- Mix blood -

久悟

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終章 勝ち取った平和

勝ち取った平和

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 仙族と人族の連合軍が、魔鬼連合軍との大戦に勝利した。
 その報せは、号外の新聞と通信によって、瞬く間にウェザブール王国中に知れ渡った。
 ただし、二人の王と仙王の計らいにより、『龍族』の参戦は伏せられたままだ。リーベン島の人々は、ただの「少し変わった風習を持つ黒髪の人族」のままでいい。それが、里長たちの願いでもあったからだ。

 王国軍達が勝ち取った平和に、国中が沸き立っている。街は祝祭のようだ。

 そんな中、仙王は長きに渡り背負ってきた『仙王』の名を捨て、新たに『仙神国王せんしんこくおう』と名乗ることを発表した。まぁ、略して仙王なんだけども。
 そして、仙族と人族の間にあった見えない壁を取り払い、法的な区別を無くし、真に共存していくことを宣言した。
 これは、ジュリアが先頭に立って進めていた「仙族による人族差別の撤廃」を、国のトップが公に認め、後押しする形だ。
 長年の偏見がすぐに消えるわけじゃない。けど、この宣言は大きな一歩だ。今後の交流により、関係は確実に変わっていくだろう。

 
 ◇◇◇
 
 
 あの大戦から一月あまり。
 オレたちは龍族の幹部達と共に、ウェザブール王都にいた。
 二つの城の間にある大ホールで開催される、戦勝記念の立食パーティーに招待されている。

 煌びやかなシャンデリアの下、仙王改め、仙神国王がグラスを片手に壇上に立つ。

「およそ一か月前、我々は魔鬼連合軍を退けた。敵主力はほぼ殲滅させた故、再起は無いだろう。魔都とは不戦の契を交わす方向で進めている。向こうはそれを飲むほか無い」

 会場が静まり返り、王の言葉に耳を傾ける。

「二度と戦の無い、平和な世が訪れた。……しかし、これは言うまでもなく、散っていった同胞達の尊い犠牲の上に成り立った平和である。彼等に感謝し、哀悼の意を込めて、杯を捧げたいと思う」

 乾杯、という明るい声はない。
 皆が静かにグラスを掲げ、口をつける。
 厳かに、しかし温かく、酒宴は開会した。

 中央のテーブルには、平和を象徴するかのような豪勢な料理が並んでいる。
 オレたちは皿に料理を盛り、互いの無事を喜び合いながら歓談した。トーマスも、ジュリアもエミリーも、そして両親も、皆穏やかな顔をしている。

 
 会も終盤に差し掛かった頃。
 オレは、ホールの隅の方で一人、グラスを傾けている仙王を見つけ、歩み寄った。
 
「仙王様、少しお話よろしいですか?」
「……ユーゴか。どうした? まぁ座れ」
「失礼します」

 言われてサイドテーブルを挟み、隣のソファに腰を下ろす。
 仙王が通りがかったメイドを呼び止め、赤ワインを持ってくるように頼んだ。
 
「今や、始祖四王を名乗っているのは、里長と仙王様だけになりましたね」
「ふっ……。もう名乗る事は辞めたがな。『ラファエロ』で良い。……龍王の様に、もっと早くから名を捨てて居ればよかったのだ」

 ラファエロ様は自嘲気味に笑い、ワインを揺らした。

「我が定めた法により、幾つもの悲しみが生まれた。アレクサンドが人族の女との子を作っては殺しを繰り返したのも……元を正せば、我の作った歪な社会のせいでもある」

 彼はそう言って少し俯いた。王としての威厳よりも、一人の老人としての悔恨が滲んでいる。

「信じられんかもしれぬが、アレクサンドは元々、あのような悪党では無かったのだ。かつての龍族との共闘の際には、倒れた三兄妹の死を悔やみ、誰よりも涙を流した。龍族が移住をする時も、アレクサンドは彼らを尊重し、自ら率先して移住を手伝ったほどだ」
「えぇ、メイファさんから聞いています。……ですが、涙を流して悔やんだとまでは……」

 あの傲慢なアレクサンドが、そこまで情に厚い男だったとは想像し難い。

「女好きは昔からの事だが、アレクサンドがウェサブール王国にふらっと遊びに行くのは日常だった。昔は女遊びはしても、殺しをする様な男ではなかったのだ。……思えば、奴が一番、人族との調和を願っていたのかも知れんな。奴の心に、人族差別の色は無かった」

 確かに。もし彼が人族を見下しているだけなら、わざわざ関わりを持とうとはしなかったはずだ。
 だとしたら、我が子を焼き殺すような狂気に染まったのは何故か。
 アレクサンドが変貌してしまったのは、ここ数十年の話か。もしくは、長い時間をかけて徐々に狂っていったのか。

