも遥かに巨大な種族だ。屈強な龍族の男二人分はあろうかという巨躯に、額から突き出た角が特徴的。その異常なまでの膂力と体力に、龍族は長年苦しめられてきた。
 だが、それも今日までの話。
 龍族の反撃が、今、始まろうとしていた。

 ◆◆◆

「鬼族との決戦はいつも通り、北の湖と山脈の間の平地になるはずだよ! 一度押されたふりをして引いてみな。あの単純なバカ共は、勢いづいて進軍するだろうね。それを伏兵で叩く! そんな初歩的な戦法でと笑うかい? 初歩的な戦法だからこそ、奴らは舐めて掛かってくる! 悪いけど、そこまで念入りに作戦練らなくても、練気術を隠してる私達の圧勝だよ。皆! 蹴散らしてやりな!」

 母の檄が、兵士たちの心を奮い立たせる。さらに、父が皆に想いを伝えた。

「儂から皆に伝える事は唯一つだ。死ぬな! 練気術で生まれ変わった守護術と強化術で、鬼族共の攻撃は防げるであろう。負傷しても治療術で元通りだ。我々の刀の斬れ味は以前とは比べ物にならぬ。これは命令だ! 誰一人として死ぬことは許さぬ! 必ずここに戻れ!」

『オォォ――ッ!!』

 地鳴りのような雄叫びが、天を衝く。
 ここにいる誰もが、練気術を駆使した全ての術を扱える。空を駆ける者さえいる。父の「誰も失いたくない」という強い想いが、この軍勢を作り上げたのだ。
 総大将は、父・龍王クリカラ。参謀は、母・リンファ。
 リンドウ兄さん率いる先鋒隊が鬼族と交戦し、一時退却。そこを、フドウ兄さんとメイリン姉さん率いる伏兵が両翼から叩く。単純明快だが、今の我々にはそれで十分だった。

 そして、私にとっての初陣。私はリンドウ兄さんの先鋒隊の一員として、今、戦場に向かっている。

「よし、迎え討つぞ! 進め!」

 総大将の号令一下、先鋒隊が進軍を開始した。

 遥か前方に、土煙を上げて進軍してくる鬼族の軍勢が見える。話に聞いていた以上だ。男も女も、とにかくでかい。額の角は一本の者や二本の者、髪の色も様々で、肌は浅黒い。
 その武器は、巨大な金棒、大斧、刺股さすまた、薙刀。どれも人の身で扱えるとは思えない代物だ。
 敵の先頭に、一際巨大な影が見えた。それを見たリンドウ兄さんが、忌々しげに舌打ちする。

「おいおい……そりゃ無いっしょ……敵さんの総大将が先陣切ってる……」

 鬼王きおうイバラキ。その威圧感は、遠目からでも龍族軍を怯ませた。

『よしお前らァ! 身体強化だ! 死ぬなよォー!』

 兄さんの怒号が、開戦の合図となった。
 両軍が激突する。しかし、恐るべきは鬼王イバラキ。その巨躯から繰り出される金棒の一撃は、大地を揺るがし、強化された守護術ごと味方を木の葉のように吹き飛ばした。轟音と共に土煙が舞い上がり、悲鳴が響き渡る。

『守護術 堅牢・じん

 リンドウ兄さんは即座に、隊全体を覆う巨大な守護術を展開した。何重にも重なった障壁が、分厚い光の壁となってイバラキの猛攻を防ぐ。

「防戦一方になってる場合じゃ無いっしょ! 俺が守るから攻撃に転じろォ!」

 兄さんの声に、攻撃役が一斉に前に出る。私達、回復役は負傷した仲間の元へ駆け寄り、治療術を施していく。だが、手遅れの仲間もいた。鬼王の一撃は、練気で強化された守護術すら貫いたのだ。

 リンドウ兄さんの奮戦で、なんとか戦線を押し返す。だが、イバラキ率いる敵先鋒隊の勢いは凄まじく、じりじりと後退を余儀なくされた。

「だめだァ! 引けェー!」

 リンドウ兄さんが殿しんがりとなり、我々は退却を開始した。鬼王の隊は、勝ち誇ったようにそれを追撃してくる。

 母の作戦通り。
 湖の茂みと山脈の麓。そこに潜んでいたフドウ隊とメイリン隊が、突撃してくる鬼王の隊の側面に牙を剥いた。挟撃だ。同時に、退却していた我々リンドウ隊も反転し、攻撃に転じる。

「流石は猪王だなぁ、イバラキ殿ぉ!」
「くそっ、フドォー! 駄目だぁ! 全軍、引けぇー!」

 三方からの猛攻に、鬼王イバラキを先頭とした鬼族の隊は大混乱に陥った。こうなれば軍は脆い。
 練気で強化された龍族の刃が、次々と鬼族の分厚い防具を紙のように切り裂いていく。治療術で傷を癒し、強化術で力を増幅させ、遁術で敵を翻弄する。もはや、以前の龍族ではなかった。

「逃さねぇぞ、イバラキ殿ォ!」

 フドウ兄さんが、練気を極限まで纏った刀で鬼王に斬りかかる。強化された兄さんの動きは、巨体のイバラキには捉えられない。
 一閃。閃光が走り、鬼王イバラキの左腕が鮮血と共に宙を舞った。

「クソぉ! オメェらオラを守れェ!」

 腕を斬り落とされた鬼王は、配下の者たちに守られながら退却を始める。

「絶対逃がすなよ! こんな好機は二度と来ねぇぞ!」

 フドウ兄さんの号令一下、我々は追撃する。しかし、王を守ろうとする鬼族の抵抗は凄まじかった。
 
 半数以上の犠牲を払いながらも、鬼王イバラキは戦場から離脱した。

「くそぉ、逃した……」
「まぁでも、大勝だ。これ以上望むのは贅沢っしょ」
「戦死者は出てしまいましたね。父様が悲しむ……」

 メイリン姉さんの言葉に、私の胸も痛んだ。
 それでも、我々は鬼王イバラキの左腕を手土産に、意気揚々と帰陣したのだった。
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