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終章 勝ち取った平和
婚礼の儀
昨日の大盛り上がりの熱が、まだ身体の芯に残っているような感覚で朝を迎えた。
二日酔いこそないが、心地よい気だるさが四肢に纏わりついている。祭りの後の静けさというやつか。
エマは店をジェニーたちに任せて、半月の休みを取った。こんなに長く休むのは、店を持ってから初めてのことだろう。
ここには二日宿泊して里に帰ろうと約束していたけど、もう一日長く言っておけばよかったと、少し後悔している。
「エマ、どうせ今日は移動だけだ。メイクはそこそこでいいぞ? 飛んでる最中に崩れるかもしれないし」
「だーめ。そういう訳にはいかないよ。里の皆様と会うんだから、最初が肝心なの!」
鏡の前で真剣な表情を作るエマ。
エマの『聯気』の精度も大したもンだ。レトルコメルスからリーベン島へは、今のオレたちなら野営の必要はない。
エマは早起きからの入念な準備を終え、オレたちは皆が泊まっているホテルに向かった。
ちなみに、ロンはユリアンと共に、レトルコメルスで休暇を過ごすようだ。ニナとの初デートもあるだろう。若い二人はそっとしておくのが一番だ。
ホテルのロビーに入り、ふかふかのソファに深く腰掛ける。
さすがは贔屓にしている高級ホテルだ。オレの顔を覚えていたらしく、何も言わずとも人数分のコーヒーを用意してくれた。香ばしい香りが眠気を覚ましてくれる。
「おはよう二人とも。よく起きれたね、ユーゴ」
トーマスが爽やかな笑顔で現れた。隣には少し眠そうなジュリアもいる。
「あぁ、体調は万全じゃないけどな……飲みすぎた」
「無理なら僕がおぶっていくよ?」
「遠慮しとくよ。……トーマスの世話にはならないようにしないとな……」
軽口を叩き合いながら、オレたちはホテルを出た。
東門から出て、遥か東の海上にあるリーベン島を目指す。
エマは修練を欠かさなかったようだ。安定した飛行で、遅れることなくついてくる。
眼下に広がる大海原。風を切り裂き、早朝に出たオレたちは、夕日が水平線に沈みかける頃、懐かしの故郷・リーベン島に到着した。
独特の湿気を含んだ島の空気を胸いっぱいに吸い込む。帰ってきた。
まずは戻った事を里長に報告に行こう。
魔力探知……執務室だな。
屋敷の奥へ進み、襖をノックして中に入る。
「里長、戻りました」
「おぉ、早かったの。エマも久しぶりだ、ゆっくりして行くといい」
里長が書類から顔を上げ、好々爺の笑みを浮かべる。
「はい! ありがとうございます」
エマが緊張した面持ちで深々と頭を下げる。
今日帰ってきたのは、ただの帰省じゃない。一番重要な報告がある。
「里長。……報告があります。オレ、エマと一緒になる事にしました」
オレは居住まいを正して告げた。
「レトルコメルスに居を構えます。ここにはすぐに帰って来られる距離ですし、有事の際はすぐに駆けつけます」
里長は目を細め、満足げに頷いた。
「左様であるか。それはめでたい。また一段落してから、島でも婚礼の席を設けるのも良かろう。王都での祝勝会までは特に何も無い。ゆっくり羽を伸ばすが良い」
温かい言葉をもらい、屋敷を後にする。
緊張が解けたのか、エマのお腹が可愛らしく鳴った。
「さて、夕飯を考えようか」
「なから屋ですき焼き食べないか? こないだ食べて忘れられないんだ!」
ジュリアが提案する。
「いいね! 私もすき焼き大好き!」
エマも賛同し、満場一致で決定だ。
そのままの足で、里の名店『なから屋』に向かう。
座敷に上がり、鍋を囲む。
ジュウウゥ……という音と共に、甘辛い香りが部屋に充満する。
ここの秘伝の割り下は絶品だ。サシの入った『牛鬼』の肩肉をさっと煮て、溶き卵にくぐらせて口に運ぶ。
……とろける。
「ほんと、僕達が作るのと何が違うんだろうね……美味しすぎない、ここ」
トーマスが悔しそうに唸る。
「そうだよな。レシピ盗みにバイトしたいくらいだ」
女性三人はそんな料理人の苦悩など関係なく、幸せそうな笑顔で肉を頬張っている。
