- Mix blood -

久悟

文字の大きさ
259 / 260
終章 勝ち取った平和

婚礼の儀

 昨日の大盛り上がりの熱が、まだ身体の芯に残っているような感覚で朝を迎えた。
 二日酔いこそないが、心地よい気だるさが四肢に纏わりついている。祭りの後の静けさというやつか。

 エマは店をジェニーたちに任せて、半月の休みを取った。こんなに長く休むのは、店を持ってから初めてのことだろう。
 ここには二日宿泊して里に帰ろうと約束していたけど、もう一日長く言っておけばよかったと、少し後悔している。

「エマ、どうせ今日は移動だけだ。メイクはそこそこでいいぞ? 飛んでる最中に崩れるかもしれないし」
「だーめ。そういう訳にはいかないよ。里の皆様と会うんだから、最初が肝心なの!」

 鏡の前で真剣な表情を作るエマ。
 エマの『聯気れんき』の精度も大したもンだ。レトルコメルスからリーベン島へは、今のオレたちなら野営の必要はない。

 エマは早起きからの入念な準備を終え、オレたちは皆が泊まっているホテルに向かった。
 ちなみに、ロンはユリアンと共に、レトルコメルスで休暇を過ごすようだ。ニナとの初デートもあるだろう。若い二人はそっとしておくのが一番だ。

 ホテルのロビーに入り、ふかふかのソファに深く腰掛ける。
 さすがは贔屓にしている高級ホテルだ。オレの顔を覚えていたらしく、何も言わずとも人数分のコーヒーを用意してくれた。香ばしい香りが眠気を覚ましてくれる。

「おはよう二人とも。よく起きれたね、ユーゴ」

 トーマスが爽やかな笑顔で現れた。隣には少し眠そうなジュリアもいる。

「あぁ、体調は万全じゃないけどな……飲みすぎた」
「無理なら僕がおぶっていくよ?」
「遠慮しとくよ。……トーマスの世話にはならないようにしないとな……」

 軽口を叩き合いながら、オレたちはホテルを出た。

 東門から出て、遥か東の海上にあるリーベン島を目指す。
 エマは修練を欠かさなかったようだ。安定した飛行で、遅れることなくついてくる。
 
 眼下に広がる大海原。風を切り裂き、早朝に出たオレたちは、夕日が水平線に沈みかける頃、懐かしの故郷・リーベン島に到着した。

 独特の湿気を含んだ島の空気を胸いっぱいに吸い込む。帰ってきた。

 まずは戻った事を里長に報告に行こう。
 魔力探知……執務室だな。

 屋敷の奥へ進み、襖をノックして中に入る。

「里長、戻りました」
「おぉ、早かったの。エマも久しぶりだ、ゆっくりして行くといい」

 里長が書類から顔を上げ、好々爺の笑みを浮かべる。

「はい! ありがとうございます」

 エマが緊張した面持ちで深々と頭を下げる。
 今日帰ってきたのは、ただの帰省じゃない。一番重要な報告がある。

「里長。……報告があります。オレ、エマと一緒になる事にしました」

 オレは居住まいを正して告げた。

「レトルコメルスに居を構えます。ここにはすぐに帰って来られる距離ですし、有事の際はすぐに駆けつけます」
  
 里長は目を細め、満足げに頷いた。

「左様であるか。それはめでたい。また一段落してから、島でも婚礼の席を設けるのも良かろう。王都での祝勝会までは特に何も無い。ゆっくり羽を伸ばすが良い」

 温かい言葉をもらい、屋敷を後にする。
 緊張が解けたのか、エマのお腹が可愛らしく鳴った。

「さて、夕飯を考えようか」
「なから屋ですき焼き食べないか? こないだ食べて忘れられないんだ!」

 ジュリアが提案する。

「いいね! 私もすき焼き大好き!」

 エマも賛同し、満場一致で決定だ。
 そのままの足で、里の名店『なから屋』に向かう。

 座敷に上がり、鍋を囲む。
 ジュウウゥ……という音と共に、甘辛い香りが部屋に充満する。
 ここの秘伝の割り下は絶品だ。サシの入った『牛鬼ギュウキ』の肩肉をさっと煮て、溶き卵にくぐらせて口に運ぶ。
 ……とろける。

「ほんと、僕達が作るのと何が違うんだろうね……美味しすぎない、ここ」

 トーマスが悔しそうに唸る。

「そうだよな。レシピ盗みにバイトしたいくらいだ」

 女性三人はそんな料理人の苦悩など関係なく、幸せそうな笑顔で肉を頬張っている。
 里にも大陸からビールが輸入され始めたのはここ数年の話だ。輸送費で少し割高にはなるが、この濃厚なすき焼きにも、冷えたビールが最高に合う。

