- Mix blood -

久悟

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第四章 魔人の過去編

鬼国陥落

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 戦場に立っているのは、もう鬼王イバラキと参謀キドウの二人だけだった。
 かつては栄華を誇った王と側近が、血と煤にまみれて孤立している。

「国が傾いた元凶二人が残ったのぉ。国の外にはお前らの部下たちが数万とおると言うのに、誰一人として助けに来ん。……何故か分かるか?」

 ベンケイが静かに問いかける。

「……しっ、知るか! 何故だ! 何故誰も助けに来ん!」
「こうなってもまだ分からんのか……救いようのない奴らじゃ。お前らは部下を肉壁くらいにしか思うとらんじゃろ。誰がそんな王を命懸けで助けたいと思う。考えたら分かるじゃろうに、お前らは終わりじゃよ」

 ベンケイは無慈悲に告げると、薙刀を水平に構えた。

『薙刀術 水車みずぐるま

 老体とは思えぬ神速の一閃。
 キドウは反応すら出来なかった。目を見開いたまま、腰から上が左右対称にズレ落ち、どうと地に倒れた。
 呆気ない幕切れね。

「テン、お前の出番じゃ」
「あぁ、五百年分の恨み、ぶつけてくるよ」

 テンがゆっくりと歩み出る。
 イバラキは引き攣った顔で小刻みに震えながら、後退りをした。

「なぁ……ベンケイ、昔からのオメェとオラの仲じゃねぇかぁ。何でこんなことすんだよぉ」

 命乞いかしら。見苦しいわね。

「ワシを陥れて追い出したのは誰じゃ。今更くだらん事を言うな。最後くらいは一国の王らしく散ったらどうじゃ。心配するな、お前の相手は一人じゃ」
「……クッソォ! このチビだけでオラに勝てるだとぉ!? 舐めやがってぇ!」

 追い詰められた鼠が猫を噛むように、イバラキは巨大な金棒を構えた。いや、大きさ的には逆ね。鼠に追い詰められたのは猫だ。

 龍族との大戦で左腕を失っているとはいえ、その怪力は腐っても鬼王といったところか。

 巨体がテンに襲いかかる。金棒が空を裂く音が響く。けど、当たらなければ意味がない。
 イバラキの金棒は虚しく空を切り、テンの姿を見失った。

「遅すぎるぞイバラキ。あんた、武芸の修練してなかっただろ。誰がこんなに弱い奴に従うんだよ。昔はあんたの強さに皆がついて来てたんだろ? 爺さんが言ってたよ」

 テンがイバラキの背後に立ち、冷たく言い放つ。

「……うるせぇ! 王の命令に従うのは当然だろぉ!? なんでオラが下っ端を守るために鍛えなきゃならねえんだぁ!」
「……救えない愚王だな。もういいよ」

 テンは呆れ顔で薙刀を中段に構えた。

『薙刀術 腰車こしぐるま

 遠心力に、テンのスピードが乗った横薙ぎの斬撃。
 銀閃が走り、イバラキの両脚を太腿の付け根から断ち切った。

 自分の闘気による防御を過信していたのでしょうね。何が起きたのか分からないといった顔で、イバラキは宙に浮き、そして地面に尻もちをついた。

「グアァァ――ッ! あっ……脚がぁ……」
「小鬼族と蔑んだ奴から見下ろされる気分はどうだ?」
「なっ……なんでオラが斬れる!?」
「さっきも言っただろ、武芸の修練を怠ってたあんたに、昔程の強さはねぇよ」