里にも大陸からビールが輸入され始めたのはここ数年の話だ。輸送費で少し割高にはなるが、この濃厚なすき焼きにも、冷えたビールが最高に合う。
腹いっぱいすき焼きと酒を楽しみ、店を出た。
エミリーはメイファさんの屋敷へ帰って行った。トーマスとジュリアも自分たちの家へ。
「さぁ、オレ達は父さんの屋敷に行こう」
「うん……ただ遊びに来たわけじゃないもんね……緊張するなぁ」
エマが深呼吸をする。
「いや、もう何度も会ってるんだ、今更緊張もないだろ……」
リーベン島の中心部、里長の屋敷の広大な敷地内にある両親の屋敷。
オレが一人で過ごした一年間が、随分昔のことのように感じる。あの時は、一人では広すぎて寂しかった屋敷だ。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい! エマちゃんいらっしゃい!」
玄関を開けると、母さんが走って出迎えてくれた。
「お邪魔します!」
奥の居間では、父さんがどっしりと座って酒を飲んでいる。
「おかえり。エマさんも一緒か。どうだ? こっちに来て一杯やろう」
「じゃあ私は布団の用意をしてこようかな!」
「あ、いえ! 私がしますよお義母さん!」
エマが慌てて母さんを止める。
もうすっかり嫁と姑だ。仲がいいのは本当にありがたい。
父さんと吟醸酒を楽しんでいると、布団の準備を終えた二人が楽しそうに戻ってきた。
今だ。
「なぁ、父さん、母さん。……オレ達、一緒になる事にしたよ」
二人が顔を見合わせ、ぱぁっと表情を輝かせた。
「ホントに!? やったぁ! エマちゃんみたいな可愛いお嫁さんなら大歓迎だよ!」
「そうか、それはめでたいな! ユーゴには勿体ないくらいだ。皆で乾杯しよう」
祝福の言葉と共に、再び杯を交わす。
すでにエマの緊張はどこかへ行ってしまっているようだ。皆で乾杯し、新しい家族が増える喜びを分かち合う。
「これからはレトルコメルスに住もうと思ってるんだけど、いいか?」
「あぁ、お前達がしたいようにすればいい。場所なんて関係ないさ」
「そうよ。私達もまた旅に出るかもしれないしね。ねぇシュエン?」
「そうだな。俺達は退屈が嫌いだからな。それも楽しいかもな」
笑い声が飛び交う家族の団欒。
早くに両親を亡くしたエマは、この温かい時間を心底楽しんでいるように見える。その横顔を見て、オレも幸せな気持ちになった。
「ねぇねぇ、私達はゴルドホークでパーティーしたけど、この里の結婚式ってどんな感じなの?」
母さんが興味津々で聞いてくる。
「そうだな。男は『袴』、女は『色打掛』という着物を身につけて、親族や仲のいい皆を呼んで宴会するのが習わしだな」
「へぇ! 素敵! じゃあしようよ!」
母さんが身を乗り出した。
「エマちゃん、どれくらいここにいるの?」
「とりあえず半月は休みをもらってますけど……」
「じゃあ一週間後ね! 私が準備する! 全部任せて!」
「えっ! そ、そんな大変なことおまかせ出来ませんよ!」
「いいっていいって! 正直好きなの、こういうイベント事!」
「じゃあ、着物はミオンに頼もうか。俺も手伝おう」
父さんも乗り気だ。
「なんか……悪いな」
「何言ってるのよ。息子の晴れ舞台よ? 親孝行だと思って甘えなさい」
母さんは言い出したら聞かない。ここは甘えるのが正解か……。
その後、風呂は軽く済ませ、二人で布団に入った。
静かな夜。虫の声だけが聞こえる。
「あぁ、楽しかった……。私にも、両親ができたんだね」
エマがしみじみと呟く。
「あぁ。これからいつでも来れるぞ。……でも、大陸の結婚式に憧れはないのか? 母さん一人ではしゃいでたけど、エマの希望も聞かないと……」
「『キモノ』っていうの? すごく興味あるんだよね。大陸のドレスも素敵だけど、こっちの文化にも触れてみたいの」
エマがオレの方を向いて微笑む。
「ジェニーが向こうでもパーティー準備してくれるみたいなの。楽しい事はいっぱいあった方が良いじゃない? お義母さんにはお手間かけるけど、すっごく楽しみ!」
「そうか。じゃあ、向こうに帰ったらドレスも選ぼうな」
少し話していると、安心したのかエマがすうすうと寝息を立て始めた。