「『魅了眼』と言ったか。あのような眼の力は、元来持っていなかったはずだ。……レイ殿は言っていたな。『眼の力とはすなわち願望』だと。女好きのアレクサンドの願望は、他者を魅了し、愛されることだったのだろうな」
 
 千年前の大戦での英雄的なアレクサンドの話と、最近の凶行を重ねるアレクサンドとの間にある決定的な乖離かいり。それがずっと気になっていた。
 そして、アレクサンドと深く関わった者たちもまた、人を傷つけ、殺しを始めるようになる。
 
 魔王マモンもその一人だ。
 モレクの話では、マモンが徐々に変わり始めたのは、アレクサンドと出会ってからだと言っていた。

「あの……オレの推測でしかありませんが」
「聞こうか」

 オレは、ずっと考えていた仮説を口にした。

「アレクサンドは、極度のナルシストでしたよね?」
「あぁ、そうだな。暇さえあれば鏡を見て、自分の容姿に陶酔していたな」
「先日の戦で奴が放った『死の誘惑』は、味方に斬り掛からせる程に強力で凶悪なものでした。……もしも、その力が自分自身に向けられたらどうなるでしょう?」

 ラファエロ様が顔を上げる。

「誰しも、心の奥底に小さな闇や悪意は有るでしょう。アレクサンドは鏡を見るたびに、自分の眼を見ていた。……魅了眼が鏡越しに自分自身に作用し、その歪んだ自己愛や欲望を増幅させ、精神を蝕んでいった可能性はないでしょうか」
「……なるほど。自分自身に魅了され、狂っていったと」
「はい。それで徐々に倫理観が壊れ、自分の理想のためなら人々に手をかけることも厭わなくなった。更には、自らの血を引く子供ですら、自分の完全性を損なう不純物として焼き殺すほどに」

 オレは言葉を継ぐ。

「そして、アレクサンドに関わる者達も、奴と眼を合わせるうちに少しづつ精神を蝕まれていった。こう考えれば、魔力障害にならなかったはずのマモンが、徐々に残虐に変わり始めたのにも説明がつくんです」

 沈黙が落ちる。
 ラファエロ様はワインを一気に飲み干した。

「ふむ……。まぁ、今となっては確かめる術も無いがな」
「そうですね……。ただ、これを読んで頂きたいんです」

 オレは異空間から、一冊の古びた本を取り出し、サイドテーブルに置いた。
 
 『始祖四王の物語』
 オレが小さい頃から大好きで、何度も読み聞かせて貰っていた童話だ。

「かなり昔に出版された本なのですが、作中に人族と始祖四種族の対比が描かれてるんです。肌や髪、眼の色が違えど、争いもなく平和に過ごしてきた弱き人族と、力がありながら争い続けてきた始祖四種族。……作者は、種族間の差別や無意味な争いを深く憂いていたのかもしれません」

 オレは表紙を撫でた。

「なのに、何で気付かなかったんだろう……。この最後の節に、全てが詰まってるような気がするんです」

 ラファエロ様は不思議そうに本を手に取り、ページをめくった。
 そして、最後のページで視線を止めた。

 
 昔々の物語
 始祖四種族の物語。
 人が生まれて幾年いくとせ
 この世を治める四人の王。

 四人の王はそれぞれの
 過去を悔いては思い詰め
 争いなき人族の世への憧れを
 いだいてそれに嫉妬する。

 これはこの世の物語
 愚かな始祖四王の物語……


 A・ノルマンディ 著


 ラファエロ様の手が震えた。
 パタン、と本を閉じる音が、やけに大きく響いた。

「……『A・ノルマンディ』……。アレクサンド、お前が書いたのか……」

 絞り出すような声だった。
 この本が書かれたのは、おそらく彼が狂う前。
 彼は誰よりも、四種族の愚かさを理解し、人族の平和な世を愛していたのだ。だからこそ、その理想と現実の狭間で、自身の力に溺れ、壊れてしまったのかもしれない。

「……なるほどな。君の推測は、そう遠いものではないのかもしれんな」

 ラファエロ様は天を仰ぎ、深く息を吐いた。その目じりには、光るものがあった。

 オレは席を立ち、ホールの中心へ視線を向けた。
 そこには、種族の壁を越えて笑い合う仲間たちの姿がある。
 仙族のジュリアと人族のトーマスが寄り添い、龍族の皆が人族の仲間と語らい、エミリーが笑っている。

 鬼族、魔族、龍族、仙族、そして人族。
 全ての因子が混ざり合った、この世界。
 かつては争いの種だったその血が、今、新しい時代を紡ごうとしている。

 オレは、自分の掌を見つめた。
 ミックス・ブラッド。
 その血に宿る膨大な魔力は、もう誰かを傷つけるためではなく、この笑顔を守るためにある。

 オレは仲間の元へ歩き出した。
 物語はここで終わるが、オレたちの人生は、ここからが本当の始まりだ。

 

【- Mix blood -  完】
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