転生した月の乙女はBADエンドを回避したい

瑞月

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31.竜の里

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 ずっと寝たきりだった身体を元に戻すのに、なんだかんだとそこから一ヶ月程ゆっくりと養生させてもらっていた。
 湯浴みは俺がすると言って聞かないライを半泣きで断って、里の女性にどうにかお願いした。そしてそれも最初の数回だけで、 すぐに一人で出来るようになった。
 最初の内こそ、起き上がるだけでも疲れてしまってひと苦労だったけど、すぐに身の回りのことをできるくらいには回復してきた。

 そして今は一人、大きな大理石の浴槽に浸かっている。たっぷりのお湯が気持ちいい。
 ここ竜の里は、温泉が湧き出ていて、少し硫黄の匂いのするお湯が豊富だった。
 山脈の中央部に位置し、大昔の噴火した跡カルデラにつくられたこの竜の里は、火山の地熱が通り、冬の厳しい最中でも雪が降り積もることはなく、里の人々は割に薄着で過ごしていた。
 家の中にも地熱を取り入れていて、石の床を素足で歩いても冷たい思いをすることはないくらいだ。
 私が身を寄せているライのお家はカルデラの中腹にあり、浴室からは竜の里が見渡せる。
 外気は十分に冬を感じさせるこの時期、窓から外を眺めると、色々な場所から細く湯気がたなびいていた。
 家々の黒い屋根に降り落ちる白い雪、虚空に消え行く湯気の数々、垂れこむ雲の合間を泳ぐように飛び交う竜の影。その様子はまさしく異世界を思わせた。

 チャプ…

 お湯から手をあげて何ともなしに、それを見つめる。
 そこには薄くまだ、手枷で出来た傷痕が残っている。眠っていたというその時間、私の身体は本当に時を止めてしまっていたようで、目を覚ましたとき、胸元の傷もまだ赤く残っていた。

(ライの怪我は傷痕一つ残らなかったって言ってたけど……)

 試したこともなかったけれど、月の魔力って自分自身の怪我は治せなかったんだなぁ。まぁ、ライに比べて大層なものではなかったけれど。
 チラリと浴槽の横に据え付けられた鏡に目をやると、そこには見慣れない目の色の私が映っている。
 あの日から、私の瞳はそれまでの茶色から、紫に変化していた。
 透き通るアメジストの瞳。紫の瞳だなんて見たことがないけれど、戻るのかなぁ……。
 まぁ、髪は凡庸な茶色のままだけど。

 とぷん…

 またお湯に身を沈める。
 里ではいつも誰かが、――ライが傍にいるから、こうして一人で考え事をするのはお風呂くらいだった。

 ライは私のすぐそばにずっと付いてくれていたけれど、体力が戻ってからは申し訳なくて、断っていた。
 だって、ライにも色々やることがあるだろうに、私にばかり時間を割かせるのは申し訳なくて…。

 でも姿が見えないだけで、気配を絶って近くにいる気がする…。
 現世では孤児院育ちの私には、お世話になってばかりは申し訳ない。昨日せめて何か里の人の手伝いをしようとお針子仕事を手伝っていて、ふと外に出た時に、玄関の氷で転びかけた私を、すかさず抱き留められた。
 …いつからそこにいたんだろう…。というか、恐らく、ずっと…?……。

 体力が戻ってからも、ライは私を抱き寄せ、食事はライの膝で手ずから食べている。
 眠るときは、ライの腕の中で眠る。

 過保護に過ぎると思うのだけれど、拒否しても「俺を安心させろ」の一点張りだし、まぁ…いいのかな…。慣れつつある自分が怖い…。

 …怖い?

 あぁ、そうだ私は怖かったんだ…。アルレーヌに拐われたあの日から、どれくらい経ったのだろう…?あの日のことも、それからのことも、ライに聞いても何も教えてくれない。
 ここの四季はアルストロメリアともまた流れが違うから分からないけれど、この寒さ…今は……2月くらい?かな…。
 結局ゲームはどうなったんだろう。
 恐れていたエンディングは、そして、私は。
 この世界で私はどうなっていくのだろう。

 クラリ、と目眩がする。

「……セレーネ」

「ッ!はい!」

 突然かけられた声に、バシャッと音をたてて身体が跳ねた。

「大丈夫か…?湯あたりしていないか?」

 浴室の戸越しにライの声がする。
 …いつからそこに…!? もしかしてずっと……?
 疑問はさておき、黙っていたら浴室に入ってきかねないので返事をかえす。

「大丈夫、今上がるところだから。…それより、そこにいられると上がれないんだけど…」
「…分かった」

 足音が脱衣場から出ていったのを確認して、私もお風呂から上がった。



 寝室に戻ると、そこには既に寝台に腰かけるライがいた。眠る時のいくぶん寛いだ格好をしている。
 学園では制服だったけれど、入学式の時に見たチャイナ服のようなこちらの装いは、ライの肌の色にあっていて本当に素敵だ…。
 赤い髪は三つ編みでなく、緩く片側にまとめて束ねられ、金色の瞳は薄暗い室内でも濡れたよう輝いている。
 はぁ、格好いい…。ライの格好良さだけはいつまでも見慣れないなぁ…。

「…頬が火照っている。大丈夫か?」

 そういうと冷たい果実水を手渡してくれた。
 柑橘の香りが爽やかで、私は一息に飲み干した。

「うん、ちょっと考え事してたら、うっかり長く浸かっちゃってたみたい」

 コップを置くと、いつものようにライに促されるまま、ライの片膝に座り、向き合う形で話をする。
 ライの顔が至近距離にあるが、この距離感にも随分慣れた。

「…考え事…?」
「うん…。随分良くしてもらってるけど、いつまでも甘えてばかりいられないしって思って」
「甘えてなどいないだろう。ましてはお前は俺の命の恩人であり、番だ」
「あ…の、」

 そうだ、そのこと。怖くて聞けなかったことなので、自然と声音が下がる。

「番とか…嫁って言ってたやつって…、本当、に…?
 私を…、お、お嫁さんにしてくれるの…?」

 ボソボソとそう告げると、金色の瞳を見ていられなくて、視線を下げた。ドキドキと鼓動が跳ねる。
 握りしめられた手を見つめていると、不意に頭にため息が落ちてきた。

「?」
「……お前は、今さら何を言ってるんだ……」

 無造作に顎を上向きに持ち上げられた。
 見上げた先で、すぐ近くのライの燃えるように強い色を帯びた金色の瞳に見つめられる。

「お前は俺のものだ。金輪際、お前と離れる気はない。あの時、お前と離れたことをどれだけ後悔したか――。まだ身体に障るかと思い気遣っていたが」

「あ、あの…?」
「今さらそんなことを言うお前には、呆れを通り越して、些か腹が立つな」

 そう言うとライは私を寝台に押し倒すと、ぐいっと自分の寝間着を寛げ、纏めていた髪をほどいた。

「え?あ、あのーー…」

 解かれた燃えるような赤い髪が、寝台の脇の小さな灯りに浮かびあがる。露わになった褐色の肌を間近に、心臓が早鐘を打つのを止められない。


「安心しろ。もうそんな愚かな心配など出来ないくらいに、俺のものだということをわからせてやる」
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