オレは掛け布団をかけ直し、彼女の髪を撫でた。
オレも寝よう。おやすみ、エマ。
◇◇◇
一週間後。
晴れ渡る空の下、オレとエマは呉服屋の奥でミオンさんに着付けをして貰っていた。
オレの紋付袴姿はすぐに終わったが、エマは三人がかりでの大仕事だ。
待つこと一時間。
襖が開き、ミオンさんに手を引かれてエマが出てきた。
「どう……? 似合うかな?」
オレは息を呑んだ。
鮮やかな朱色を基調とし、金糸で鳳凰や牡丹の刺繍が施された豪華絢爛な『色打掛』。髪は結い上げられ、かんざしが揺れる。
いつものドレス姿とは全く違う、凛とした美しさ。
「おぉ……綺麗だな……。言葉を失うってのは、こういう事か」
「ふふ、ありがとう。綺麗だけど……重いし、動きにくいね。我慢しなきゃ」
会場は、里長の屋敷の大宴会場だ。
里長以下親族達と、トーマスやエミリーなど、オレ達と交流のある人達が集まっている。
襖の前に二人で並ぶ。心臓が高鳴る。
「なんか、緊張するね……」
「あぁ。今から何がどうなるのかも、詳しく知らないもんな……」
合図があり、襖が静かに開かれた。
中から漏れる光。
お膳の前に座った皆の視線が、一斉にこちらに注がれる。
エマの息を呑むような美しさに、皆から感嘆の声が上がり、やがて温かく大きな拍手が沸き起こった。
上座の少し高くなった場所に並んだ二つの膳。そこに並んで座る。
目の前には、三つの盃。
『夫婦杯』。
同じ杯の酒を飲み交わし、苦楽を共にする夫婦の契りを結ぶ儀式だ。
厳かな空気の中、オレたちは交互に杯を口にし、契りを交わした。
皆の前で夫婦となる事を誓い、里長の音頭で宴会が始まった。
緊張が解け、数々の祝福の声が飛び交う。
気心知れた仲間との一時。美味しい料理と酒。
誰もが笑顔で、幸せに満ちた空間。
母さんが、涙ぐみながら料理を運んでくる。
「母さん、ありがとな。最高の式だよ」
「良いのよ! 私が一番楽しんだかもね。……エマちゃん、本当に綺麗よ」
「ありがとうございます、お義母さん!」
楽しい時間は一瞬で過ぎ去る。
重い打掛から動きやすい平服に着替えた後も、宴会は夜更けまで続き、オレたちの新たな門出を祝い続けてくれた。
二日酔いこそないが、心地よい気だるさが四肢に纏わりついている。祭りの後の静けさというやつか。
エマは店をジェニーたちに任せて、半月の休みを取った。こんなに長く休むのは、店を持ってから初めてのことだろう。
ここには二日宿泊して里に帰ろうと約束していたけど、もう一日長く言っておけばよかったと、少し後悔している。
「エマ、どうせ今日は移動だけだ。メイクはそこそこでいいぞ? 飛んでる最中に崩れるかもしれないし」
「だーめ。そういう訳にはいかないよ。里の皆様と会うんだから、最初が肝心なの!」
鏡の前で真剣な表情を作るエマ。
エマの『聯気』の精度も大したもンだ。レトルコメルスからリーベン島へは、今のオレたちなら野営の必要はない。
エマは早起きからの入念な準備を終え、オレたちは皆が泊まっているホテルに向かった。
ちなみに、ロンはユリアンと共に、レトルコメルスで休暇を過ごすようだ。ニナとの初デートもあるだろう。若い二人はそっとしておくのが一番だ。
ホテルのロビーに入り、ふかふかのソファに深く腰掛ける。
さすがは贔屓にしている高級ホテルだ。オレの顔を覚えていたらしく、何も言わずとも人数分のコーヒーを用意してくれた。香ばしい香りが眠気を覚ましてくれる。
「おはよう二人とも。よく起きれたね、ユーゴ」
トーマスが爽やかな笑顔で現れた。隣には少し眠そうなジュリアもいる。
「あぁ、体調は万全じゃないけどな……飲みすぎた」
「無理なら僕がおぶっていくよ?」
「遠慮しとくよ。……トーマスの世話にはならないようにしないとな……」
軽口を叩き合いながら、オレたちはホテルを出た。
東門から出て、遥か東の海上にあるリーベン島を目指す。
エマは修練を欠かさなかったようだ。安定した飛行で、遅れることなくついてくる。
眼下に広がる大海原。風を切り裂き、早朝に出たオレたちは、夕日が水平線に沈みかける頃、懐かしの故郷・リーベン島に到着した。
独特の湿気を含んだ島の空気を胸いっぱいに吸い込む。帰ってきた。
