エターナル

社会不適合者

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戒斗は、休憩時間でした何気ない会話の中でテストプレイヤー募集の件を知った。
当選したら話のタネくらいにはなるだろう。もしかしたら、人気者にもなれるかもしれない。と、ちょっとしたタラレバレベルの下心+只(ただ)の興味から応募した。
その方法は、募集サイトの応募フォームに必要事項を入力し、送信するだけという簡単なものだった。
 日々の慌(あわただ)しさから、応募したコトそのものをすっかり忘れていたある日、派遣の仕事を終えて帰ってくるとA4サイズの茶封筒が玄関に落ちていた。

〝ったく、汚れるから突っ込むなっつの〟戒斗は少し深めのタメ息を吐き、心の中で悪態をつきつつも封筒を拾った。

〈突っ込まないで〉との文言を紙に書いてドアに貼っておいたのに何故だか郵便物は相も変わらず突っ込まれる。
そうすると、重力に逆らうことなく玄関に落ちる。
となれば、封筒等の書類系郵便物が汚れるのは関の山だ。当然、今回の封筒も汚れている。戒斗は封筒に付いていた汚れを払った。幸い、水分を含んだ汚れではなかった。その為、汚れは割とカンタンに取れた。
 安全靴を脱ぎ捨て、居間兼寝室の状態と化した部屋に入る。部屋には備え付けのテーブルに14インチの液晶テレビ。それから、布団が敷いてある。
 テレビはスタッフの手違いにより、デジタル放送に非対応の液晶テレビを置かれてしまい(アナログ放送は既に終了しているからテレビ番組は見られないというワケで。)、『違うテレビを持ってくる』と明らかなその場しのぎだと分かってしまう体の良いことを言っていたが、果たしていつになることやら。(こういった話の大半は有耶無耶になって霧散するのが常だ。)まぁテレビ番組自体、最近は似た内容の番組が増えすぎてつまらないから支障らしい支障はないけど、強(し)いて挙げるなら天気予報を知る為の手段が一つ減ってしまうコトだろう。
 戒斗はショルダーバッグを置いて、封筒を敷かれたままになっている布団に抛(ほう)った。一息つき、部屋着(Tシャツにスラックスというなんとも簡素ないでたちだ。)に着替える。
 すると、たちまち疲労感に襲われた。これが言うところの『スイッチのON・OFF』なのだろうか。力が抜け、足が砕けたかのように戒斗は布団に座った。布団の上の無造作に抛った封筒を手に取る。戒斗は『それ』の違和感に気付いた。
改めてしっかり見てみると、封筒には有るべき宛先やら切手やら送り状といった、郵便物として必要不可欠なものが何一つ付いていないのだ。背筋に寒気を覚えた。
が、これこそ人が因果たる所以か。〈怖いものみたさ〉という厄介極まりない好奇心に背中を押され興味が一層増した。
部屋の明かりに封筒をかざす。中身は一緒に切ってしまいそうなくらいのサイズだ。戒斗は、紙類を揃える際の『アレ』を行い、再び封筒を明かりにかざした。〝よし、下に行ったな〟

体を伸ばし、テーブルの上にあるハサミを取る。ボキッ。身体から骨の音が鳴った。腰からの音だ。腰痛は、一度なってしまうと癖になるといった話を聞いたことがある。たまにクシャミをしても腰に響く時があるから辛いものだ。また病院通いか。と、戒斗は腰を労(いた)わるようにさすった。
 とりあえず今はこの封筒だ。ハサミでなるたけ上側を切る。中のものを一緒に切らないように注意して。切れた。中身は無事だ。
 中には2枚の紙が入っていた。一枚目の紙には目立つように大きく『ご当選おめでとうございます』の文字と、それよりかは少しばかり小さい文字で注意事項と事前にやっておくコト、そしてテストプレイの決行日がゴシック体で書かれていた。

「えーと、『ご自身の顔写真をメールにてお送りください』? おろ? アドレスも書いてあるな。てことは、その写真で本人確認をするワケか。なるへそ。少々手間だけどやるしかないな」