 腹いっぱいすき焼きと酒を楽しみ、店を出た。
 エミリーはメイファさんの屋敷へ帰って行った。トーマスとジュリアも自分たちの家へ。

「さぁ、オレ達は父さんの屋敷に行こう」
「うん……ただ遊びに来たわけじゃないもんね……緊張するなぁ」

 エマが深呼吸をする。

「いや、もう何度も会ってるんだ、今更緊張もないだろ……」

 リーベン島の中心部、里長の屋敷の広大な敷地内にある両親の屋敷。
 オレが一人で過ごした一年間が、随分昔のことのように感じる。あの時は、一人では広すぎて寂しかった屋敷だ。

「ただいまー」
「あら、おかえりなさい! エマちゃんいらっしゃい!」

 玄関を開けると、母さんが走って出迎えてくれた。

「お邪魔します!」

 奥の居間では、父さんがどっしりと座って酒を飲んでいる。

「おかえり。エマさんも一緒か。どうだ? こっちに来て一杯やろう」
「じゃあ私は布団の用意をしてこようかな!」
「あ、いえ! 私がしますよお義母さん!」

 エマが慌てて母さんを止める。
 もうすっかり嫁と姑だ。仲がいいのは本当にありがたい。

 父さんと吟醸酒を楽しんでいると、布団の準備を終えた二人が楽しそうに戻ってきた。
 今だ。

「なぁ、父さん、母さん。……オレ達、一緒になる事にしたよ」

 二人が顔を見合わせ、ぱぁっと表情を輝かせた。

「ホントに!? やったぁ! エマちゃんみたいな可愛いお嫁さんなら大歓迎だよ!」
「そうか、それはめでたいな! ユーゴには勿体ないくらいだ。皆で乾杯しよう」

 祝福の言葉と共に、再び杯を交わす。
 すでにエマの緊張はどこかへ行ってしまっているようだ。皆で乾杯し、新しい家族が増える喜びを分かち合う。

「これからはレトルコメルスに住もうと思ってるんだけど、いいか?」
「あぁ、お前達がしたいようにすればいい。場所なんて関係ないさ」
「そうよ。私達もまた旅に出るかもしれないしね。ねぇシュエン?」
「そうだな。俺達は退屈が嫌いだからな。それも楽しいかもな」

 笑い声が飛び交う家族の団欒。
 早くに両親を亡くしたエマは、この温かい時間を心底楽しんでいるように見える。その横顔を見て、オレも幸せな気持ちになった。

「ねぇねぇ、私達はゴルドホークでパーティーしたけど、この里の結婚式ってどんな感じなの?」

 母さんが興味津々で聞いてくる。

「そうだな。男は『はかま』、女は『色打掛いろうちかけ』という着物を身につけて、親族や仲のいい皆を呼んで宴会するのが習わしだな」
「へぇ! 素敵! じゃあしようよ!」

 母さんが身を乗り出した。

「エマちゃん、どれくらいここにいるの?」
「とりあえず半月は休みをもらってますけど……」
「じゃあ一週間後ね! 私が準備する! 全部任せて!」
「えっ! そ、そんな大変なことおまかせ出来ませんよ!」
「いいっていいって! 正直好きなの、こういうイベント事!」
「じゃあ、着物はミオンに頼もうか。俺も手伝おう」

 父さんも乗り気だ。

「なんか……悪いな」
「何言ってるのよ。息子の晴れ舞台よ? 親孝行だと思って甘えなさい」

 母さんは言い出したら聞かない。ここは甘えるのが正解か……。

 その後、風呂は軽く済ませ、二人で布団に入った。
 静かな夜。虫の声だけが聞こえる。

「あぁ、楽しかった……。私にも、両親ができたんだね」

 エマがしみじみと呟く。

「あぁ。これからいつでも来れるぞ。……でも、大陸の結婚式に憧れはないのか? 母さん一人ではしゃいでたけど、エマの希望も聞かないと……」
「『キモノ』っていうの? すごく興味あるんだよね。大陸のドレスも素敵だけど、こっちの文化にも触れてみたいの」

 エマがオレの方を向いて微笑む。

「ジェニーが向こうでもパーティー準備してくれるみたいなの。楽しい事はいっぱいあった方が良いじゃない? お義母さんにはお手間かけるけど、すっごく楽しみ!」
「そうか。じゃあ、向こうに帰ったらドレスも選ぼうな」
 
 少し話していると、安心したのかエマがすうすうと寝息を立て始めた。
 オレは掛け布団をかけ直し、彼女の髪を撫でた。
 
 オレも寝よう。おやすみ、エマ。

 
 ◇◇◇

 
 一週間後。
 晴れ渡る空の下、オレとエマは呉服屋の奥でミオンさんに着付けをして貰っていた。
 オレの紋付袴姿はすぐに終わったが、エマは三人がかりでの大仕事だ。
 待つこと一時間。

