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1.ココロを無くした日
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ココロのない青年。名を桂木壮一という
彼は、人の気持ちが理解出来ない。
幼少の頃は幸せだった。父と母がいて、二人は恥ずかしくなりそうなくらい愛しあっていて、楽しい家族団欒の日々がそこにはあった。理想的な家庭然とした光景だ。
が、終焉の鐘は突如として鳴り響いた。父の勤めていた会社の経営が傾いて倒産したのだ。
それから、父は変わってしまった。
前まで飲まなかった酒に入り浸り、タバコも吸い始めた。さらに、母に殴る蹴るといった暴力を振るうようになった。それでも、母はガマンした。父の薬指に嵌められた結婚指輪があったから。
また、あの頃に戻れる。そんな一縷の奇跡を信じて。
暴力を受ける地獄のような日々を過ごして今まで貯めてきた預金も遂に底を尽き始めた。
そして、ついに父は禁じ手を使った。母との結婚指輪を質に入れたのだ。
これで、母と父の関係が完全に絶たれた。その日、母は一日中泣いていた。涙が枯れるまで。体中の水分が無くなる程に。指輪を質に入れてまで借りた金はギャンブル、酒、タバコ、風俗やキャバクラといった方向に大半が溶けていった。
最終的にその男は母の隠していたヘソクリや僅かな生活費に手を出して蒸発した。
それから、母は子供だけが支えとばかりにこの子には私しかいない、と言わんばかりに一日中働いていた。朝の新聞配達に始まり、昼はコンビニのパート。そして、夜はクラブなどのいわゆるお水系の仕事をした。
そこから、母も変わってしまった。ココロに虚が生まれてしまったんだろう。
帰って来てからも酒を浴びる程に飲みだし、配達のアルバイトとコンビニのパートを休みだした。
そして終いには母と子、その二人だけだったはずの家に知らない男が上がり込むようになった。帰って来たら母の横にはいかにも金持ち然とした男がいたり、かと思えば、若いイケメンの男がいたりと仕事の延長線上のような光景が増えた。
母が男と話すときには今まで聞いたこともなかった猫なで声が、その口からは発せられていた。母は帰ってくるや、ブランドものらしき財布から千円札を一枚取りだし、邪魔だからこれで食べなと伝えるように、楽しい団欒があったはずの居間のテーブルに叩きつけた。
そして、男に艶かしい声色で話しかけながら奥の寝室に二人で入っていった。
そこはかつて父と母が愛を育み、子を授かった部屋だった。
だが、その面影は時々テンポの変わるパンパンという音とオンナに戻った母の艶めいた声によって跡形もなく消し去られた。
放置プレイ同然となってしまった子供は叩きつけられた千円を握りしめてコンビニへ走る。買うのはオニギリと飲み物。そして、変わる前の母の似た人が載っている雑誌だった。店員はなんで年端もいかない子供がこういった雑誌を買うのか疑問だったろう。雑誌を見て目に焼き付けて、手でそのページだけ破いてジャンパーのポケットに突っ込み、後は捨てる。それを繰り返した。千円で飲み食いは出来たから、生きながらえることは出来た。
でもそれだけだった。
幼き時に不可欠な父と母の愛情が圧倒的に足りなかった。
ある日、きれいに着飾り、メイクも完璧に施した母と車で出かけた。子供にとってそれは母とのかけがえのない二人だけの時間だった。子供は久しぶりにココロから楽しくなり笑えた。
「ここだよ。降りて」と、母が言う。
どうやら着いたみたいだ。辺りを見渡すと森の中のようだ。車が走る道路だけが一直線にどこまでも果てしなく続いている。歩道は無い。子供は言うとおりにドアをあけて車から降りた。
「ちょっとお母さん忘れ物しちゃったから取ってくるね。すぐ戻ってくるからここで待っててね」ウインクをして母は言った。子供は自分の母親なのにちょっと恥ずかしくなった。
「う、うん」言葉に詰まりかけつつもなんとか返事を返した。
