転生した月の乙女はBADエンドを回避したい

瑞月

文字の大きさ
1 / 39

1.前世の記憶を思い出す

しおりを挟む
 ストン、と急に腑に落ちた。
 自分を覆っていた何かが、剥がれ落ちていくかのような感覚。
 足元からゆるゆると実感がせりあがってくる。
 幼いころから名前を呼ばれる度に、他人の名前を呼ばれるような奇妙な感覚を覚えていた。
 時折頭をよぎる、会ったことのない人や場所の記憶、ここではないどこかを懐かしむような郷愁。
 ずっと付きまとっていた、まるで自分自身が偽物のような、何かを探さなければならないようなそんな感覚の正体がやっとわかった。

「あぁ、そう、だったんだ」

 私の中身はセレーネではなかったんだ。生まれ変わったんだ------。



 ………って、ここ前世でやった乙女ゲームの世界じゃない!!???

(う、うんと…やばい、ちょっと整理しよう…)

 ふらつく身体が、人ごみのなか、初老の女性にぶつかった。
 その拍子に深くかぶっていたはずのローブのフードが外れかかる。

「あ…!」

 覆い隠していた茶色の髪が、ふわりとこぼれる。

「あら……魔力なし?こんなおめでたい日に」そう言って眉を顰めると、その女はまるで汚いものを見るような目でねめつけ、立ち去って行った。
 私は隠すように、改めてフードを深くかぶると、人ごみから離れ、近くの店の軒先に背中をあずけた。
 店の窓ガラスに自分自身の姿を映すと、混乱する情報を整理するために深く息を吐いた。

 …私の名前はセレーネ・アイルス、18歳。
 ローブに隠れた髪は肩を少し越すくらいの長さで、ふんわりとウェーブしている。
 長いまつげに縁どられた大きな瞳、しっとりした白い肌、唇は薔薇色で、豊満な胸に細いウェスト、すらりとした手足。
 自分でいうのもなんだけど、可愛らしい整った顔をしている。

 でも問題はその色彩だ。
 瞳は虹彩に紫の入った茶色、髪はくすんだ茶色。
 この髪はここでは、特にこの王都では隠さなければならない。――この髪の色は大きなマイナスになってしまうから。

 この国アルストロメリアは魔法で栄えている。魔力を持った者が一定数生まれ、中でも魔力の強い者が国の発展を支えている。
 魔力の種類は火・水・土・風の主に4つ。魔力は日常生活において、火を起こすことはもちろん、水の魔法で井戸を満たし、土の魔法で橋を架ける。生活の細かな所にも魔力は根付き、主に生活の様々なことは魔力の込められた魔石を使うことで成り立つ。
 この国の日常生活の上で魔力を持っているということは、不可欠なものだ。微量な魔力しか持っていない者もある程度はいるが、魔力をもった者に比べまともな仕事に就ける割合は多くない。
 そしてその魔力の種類、有無は見た目ですぐ分かる。

 魔力の強さや属性は髪の色に出るのだ。

 年に一度行われる建国記念行事のパレードに現れた魔道士や騎士達は、それはそれは鮮やかな髪色だった。この祭りの為に、数日前から街中は文字通りお祭り騒ぎだった。
 人ごみに紛れて遠くからやっと眺めた私からも見える、それは鮮やかな色。
 今の第一騎士団の団長は、水の魔力のなかでも上位とされる氷の魔法を得意とする魔法剣士だ。
 パレードの先陣を切って進む彼の髪色は美しい青だった。それに続く騎士様も、風の魔力を示す緑や、炎の魔力を示す赤、市井の者とは一線を画す美しい色ばかりだ。

 そして近衛兵に囲まれ一段と華やかな、王太子のアルレーヌの一団がやってきた。通常、王族はこのパレードには参加しない。城から式辞を述べるにとどまるのだが、今年は特別だった。
 この国では成人が18歳とされていて、今年は成人の式典があるため、特別にパレードに参加したのだ。それもあって今年の建国祭の人出と熱狂は凄まじいものだった。

 特別な年の、特別なパレード。
 護衛の数もさることながら、楽団の奏でる華やかな音楽と、人々が撒く色とりどりの花々の花弁、人々の歓声がそのパレードを飾る。パレードを遠く離れた、人ごみのやっと途切れた今立つ場所でさえも濃厚な花の香りに包まれていた。

 私もこの祭りをとても楽しみにしていた。
 私の住む孤児院を兼ねた教会は、王都から馬車で二時間程かかる離れた小さな町フィオーナにある。王都に程近い分、周りの都市よりは発展はしているが、やはり王都には適わない。
 いつもは教会の仕事や孤児の世話で外出もままならないけど、どうしても今日のパレードが見たくて、シスターのマキアにお願いして、王都に買い出しという名目で訪れた。

(王子様の姿なんて、街で売られている絵姿でしかその存在を見たことはなかった)

 そして、この特別な年のパレードで初めて王子様の姿を見た私は------

 前世の記憶を取り戻したのであった。


 これ、あれだね?「ルナの魔法の花飾り」の冒頭シーンだね?

 私の大好きだった乙女ゲームだね?ここからやっと見える位置で手を振っている、見目麗しい金髪のあの王子、ヤンデレお人形遊び王子でしょ?
 喪女の私が大好きだったあのゲーム。当初手を出すつもりはなかったんだけど、レビューの絶賛と阿鼻叫喚の嵐に、どうしても気になって買っちゃったの、18禁だったんだけど!
 18禁ながら、18禁乙女ゲームの金字塔、18禁乙女ゲームの夜明け、18禁乙女ゲームの黒船、18禁乙女ゲームの(以下略)大人女子達に密かに大ヒットしてた。
 私は元来ハピエン厨だったので、BADエンディングは避けていくんだけど、そのスチルの美麗さに思わずBADルートにも手を出してしまった。
 そしてその容赦ないBADさに数日引きずった……いやスチルは綺麗だったんだけどさぁ。

 この国の王族は代々光の魔力を持ち、それは綺麗な金の髪を持っている。それに美しい蒼の瞳。彼を構成するもの全てが、まるで神の采配のように美しいもので、あの王子はナルシストなのだ。
 そして美しいものが大好き。お人形遊びが大好き。あの王子のBADエンドでは、それは綺麗に着飾られて、意思表示をほぼできない状態でお人形として監禁され弄られる。

 このゲーム、本当えげつないんだよぉ!そもそも会話の選択肢の後に好感度エフェクトが出ないから、今相手との状態がどうなってるのか全然わかんないし!
 その選択肢だって、ほんの日常会話くらいの「今日はいい天気ですねー」とか「今日はいい風ですねー」とかそんなくらいのもので、そんな会話が後々の分岐に関わってるなんて怖すぎる!

 BADエンドは直前までGOODと遜色ないラブラブな状態で展開される。なのに、うきうきと促されるままに扉を開けたら、そこはBADだった。って感じなのよぉ!無理ィ!怖い!!
 本命の最推しキャラ以外はなんとかBADエンドも見たけれど、最推しだけはルートの途中で精神が持たなくて、リセットしちゃったっけ…。

「どうしよう……」

 私はふらつきながらも、買い出しの荷物を握りしめ、もう一度フードを目深に被るとパレードを眺める人ごみからゆっくりと離れた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...