 襖が開き、ミオンさんに手を引かれてエマが出てきた。

「どう……? 似合うかな?」

 オレは息を呑んだ。
 鮮やかな朱色を基調とし、金糸で鳳凰や牡丹の刺繍が施された豪華絢爛な『色打掛いろうちかけ』。髪は結い上げられ、かんざしが揺れる。
 いつものドレス姿とは全く違う、凛とした美しさ。

「おぉ……綺麗だな……。言葉を失うってのは、こういう事か」
「ふふ、ありがとう。綺麗だけど……重いし、動きにくいね。我慢しなきゃ」

 会場は、里長の屋敷の大宴会場だ。
 里長以下親族達と、トーマスやエミリーなど、オレ達と交流のある人達が集まっている。

 襖の前に二人で並ぶ。心臓が高鳴る。

「なんか、緊張するね……」
「あぁ。今から何がどうなるのかも、詳しく知らないもんな……」

 合図があり、襖が静かに開かれた。
 中から漏れる光。
 お膳の前に座った皆の視線が、一斉にこちらに注がれる。

 エマの息を呑むような美しさに、皆から感嘆の声が上がり、やがて温かく大きな拍手が沸き起こった。

 上座の少し高くなった場所に並んだ二つの膳。そこに並んで座る。
 目の前には、三つの盃。
 『夫婦杯めおとさかずき』。
 同じ杯の酒を飲み交わし、苦楽を共にする夫婦の契りを結ぶ儀式だ。
 厳かな空気の中、オレたちは交互に杯を口にし、契りを交わした。

 皆の前で夫婦となる事を誓い、里長の音頭で宴会が始まった。
 緊張が解け、数々の祝福の声が飛び交う。
 気心知れた仲間との一時。美味しい料理と酒。
 誰もが笑顔で、幸せに満ちた空間。

 母さんが、涙ぐみながら料理を運んでくる。

「母さん、ありがとな。最高の式だよ」
「良いのよ! 私が一番楽しんだかもね。……エマちゃん、本当に綺麗よ」
「ありがとうございます、お義母さん!」

 楽しい時間は一瞬で過ぎ去る。
 重い打掛から動きやすい平服に着替えた後も、宴会は夜更けまで続き、オレたちの新たな門出を祝い続けてくれた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さびれたレンタル道具屋の転生おっさん、道具の使い方を教えまくる。~客のS級冒険者が俺を歴戦の英雄と勘違いして弟子入りを求めてくるんだが~

遥風 かずら
ファンタジー
前世で過労死した久世織人が目を覚ますとそこは異世界の王都、しかも古道具屋の跡取り息子として転生していた。アクセル・リオットとして成長した彼は荷物持ちとして冒険者パーティーに同行、その道中に【無限収納】スキルを開花させる。 パーティー活動から離脱後、四十歳となったアクセルは前世の記憶を思い出し、儲かりそうという考えで道具レンタル屋を始めていた。客足もなく店がさびれる中、道具の使い方が出来てない冒険者によって治安の乱れや魔物討伐の失敗が続いているという話を常連客から聞かされる。あらゆる道具に精通するアクセルは客の冒険者に使い方を教えに行くことを思い立つ。 アクセルの教えにより、やがてS級冒険者や聖女、王女までも勘違いして彼の元には次々と弟子入りを求める者が現れていくのだった。

国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版

カバタ山
ファンタジー
信長以前の戦国時代の畿内。 そこでは「両細川の乱」と呼ばれる、細川京兆家を巡る同族の血で血を洗う争いが続いていた。 勝者は細川 氏綱か? それとも三好 長慶か? いや、本当の勝者は陸の孤島とも言われる土佐国安芸の地に生を受けた現代からの転生者であった。 史実通りならば土佐の出来人、長宗我部 元親に踏み台とされる武将「安芸 国虎」。 運命に立ち向かわんと足掻いた結果、土佐は勿論西日本を席巻する勢力へと成り上がる。 もう一人の転生者、安田 親信がその偉業を裏から支えていた。 明日にも楽隠居をしたいと借金返済のために商いに精を出す安芸 国虎と、安芸 国虎に天下を取らせたいと暗躍する安田 親信。 結果、多くの人を巻き込み、人生を狂わせ、後へは引けない所へ引き摺られていく。 この話はそんな奇妙なコメディである。 設定はガバガバです。間違って書いている箇所もあるかも知れません。 特に序盤は有名武将は登場しません。 不定期更新。合間に書く作品なので更新は遅いです。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。