これが、母との最後の会話になった。もう二度と母が現れることはなかった。
知らない男が家に上がり込む環境下にいすぎた為か、幼くして子供は場の空気を読むのが巧すぎた。そして、捨てられたコトを瞬時に悟った。
それを、悟ってしまった途端に泪が怒涛のように溢れ出た。そして、声が使えなくなる程に大声をあげて泣いた。
その声はまるでこの世に一人ぼっちなんじゃないかと錯覚してしまうくらいに響き渡っていた。
子供は泣きつかれて倒れるように死んだようにその場で眠った。幸い、気温がある程度高めで温かかった為、体温があまり奪われずにすんで、その短き人生をピリオドを打たざるおえない状態にはならなかった。
次の日の朝、その日は憎たらしくなってしまう程に天気が良く、雲の一片すらもない快晴だった。体のあちこちが痛い。それでも子供はひたすら歩き続けた。だがその足どりは重かった。
そして、その瞳からは光がとうに失われていた。そう、子供は幼すぎるその年齢で既に自身が生きなくてはいけない世界に対して幻滅と諦観、この二つの言葉を意味を知らないままに覚えてしまったのだ。
子供の心にはもう希望の光は無く、絶望という虚無だけが覆ってしまった。この世界は、ツマラナイものだ。
年端もいかない子供のココロをそんな言葉が支配してしまった。
太陽と月が交代して、いつの間にか辺りには夜のトバリが下りていた。
はぁ、はぁ。
大人でも歩き続けるのは難しい距離を足を引きずりながらも歩いた子供は、とうとう疲れ果てて座り込んだ。習っていないはずの体育座りをして、身体を縮こませ顔を両の脚で挟み込み目を閉じた。
誰かボクを助けて。無理ならこのままボクをケシテ。
救済と消滅。
その漢字も、そのコトバの意味すらも知らないままにその幼き心の中で願い叫んだ。
それでも、瞳からは既に渇れてしまったのか泪の雫一滴すらもこぼれ落ちなかった。
肉体的な疲労と精神的なダメージからその状態のまま再び子供は眠った。
せめて、夢の中だけでもまた楽しかった幸せだった日々が見れるように、あのころの両親との思い出をその小さな胸に秘めて。
彼は、人の気持ちが理解出来ない。
幼少の頃は幸せだった。父と母がいて、二人は恥ずかしくなりそうなくらい愛しあっていて、楽しい家族団欒の日々がそこにはあった。理想的な家庭然とした光景だ。
が、終焉の鐘は突如として鳴り響いた。父の勤めていた会社の経営が傾いて倒産したのだ。
それから、父は変わってしまった。
前まで飲まなかった酒に入り浸り、タバコも吸い始めた。さらに、母に殴る蹴るといった暴力を振るうようになった。それでも、母はガマンした。父の薬指に嵌められた結婚指輪があったから。
また、あの頃に戻れる。そんな一縷の奇跡を信じて。
暴力を受ける地獄のような日々を過ごして今まで貯めてきた預金も遂に底を尽き始めた。
そして、ついに父は禁じ手を使った。母との結婚指輪を質に入れたのだ。
これで、母と父の関係が完全に絶たれた。その日、母は一日中泣いていた。涙が枯れるまで。体中の水分が無くなる程に。指輪を質に入れてまで借りた金はギャンブル、酒、タバコ、風俗やキャバクラといった方向に大半が溶けていった。
最終的にその男は母の隠していたヘソクリや僅かな生活費に手を出して蒸発した。
それから、母は子供だけが支えとばかりにこの子には私しかいない、と言わんばかりに一日中働いていた。朝の新聞配達に始まり、昼はコンビニのパート。そして、夜はクラブなどのいわゆるお水系の仕事をした。
そこから、母も変わってしまった。ココロに虚が生まれてしまったんだろう。
帰って来てからも酒を浴びる程に飲みだし、配達のアルバイトとコンビニのパートを休みだした。
そして終いには母と子、その二人だけだったはずの家に知らない男が上がり込むようになった。帰って来たら母の横にはいかにも金持ち然とした男がいたり、かと思えば、若いイケメンの男がいたりと仕事の延長線上のような光景が増えた。