 テンがとどめを刺すべく薙刀を振り上げる。

「……ま、待ってくれぇ!」
「始祖四王が命乞いなんてやめてくれよ。じゃぁな」
 
『薙刀術 風車かざぐるま

 テンの頭上で薙刀が旋回し、風を呼ぶ。
 その回転の勢いそのままに、刃がイバラキの首を捉えた。

 ゴロリ。
 二千年以上に渡り、鬼国を恐怖で支配してきた王の首が飛んだ。
 拍子抜けするほど呆気ない最期だった。

「鬼王の名の上に胡座あぐらをかいてた報いね。どう? 両親の仇を討った感想は」
「……虚しいな。こんなクズを殺したところで気は晴れねぇ、父ちゃんも母ちゃんも帰ってこねぇ」
「復讐なんぞそんなもんじゃろ。果たした所で元に戻る訳では無い。……良し、勝鬨かちどきを上げるのはお前じゃ」

 ベンケイに促され、テンは一度うつむき、そして薙刀の切っ先を天に突き上げた。
 
『鬼王イバラキを討ち取ったぞぉー! オラ達の勝利だぁー!』

『オオォーッ!!』

 燃え盛る城を背に、勝利の雄叫びが上がる。
 テンは両親であるスズカとオーステンの仇を取った。勝鬨を上げたその瞳が、炎の照り返しで光っていた。

 
 ◆◆◆

 
 鬼国は落ちた。
 愚王とその側近は一人残らず死んだ。指導者を失った鬼国の民がこれからどう暮らすかなんて、ワタシ達の知ったことじゃない。

 戦勝ムードのまま、ワタシ達は直ぐに村に向けて引き返した。
 翌朝には村に到着する。

「皆! 疲れているだろう! 勝利の宴は晩じゃ! 昼過ぎまではゆっくり休んでくれ!」
 
 ベンケイの号令で解散となる。
 夜は村を上げて宴をするそうだ。昼過ぎから皆でその準備をする手はずになっている。

「はぁ、流石に疲れたわね。寝る前に汗を流したいわ」
「あぁ、同感だ。爺さんの屋敷の風呂にお邪魔しよう」

 ベンケイの屋敷には大きな木製の浴場がある。男達はそこで汗を流すことになったけど、ワタシとサランは遠慮して、他の家の風呂を使わせてもらうことにした。
 さっぱりとした後、それぞれの割り当てられた屋敷で泥のように眠った。

 目覚めると、窓から眩い日差しが差し込んでいた。昨日の昼から何も食べていない。強烈な空腹感で目が覚めた。
 隣で寝ていたサランも、ワタシが起きる気配を感じて身を起こした。狩猟者ハンターの習性ね、物音がすれば目が覚める。

「おはよう、サラン。おはようじゃないわね、もうお昼よ」
「そうですわね、とにかくお腹がすきましたわ……」

 身支度を整えて外に出ると、村人たちがせっせと宴会の準備をしている。

「おぉ、二人とも起きたか! 腹が減っただろう、握り飯を食え!」

 サンキチが大きなざるを持って駆け寄ってきた。
 一日ぶりの食事を受け取る。具も入っていない、ただの塩むすびだ。

「あぁ、塩がきいてて美味しいわね……今は何を食べてもご馳走だわ」
「えぇ、これくらいにしておいて、夜のためにお腹を空かせておきたいですわね」

 ベンケイの屋敷の前は広場になっている。
 鬼国を攻める時にも集まった場所だ。村を上げて宴会をするなんて、ここが出来てから初めての事みたい。
 テンとその両親の犠牲の上に成り立った平和だったから、これまで宴会をする気にもなれなかったんでしょうね。

 けど今は違う。テンは無事に戻り、スズカとオーステンの無念は晴らされた。皆の表情は憑き物が落ちたように生き生きしている。

 日が落ちると、所々に明松たいまつが灯された。
 テーブルには獣や魔物の肉料理、焼いた川魚なんかが所狭しと並んでいる。いつも通り簡素な料理だけど、勝利の美酒と空腹という最高のスパイスがある。
 シュエンが買い込んできた調味料の数々は、もう既に使い果たしてしまっているらしい。
 濃い味付けが恋しいけれど、皆、口には出さずに素朴な味を噛み締めている。
 
 宴の夜は、まだ始まったばかりだわ。
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