まずは戻った事を里長に報告に行こう。
魔力探知……執務室だな。
屋敷の奥へ進み、襖をノックして中に入る。
「里長、戻りました」
「おぉ、早かったの。エマも久しぶりだ、ゆっくりして行くといい」
里長が書類から顔を上げ、好々爺の笑みを浮かべる。
「はい! ありがとうございます」
エマが緊張した面持ちで深々と頭を下げる。
今日帰ってきたのは、ただの帰省じゃない。一番重要な報告がある。
「里長。……報告があります。オレ、エマと一緒になる事にしました」
オレは居住まいを正して告げた。
「レトルコメルスに居を構えます。ここにはすぐに帰って来られる距離ですし、有事の際はすぐに駆けつけます」
里長は目を細め、満足げに頷いた。
「左様であるか。それはめでたい。また一段落してから、島でも婚礼の席を設けるのも良かろう。王都での祝勝会までは特に何も無い。ゆっくり羽を伸ばすが良い」
温かい言葉をもらい、屋敷を後にする。
緊張が解けたのか、エマのお腹が可愛らしく鳴った。
「さて、夕飯を考えようか」
「なから屋ですき焼き食べないか? こないだ食べて忘れられないんだ!」
ジュリアが提案する。
「いいね! 私もすき焼き大好き!」
エマも賛同し、満場一致で決定だ。
そのままの足で、里の名店『なから屋』に向かう。
座敷に上がり、鍋を囲む。
ジュウウゥ……という音と共に、甘辛い香りが部屋に充満する。
ここの秘伝の割り下は絶品だ。サシの入った『牛鬼』の肩肉をさっと煮て、溶き卵にくぐらせて口に運ぶ。
……とろける。
「ほんと、僕達が作るのと何が違うんだろうね……美味しすぎない、ここ」
トーマスが悔しそうに唸る。
「そうだよな。レシピ盗みにバイトしたいくらいだ」
女性三人はそんな料理人の苦悩など関係なく、幸せそうな笑顔で肉を頬張っている。
里にも大陸からビールが輸入され始めたのはここ数年の話だ。輸送費で少し割高にはなるが、この濃厚なすき焼きにも、冷えたビールが最高に合う。
腹いっぱいすき焼きと酒を楽しみ、店を出た。
エミリーはメイファさんの屋敷へ帰って行った。トーマスとジュリアも自分たちの家へ。
「さぁ、オレ達は父さんの屋敷に行こう」
「うん……ただ遊びに来たわけじゃないもんね……緊張するなぁ」
エマが深呼吸をする。
「いや、もう何度も会ってるんだ、今更緊張もないだろ……」
リーベン島の中心部、里長の屋敷の広大な敷地内にある両親の屋敷。
オレが一人で過ごした一年間が、随分昔のことのように感じる。あの時は、一人では広すぎて寂しかった屋敷だ。
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい! エマちゃんいらっしゃい!」
玄関を開けると、母さんが走って出迎えてくれた。
「お邪魔します!」
奥の居間では、父さんがどっしりと座って酒を飲んでいる。
「おかえり。エマさんも一緒か。どうだ? こっちに来て一杯やろう」
「じゃあ私は布団の用意をしてこようかな!」
「あ、いえ! 私がしますよお義母さん!」
エマが慌てて母さんを止める。
もうすっかり嫁と姑だ。仲がいいのは本当にありがたい。
父さんと吟醸酒を楽しんでいると、布団の準備を終えた二人が楽しそうに戻ってきた。
今だ。
「なぁ、父さん、母さん。……オレ達、一緒になる事にしたよ」
二人が顔を見合わせ、ぱぁっと表情を輝かせた。
「ホントに!? やったぁ! エマちゃんみたいな可愛いお嫁さんなら大歓迎だよ!」
「そうか、それはめでたいな! ユーゴには勿体ないくらいだ。皆で乾杯しよう」
祝福の言葉と共に、再び杯を交わす。
すでにエマの緊張はどこかへ行ってしまっているようだ。皆で乾杯し、新しい家族が増える喜びを分かち合う。
「これからはレトルコメルスに住もうと思ってるんだけど、いいか?」
「あぁ、お前達がしたいようにすればいい。場所なんて関係ないさ」
「そうよ。私達もまた旅に出るかもしれないしね。ねぇシュエン?」
「そうだな。俺達は退屈が嫌いだからな。それも楽しいかもな」
笑い声が飛び交う家族の団欒。