母が男と話すときには今まで聞いたこともなかった猫なで声が、その口からは発せられていた。母は帰ってくるや、ブランドものらしき財布から千円札を一枚取りだし、邪魔だからこれで食べなと伝えるように、楽しい団欒があったはずの居間のテーブルに叩きつけた。
そして、男に艶かしい声色で話しかけながら奥の寝室に二人で入っていった。
そこはかつて父と母が愛を育み、子を授かった部屋だった。
だが、その面影は時々テンポの変わるパンパンという音とオンナに戻った母の艶めいた声によって跡形もなく消し去られた。
放置プレイ同然となってしまった子供は叩きつけられた千円を握りしめてコンビニへ走る。買うのはオニギリと飲み物。そして、変わる前の母の似た人が載っている雑誌だった。店員はなんで年端もいかない子供がこういった雑誌を買うのか疑問だったろう。雑誌を見て目に焼き付けて、手でそのページだけ破いてジャンパーのポケットに突っ込み、後は捨てる。それを繰り返した。千円で飲み食いは出来たから、生きながらえることは出来た。
でもそれだけだった。
幼き時に不可欠な父と母の愛情が圧倒的に足りなかった。
ある日、きれいに着飾り、メイクも完璧に施した母と車で出かけた。子供にとってそれは母とのかけがえのない二人だけの時間だった。子供は久しぶりにココロから楽しくなり笑えた。
「ここだよ。降りて」と、母が言う。
どうやら着いたみたいだ。辺りを見渡すと森の中のようだ。車が走る道路だけが一直線にどこまでも果てしなく続いている。歩道は無い。子供は言うとおりにドアをあけて車から降りた。
「ちょっとお母さん忘れ物しちゃったから取ってくるね。すぐ戻ってくるからここで待っててね」ウインクをして母は言った。子供は自分の母親なのにちょっと恥ずかしくなった。
「う、うん」言葉に詰まりかけつつもなんとか返事を返した。
これが、母との最後の会話になった。もう二度と母が現れることはなかった。
知らない男が家に上がり込む環境下にいすぎた為か、幼くして子供は場の空気を読むのが巧すぎた。そして、捨てられたコトを瞬時に悟った。
それを、悟ってしまった途端に泪が怒涛のように溢れ出た。そして、声が使えなくなる程に大声をあげて泣いた。
その声はまるでこの世に一人ぼっちなんじゃないかと錯覚してしまうくらいに響き渡っていた。
子供は泣きつかれて倒れるように死んだようにその場で眠った。幸い、気温がある程度高めで温かかった為、体温があまり奪われずにすんで、その短き人生をピリオドを打たざるおえない状態にはならなかった。
次の日の朝、その日は憎たらしくなってしまう程に天気が良く、雲の一片すらもない快晴だった。体のあちこちが痛い。それでも子供はひたすら歩き続けた。だがその足どりは重かった。
そして、その瞳からは光がとうに失われていた。そう、子供は幼すぎるその年齢で既に自身が生きなくてはいけない世界に対して幻滅と諦観、この二つの言葉を意味を知らないままに覚えてしまったのだ。
子供の心にはもう希望の光は無く、絶望という虚無だけが覆ってしまった。この世界は、ツマラナイものだ。
年端もいかない子供のココロをそんな言葉が支配してしまった。
太陽と月が交代して、いつの間にか辺りには夜のトバリが下りていた。
はぁ、はぁ。
大人でも歩き続けるのは難しい距離を足を引きずりながらも歩いた子供は、とうとう疲れ果てて座り込んだ。習っていないはずの体育座りをして、身体を縮こませ顔を両の脚で挟み込み目を閉じた。
誰かボクを助けて。無理ならこのままボクをケシテ。
救済と消滅。
その漢字も、そのコトバの意味すらも知らないままにその幼き心の中で願い叫んだ。
それでも、瞳からは既に渇れてしまったのか泪の雫一滴すらもこぼれ落ちなかった。
肉体的な疲労と精神的なダメージからその状態のまま再び子供は眠った。
せめて、夢の中だけでもまた楽しかった幸せだった日々が見れるように、あのころの両親との思い出をその小さな胸に秘めて。
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