 戒斗は仕事に出る際に、充電アダプターを差しっ放しで放置ゲーとなったままのスマホをアダプターから外し、電源を入れてメール機能を開いた。
 すると、未読メールの項目に一件の表示があった。件名は紙の方と同じく『ご当選おめでとうございます』となっていた。メールの内容自体は『後日、詳しい説明を封筒にてお送り致しますので事前にそちらをお読み下さい』とのことだった。
 どうやら、当選のお知らせそのものは先に届いていたようだ。気付くのが遅いかもだが仕方ないだろ。んなもん。スマホの電源なんて滅多に入れないんだしさ。
 戒斗はカメラ機能で自身の顔を撮った。そして送信した。顔写真のデータを添付して。「これでよし」スマホの電源は再び落とされた。
 2枚目の紙には、VRについての概要が長々と紙面を埋め尽くすかのように書かれていた。
所々に専門用語が入ってきて、学の無い戒斗には全くもって意味不明な内容だった。(ネットを使って専門用語を調べつつ読み進めていたが、思いの外、時間かかるコトに気付いたので途中から調べるのを諦めた。)というかそもそもの話、学ありゃ派遣社員になんかなってないっての。
 時間はそれなりにかかったが、自身なりに文を噛み砕いて理解はある程度出来た。分かったことをかいつまんで説明すると、VRには人工知能――AIが備わっていて、そのAIが夥(おびただ)しい計算と考察の末に導き出した解答(こたえ)(将来的に訪れるであろう未来)をシミュレーション形式で体験させる代物ということだ。

「なになに、体験日は明日でしかも合流時間10時かよ。まぁ良いか。別段、これといった予定も無いし。暇潰しがてら行ってみるか」戒斗は2枚の紙をテーブルに置き、封筒をゴミ袋へ捨てた。
 シャワーを浴びる。買い置きしてあるカップラーメンを1つ食べ、家事の諸々を終わらせると、あっという間に夕陽は沈みとっくに夜の帳(とばり)が下りていた。
 小説を読み進める。しばらくすると瞼(まぶた)が重くなってきた。「ふぁ。あーぁ」とひとつ、大きな欠伸をした。それも周辺の空気を吸い込み尽くしたかと勘違いしてしまいそうな欠伸だ。読んでいたページを開いたままテーブルに伏せ、スマホを再び立ち上げ時間をみてみると既に日が変わっていた。「もうこんな時間か。そろそろ寝ておかないとだな」戒斗は、小説に栞(しおり)を挟んで閉じた。
玄関側の明かりを点け、部屋の戸を少しだけ開けておく。こうすることで、虫の持つ走光性(街灯等の照明に群がる習性)を利用し、唯一明るい玄関の方へ集めることが出来る。要は結果として、虫を部屋から追い出せるというワケなのだ。
 このやり方を思いつくまでは、ブンブンと耳元で飛び回って喧(やかま)しかった上に、その虫が蚊の類(たぐい)だったりすると刺されるしで大変だった。
 十分な睡眠を得る為に、虫の羽音が聞こえなくなるまでハエたたき&殺虫剤を持って虫を殺し尽くすか、若(も)しくは頭から足の先まで掛布団の中にすっぽりと身を隠してむりやり寝ていた。
 前者の場合は、殺虫剤の独特な臭いを消すために回していた換気扇の音でなかなか寝つけないし、後者の場合だと寝ることは出来ても、寝れはするがいざ起きるとサウナにでも入っていたのかと思う程に汗をかいていた。
 どちらも睡眠のクオリティ的にも目覚めのクオリティ的にも最悪なものだった。当然、疲れなんて取れるわけないし、ストレスも日を追うごとに増していった。
 だが、習性を利用する今の方法を使うようになってからは平和なもんだ。悩まされていたコト自体が只の悪い夢だったのではとさえ思う。(まぁ、現に刺されて痛痒(いたがゆ)い思いしているのだから現実の話なのだけども。)
 もう寝ることを音に阻害されたり、起きた時に汗だくだったりすることもない。心おきなく眠るコトが出来る。そもそも、満足のいく睡眠が出来なくては規則正しい生活もくそもないしな。
 布団に入り、就寝の運びとなった。―――この時は何故、茶封筒に何も付いていなかったのか、そして自身だけが当選していた理由(わけ)も気にならなかった。
まさか、あんな〈シンジツ〉があったとは。知る由もなかった……。
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