早くに両親を亡くしたエマは、この温かい時間を心底楽しんでいるように見える。その横顔を見て、オレも幸せな気持ちになった。
「ねぇねぇ、私達はゴルドホークでパーティーしたけど、この里の結婚式ってどんな感じなの?」
母さんが興味津々で聞いてくる。
「そうだな。男は『袴』、女は『色打掛』という着物を身につけて、親族や仲のいい皆を呼んで宴会するのが習わしだな」
「へぇ! 素敵! じゃあしようよ!」
母さんが身を乗り出した。
「エマちゃん、どれくらいここにいるの?」
「とりあえず半月は休みをもらってますけど……」
「じゃあ一週間後ね! 私が準備する! 全部任せて!」
「えっ! そ、そんな大変なことおまかせ出来ませんよ!」
「いいっていいって! 正直好きなの、こういうイベント事!」
「じゃあ、着物はミオンに頼もうか。俺も手伝おう」
父さんも乗り気だ。
「なんか……悪いな」
「何言ってるのよ。息子の晴れ舞台よ? 親孝行だと思って甘えなさい」
母さんは言い出したら聞かない。ここは甘えるのが正解か……。
その後、風呂は軽く済ませ、二人で布団に入った。
静かな夜。虫の声だけが聞こえる。
「あぁ、楽しかった……。私にも、両親ができたんだね」
エマがしみじみと呟く。
「あぁ。これからいつでも来れるぞ。……でも、大陸の結婚式に憧れはないのか? 母さん一人ではしゃいでたけど、エマの希望も聞かないと……」
「『キモノ』っていうの? すごく興味あるんだよね。大陸のドレスも素敵だけど、こっちの文化にも触れてみたいの」
エマがオレの方を向いて微笑む。
「ジェニーが向こうでもパーティー準備してくれるみたいなの。楽しい事はいっぱいあった方が良いじゃない? お義母さんにはお手間かけるけど、すっごく楽しみ!」
「そうか。じゃあ、向こうに帰ったらドレスも選ぼうな」
少し話していると、安心したのかエマがすうすうと寝息を立て始めた。
オレは掛け布団をかけ直し、彼女の髪を撫でた。
オレも寝よう。おやすみ、エマ。
◇◇◇
一週間後。
晴れ渡る空の下、オレとエマは呉服屋の奥でミオンさんに着付けをして貰っていた。
オレの紋付袴姿はすぐに終わったが、エマは三人がかりでの大仕事だ。
待つこと一時間。
襖が開き、ミオンさんに手を引かれてエマが出てきた。
「どう……? 似合うかな?」
オレは息を呑んだ。
鮮やかな朱色を基調とし、金糸で鳳凰や牡丹の刺繍が施された豪華絢爛な『色打掛』。髪は結い上げられ、かんざしが揺れる。
いつものドレス姿とは全く違う、凛とした美しさ。
「おぉ……綺麗だな……。言葉を失うってのは、こういう事か」
「ふふ、ありがとう。綺麗だけど……重いし、動きにくいね。我慢しなきゃ」
会場は、里長の屋敷の大宴会場だ。
里長以下親族達と、トーマスやエミリーなど、オレ達と交流のある人達が集まっている。
襖の前に二人で並ぶ。心臓が高鳴る。
「なんか、緊張するね……」
「あぁ。今から何がどうなるのかも、詳しく知らないもんな……」
合図があり、襖が静かに開かれた。
中から漏れる光。
お膳の前に座った皆の視線が、一斉にこちらに注がれる。
エマの息を呑むような美しさに、皆から感嘆の声が上がり、やがて温かく大きな拍手が沸き起こった。
上座の少し高くなった場所に並んだ二つの膳。そこに並んで座る。
目の前には、三つの盃。
『夫婦杯』。
同じ杯の酒を飲み交わし、苦楽を共にする夫婦の契りを結ぶ儀式だ。
厳かな空気の中、オレたちは交互に杯を口にし、契りを交わした。
皆の前で夫婦となる事を誓い、里長の音頭で宴会が始まった。
緊張が解け、数々の祝福の声が飛び交う。
気心知れた仲間との一時。美味しい料理と酒。
誰もが笑顔で、幸せに満ちた空間。
母さんが、涙ぐみながら料理を運んでくる。
「母さん、ありがとな。最高の式だよ」
「良いのよ! 私が一番楽しんだかもね。……エマちゃん、本当に綺麗よ」
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楽しい時間は一瞬で過ぎ去る。
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